12話 婚約者様の秘め事
「それもイセカイの記憶、とやらですか?」
「ああ、そうだ」
「一体どういう事なんでしょう。イセカイの記憶というのは未来の事も存じ上げてしまうものなのですか?」
「……そんなようなものと思ってもらっても構わない」
彼のイセカイの記憶、とやらの情報はいつも突拍子もなく、非現実的だ。しかし嘘を言っているようにも見えない。
「それにしたって、私は公衆の面前で婚約破棄され笑われ者になった男爵家の令嬢です。昨日の今日とはいえ、すでに学園中には噂になっていましたし、私の両親もすでに昨晩の件は知っていて、正直ハノン様に対して大きく敵愾心を抱いております」
「ああ、知っている。キミのお父上であるウェル卿が今朝、私の屋敷に乗り込んできたらしいからね。だが安心してくれ。ウェル卿にはすでに土下座で謝罪し、アレは私が酒に酔った勢いで言った悪ふざけだと説明した。更には私はファルテシアとすぐにでも結婚するつもりだとも話してある」
そうだとしても私は世間じゃとんでもなく辱められてしまったわけなんだけれども。というかドゲザ? ってなんだろう。
でも命が危なかったんじゃ仕方がない、のかなあ?
あくまでハノン様の言葉が真実ならだけれど。
「それならせめて事前に教えておいてくれても良かったのでは?」
「すまない。ただもし事前にキミへ話してしまう事で流れが変わってしまう事を懸念していたんだ」
相変わらずハノン様の言葉は要領を得ない。
流れ、とは一体なんだろうか?
「……それで、ハノン様は実際リエルタの事はどう思っておられるのですか?」
「ただの友人のつもりだ。当時、彼女が一方的に私の事を婚約者にするだのなんだの騒いでいたから、私にはファルテシアという正式な婚約者がいるときちんと伝えてある」
「それはその……前世の記憶が甦ってからですよね?」
「そうだ」
「ハノン様。前世の記憶が甦る前は彼女の事をどう思っていたのですか?」
「……好きだったのかもしれんが、今となってはもはや何もわからん」
これだ。
私がハノン様に感じているおかしさ。
ハノン様はハノン・イグナスとイクル・ハシモトとの記憶の両方があると言いながら、以前のハノン様の記憶について曖昧な事が多い。
彼は本当にハノン様、なのだろうか。
「とにかくファルテシア。私の婚約者はキミだ。本来ならキミが学園を卒業する18歳になってから結婚をする予定だったが、キミと私の両親には適当な事情をでっちあげて早急に秘密裏に結婚の準備を進めてしまおう。幸いキミはもう16歳で成人はしているしな」
なんだかこれはこれであまり面白くない。
これではまるで作業のように結婚するみたいなんだもの。
「……ねえ、ハノン様」
「ん? なんだいファルテシア?」
「この一年、ハノン様とたくさん一緒に過ごせて私はとても楽しかったです」
「それは私もだファルテシア」
「だからせめて結婚の前に全てを打ち明けてほしいのです。ハノン様は私に嘘をついておりますよね?」
「……」
そう。彼は嘘をついている。
ハノン・イグナス様はこんな感じじゃない。
本来のハノン様は何においても自分本位で人の為に何かをするような人ではない。
それは幼い頃からそうだった。
魔法学園に入る前まで、私とハノン様は確かに仲は良かった。けれどハノン様は昔から別に私の事を特別気遣ってくれたり、人の為に動くような人ではない事も知っていた。
幼い頃はそれでも彼が格好良く、面白く見えていたが、年を重ねて思い返してみると、やはり彼はお世辞にも人としての器が広い人物とは言えなかった。
それがあの一年前の事件からめっきり変わってしまった。
私は昔のハノン様のようだ、と思ったが違う。
昔のハノン様よりも出来た人となっている。
出来過ぎなくらいに。
それがなんだか少し怖かった。
私の知らない彼が怖かったのである。
「ハノン様。あなたは本当に私の知っているハノン様なのですか?」
そしてこれを聞くのが怖かった。
もしこれを聞いてしまえば今の仮初かもしれない幸せがまた霧散してしまうかもしれなかったから。
またあの、冷酷な眼差しのハノン様に戻ってしまうかもしれなかったから。
もうあんな想いはしたくなくて……。
「……ファルテシア、私は」
「お願いです。ハノン様……いいえ、イクル様。あなた様の知っている全てを私にお話しください。そうしたら私は全てを受け入れてあなたと結婚致します」
「……そう、だね。うん、わかったよ」
ハノン様は少し寂しげな瞳をして、頷いた。