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N回目の夏、君と僕とのエンドロール

作者: 辻島慎一

 一時間近く歩いただろうか。


チラリと腕時計を確認してみると、時刻は十四時を過ぎた辺りだった。


六方山は比較的低く登りやすい山であるため、一時間もあれば山頂にたどり着く。


と言うことは、目の前にゴールが迫っているのだ。


不安が過り、もう一度だけポケットから四つ折りの紙を取り出すと、中身を確認する。


あの事件から18年。人生のほぼ全ての時間を、この事件の真相探求に使ってきた。


そんな中舞い込んできた、ひょんな話し。


真相は定かでは無かった。信じがたい、夢みたいな話しだった。


だが、もうそんな情報に賭けなければいけないほど、ドン詰まっていたのも事実だ。


紙をもう一度ポケットに戻すと、もうすぐそこに見えている山頂に向けて歩き出した。


時折吹き込む夏風が木々を揺らし、涼しい音を奏でる。


葉の隙間から差し込む鋭い日差しがどこか攻撃的で、帽子を被っているというのに一度日の元に晒されたら汗がだらだらと湧いてくる。


もう少し、もう少しだ。


自分に言い聞かせながら最後の坂を登り切ると、目の前に現れたのはどこまでも開けた景色と、制服姿の女の子だった。







「久しぶりだねー、マコト君」


彼女は僕の姿を見つけると、ベンチから立ち上がりこっちへ歩いてきた。


息を切らす僕は少しその場で休憩すると、顔を上げ彼女を見た。


そこに居たのは17か18そこらの、セーラー服に身を包んだ少女だった。


「久しぶり、ユキ」


何事も無かったかのように、挨拶を返す。


先程までユキが座っていたベンチまで歩いて行くと、そのままドサッと腰掛けた。


「山、登るの大変だったでしょー。マコト君は体力ないからね」


彼女は隣に腰掛けると、ベンチに置きっぱなしだった赤色の小さな水筒からお茶を汲み、僕に手渡した。


「はい、お茶」


素直に受け取ると、勢いよく中身を飲み干す。


キンキンに冷えた麦茶は五臓六腑の端々に行き渡り、炎天下で熱せられた体を冷ましてくれる。


ほろ苦い後味が口の中に残り、今年も夏がやってきたことを告げていた。


「ありがとう」


コップを返すと、彼女はそれにもう一度お茶を汲み、躊躇無く、今度は自分で飲み干した。


長く、綺麗に切りそろえられた黒髪は日に当てられて、一本一本がキラキラと輝いている。


無防備であどけない横顔を見ていると、本当に18年前に帰ってきた気がして、僕は少しだけ肩の荷が下りていくのを感じた。


「ここに来てくれたって事は……信じてくれたんだね、約束」


「ああ」


約束、と言われて、僕はポケットの紙を上から触った。


それは18年前、分校の行事で書いた、一通の手紙だった。


生徒数の少ない分校が、何か未来に残せる物をと計画された、18年後に届く手紙。


タイムカプセル代わりにと、教室で集まって書かされたことを今でも思い出す。


僕は将来の夢の事を書き、ナズナやツバサは分校メンバーの事を書いていた。


だがどれだけ訪ねてもユキだけは見せてくれず、その癖早く書き終えていたから内容がやけに気になってしょうがなかった。


「えー? 仕方ないなー。18年後に見せてあげるよ」


当時は揶揄いにしか思えなかったその言葉は、18年後に現実の物となって現れる。


忘れていた頃に、自分の手紙とセットになって何故か僕の手元に届いたのだ。


気になって、便箋を開けて中身を読んでみる。


するとそこには、今日の日付と集合場所、それに「ここで待つ」という、挑戦状に似た一言が書かれていた。


 僕は、気が気では無かった。


彼女の、18年前の事件を調べている僕に届いた、18年前からの彼女の手紙。


そこに何か答えがあるのでは無いか。無根拠な衝動が、自分の心を襲った。


思い返してみれば、あの時の僕は何かが可笑しかったのだと思う。


35歳になったという焦り。過去に囚われ続ける自分への後悔。


それら全てが混ざり合って、こんな可笑しな、死者からの手紙なんて物を信じてしまった。


「マコト君ー」


ユキはこっちを見ると、ふふふと笑みを零した。


「マコト君は変わってないねぇ」


久しぶりに目の当たりにするおっとりした性格のユキに、涙が零れそうだった。


「……ユキも、変わってないよ」


18年前の姿から変わってないユキ。彼女はどうして僕をこの場に呼んだのか。


一息ついたところで、僕は早速、本題を切り出した。


「あのさ、ユ……」


「ねぇ、マコト君」


話し出そうとするところでユキは言葉を被せ、主導権を横取りしてくる。


その姿は18年前のユキとはどこか違う、打算的な姿勢だった。


「まずは、マコト君の話から聞こうかな?」


ベンチからぴょいと立ち上がると、ユキは僕の真正面に立って、首を傾けて笑った。


長い黒髪から覗く、首元のホクロ。


僕は息を呑むと、この18年間調べ尽くした事について話し始めた。







 7月19日。


もう少しで夏休みだ、という頃、僕たち君塚分校探索部の面々は、日暮れから「分校探索」なる肝試しを行うべく、それぞれが2人一組のグループになって準備をしていた。


僕とツバサは持ち寄ったおにぎりで夕食を済ませると、懐中電灯と飲み物を数本もって、集合場所の分校前に21時に向かった。


その道中、ナズナ&ハルの低学年コンビにも遭遇し、一緒に向かう。


分校前に着くと、そこに居たのは先に待っていたカオリさんだけだった。


「ユキは?」


ツバサが訪ねると、ユキはどうやら張り切っているらしく、そそくさと準備しに先に理科室に向かったとカオリさんは言った。


「アイツ頑張ってるなー」


普段あんなにもおっとりしていたユキが自ら主催して肝試しをするなんて、少し意外だった。


「楽しみだね!」


ナズナが全身で喜びを表現している最中、ポケットに入れていたスマホが震えた。


「おっ、21時になったぞ」


「それじゃ、一応全員集まってる事だし、向かいますかー」


ツバサが船頭を取ると、僕らはカオリさんの鍵で正面玄関を開け、ぞろぞろと中へ進んで行った。

校内は思ったよりも暗く、懐中電灯が無いと先が見えなかった。


普段は感じない埃っぽい匂いや、どこからともなく聞こえてくる水音が恐怖心を煽って、少しだけ、ほんの少しだけ先に進むのを躊躇する。


「おーい、ユキー、どこー」


先人を切ったナズナはどんどん先に進んで行っているようで、前の方から声だけが跳ね返って帰ってくる。


「ナズナ待てよ」


ツバサはそう言うと、ナズナを追いかけに先に走って行った。


流石、男勝りなツバサと冒険家のナズナだけある。


僕らへっぴり腰な男子をさっさと置いて、暗闇の中へと消えていった。


「……カオリ先生ぇ」


左隣で僕の手を握っているハルが、後ろに声をかける。


「……いますよ?」


何度声をかけてもカオリさんは同じ言葉しか返さなくて、しっかりと肝試しを盛り上げてくれているようだった。


「なぁ、マコト。この分校、出るんだぜ」


どこからともなく声がしたかと思うと、目の前から懐中電灯で顔を照らしたツバサが表れた。


「ひっ!」


ハルが驚いて、尻餅をつく。


「し、知ってるぞ。戦没者の幽霊だろ」


それは村に伝わる、代々語り継がれてきた怖い話。


曰く、君塚分校は戦前からあり、空襲から逃れるために山を越えて街から逃げてきた人がこの分校で事切れたらしい。


その日が丁度夏だったこともあり、尚且つ発見まで数週間遅れ、見つかったときには死体があらぬ姿に……。


「マコトォ……。マコトォ……」」


「ひぃっ!」


ハルはツバサの演技に乗せられたのか、恐怖のあまりカオリ先生の元へ駆けだした。


後ろで捕まったのか、泣き声だけが廊下に響き渡って尚更不気味に感じる。


「って感じで、後ろから追いかけてきてるかもよ?」


「ツバサなぁ……」


居なくなった戦友に、同情の念を浮かべる。


ガクガクの膝を一度押さえると、平然とした表情を浮かべ、彼女の横を歩いた。


「ふへへへへ。アイツ、ホント良いリアクションしてやんの」


そんな事を気楽に言いながら、ツバサは懐中電灯を持つ手とは反対の手を僕の手に重ねる。


僕はそれを、そっと握り返した。


カオリさんを入れれば6人になる幼なじみの中で、特に年齢が近い僕とツバサは、昔から他の誰とも違う、心地よい関係を築いていた。


そんな僕らも気がつけば高校生になり、そんな関係も進展し、今年の春、ようやく恋人関係になったのである。


目の前に見えている将来の選択に、胸がチクチクと痛む。こうして遊んでいられるのも、もう後数える限りしか無いかも知れない。


だからこそこうしたイベント事は張り切って参加しないといけないし、ツバサとも、もっと一緒に居たいと思っている。


それは彼女も同じに思っているのか、戦友のハルをどこかに追いやってまでこうして隣に来たわけだが。


「ナズナは?」


僕が問うと、ツバサは「先に走っていった」と言った。


一番年齢が下で、中学生に上がったばっかりのナズナは人一倍好奇心が強い。


危ないところもあるが、まぁ、分校の中では大丈夫だろう。


それに、今回の肝試しにはちゃんと目的があるのだ。


それは、「理科室」の探索である。


こんな小さな分校なのに、昔からあるのが理科室である。


他の音楽室や家庭科室、それに体育館までもが無いのに、何故か理科室だけがある君塚分校。


そこに何かが隠されているらしい。


ユキが発案のテーマに沿って、今こうして分校の中を歩いているというわけだ。


ユキが先に行ったというのも、きっと理科室の中に何やら仕掛けを作っていることだろう。


少し歩くと、今回の舞台が目の前に現れた。


「おーい、ツバサー」


ナズナの呼ぶ声がする。少しだけツバサの方が先に歩いて行くと、ドアの前でガラス窓を隙間から覗こうとしているナズナがいた。


「ハルとカオリさんの到着を待ちますか」


ツバサは少し疲れたのか廊下の端に座ると、体をググッと伸ばした。


僕も隣に腰掛け、深呼吸をする。


程なくすると、ナズナとは対照的にビビリで泣き虫なハルと澄ました顔のカオリさんが、一緒にやってきた。


「ううう。怖いよぉ……」


「これで、ユキを除けば全員ですね」


2人がやってくると、好奇心が膨れ上がって爆発寸前なのか、ナズナが一目散にドアを開けようとした。


「あれ? ドア、鍵がかかってる」


引き戸はいつになっても開かず、ただガチャン、ガチャンと鍵の音を繰り返していた。


「なるほど予備キーか。ユキの奴、やるな?」


何を納得したのかツバサはカオリ先生に鍵を借りると、理科室の鍵を開けた。


「よし。コレで探索できる。じゃあ、1人ずつ入っていくか」


ツバサがそう提案すると、ナズナが一目散に手を上げた。


「私! 私から行く!」


元気なナズナをなだめながら、ツバサは適当に順番を振った。


「よし、一番がナズナ、二番目私、三番目マコト、四番目ハル、そして五番目カオ姉の順に入っていくか」


「そうだな」


「ええっ! 僕は良いよぉ……」


反応はそれぞれだが、粗方決まると、ナズナがユキを呼びながら勢いよくドアを開けた。


「お手並み拝見だね」


ガラガラガラ。目の前のドアが閉まる。


理科室の窓には全面に暗幕がかけられ、中が覗けないようになっている。


ここまでの手の凝りよう、普段のユキには考えられない所業だった。


「ユキぃ……」


ナズナのか細い声が壁の向こうから聞こえてきて、心臓がビクンと跳ねた。


「怖いか、マコト」


ツバサは執拗に繋いだ手をもにょもにょ動かすと、バカにした様な笑みを浮かべてくる。


「す、少しだけ……」


癪だがそう認めると、ツバサはまたも「へっへっへっへっ」と笑い出した。


男勝りだが、笑う顔だけはしっかり女の子なツバサに、頬が赤くなる。


そんな時だった。


「ぎゃああああああああああああああああああ!」


今まで聞いたこと無い程の叫び声に、心臓が止まりかける。


「びっくりした……」


「ナズナちゃんがあんなに驚くなんて、ユキちゃんも本気ですね」


カオリさんは泣き出すハルの頭を撫でながら、そんなふうに微笑んだ。


ガラガラガラ。ドアが開くと、半泣きのナズナが出てくる。


「ツバ……カオリせんせ……マコちゃ……。うわぁああああああああああ」


顔を見た途端、ナズナは泣きだし、カオリさんの元へ駆けだした。


「あらあら……」


カオリさんはナズナを抱きしめると、優しく頭を撫でた。


「ん?」


そんな風景に何か気がついたのか、ツバサがナズナの元へ駆け寄る。


「ナズナ、顔、見せろ」


「うん……」


カオリさんの胸からこっちへ振り向くと、そこに居たのは顔に赤い液体をべっとり付けたナズナの姿だった。


「ナズナ! どうした! 怪我してないか!」


思わぬ姿に、駆け寄る僕たち。


するとナズナは再び泣きながら、事情を説明した。


「ユキちゃ……んが……倒れてて……血だらけ……で……うわあああああああああ」


僕たちはナズナの言葉に顔を見合わせながら考えた。


「こ、これ、本当に倒れてるんじゃ……」


カオリさんの横から、ハルが顔を出す。


「でも、もしかしたら肝試しの可能性も……」


普段あんなにもおっとりしているのも、もしかしたら今日の為の演技かも知れない。


もしそれが本当だったら、ユキを見直さなくちゃいけない程に、迫力のある肝試しだ。


「どっちにしろ審議はわかんねぇ。だけど、入ってみなくちゃ審議もクソも無いだろ。次は、アタシの番だ」


ツバサはそう言うと、理科室のドアに手をかけた。


ナズナが付けたのか、所々に赤い血痕の様な物が付いている。


「この目で見てくるよ」


ツバサは僕に目を合わせグッドマークを作ると、そのまま部屋の中に入っていった。


「ユキぃ、ユキぃ、肝試しなんだろ?」


壁の奥からそっと聞こえる、呼びかける声。やはり、ユキが血の海に倒れているのは本当なのだろう。


「おーい、ユキぃ」


何度も聞こえる呼びかけの末に返ってきたのは、これまた聞いたこと無い程の、ツバサの大絶叫だった。


「きゃあああああああああああああああああ!」


思い切り駆けだしてくるツバサを、胸で受け止める。


帰ってきたツバサには、ナズナと同じ赤い液体がべっとりと付いていた。


「ツバサ、どうした?」


肩をガクガク震わせる彼女を抱きしめながら、僕は問いかける。


「ひっ。え、えっ、と……」


声を震わせながら、何かを言葉にしているようだった。


「し、死んでる……。ユ、ユキが、死んでる!」


その言葉がはっきり聞こえたとき、脳よりも先に体が動いていた。


理科室に乗り込む僕と、カオリさん。


色褪せた木材が敷き詰められた床に、倒れ込むユキの姿。


辺りは一面血の海で、部屋の中を噎せ返るほどの鉄の匂いで満たしていた。


そして何より忘れられないのは、喉元に刺さる包丁と、辺りに散らばる赤い肉片だった。


「救急車! 救急車呼んで!」


かくして、僕らの肝試しは終わりを告げた。







「ふーん、中々調べてるねー」


事の粗方を話し終えると、ユキはまるで僕を馬鹿にするように、頭を何度も撫でた。


あの事件から、色々あった。


カオリ先生はあの事件の責任感から精神を病み、入退院を繰り返しているらしい。


ハルは心的外傷後ストレス障害を引き起こし、家に引きこもり人を怖がるようになった。


ナズナは村の外に引っ越し、心に傷を負いながらもなんとか学校に通い続けていると言う。


「あの事件があったせいで……」


ぽろっと、口から本心が漏れそうになった。


あの日、あの夜。


肝試しなんかに行かなければ、皆は幸せに暮らせたことだろう。


僕もツバサと……。


思い返せば思い返す度に、胸が痛くなってくる。息が荒くなってくる。


その度に、ユキの撫でる手が優しく感じてきて、つい縋りたくなってしまう。


この手が、この手がもしかしたら、僕にとっての救いの手になるのかも知れない。


小さくて、頭を撫で切れていないその手を、心のどこかで温かく感じてしまっている自分がここに居た。


「辛かったねー、よしよしー」


ユキは何度も何度も撫でると、飽きたのか適当なところで頭から手を離した。


「それでー? 今度はマコト君の推理を聞きたいなぁ」


まるで話に飽きたかのように、そう言い放つユキ。


僕は一度深呼吸をすると、背負っていたリュックサックからノートを二冊取り出して、適当に捲った。


「……うん。そうだね」


澄んだ空気が全身に回ると、まるで淀んだ空気がどこかへ行ったみたいに脳がスッキリした。


彼女に、この事件の結末を聞かなければいけない。


そのためにも、ここで涙を流していてはいけないのだ。


自分に言い聞かせるようにそう決心すると、事件の状況を整理し始めた。


「まずは、容疑者について。容疑者は5人。僕とツバサとナズナ、それにハルとカオリさん。この中で唯一犯行時のアリバイが無かったのが、カオリさん」


僕らは暗い中遊んでいても怒られないように、2人一組のペアにして動いていた。


僕とツバサ、ナズナとハル、そしてユキとカオリさんだ。


僕とツバサ、それにナズナとハルは道中遭遇し、一緒に分校までやってきた。


だが、カオリさんだけは、集合場所でも1人だったし、アリバイが無い。


「ユキの死亡時刻が20時から20時30分の間。そして、集合時間が21時。カオリさんが集合時間前にユキを殺すのは、事実上可能だ」


あの優しくて包容力のある、カオリさんがユキを殺していた可能性。


僕たちの先生も務めてくれたカオリさんが殺人鬼の可能性。


そんな事を考えて居るだけで、頭が痛くなってくる。


「ふーん、それでー?」


「だけど、これは簡単に打ち砕かれることになる。ほら、これを見て」


僕はノートをペラペラと捲ると、村人の証言が纏められたページを出した。


「カオリさんは分校に来る前に、足立のおじいさんと会って世間話をしてるんだ。これが丁度、20時から20時30分の間。だから、アリバイが成立してしまう」


これで、カオリさんが犯人の線は消えていった。


希望の星が急に目の前に現れては、直ぐに姿を消してしまう。この18年は、こんなことの繰り返しだった。


「となると?」


「次に、密室の件。ユキが殺された理科室は、ドア以外に出入りの出来ない密室だった」


それを告げると、ユキは顔を傾け、考えて居るような素振りをした。


「でもあの分校には、沢山抜け道があったよね?」


「そうなんだ。教室の窓の鍵が外側から外れたり、非常口が常に開いていたり、校内に侵入するのは簡単だった。だけど、あの理科室だけはどうにも、それが出来なかったらしい」


僕たちの証言に、警察の人達は小さな侵入口がないか何度も何度も確認してくれた。


その結果、あの理科室にはそう言った裏技で侵入が出来ないと結論づけられた。


窓には教室とは違う差し込むタイプの鍵がかけられ、出入り口にはしっかりとした鍵がかかっていた。


「そう考えると、一番怪しいのは鍵を持っている人物になる」


「だけどさっき、カオリ先生は外れたんじゃ……」


ここで、僕は別のノートのあるページを開いた。


「ここ。宿直室には、予備のキーがあって、それは皆知っていた。だから、理科室の鍵を開けるのは僕たちでも可能なんだ」


「となると、それが出来たのはナズナとハル、それにマコト君とツバサ姉ぇかー」


他人事のように、ユキは自分の殺人事件の容疑者を挙げていく。


その姿を見ていると、これは本当のユキじゃ無くて、ユキの姿をした何かに見えて仕方が無かった。


「僕たちは無いとして、ナズナとハル……。ナズナとハルなら……」


だが、この2人とはとても考えられ無かった。


ナズナとハルは2人とも小学六年生だ。そんな幼い彼らが、残忍な事を仕出かすのか。


それに、肝心のユキを殺す動機がどこにも見当たらない。


「まぁ、流石にその2人はないかなー」


「……そうだよな」


怪しさは残る物の、そう結論を出すほか無かった。


「最後に、不審者の件」


僕がそう切り出すと、ユキはピクリと動きを止めた。


「不審者が校内に侵入し、ユキを殺害。その後逃走。……だけど」


だけど、この件には幾つかの超えなければならない点があった。


一つ目に、密室の謎。ユキを殺し、もし密室が作り上げられるとしても、時間がかかる。僕らはユキが死んだ直後に校内に入っているから、そんな時間は無かった。


二つ目に、鍵のこと。ユキのポケットから見つかった予備キーからは、この分校以外の人の指紋は見つからなかった。


三つ目に、足跡。隅から隅まで地面が確認され不審な足跡を捜索されたが、僕らの足跡以外は発見されなかった。


「不審者なんて、いなかった」


そう、結論出すしか無かった。


ユキを殺す動機がある奴もいないし、このタイミングでユキを殺せる奴もいなかった。


彼女は完全密室の中、誰かにひっそりと殺された。


それは事実なのに、どうしてもその事実を飲み込めない自分が居た。


「……なぁ、ユキ」


僕は真正面に居るユキの顔を見上げると、力無き声で言った。


「この事件、何度考えてもある結論にたどり着くんだよ」


それは、本来は考えられない結論。警察や、僕たち被害者にも毛頭無かった、摩訶不思議な結論。


「ユキ、お前は『殺されてなかった』んじゃないか? 不慮の事故か、自殺……」


理解し得ない、二つの結論。あの凄惨な現場から、そんな答えが出てくるとは思えなかった。


「……うん、いいね。それがマコト君の推理の答えなら、私は喜んで答えを話すよ」


ユキは不敵な笑みを浮かべると、僕の手を取った。


「それじゃ、話そっか。この事件の真相を」







「全ての真相はね、まず、『私は殺されていなかった』というところから始まるんだよ」


日差しが照りつけているはずなのに、2人の間には氷よりも冷たい空気が吹いていた。


「うーん、惜しいね。事故と自殺の二つまでは絞れていたのに。私も、他殺のフリを頑張って良かったよ」


わー、ぱちぱちーと子供だましに喜ぶユキに、僕は顔面蒼白な視線を向けた。


ユキが、自殺だったとは。


彼女の遺体には、喉元に新品の包丁が一本、深々と刺さっていた。


それは自分で刺すにはあまりにも惨く、何か強い怨念や、恨みが無いと出来ない所業だった。


だからこそ、警察は死因を他殺としたし、僕たちも疑わなかった。


16歳の少女にはとても出来ない、残酷な死に方だったから。


「いやー、ね。マコト君の推理も面白かったよ? 状況整理はほぼ完璧だったし、あの事件の事は私より詳しいんじゃ無いかな?」


あどけない表情でこっちを見るユキに、段々と怒りが湧いてきた。


「……何で自殺なんてしたんだよ!」


思わず、強い言葉遣いでそれが外に出てしまう。


この18年間抱えていた想い。幼なじみの、非業な死。


要素がグチャグチャに絡まり合って、自分が止められなくなる。


「うーん、なんでって言われてもなぁ。あ、死んだ状況、教えてあげよっかー」


何を思いついたのかと思いきや、ユキはあの晩の事を鮮明に語り出した。


「まず最初にね、私がやったことは、暗幕を貼ることなの。ドアを開けて、部屋を暗くして。それで、あ、鍵は内側からかけてポケットの中に入れたっけ」


昔話を語るように、点々とずっと語り続ける。


「それで、次に死ぬ場所を決めてー、これはね、部屋の真ん中って決めてたから」


パチンと手を打ち鳴らして、嬉しそうに語る彼女にどこか、昔の面影を感じてしまう。


あの死に顔ともちがう、昔の、のんびりしたユキの姿を。


「で、最後。ミスがないかを確認して、部屋の時計が20時丁度に鳴った瞬間に、持ってきた包丁で喉を突き刺したの! こう、ぶしゅーっと」


デモンストレーションを行うように、架空の握りしめた包丁を自分の喉元に突き刺す。


「何度も、何度も、深く深く刺したの。あれは痛かったぁ」


生きている彼女から直接聞くと、その光景が脳裏に鮮明に浮かび上がる。


絶命の悲鳴、飛び散る血しぶき、苦しみの表情。


口元まで迫ってくる酸っぱいそれを、なんとかすんでの所で飲み込んだ。


「それで、私は死んだわけです! どう? 納得した?」


全てを語り終え満足したのか、先程の水筒からお茶を汲むと一気に飲み干した。


「まだ、納得してない。この事件の真相、なんでユキがそんな惨い自殺をしたのか、教えて貰っていない」


死因はわかった。状況整理も大方合っていた。だが、まだ動機が不明だった。


あの時まで、6人は喧嘩もせず、一日一日を楽しく過ごしていたと思う。


多少見過ごしてたところもあったとは思うが、いじめなんかも無かったはずだ。


それがどうして、彼女を死に追いやったのだろう。


「うーん、言わないとだめ?」


口元に人差し指を当て、幼そうに聞くユキに、「約束、だろ」と言った。


「まぁまぁ、そんなに怒らないで。じゃあ、話してあげるよ」


そう言うと彼女はまたもベンチから降りて、僕の真正面で恥ずかしがるようにもじもじと体をくねらせた。


「あの事件の後、君塚分校探索部はどうなった?」


ユキの質問に、少し考えてから返答する。


「……あの後、心を病んだ奴、遠くに引っ越した奴、それにこの事件に執着した僕に、愛想を尽かした奴。皆が散り散りバラバラになったよ」


ツバサの最後の姿を思い出すと、今でも胸に来る物がある。


定職にも就かず、進学もせず、ただこの事件を追い続ける僕に、ツバサは言った。


「狂ってる」と。


言い切りため息を一つ吐くと、ユキは待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「そうだよ。私が望んでいたのはそれ。私たち幼なじみをバラバラにすること」


「それに何の……」


「そーれーとー、マコト君! 君とツバ姉を引き裂くこと! それが、私の自殺した動機でしたー」


言葉の意味が分からなかった。


ユキの動機が、何一つ理解が出来ない。


僕とツバサの仲を裂くことに、何の意味がある?


幼なじみをバラバラにすることに、何の意味がある?


全てが理解出来なくて、胸が苦しくなった。


「マコト君、この事件が起きてから、私の名前を見なかった日は無いでしょ」


それが当然であるかの如く、ユキは言い切った。


「あれだけツバ姉を見ていたマコト君が、今度は私を見てる……! そのために、私はこんな派手な自殺をしたんだよー。ホント、嬉しくって死にそうだね」


嬉しさを体現するように、辺りをくるくると舞い続けるユキを見ていると、少なからず理解が出来るような気がしてきた。


彼女は、僕の意識を引くためにこんな大がかりなことをしたんだ。


自分の命を使ってまで。


「狂ってる……」


ツバサの、僕を見る目が分かった気がした。


常軌を逸した物。自分の身近にいて欲しくないもの。そんな物に出会ったとき、人はこんな感覚になるんだ。


「ううん、狂ってないよ。私は普通だよ? 普通で、普通で、普通で、普通で、普通で、普通で、マコト君が大好きな、幼なじみだよー?」


段々と、その仮面が落ちている気がした。


彼女の正体は、きっと、そう言う物なのだろう。


早く、この場から逃げないと行けない。


「くっ……なんで」


だが、どれだけ体を動かそうと思っても、腰はベンチから離れず、体は一向に立たなかった。


「最後に、マコト君」


ユキがこっちに近づいてくる。あの狂って、獰猛で、どうかしてるユキが。


「前回よりかは、早くなったねー」


「それってどういう……」


前回? 前回ってどういうことだ? 何が起きている。何なんだこのモンスターは。


はじめから分かっていたはずなのに、頭が段々、真っ白になっていく気がした。


「前回マコト君が真相にたどり着いたのは、53歳だったよ。それに比べれば、あの事件からたった18年で来てくれたなんて、えらいえらい」


「53歳? どういうことだ」


頭を撫でられ続けても何も出来ない自分に、腹が立った。


「どういうことか教えてあげよっか? 私たちはね、ループしてるんだよ。あの事件から、このエンドロールまでを」


その事実を見つけたとき、冷や汗が止まらなかった。


ユキの今の背格好は、どう見ても17か18そこらの女子高生である。


彼女が死んでから、丁度18年。


もし、ユキが死んだ直後に生まれ変わっていたとしたら。


その事実に鳥肌が止まらなかった。


「じゃあね、マコト君。また、会おうね」


そう言うと、懐からあの時と同じ包丁を取り出し、僕の方に刃先を向けた。


「いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!」


声を荒げ、ジタバタ地団駄を踏むが、一向に体は動かなかい。


その時知った、最初に飲んだ麦茶にそう言う系統のクスリが入っていた可能性を。


全てが愚かで仕方が無かった。全てに後悔の念がつきまとった。


ツバサをもっと見てやれなかったこと。あの事件に、執着したこと。


「さよなら」


その一言が聞こえたと思ったら、今度は全身に強い痛みが走っていた。


目の前が鮮血に満たされて、赤黒く汚れていく。意識していないのに、口から何かが吹き出した。


お腹が、お腹が痛い。


薄れ行く意識の中でユキの笑った表情を見ていると、不思議と今までの事が全て可笑しく見えてくる。


またいつか、こんなエンドロールにならないことを願って、僕は静かに瞼を閉じた。







 マコト君の死を見届けると、私は鮮血に染まる地面に寝転んだ。


「これはね、マコト君がゴールにたどり着くまで繰り返し繰り返し繰り返し続くんだよ」


懐から別の包丁を取り出すと、喉元に立てる。


「マコト君が私を好きになるまでずーっと」


隣に転がる、彼の死体。30を超えても尚残る幼げな表情に、胸のどこかが「キュン」と鳴る。


「だって、私は悪魔だからね」


事切れたマコト君にそう話しかけると、思い切り喉元を突き刺した。


ぐりぐりと、肉を切り裂き骨を避け、深くまで抉り続ける。


その手が止まるまで、ずっと、永遠に、喉元を抉った。


「じゃ……ね……マ……コト……君……。次……の……エンドっ……ロール……で………」


言葉が発せ無くなると、私は自分の手を力無く地面に転がした。


今度は笑い合ってこの山を2人で登れる、そんな日が来ることを願って。

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