11話 そしてプロローグへ。
――そしてハノン様の頭がおかしくなってからちょうど一年後。
「聞け! ファルテシアッ!」
王立魔法学園の卒業パーティーにて。
18歳を迎える貴族の卒業生の他、学園の教師、そのパートナーや知人、友人たちだけで集められた盛大な夜会。参加予定のメンバーが漏れなく揃い、まだパーティーが開始され間も無い頃。
「今日この時をもってキミとの婚約は破棄させてもらう! この一年、もう一度やり直してみようと考え直してみたが、やはりもうキミにはうんざりさせられたッ! おかげで私は別の女性と婚約する決心を付けたぞ!」
私の婚約者、ハノン・イグナス様からそう言い渡された。
私にはワケがわからなかった。
ハノン様はあの日以来、私にとても優しくなって、私の事を毎日大事にしてくれていた。
この一年はとても楽しかったのに。
この卒業パーティーの場で、突然ワケのわからない婚約破棄を突きつけられ、頭が真っ白になっていた。
ハノン様の真意がわからない私は仕方なく静かに頷いてみせ、この会場から立ち去る事にした。
●○●○●
「……すまなかったファルテシア」
学園卒業パーティーのあったその翌日。
卒業パーティーという大衆が集まるその場で大袈裟に婚約破棄を申し渡してきた張本人は、私のお屋敷の、私の部屋に来るとすぐに頭を下げてそう言った。
「ハノン様……わけがわかりません。私達は本当に婚約を解消するのですか?」
「無論、嘘だ! そんな事をするわけがない!」
そっか、嘘なんだ……。
私は内心安堵していたがそれを表には出さないように振る舞う。
「理由をお聞きしても?」
「うむ。あの場でキミとの婚約破棄を宣言しておかなければ、おそらく私かキミのどちらか、もしくは両方ともあの場で殺されていたかもしれないのだ」
なるほど。なるほど? え? 殺され?
「それではつまり、また例の……」
「そうだ。異世界での記憶の賜物だ。しかしどうやらうまく行ったようだ。おかげで私もキミもこうして無事に今日という日を迎える事ができたのだからな。だがしかし、ここの攻略にはやはり些か難儀させられそうだ」
――イセカイの。
あの一年前の日からハノン様は事あるごとにイセカイの記憶とやらでおかしな行動を取る。
「問題はこれからだ。キミとの婚約破棄騒動によってあの場で発生しうる危険なフラグはおそらく消滅させたが、これだけでは完全なる解決とは言えまい。となると次のイベントに関連するフラグがどこに立っているのかを模索せねばなるまいが……。だが、現状不確定要素が多い中、不用意な行動は何が起きるかわからん。今のこれはおそらくifルート。いや、それならばやはりいっその事……」
まーたハノン様が頭のおかしな独り言をぶつくさ言っている。
――けれど、よかった。
昨日の婚約破棄、アレはやっぱり嘘だったんだ。
彼は独り言に夢中になっていたかと思うと、不意に私の顔を見て少し目を見開いた。
「ところでファルテシア。今日のキミも一段とまた可愛らしいな。そのメイクも最近流行りの最新のものに変えたのだろう?」
「え? ええ、そうですわ。ハノン様、よくお気づきになられましたわね」
実はこれは今日、私が気分転換に侍女に頼んでいつものメイクとは変えてもらったのだ。
昨日のハノン様からの婚約破棄が信じられなくて、ショックだったから。
きっと何か事情があるはずだと思ってはいたけれど、こうしてハノン様から話を聞くまでは気が気ではなかったから……。
「何を言ってる。世界で一番キミを見ている私だぞ。キミの変化に気づけないわけがないだろう?」
やっぱりこのハノン様は頭がおかしくなったハノン様のままだったんだ。
「それでハノン様。私たちはこれからどうなさればよろしいのですか?」
「うむ。それだが、私はキミとすぐにでも結婚しようと考えている」
「はい?」
「結婚してしまえばキミと共にこの屋敷に住めるだろう? そうしたらキミは学園をすぐに辞めてしまえばいい。そうすればおそらく私とキミの命を狙う輩も諦めざるを得ないはずだ」
「ええーっと……ごめんなさいハノン様。理解が追いつきかねます」
「ああ、すまないファルテシア。実はだな……」
ハノン様曰く、どうやらあの卒業パーティーで私との婚約破棄を盛大に行なっていない場合、私かハノン様のどちらか、もしくは両方があの卒業パーティー中にリエルタ・ザブルグ公爵令嬢の手配した者にナイフのようなもので滅多刺しにされて殺害されてしまうのだとか。
リエルタは大変なお金持ちの公爵家のご令嬢で、ハノン様のイグナス家とはこの国内において権力、財力全てに関して双極とまで呼ばれるほどの大貴族だ。
そして、更に言えばハノン様の以前の浮気相手でもある。
彼女はだいぶ前にもうハノン様の事を諦めたと思っていたけれど……。