5話 リエルタ・ザブルグという女
「なんですか?」
「なんですか、じゃないわ。あなた、一体どういうつもりなの?」
昼休み。
私は見知らぬ上級生のひとりに呼び出された。
案内された場所は学園内でも人気のない裏庭。そこに来ると、数人の女子生徒らが待ち構えていた。
私はなんですか? とすっとぼけて見せたが実際は彼女の事も彼女が言いたい事もわかる。
ハノン様の件だ。
彼女の名はリエルタ。私より二つ歳上でハノン様とは同級生であるザブルグ家の公爵令嬢だ。
そしてハノン様が今現在進行形で本当に好きな女性、のはずである。
おそらくリエルタとハノン様は本当に交際をしていた。
学園内で二人きりで見る事も何度かあった。
婚約者は建前上私ではあっても、彼が愛していたのはリエルタだったはずなのだ。
しかしそんなハノン様が今朝、この私と手を繋いでいた噂を耳にしたのか遠目で見ていたのだろう。
「どういうつもりとは?」
「ハノン様の事よ。あなた、身を引いたのではなくて?」
「……」
なんて答えようか言い淀む。
だが、私はまだ婚約関係を解消されているわけでもない。
「……私はハノン様の婚約者です」
「そんなもの、もう無いに等しい上っ面の関係でしょう? それともなに、やっぱり彼の事が忘れられなくて私から強引に奪い取ろうとしているの?」
この女も相当だな、と思った。
強引に奪い取ろうとしているのは貴女ですと返したいところだ。
「別にそんなつもりは……」
「そうよねえ? だって貴女、あまりにも鬱陶しくてハノン様から嫌われたんだものねえ?」
「……」
「貴女だってもうハノン様には興味もないでしょう? あれだけ嫌われてるってハッキリ態度に出されているんですもの」
「そう、ですね……」
「じゃあ今朝の事は何かの間違いって事ね。わかったわ、そういう事ならもう貴女、帰っていいわ」
ひとまずこれで解放してもらえるなら、と私は思い、その場から離れようと彼女たちに背を向けた時。
ドンっと強く背を押され、息が詰まるような感覚と共に私は地面へと倒れ込んだ。
その拍子に土が口元に飛び跳ね、顔も汚した。
「っけほ! けほ!」
「あっははは! 良かったわねえ、ここが柔らかい地面で。固い床だったら危うく怪我をしてしまうところだったわね?」
リエルタ・ザブルグ……!
あの女が私の背中を蹴飛ばしたのね。
「あら、下流貴族の貧乏男爵令嬢如きが随分と生意気な目をするわねえ? これはもっと立場をわからせないと駄目かしらね?」
リエルタの醜悪な笑みに、その取り巻きの女たちもそうだそうだと同調すると、すぐに私の周りを見下すように囲む。
「リエルタ様になんて態度なの」
「あなたのようなブスにハノン様の婚約者が務まるわけがないでしょう?」
「少し痛い目を見ないとわからないようね」
さすがに四人は汚い。
このまま暴力を振るわれるのかしら……。
と、私が恐怖で身をすくませていると。
「皆さん、ちょっといい? 私の右手、見てくれるかしら?」
取り巻きたちの背後でリエルタが右手のひらにバチバチッと小さな電撃を走らせている。
「まあ!」
「さすがはリエルタ様!」
「お噂はかねがね聞いておりましたけれど、それが電撃の魔法なんですね!?」
聞いた事がある。
リエルタは学園内でも魔法学では相当に優秀な成績を残しているらしく、得意の電撃系魔法に関してはすでに大人顔負けの威力を発揮できるのだとか。
「安心しなさい? ちゃあんとセーブしているわ。ちょっと体が痺れて、もしかしたらおしっこを漏らしちゃうかもしれないくらいよ?」
きゃははは、とリエルタと取り巻き女たちは声を揃えて嘲る。
「さあ、おしおきよッ!」
私は思わず目を閉じた次の瞬間。
「おい! 何をしている!?」
人が滅多に来ないこの裏庭に現れた何者かの声が、リエルタの行動を遮った。
その声の主は――。