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グータラ令嬢の私、婚約す。そしたら前世の記憶を取り戻した。

作者: みき

読みにきてくださりありがとうございます。

 駅の改札から逃げ惑う人々。


" 〇〇が無事で "


 私の腕の中でどんどん冷たくなっていくーー。


" 本当によかったぁ "


 ーーの腹部から流れ出る血。私はハンカチで力一杯抑える。だけど、止まらない。


" ずっと怖くて言えなかった "


 寒い時に握るとカイロの代わりになって暖かいーーの手。今は信じられないほど冷たいーーの手が出血部を抑える私の手を握った。


" おれはずっとお前のことが "



………

……



「やだ!」


 いつからか見るようになった夢……石造が主流であるこの世界とは様相の違う建築物。


「私」


 そんな建物の中を見たことのない服装の人々が逃げ惑う。そしていつも私の腕の中には腹部から血を流した黒髪の少年がいて、体がどんどん冷たくなっていく。


" 俺はずっとお前のことが "


 愛おしそうに私を見つめる少年がそう口にした瞬間、少年の瞳から生気が消え失せ、弱々しく鳴っていた鼓動が停止する。


「まだ何も……」


 その少年が誰で、夢の中の私とどんな関係なのかは知らない。だけど、少年が死んでしまったと悟った瞬間、私の胸中を襲う虚無感と絶望感に押しつぶされそうになる。そんな受け入れ難い現実を否定するように少年に手を伸ばすと、


「……まただ」


 私の意識は夢から覚めていて、自室にあるベッドの天蓋に向かって伸びた自分の手が視界に映り、目尻から流れ落ちる涙が「ここは現実」だということを教える。


「はぁ……」

 

 そして遅れてやってくる虚無感になんとも言えない目覚めとなってしまう。が、最悪の目覚めというわけではない。ただ、なんというか大切な何かを忘れてしまっているような気がしてならない。


(なんなんだ……?)


 と、思考を巡らせる。けど、準備体操もしていない頭では満足な答えなんか出せない。それに冴えた昼間にふと思い出して考えてみた事があるけど心に引っかかっているものがなんなのか全然わからなかった。


「考えても仕方ないか」


 胸に詰まるような重苦しい空気を吐き出すと私はベッドから這い出て、クローゼットへ向かった。


「……こんなにあってもなぁ」


 私は50畳の自室と変わらない広さのクローゼットを呆れながら見つめる。


 私は服に対するこだわりなんてない。5着もあればこと足りるし、クローゼットではなく衣装タンスでいい。でも、娘である私を溺愛する父様がそれを許さない。


"かーわーいーいー!どの服もミリアたんにピッタリ!端から端、みーんなちょうだい!"


 休日になるとハイテンションな父に連れ回されいろんなドレス、宝飾品等々を買い与えられる。


「はぁ……服なんて着れれば一緒なのに」


 そんな生活を15年、当然のように部屋には入りきらず50畳のクローゼットを増築。さらにドレス用の部屋を5つ用意した。が、それでも入りきらないものが出てきてしまい、そういった服はメイド達にあげている。


「なんでもいいや……今日はこれにしよ」


 入り口近くにかけられたドレスに手を伸ばして着替える。


「お嬢様。失礼致します」

 

 私が着替えていると戸がノックされ部屋に侍女が入ってきた。


「どうやら本日もお寝坊のようでございますね」


 静かに戸を閉めた侍女は、カーテンの隙間から差し込むわずかな光によって照らされたベッドを見て嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「はぁ……今日はどんな可愛い寝顔が見れるかしら」


 音をたてずにベッド脇まで進むと、


「旦那様は寒い日は頬を膨らませると言われていたけど、とんでもない!今日の気温から言ってお嬢様はきっと白い顔で具合悪そうにうなされているはず!」


 何やら喋り終わると頷き、


「旦那様よりもずっとおそばで見てきた私の方が誰よりもお嬢様のことを知ってるんだから!」


 掛け布団へと手を伸ばした。


「お覚悟!」


 布団に手をかけた侍女は、まるで討たれた主君の仇討ちを決意した騎士のような覚悟の決まった顔で布団をめくった。


「……お、お嬢様がいない!?」

 

 布団をめくった瞬間、恍惚した顔でベッドの中を覗き込んだ侍女だった。が、覗き込んだベッドの中に目的の人物がおらず、すぐに驚愕に顔を染めた。


「私がお腹を痛めて産んだお嬢様……いずこにいらっしゃるのですかぁ!!」  


 いつも楽しみにしている無防備な私の寝顔が見られなかったショックからその場に崩れ落ちる侍女。


(なーにやってんだこの人)


 

 それを見た私は呆れるばかり。


(街中だったら絶対に他人のふりをするな)


 と思いつつ、これ以上騒がれたら寝起きの重い頭に響いて敵わないと、


「お嬢様はいずこにぃぃ!」


 ベッドを見つめたまま叫ぶ侍女の肩を指でツンツン。


「私はここだよ」


 そんな私の声に侍女はギギギと首を動かし顔を背後へ向けた。


「……お、おお、おおお!」


 腕を組んで立つ私を見た侍女は、しばらく見つめたあと、小刻みに震えながら片言で話し始めた。


「お、オジョウサマがご自身でオキラレテいる!」


 いい終わりと同時に飛び上がると、着地後すぐに鋭いスタートを切って部屋の戸を開け放ち、


「だ、旦那様ァァ!!お、お嬢様がご自身で起きられていました!しかもお着替えまで一人で!」


 食堂にいる父様に向かって叫びながら走り去っていった。


「な、なにぃぃ!!」


 そして食堂から100メートル離れているにもかかわらず、私の部屋にまで聞こえる父の声。


「兵士達!今の話を聞いたかぁ!」


 慌てた様子で私の部屋の前にやってきた父は私に向かって指を差した。あとをついてきた数名の兵士が父の指差した先に視線を向ける。


「あ、あの国王様がご来訪なさった時でさえ昼まで寝ていたミリアたんが、ぁぁ」


 徐々に顔色が悪くなっていき体が震え出す。


「自分で起きて自分で服を着替えているぅぅぅ!」


 血走った目を見開き、驚愕に顔を染める。


「っ!し、信じられない!」


「あのグーたらで有名なお嬢様が!」


 ドレッサーで髪を梳かす私を父と同じく血走った目を見開き、驚愕に顔を染めていた。


「うるさ」


 そんな父達の様子を鏡越しに見ながら邪魔な髪を後ろでまとめる。


「や、槍の雨……いや、ドラゴン?」


「いやいや。そんな生ぬい現象で済むはずがないですよ!」


「そうですよ!」


 コソコソと何かを話し合う父と兵士たち……仲いいな。


「じゃ、じゃあまさか……」


「ええ」


「間違いありません」


 絶望感漂う顔で話す父に頷く兵士たち……大人四人が固まって話されると通り道がなくて部屋から出られない。お腹空いた。


「い、隕石だぁ!隕石が降ってくるぞぉぉ!備えろぉぉ!」


「わかりました!魔王襲撃時に備えて用意した防護結界を展開します!」


「こんな時のために用意した魔法師部隊総勢30名で対応します!」


「急げぇぇ!!」


 父の指示によって兵士達が慌ただしく走っていく。


「大げさ」


 と、支度が終わった私は食堂へ向かった。


「おはようございます」


「おはようございます。姉様」


 この状況にツッコミも入れず、慣れた様子で静かに朝食を食べる母と妹に「おはよう」と挨拶を返して席についた。


 何かいつもと違うことがあると大騒ぎする父ーーウェルネス・レイブン侯爵。次期国王争いをする第一王子と第二王子に変わり、国が乱れないように国王不在の王国を裏から支えている元宰相(国王崩御のおり、第一王子により強制的にその任を解かれた)


 いつも冷静沈着、しかし自分好みの年下男性には目がない母ーーミセス・レイブン、妹ーーミラ・レイブン。


 そして父であるウェルネスによく似た性格の兵士達と、


「あははは!今日も寝坊したんだって!お嬢様!」


「ま、俺たちは昨日の夜から今まで飲んだくれてるんだけどな!」


「よっ!人でなしー!」


「ちげぇねぇ!ぎゃははは!」


 毎日何がおかしいのか笑って過ごす賑やかな領民に囲まれた生活が私の日常……これでも私、一応貴族だからな?


 大切な何かを忘れたような感覚はあるけれど、幸せな毎日を送っている。




 

 私の苦手なもの


 

 基本的に白黒の気に入った服を何着も購入してそれだけを着続け、メイクはほとんどせず、おしゃれや流行のロマンス小説にも一切興味なし……一般的にイメージされる貴族令嬢像からかけ離れた存在が私だ。


 しかしそんな私にも苦手なものがある。それは異性と二人で過ごすこと。おぎゃあと生まれて15年、成人間近の私は本格的に結婚相手を探す時期を迎えた。


 レイブン侯爵家のあとを継ぐ血筋は、私と妹と、女しかいない。そして結婚できる年齢を迎えているのは私ーーそうなると必然的にレイブン侯爵家の跡取りとなる男を捕まえなくてはならない。


 正直、面倒くさいことこの上ない。だけど、私もこう見えて一応は貴族令嬢だ。務めを果たさなければならない。のだけど……、


「やっと2人きりになれたね」


 お見合いの席で未来の旦那様候補と2人きりになった瞬間、それまでは"素"がバレないように『貴族令嬢』を演じていた私の心がざわつき出す。


(はぁ……はぁ……)


 視界は揺れ、呼吸が浅くなる。次第に胸が締め付けられるように痛み出して……


「え……ミリア嬢!?」


 気を失ってしまう。そして気がつくといつも自室のベッドで目を覚ます。


「またか……」


 なんでいつもこうなるんだ?と自分自身でも原因が分からず困惑してしまう。


 昔から異性と2人きりになるのは苦手で気絶してしまうことがたびたびあった。だけど、毎回あるわけではなくて豊満な体型の男性か、目が鋭い男性の時だけだった。しかし、お見合いをするようになってから症状が悪化してしまった。


 心当たりがあるとすると3ヶ月前……15歳になって初めてのお見合い相手。


「ごきげんよう」


 私はぎこちないながらも失礼のないように貴族令嬢を演じた。相手は、私と同い年の中では一番優秀な人物ーーメルエム・ジーニスト。(侯爵家次男)


 容姿端麗、同世代に並ぶものなしといわれる知力、兵士5人に圧勝してしまう武力、そしてバランスの良い筋肉を搭載したしなやかでスタイルの良い身体は、どんな奇抜な服でも着こなしてしまう。


 性格も温和で身分など気にせずに誰にも分け隔てなく接するため、貴族だけでなく民からの人気も高いという。


 はっきりと言って私の父が元宰相であることを抜きにしても釣り合わない。


 もっと他に、財力がある家や権力を有する家ならいくらかでも存在する。それに出世欲も人並み以上だとも聞いた。


 そんな人物がなんで私にお見合いを申し込んだのか疑問で仕方なかった。けど「優秀な者の血を取り込む」という貴族令嬢の務めを果たすべく会うことにした。


「噂に違わぬ美貌……こちらこそお目にかかれて光栄です」


 優雅に挨拶を返してくれたメルエム。第一印象は噂通りだと思った。その後、お見合いはつつがなく進み、ついにメルエムと2人きりになる時間がやってきた。


「それではあとは若い者たちだけで」


「そうですね」


 私の両親、メルエムの母が部屋を出て行った。


(こ、こんな時は深呼吸……)


 2人きりになった瞬間、ドクン!と跳ね上がる心音。それは次第にドクンドクンドクン!と小刻みになっていき、震え出す身体。


 ふぅぅ……と、息を吐くことで幾分落ち着きを見せ、最近ではパーティーで異性に囲まれても気を失わずに対処できるようになった。


「よ、良い天気ですね」


 まあ、対処できるようになったというだけで苦しいということに変わりはない。しかしこれはお見合い。相手に失礼をしてしまっては申し訳ない、となんとかぎこちない笑顔に見えないようにできるだけ自然な笑顔を心がけた。


「……」


 そんな私の問いかけに対して聞こえていないのか、メルエム・ジーニストは顔を下に向けてしまった。


(ま、まさか笑顔がぎこちないことがバレて……)


 その様子に私は一瞬不安になった。が、


「グヒッ……」


 メルエム・ジーニストは下を向いたまま突然肩を揺らして笑い出した。


「グヒヒヒヒ」


 抑揚のない一定の高さを保った笑い声……息遣いを一切せず、実に1分ほど笑い続けた。


(……に、逃げなきゃ)


 急に雰囲気が豹変したメルエムにただならぬ悪寒を感じた私の身体はかつてないほど震え、直感的に「危ない」と思った。なぜそう思ったかは分からない。ただ私の直感が警鐘を鳴らした。


「急用を思い出しまして……失礼します!」


 席を立った私は、一礼し顔を上げた。すると、こちらを覗くメルエムと目があった。


「グヒッ」


 長い前髪の間からこちらを覗くメルエムの不気味な視線と目とあってしまった。その瞬間、頭に雷が落ちたような激痛が走った。


"グヒッ……グヒヒヒ!これで君と僕の仲を裂こうとする邪魔者は消えた"


 あの夢に出てくる黒髪の少年が腹部を抑えて倒れた。そして倒れる少年の正面に立つ風船のような体型の男は私に向かって愉快そうに笑い、倒れた黒髪の少年の腹部を蹴った。その衝撃で蹴った男のズボンは飛び血で赤く染まった。


「あ……ぁ」


 わけがわからない。メルエムに対して恐怖する心、急に頭を襲った激痛、フラッシュバックするような一瞬にして駆け巡った記憶?それとも夢?……現状を把握しようとする脳の処理が追いつかず、私の意識は暗転した。


 その後、目を覚ますと私は自室のベットに居た。私が目を覚ますとベッド横にいた父が号泣、母と妹も安堵の息を漏らし、侍女やメイドなどの使用人、兵士たちは胸を撫で下ろしていた……どうやら相当心配させてしまったようだった。


「何が『正式にミリアさんと婚約します』だ!気絶した娘をほっぽって……あのクソガキィ!」


 ひとしきり泣いて私が気絶したショックから立ち直った父は、メルエムのことを思い出すと今度は怒り出し、腰に刺した剣を振り回し始めた……私の部屋なんですけど。


「だーれが認めるかぁ!」


 怒りの炎は時間の経過とともに燃え上がり、それに比例して言葉遣いも悪くなっていったため母が代わりに何があったのか説明してくれた。それでも長かったので要約すると、


「婚約を申し込んできたメルエムとその母の婚約するのが当たり前という態度が気に食わず、屋敷から追い出した。その際に2度と来るな!」


 と父は怒鳴ったそうだ。その後、慌てた父が兵士たちと一緒に私を部屋へと運んだという。


(よかった)


 「信用が命の貴族」においてやってはならない行動ではあったけど、この時ばかりは父に心から感謝した……メルエムのあの時の目を思い出すと鳥肌がたって体が震え出してしまう。


 長くなってしまったけど、それからというもの異性と2人きりになると気絶するようになってしまったため、今はお見合いを中止している。


 あとはメルエムがたまに屋敷までやってきては無理矢理にでも私に会おうとしたり、手紙を頻繁に送ってきたり、ダイヤモンドのネックレスを寄越したり……ということもあって。






 そんな私でも大丈夫な異性



 しかしこんな異性が苦手な私にも不思議と2人きりでいてなんともない男友達がいる。


 その男友達は、名前を「レオザ・シルヴァ」


 シルヴァ子爵家三男で歳は15と、私と同い年。


 父同士が従兄弟で仲が良く、領地が隣同士ということもあり月に一度、互いの屋敷を行き来している。


 「レオ」を一言で表すと"根暗"だ。


 カラスと見紛うほどの漆黒の長い髪で顔のほとんどを隠していて、常に自信なさげで死んだ魚のような目をしている。人と話すことも苦手。どうしても話さなければならない時も基本的に頷くだけか無言。


(暗いヤツ)


 それが私のレオに対する第一印象だった。しかし嫌な感じはせず、普段ならまともにみることができない異性の顔も不思議とレオだけは目を見て話すことができた。


(ついに私も男性恐怖症を克服したか?!)


 なんて嬉しくなってレオの兄と2人きりになって見た。


(だ、ダメ……)


 しかし2人きりになった瞬間、気を失ってしまった。


「……ダメだったか……はぁ」


 目を覚ました私は、自分がベッドで横になっている状況を一瞬で理解するとおでこに手を乗せてため息をついた。


"なんでかわからないけど、私は男性恐怖症を克服できた!いける!"


 そう思った。しかし蓋を開けてみれば期待とは裏腹な結果になってしまい、悔しさ?のようなものがこみ上げてきて自分が許せなかった。


「くそ」


 上体を起こした私は体にかかったシーツを握りしめた。シーツ越しに爪が手のひらに食い込む。握りしめるほどに鈍い痛みが絶え間なく神経を伝って脳を刺激し、怒りの炎を煽る。


「よくない」


 その時、私が自身の燃え上がる怒りを制御できなくなる寸前に横から声がかけられた。


「おまえ……」


 そこにいたのは「レオ」だった。直前まで本を読んでいたのか膝には開いたままの本が置かれていた。


「……」


 レオは私の目を物怖じすることなくまっすぐと見据え無言で首を振る。


「……」


 「よくない」という短い言葉と首を横に振っただけだから何を伝えたいのかはっきりとはわからない。けど、なんとなく「自分を痛めつけるのはよくない」と言いたいのだろうと思い、握りしめていた右手から力を抜きシーツを離した。


「……」


 私がシーツから手を離すとレオは無言で立ち上がり部屋を出ていった。


「……な、なにあいつ……?」


 ベッド横の椅子に座って本を読んでいたということは、ずっと見守ってくれていたってこと?だから私が目を覚ましたのを見て部屋を出ていった?


 寡黙……を通り越してもはやほとんど「無」なレオがなにを考えて行動しているのか理解できず首を傾げた。


 ただ一つ言えることは……、


「気になる」


 だった。


 昔から私は自分の価値観で測れないものに対して興味を持ち、疑問の正体が解明するまでしつこく行動し続ける癖があった。


 その私の悪癖と揶揄されることが多い対象に

「レオ」という新しい項目が追加された。


「朝日が昇る前……よし!」


 一度でもこの状態になった私は、誰よりも早く起きて活動を始める。対象となるモノが、なにを考え、なにを感じて、どんな行動を取るのか観察するために。


 さあ、対象者「レオ」がどんな1日を過ごしているのか……と張り切ってレオの観察を始めた。


「ず、ずっと本ばかり読んでいる」


 しかし観察を始めて3日、レオが取った行動は読書。起床後、朝食後……食事や勉強の時間以外は全て読書。日の当たらない部屋の隅っこで……私だったら頭にカビが生える。そして驚愕だったのはそれだけ読書しているのにページを捲るのはすっごく遅い!多分1日で100ページ読めているのかどうか。


 観察を始めて5日……今日も読書で終わるだろうと思った時だった。ついに読書、食事、勉強、寝る以外でレオが初めて動きを見せた。それは、


「ありがとうございます。レオ坊っちゃま」


「……」


 忙しそうに洗濯物を干すメイドをチラリと見たレオは本を自室の机に置くと部屋を飛び出しわざわざ階段を降りて中庭へ手伝いに行った。


(周りをよく見てるな)


 私はレオの行動をメモした。


「あ……」


 だけど、三日三晩ほとんど眠らずにレオのことを観察していたので急に眠気がして潜んでいた木から落ちてしまった。


「ちゃんと寝ないとだめ」


 落下直後、一瞬気を失っていた私は気がつくとレオの腕に抱かれて屋敷の階段を登っていた。そして私を心配そうに見つめるレオと目があった。


(無表情なやつだと思ったけど、こんな顔もするんだ……)


 その後、レオが地面にぶつかる前にキャッチしてくれたことで怪我一つなかった私は一晩寝て回復。次の日、遠くから観察するのをやめて私はレオと直接時間を過ごすことにした。


「おお!ナイス主人公!」


「……ナイス」


 初めは緊張していて無言だったレオも、慣れてくると短くも話したり、笑ったり、落ち込んだり、不貞腐れたりといろんな顔を見せてくれた。


 しかもそんな顔を見せてくれたのは私といる時だけだったからなおさら楽しかったし嬉しかった。


 気がつけば出会って10年、家族同然の存在となっていて今ではいろんなことを話す。と言ってもお互いに友達がいるわけではないから、


「今日の夕食美味しかったぁ!」


「そうだね」


 他愛もない日常の出来事を話すくらいだけど。それでもレオと過ごす時間は居心地が良くて、ついつい気を許してなんでも話してしまう。


「この前父様がね……」「この前父様がね……」「この前父様がね……」


 我が家の汚点ーー父のやらかしに対する愚痴ばかりだったけど。


「実はうちの父さんも……」


 私が父の話をすると、それに乗っかってレオも自身を過度に可愛がる父のやらかしを話した。


「ははは!なんだよそれ!」


「信じられなかったよ……」


 本当に居心地がいい。長く一緒にいるから気が合うというのもあるかもしれない。だけど時折、それ以上……出会って一緒に過ごした10年という歳月以上に一緒に人生を歩んだ気さえする時がある。たぶん気のせいなのだろうけど。


(結婚か……するんだったら私は……)


 レオをチラリと見た目があって「なに?」って聞きかれたから慌てて視線を逸らした。


(ってなに考えてんだか……レオは大切な友達。それに今のこの居心地のいい関係が壊れるくらいならこのまま……)


 これが私の日常でこれから続いていく現実……そう思ってた。そしてそれを疑わなかったし願った。


「な、なんだと!?東の街までも……」


 しかしそんな私の願いを未曾有の天変地異が飲み込んだ。



………

……



 15歳になって迎えた第7の月。


 雨季が明け、日差しが厳しい季節が到来した。春先から育てた作物が土中水分を吸い上げて日の光を浴びて一気に成長する。それとともに雑草も成長し、作物に害虫や病気を蔓延させる。そのため農家たちは雑草や害虫退治に奔走していた。


 そして土中に蓄えられた水分も底をつきかけた頃、恵みの雨が降った。


「おお!」


「これだけ降れば作物も元気を取り戻す!」


 例年よりもはるかに厳しい暑さの日差しに作物たちは干からび始めていた。


 もしかしたら今年は……と諦めながらも川から水を汲んで作物に与え続けて凌いでいたところに降った久しぶりの雨だった。


 農家たちは大いに喜び、普段はあまり飲まない酒を飲み交わした。


 これで今年もなんとか良い作物を育てることができる、と……しかし恵の雨だと思われたそれは徐々に雨足を強め、5日5晩振り続けた。


「た、溜め池が決壊した!」


「西の街が土石流に飲み込まれた?!」


「北、南の街が水に飲み込まれた……」


 大陸でも有数の山脈地帯「グレート」を有するレイブン侯爵領は雪解け水が豊富で酪農と農業が盛んだ。


 山脈から流れる水は領地各所にある農地へと流れ、いつでもまとまった水が使えるようにと、大きな溜め池が数多く存在している。だが、今回の雨でそれらのほとんどが決壊した。


 決壊した水は勢いを増し、濁流となって山を飲み込んで土石流を発生させ街を飲み込んだ。そして山のない場所は決壊した水が街を飲み込み大きな湖を形成した。


 こんな災害は王国が誕生して以来500年間なかったこと。故に誰も経験したことがなく対応が遅れた。


 避難場所の設置、食料確保、仮設住宅設置、死傷者の確認、捜索……領民から集めた税金を全て使った。


 しかしそれだけでは足りず、屋敷にあるものを全て売り払った。お金になるものは全て、私財も投じた……それでも焼け石に水。復興費用が足りない。


「くそ!こんな事態だというのに中央の第一王子のバカは国庫の金を権力争いに投じていやがる!」


 父はあたまを抱えた。国庫の金を権力争いに使いそれ以外には回さないようにしている第一王子。頑固なうえ、一度言い出したことは曲げない性格ゆえ、自分以外の考えや意見を認めない。


 ならばと周辺領土に助けを求めたが帰ってきた答えは「お前のような非王国民に貸す金などない」というものだった。


 力を持ちながら第一王子派閥、第二王子派閥と、どちらの勢力にも属さず、力を貸さず、自分が困ったときだけ助けてだと……ふざけるな!!


 それが大方の貴族たちの答えだった。それならと、最後の頼みの綱であった同じ中立立場を守ってきた貴族に支援を頼んだ。


「すまない……」


 しかし帰ってきた答えはそれだけだった。それでもいくつかの貴族家は支援を表明してくれた。だけど突然支援はできないと全ての家が表明を取り消した。唯一、父の従兄弟であるシルヴァ子爵家が支援金を贈ってくれた。


「東への支援物資が足りない……」


 が、それでも日に日に追いつかなくなっていった。屋敷にはもはや売るものはなく、最後の手段として屋敷を売り払おうとしたが領都にやってきた避難民を受け入れることになりそれもできなくなってしまった。食糧も底を尽きかけ始めた。


「私が支援しよう」


 万策つきかけた時だった。有力貴族の一家ーージーニスト侯爵家が支援に手を上げてくれた。


 ジーニスト侯爵家は白銀鉱脈を持つ家だ。そこから取れる白銀ーーミスリル鉱は純度が高く大陸中で高値で取引されていて、大商会との繋がりもあるジーニスト家の財力は王家と同等と言われ、レイブン侯爵領に必要な支援金を出すくらいは訳ない。


 大切な自領民を守るため、背に腹はかえられない……ただ一つだけ条件が提示された。


「我が息子ーーメルエムとミリア嬢の婚約を認めていただきたい」


 というものだった。


「くっ……」


 メルエムを見て怯える私、そしてそんな私に異常なほど執着するメルエム……条件の中にはジーニスト家に嫁ぐというものもあった。


(あんな奴と結婚してミリアが幸せになれるのか……しかし支援金がなければ領民が死んでしまう)


 父として娘の幸せを願う想いと、領主として領民の幸せを想う気持ちがぶつかり苦悩する日々が続いた。


「くそっ」


 ご飯も食べず、執事や兵士たちに指示を出し終わると寝ずに苦悩し続ける父……頬がこけ、寝不足によるクマで目の周りは真っ黒、顔色も明らかに悪い。


「どうしたら……」


 はっきりと答えが出せず、父としても領主としても不甲斐ないと自身を責めるその後ろ姿が見ていられず、私は覚悟を決めた。というよりも受け入れたといった方が正しい。


 もとより貴族の女として生まれた落ちた瞬間から家の利益となる相手と縁を結ぶ……それが私の役目。


「メルエム・ジーニストと婚約します」


 あの日、私に向けられたメルエムの視線を思い出すと今だに身体が震える。正直怖い……だけど、そんなことよりも苦しんでいる領民が一人でも救えるなら、私一人くらい安いものだ。


「俺にもっと金があれば……すまないミリア」


 すまない……と父は泣き崩れた。


「気にしないでください」


 それからはいろんなことが目まぐるしく進んだ。


 婚約を受け入れる旨の返答をしてから1日、支援金を馬車に積んだメルエムが屋敷に現れた。王国領西にあるジーニスト領からレイブン領までは馬車で1週間はかかるはずなのに。


「やっと……やっと君を僕のものにできる」


 到着早々「二人きりにしろ」と父に命令したメルエムは、自身を睨みつける父に、


「今回の支援金は僕に一任されているので、その気になれば打ち切る事も可能……この意味わかりますよね?」


「くっ……」


 支援金……それを出されてはいうことを聞くほかない。父は悔しさを顔に滲ませながらも頷くと使用人達と共に応接室を出ていった。


「グヒッ」


 二人きりになった瞬間、メルエムはあの時見せたように下を向くと笑い出し、


「グヒヒヒヒ」


 長い前髪の間から不気味な視線を向けてきた。


「……」


 怖い……恐怖に心がのまれ、身体が震え出す。呼吸もうまくできなくて苦しくて、言葉も出てこない。


「グヒヒヒヒ」


 メルエムは斜め下から私を覗き込んだままの姿勢で笑いながら歩み寄ってきた。


「っ!」


「恐怖」が近寄ってくる……その光景に思わず目を瞑って一歩後退った。


「その反応傷つくなぁ。そんな態度をとっていいのかな?僕の機嫌を損ねたら支援金打ち切るよ?」


 支援金……その言葉にピクリと私の体は止まった。


「グヒヒヒヒ!君はあの頃から何も変わっていないんだねぇ。自分以上に他人を優先してしまう……どうしようもないほどのバカ。だけど、そんな君だからこそたまらなく愛おしいんだ」


 メルエムは私に抱きついてきた……あまりの不快感から思わず鳥肌が立ってしまった。


「ああ〜いい匂い……ローズ系の香水かな?それに髪から匂うこれは柑橘系の香りだね、グヒヒヒヒ!」


 私の髪を手で持って鼻で嗅ぐメルエムは、


「オレンジの髪、真っ白な肌、整った顔、つぶらな瞳……何よりその天真爛漫で素直な性格……まあ、前の僕がやりすぎたせいで異性が苦手になってしまったようだけど、それはそれでそそる」


 私を抱きしめたまま訳のわからないことを言った。


(あの頃と何も変わらないって、あんたとはこの前のお見合いで会ったのが初めてだよ!)


 目をギュッと瞑ったまま心の中で叫ぶ。


(は、早く離れて!)


 メルエムに対する恐怖心、嫌悪感、気持ち悪さが許容量を超え視界が揺れ出した。


「ああ、前世そのままの姿の君と再会した時は嬉しかったよ『さやか』……」


 耳元で囁くメルエムの言葉が変わった。


(人族語じゃない……)


 人族語とは、人間国家間で使われている共通語のことで、ほかに亜人語、魔族語がある。しかし、メルエムの発する言葉はそのどれにも該当しない。


「前世では邪魔者ーーそう。あいつ!「たいが」のおかげで君と僕は結ばれなかった!」


(聞いたことない言語……なのにメルエムが何をいっているのかわかる。それに酷く懐かしい)


 メルエムから感じる体温、息づかい、話し声は気持ち悪くてしかたない。けど、メルエムの話す言葉は酷く懐かしく心がジーンとして泣きそうになってしまった。


(なんでだろう……聞いたことない言葉なのに)


「だけど、神様はわかってくれてたんだ!僕のことを拒絶してたけど本当は君ーー『さやか』は照れていただけで僕のことを愛していたんだって!」


(それに「さやか」と「たいが」っていう名前も聞いたことないのになぜかものすごく懐かしい)


 ずっと大切な何かを忘れているような心にぽっかりと空いた穴……「さやか」「たいが」という聞き覚えのないはずなのにどこか懐かしさを感じる名前を聞いた瞬間、心の穴が埋まったような気がした。


「だからこうして僕と君は再会し結ばれる!」


 私に抱きついたままなにやら力説するメルエムだったけど、その時には私の意識は既になくて暗闇の底へと落ちていっていた。




*****




「起きろー!遅刻するぞー!大雅!」


 8時だというのに布団にくるまる『大雅』


 おばさんもおじさんも仕事に行ってしまって誰もいない。だから、毎日隣に住む私が起こしている。


「勘弁してくれぇぇ。さっきまでボス戦だったんだよぉぉ」


 私に布団を剥がされて情けなくも涙を浮かべる大雅。本当にこいつは昔からすぐにメソメソするし、人見知りで、家事や勉強もできない。私がいないとなにもできない。


「はぁ……」


 ご飯をせがむ子犬のようにつぶらな瞳で目尻には涙を浮かべて、


「もう少し寝かせて」


 と訴えてきた。


(じゅ、18歳にもなって……)


 私はその年不相応な行動に頭痛を覚えた。

 

(でも、普段は頼りなくても困ってる人がいたら助けるヤツなんだよな……でも、チンピラに絡まれている人を助けようと間に入って逆に返り討ちに遭うのだけはやめてほしいけどね…)



『さやか』は、前世の私だ。日本人として生きた私。


 なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう。


 私は小さい頃から大雅とずっと一緒だった。お互いに共働きで帰ってこない両親だったから、お互いの家を行き来して一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、遊んで、勉強して……気がつくとそんな関係性が10年も続いて高校卒業が間近に迫っていた。


"卒業したら俺は地元で就職、お前は東京の大学に進学だな"

 

 年越しそばを二人で食べ終え、私がキッチンで洗い物をしていたら、こたつにあたる大雅がそう言った。その声はどこか寂しそうで「行かないでくれ」と言われているような気がした。


「……」


 私は大雅の言葉になにも言えなかった。


 大工ってやりたいことを見つけて、その道で生きていくと決めた大雅。そんな大雅を毎日パートをしながら支える私……それもいいと思った。


 だけど、それだと大雅の後ろを歩くだけの人生になってしまうような気がした。私が歩きたいのは大雅の横ーー隣を歩いて同じ景色を楽しんで生きていきたい。


 だから、まだやりたいことが見つかった訳じゃないけど、一度地元から遠く離れた街で一人で頑張って自分を磨こうと思った。


 3月……私と大雅は無事に卒業した。私は学校からそのままの足で駅へ向かった。


「……」


「……」


 無言だった。これで電車に乗ってしまったらしばらくは会えないというのに、話したいこと、今ここで伝えないといけないことがあるのにそれ以外の言葉がたくさん流れ出てくるうちに勇気が萎んでいった。そうするうちに駅の改札に着いた。


「……夏休みにはこっちに帰ってくるから……元気でね」


「……おう、お互いに頑張ろうな!」


 口から出た言葉は本当に伝えたいことではなかった。だけど、それだけ言うとぎこちない笑顔を浮かべつつ大雅に背を向けて改札へと歩き出した。


(まあ、また夏休みに帰ってくるから……)


 その時でいいか……と思いながら改札を潜る直前。不意に夏休みに帰ってきた時に大雅の隣に見知らぬ女性が彼女として立っている姿が浮かんだ。


(……やだ)


 その浮かんだ光景を見て、「嫌だ」と思った。すると、萎んでしまった勇気が一気に膨らみ、伝えなくてよかったのか、どうなのかと煮え切らなかった迷いが一瞬にして消え去った。


"伝えるしかないでしょ!"


 と思って勢いよく振り返った。


「グヒヒヒヒ!『さやか』!一緒に逝こう!」


 振り返った私に向かって混雑する人混みの中から風船のように膨らんだ豊満な体を揺らした男性が、「はぁはぁ」と息を切らしながら走ってきた。


 長い前髪に隠れて顔はよく見えない。けど、どの知り合いにも特徴が一致しない。


 男性の手には包丁が握られていて、切先を私に向けたまま走ってくる。そして半狂乱といった表情で、


「グヒヒヒヒ!これで僕と君は永遠に結ばれる!あの世で幸せになろう!」


 と、訳のわからないことを叫んだ。


(……は?)

 

 突然の状況に私は鈍く光る包丁の切先を呆然と見つめた。


(誰?なんで包丁?結ばれる?あの世?)


 その間にも男の構えた包丁が私へと迫る。そして少し遅れて周囲の人たちが男が刃物を持っていることに気がつき我先にと逃げ惑い、駅員が警報を鳴らし、駅に備え付けられた三叉へ手をかけた。


「さやか!」


 私と同じく呆然と男を見ていた大雅が慌てて男と私の間に滑り込んだ。



 ………

……



 なんでこんな大事なことを忘れてたのか。


「大雅!」


「よかった。さやかが無事で」


 私の腕の中でどんどん冷たくなっていく大雅。


「本当によかったぁ」


 大雅の腹部から流れ出る血。私はハンカチで力一杯抑える。だけど、止まらない。


「ずっと怖くて言えなかった」


 寒い時に握るとカイロの代わりになって暖かい大雅の手。今は信じられないほど冷たい大雅の手が出血部を抑える私の手を握った。


「おれはずっとお前のことが……」


 そこまで言いかけて途切れた大雅の声……最後になにを伝えたかったのかわからない。いや、本当はわかってる。10年も一緒だったからなにを伝えたいかなんてわかってる。ただ、


「大雅の口から聞きたかった」


 できることなら、もし時間が戻るなら、その時私はーー。



 ………

……



 ずっと……ずっとどこか光が届かない真っ暗な水中を漂っていたような感覚ーー遠い遠い前世の記憶を巡る旅が終わった。


「すぅぅ」


 それが終わると意識は自然と浮上し、まぶたの向こうに光を感じた。その情報が神経を通じて脳へ伝達され、「起きろ」と指令が出され、まぶたが開いた。


「ああ……無事に目を開けてくれてよかった、ミリア」


「ミリア」


「お姉ちゃん!」


 目を開けると父、母、妹の顔があった。3人は私の顔を見て安堵の息を漏らした。


「よかったぁぁ」


「ミリア様!」


 父達の後ろには使用人や兵士たちが控えていて、同じように安堵の息を吐く者、涙を滲ませる者……反応は様々だった。


「……」


 変わり映えしない顔ぶれ……だけど、胸がスーッと軽くなった。多分安心したのだろうと思う。


(ここが私の今の居場所……私はこの光景を守りたい)


 「さやか」だった頃の記憶を取り戻したことで、いろんなことがわかった。


 まずメルエムがなんで私にあそこまで固執するのか。さらに私の異性が苦手な理由ーーそれは前世でいきなり知らない刃物を手にした男に襲われて、その時の事がトラウマとして心の奥底に刻まれていて、


"異性は信用ならない"


 という経験から無意識に避けるようになった。


(そして、そんな私がなんで「レオ」だけはなにもなく接することができ、尚且つ懐かしさを感じたのか……)


 メルエムは今世の私の姿が前世の「さやか」とまったく変わっていないと言っていた。


(前世はあそこまで他人を避けるような性格ではないけど、姿ーー特に他の人にはない特徴的な逆立ち寝ぐせだけは変わっていなかった。それに細かい性格とかも。多分間違いなく「レオ」は大雅の生まれ変わりだ)


 そう思うと「さやか」だったら今すぐにでもこの屋敷を飛び出してレオに想いを伝えに行くだろう。


(「さやか」だった頃ならそうしていた……でも、今の私は「ミリア」)


 この領地で、屋敷でーー領民、使用人、家族に大切に育てられた。現代日本なら「個性」として受け入れられる範囲内の性格でも、この世界、とりわけ貴族社会では「問題児」、場合によっては家を追い出されてもおかしくない私を笑って育ててくれた。


(私はこの場所が大好きだ。みんなの笑っている顔をずっと見ていたい。だから「さやか」の願いは叶えられない)


 みんなの笑顔を見てなお、一層そう思った。


(本当はあんな奴と結婚するなんてやだ。だけど、この笑顔を守りたい。その為なら私は……たぶん……いいや、絶対に大丈夫!!)


 私は覚悟を決めた。「さやか」としての想いをそっと心の奥に封印して。




レオside



"俺はずっとお前のことが……"


 最愛の人を守り、最後に想い……は、力尽きて伝えられなかったけど、まあ、俺にしては大した人生を送ったと思う。胸を張っていい!……といいたいところだけど。


「たい、が……っ」


 最期、俺の視界に映ったのは涙を流した「さやか」だった。


"ははは……もういつもそうやってふざけるんだから"


 どんな時も笑ってるから能天気なやつだと勘違いされやすいけど、本当のあいつは泣き虫だ。何かあると影で一人で泣く。俺もそうだったからわかる。


 学校で子供が泣くと体面を気にした教師が騒いで、大した理由でもないのに親に電話をかける。すると、仕事にだけ集中したい両親に迷惑をかけてしまう。


「私のために働く両親に迷惑をかけたくない」


 と「さやか」は言っていた。


 だからせめて俺だけは「さやか」をいつでも笑顔でいさせてやろうと思った。そう心に誓った。


「みへー!」


「え……ってその顔!あははは!」


 だけど、最後の最後で泣かせてしまった。それだけが心残りだった。


 そして俺の意識は暗転したあとしばらくして再び光が差した。


「元気な男の子です」


 まさかの転生を果たした。しかも大雅だった頃の記憶を持ったまま。


「偉いぞ、レオ!」


 生まれてから数ヶ月後、俺は、先王が崩御したことで始まった権力争いに巻き込まれないように、レオ・ウルジュ子爵家の次男ということで引き取られ前世では考えられないほど義両親に甘やかされて育った。


「……あ、あり」


 しかし大雅だった頃は、運動会、参観日、誕生日、通院……どんな時も一人だった。両親と話すのなんて「いってらっしゃい」「おやすみ」だけだった。だから、どんなふうに「家族」と過ごせばいいのかわからなかった。


「あり、あり、あり」


 普通に「ありがとう」と言えばいい状況でもうまく言えなくて、生き物の名前を連呼したみたいになってしまったりもした。だけど、


「どういたしまして」


 義理の息子でしかない俺のことを笑って受け入れてくれた。そんな家族の優しさに俺は自然と歩み寄った。


「こんな俺でもいいんだ」


 「さやか」を泣かせてしまって、そのことをいつまでも引きずってウジウジしている俺のままでもいいんだ、と思った。


"初めまして。ミリア・レイブンといいます"


 しかし、そんな時に「さやか」にそっくりな君が現れた。金糸のようにサラサラした艶のある髪、人形のように整っているけど人間味を感じるぷにぷにした頬、きめ細かい白い肌ーー前世そのままの姿に、声、


"ついに私も男性恐怖症を克服したのか?!"


 そして何か悩みが解決した時に喜びを全身で表すように飛び跳ねるところとか。


"だ、ダメ……"


その結果、嬉しさの勢いのままに突っ走って失敗してしまうところも。


(やっぱり……)


 関わるつもりはなかった……なのに、前世の「さやか」と変わらない危なっかしくさに見ていられなかった。


(もうこれきり……これきり)


 こんな自分ではまた泣かせてしまう。幸いにもミリアは前世のことを覚えていないようだったし、思い出させてしまってはいけない。だから、俺は身をひこうとした。それでもやっぱりミリア(さやか)と過ごす時間は楽しくて心地よくて……気がつけば10年が経っていた。


(婚約……か)


 15歳になり俺もミリアも結婚をしなければならない時期がやってきた。前世の記憶がある俺にしてみればこの歳で結婚なんてピンとこなくて、全然本腰が入らない。そんな日々の中で、


「レイブン領が!?」


 レイブン侯爵領を未曾有の水害が襲った。東西南北に存在する街はほとんど壊滅、村々もいくつか高台にあるところは被害を受けなかったがそれ以外は見る影もない。


(ミリア!!)


 その後すぐに支援に向かった。が、支援に訪れたのはウルジュ子爵家だけで、支援に名乗りをあげていた周辺の所領達は急に支援することをやめると宣言した。


(レイブン侯爵家に恩義のある家はかなりの数に上る。なのにも関わらず、そういった全ての家が急に支援をやめるなんて)


 俺は密かに連絡を取り合っていた実の父ずてに調べてもらうことにした。権力争い中で申し訳なくはあったが。


 そんな中でミリアが倒れたと聞いた。原因は例のメルエムだという。


 示し合わせたように支援に名乗りをあげていた周辺所領の急な撤退、そのタイミングでのジーニスト侯爵家からの支援の申し出、そして交換条件でミリアとメルエムの婚約ーーあまりにも話が出来すぎている。


 訝しげに思ったが、それよりもミリアのことが心配だった俺は、避難民への配食を兵士たちに任せ、馬に飛び乗って屋敷を目指した。


(ミリア……!)


 屋敷についた俺はミリアの部屋を目指して走った。大きな玄関の扉を開いて、2階へと続く階段を駆け上がった。中腹地点にある踊り場を通って2階の天井が見えた時……、


「お前……」


 階段を降りようと一歩踏み出したばかりのメルエムと相対した。一瞬誰かわからなかった。が、噂通りの端正な顔立ち、すらりとしたスタイル抜群の身体から目の前の人物が噂のメルエムであるとすぐに理解できた。


「そうか、これはいい」


 すこしの間、俺の顔を見つめて何か考え事をしていたメルエムは得心がいったのか、目を見開いたあとすぐに意地の悪い笑みを浮かべて、


「お前……大雅だろ」


 俺の目の前にやってくると指をさして前世の俺の名前を口にした。クツクツと今にも笑い出したそうな様子で。


「……」


「無反応ってことは記憶があるんだな。グヒヒヒヒ!」


 口を隠すように手を当てて特徴的な笑い方をするメルエム。


「……っ!お前!」


 変わった笑い方をするヤツだなと能天気に見つめていた俺だったが、大雅だった頃の死ぬ間際の記憶、


"グヒヒヒヒ!これで僕と君は永遠に結ばれる!あの世で幸せになろう!"


 記憶にあるあの太った男の笑い方とメルエムの笑い方が重なった。


「グヒヒヒヒ!あの時は邪魔されたけど、僕と『さやか』は正式に婚約することになった。やっとやっと……僕と『さやか』は結ばれるんだ!!」


 羨ましいだろ、と言わんばかりの笑みを僕に向けると、


「だから今回は邪魔するな……まあ、子爵家の次男程度を侯爵令嬢が相手をするわけがないけどな、グヒヒヒヒ!」


 メルエムは声音を落として、真顔で俺に忠告しながら頭を小突いた。


「今さら『さやか』に何をいっても無駄。あいつの心はすでに僕のもの。そして僕だけを見ている」


 それだけ言うと、「それじゃあ」と俺の横を通って階段を降りて行った。


「……」


 階段の踊り場で立ち尽くしたまま俺は、ギュウとシャツの裾を握りしめた。言われたい放題で何も言い返さなかった自分に腹が立ってしょうがなかった。




ミリアside



(改めて見ると本当にそっくり)


 私が倒れたと聞いて慌てて駆けつけてくれたレオと自室のソファに向かい合って腰掛けていた。


「何?」


 お茶を飲みながらチラチラと見ていたのに、そのわずかな視線に気がついたのか、レオが訝しげな顔をした。


「口の端にクッキーの粉が付いているなぁってチラチラ見てた」


 大雅に瓜二つの顔をしていて気になって見てた。なんて口が裂けても言えない私は、適当に誤魔化す。


「え?!」


 適当に言った私の言葉を信じたレオは、慌てて口の周りをハンカチで拭き始めた。


「お主も純粋じゃのう……うそじゃ!」


 懐から扇子……は、持っていないのでテーブルの上に置いてあったティーカップ用のコースターを顔の前にもってきて髪が靡くように仰ぐ。妖艶に、優雅に見えるように。


「……」


 無言で分かりやすいほどに、カァァと頬を赤く染める、レオ。


(相変わらずわかりやすいなぁ……)


 そんなレオを生暖かい視線を向ける。


(「さやか」だった時も私がからかって単純な大雅がそれに騙される。よくよく思い出してみると前世の頃と変わらない関係、そして思い出したからこそ自覚したレオへの好意……)


 もじもじしながら恥ずかしそうに紅茶を啜るレオを見ていたらその姿が前世の大雅と重なって、愛おしくて懐かしくて涙がこぼれそうになった。


(ああー、やっぱり結ばれるならレオが良かったなぁ)


 心の奥深くにしまった想いが浮上してきて溢れそうになった。それをなんとか抑え込み、再び心の奥へと封じ込めた。


(やっぱりダメ。これ以上一緒にいたら決心が鈍ってしまいそう)


 話し始めて5分しか経っていなかったけど、私はテーブルの上に置かれた鐘を鳴らして侍女を呼んだ。


「ごめんなさい。急に強い眠気が襲ってきちゃったみたいで、すこし眠りたいからまた今度ゆっくりと話しましょう」


「え……あ、うん。わかった」


 私を心配そうに見つめるレオは、頷くとソファから立ち上がり部屋の入り口へと歩き出した。その背に向かって私は、


「ごめんなさい。大雅」


 と、小声で謝った。するとレオはビクッと反応して振り返って、


「え……今、たい」


 と言いかけたところで「失礼します」と侍女が部屋に入ってきた。


「レオを屋敷の入り口まで見送ってあげて。私はすこし疲れたから一度寝るわ」


「かしこまりました」


 と私の指示にカーテシーをした侍女はレオを連れて部屋を出て行った。部屋を出ていく時レオが何か言いたげな顔をしていたけど無言で手を振って見送った。


(大丈夫……前世と変わらない。自分の気持ちを偽るなんて得意だから。大丈夫)



レオside



"ごめんなさい……大雅"


 支援活動のために持っていった資金が底をつき、一度ウルジュ子爵領へ戻ってきた俺は、自室のソファに腰掛け天井を眺めていた。


「……」


 思い浮かぶのは部屋を出る間際、ドアが閉じる一瞬の間に見たミリアの笑顔だった。


(笑ってた……)


 誰が見ても、心から笑っているようにしか見えないつくり笑い……。


(でも本当は真逆だ。大丈夫じゃない。なのに、周りに心配をかけたくないから「心配ない。大丈夫」という仮面を被って自分の気持ちを押し殺している時の笑顔だ)


 それに最後に確かに「大雅」と俺のことを呼んでいた。


(いつからかはわからない。だが、確定的なことはミリアの前世は「さやか」で、その記憶を取り戻した、ということ)


 視線を紅茶に戻す。すっかり冷めてしまった紅茶で乾いた喉を潤す。ほんのりと茶葉の香ばしさに張り詰めた心が緩む。


(記憶を取り戻してもミリアはメルエムと婚約するのか……)


 レイブン侯爵領の現状ーー権力争いに忙しい中央からの助けは見込めない、周辺所領も支援の撤退、侯爵家の金も底をついた。


 これらの現状を考えると王家に引けを取らない財力を誇るジーニスト侯爵家からの支援なしでは立ち直ることはできない。


(本当に前世から何も変わってないな)


 その明るく常に何をいっても笑って受け流す「さやか」に同級生や教師達は遠慮なく彼女のパーソナルスペースを侵した。とりわけ、共働きなのに他の家よりもお金のないことに関してずけずけと踏み込む奴ばかりだった。


 それでも「さやか」は、そんな奴らでも困っていると自分が傷つこうが関係なく助けた。中には、そんな性格を利用して「さやか」のお小遣いを巻き上げたりする奴もいたけど。


(「孤独」になるよりは全然マシだから。それに大切な人たちが幸せになるのなら自分一人が我慢することなんて訳ないって、苦しんでいる他人を見るくらいなら自分を犠牲にしてしまう)


 誰よりも前世の俺が経験してわかっていたことだったのに……と悔しさに顔を歪めていたら、


「失礼します」


 と、専属の執事が部屋に入ってきて、


「こちらが届きました」


 一枚の紙をテーブルの上に置いた。


(父上に頼んだ調査結果か)


 何も言わず、部屋の隅で壁となっている執事を見ると頷いたため慌ててその中身を確認する。


(やはりジーニスト家が裏で手を回していたのか……ん?この紙、一度何かを書いてから消して上に調査結果が書かれているな)


 薄く書かれた調査結果の内容とは別に、強い筆圧で書かれて消された跡があり、光にかざすとうっすらと確認できた。


(こういう時はいつも重要な内容だ)


 調査結果を消して、鉛筆で紙全体を塗りつぶしていく。


「ヤツらの活動資金源ーー国庫の担当役人を派閥に抱き込んだ。今週中に第一王子派閥を叩く。レオザ・マーク……覚悟を決めておけ」


 と短く書かれていた。


(覚悟……か)




ミリアside



「おい、昨夜の話って本当か?」


「ああ。第一王子派閥が瓦解して王子は捕縛されたらしいから、国王は第二王子で決まりだ」


「あのこと。ジーニスト侯爵は痕跡を消したと言っていたが本当に大丈夫なんだろうか」


「あの慎重な侯爵のことだ。大丈夫に決まっている」


 ジーニスト侯爵邸大広間、私とメルエムの婚約発表パーティーに、ジーニスト侯爵と懇意にする周辺所領の貴族、商人、代官……総勢100名の来賓が集まり、グラスを片手に仲の良い者同士で話し合う。


「行こう」


 メルエムが手を差し出してきた。私はその手を見て一瞬ためらってしまったけど、メルエムや周囲の人たちにそれを悟られないように、


「ええ」


 笑顔を浮かべて手を乗せた。「グヒッ!」と特徴的な笑い声をあげたから思わず握られた手を離したくなったけどなんとか耐えた。


「あれがミリア様か」


「噂ではお転婆だと聞いていたが」


「美しい……」


 周囲の視線が私に釘付けとなる。とりわけ男性達からの頸や胸元、お尻に集中する視線が気持ち悪くて鳥肌が立ちそうになってしまった。


(でも、誰も私の挙動がおかしいとか疑っている人はいないな。特にメルエム……)


 声援に対して手を振るメルエムをチラリと見た。


「ありがとう」


 緩みきった笑顔、他者に見せつけるように指を絡めた恋人繋ぎ、私を見つめる時の「こいつはもう俺に堕ちてる」という自信に満ちた視線……。


(これでいい。これで)


 予想以上に狙い通りに進む状況に、一度は押し殺したはずの本音が心の奥底から浮上してきてたびたび顔を出して台無しにしようとするけど、自身の心に、

これでいい。これが正しい……と言い聞かせ続けた。


 私とメルエムが壇上に上がって挨拶をしようとした時、


「失礼する!」


 大広間の扉が勢いよく開け放たれた。




レオside



「失礼する!」


 調査報告を受けてから2週間後、俺はジーニスト侯爵邸大広間へ突入した。


「レオ!」


 大広間に入ると、大勢の貴族達の視線が一斉に俺へと向けられた。


(ミリア)


 しかしその視界に映っていたのは壇上にいるミリアだけだった。


「……」


 俺が視線を向けると何か話そうと口を動かしていたけど、言葉がうまく出てこなかったのか。あのドアが閉まり切る前に見た時と同じ笑顔を浮かべた。


(……)


 「私は幸せ」という想いが伝わってくる……表面上からは。だけど、俺にはわかる。本当に嬉しい時に見せる笑顔とは全然違う作り笑いだって。


 俺は無言で壇上へと進む。そんな俺から貴族や商人たちは距離を取った。そのため自然と壇上まで一本道ができた。


「お前は呼んでいないのだが、まあいい。僕たちの幸せを存分に祝っ……て、何勝手に壇上に上がってきてる」


 壇上へ上がる俺に声音を低くしていくメルエム。若干の怒気に壇上袖にいるメルエムの執事が顔色を悪くしていた。でも、俺が用があるのはお前じゃない。


「レオ……?」


 俺の行動の意図がわからず怪訝そうな顔をするミリア。


「もう……大丈夫だ」


 俺はミリアを抱きしめた。


「え……え?急に何?」


 俺の腕の中でミリアは戸惑いを見せた。


「大丈夫」


 しかし俺がミリアにいうことはそれだけ。なんの説明もしない。だけど、


「だから……なんなのよ」


 それだけで充分なんだ。前世と変わらぬミリアにはこれだけでいい。


「もう大丈夫だ」


「うぅぅ……意味わかんない。意味わかんないわよ」


 メルエムから手を離したミリアは俺の背中へと両手を回して、


「えぐっ……ありがとぉ」


 俺の胸の中でずっと押し殺してきた感情を解き放った。その感情は涙となって流れ、傷ついた心を癒していく。


「今の僕は機嫌が良いから見逃してやる……今すぐ僕の女から離れろ」


 真横からメルエムの怒りに満ちた声が聞こえた。


「……」 


 しかし相手にする気のない俺は無視。


「……おい。後で一回殴るだけで許してやる。今すぐその男から離れろ」

 

 俺が聞こえていないとでも思ったのか、今度はミリアに命令する、メルエム。


「……」


 メルエムの低く聞き取りづらい迫力のある声に一瞬、ビクッとしたミリアだったけど、俺が「大丈夫」というと上目遣いに俺の顔を見てから安心したように頷いた。


「……そうか。なら、教育が必要だな」


 執事に手渡された杖を構え詠唱を始めた。


「動くなよ。まずはお前だけ殺すーー『火炎球』!」


 3歩後ろに下がり距離をとったメルエムはバスケットボール台のファイアボールを出現させると、俺へと放った。


(さすがは同年代ではもっとも優秀と言われるだけのことはあって、込められた魔力量、発射速度はまあまあだな……)


"ずっと怖くて言えなかったけど、俺はお前のことが"


(あの時ーー前世では刺されて死んで「さやか」を泣かせてしまった……だけど、今は違う)


 俺は慌てることなく真横へと手をかざし、


「障壁」


 無属性初級魔法ーー「障壁」を出現させた。透明な壁が俺とミリアに飛来するファイアボールを受け止めた。


「反射」

 

 そして俺オリジナル無属性魔法「反射」によってファイアボールを術者本人にお返しする。


「な!ば、バカな!この僕の魔法を弾いた!」


 驚愕するメルエムは、


「く、くそ!」


 すんでのところでファイアボールを交わした。が、身につけていたマントに着火し、慌てて脱ぎ捨てた。


「お前!僕はレイブン侯爵家次期当主だぞ!子爵家の三男の分際でこんなことをしてただで済むと思っているのか?今すぐ父上に頼んで処刑してやる!」


 立ち上がったメルエムはそう叫ぶと父親の方へ視線を向けた。


「殿下。会場にいる者どもの捕縛が完了しました」


 メルエムが視線を向けた先ーーそこには捕縛魔法によって手足の自由を奪われたメルエムの両親が転がっていて、その側には、全身鎧を着た兵士たちがいた。


「できる限り隠密でことにあたれ、とは言ったが、気配を断ちすぎじゃないか?声をかけられるまで気が付かなかったぞ」


「レオザ王子殿下の驚いた顔が見られるかと思い実行しました……全く見られませんでした!」


「そうか……後で話がある。今日は!逃げるなよ?」


 と会話する俺と兵士。その会話を聞いたメルエムは、


「王子殿下……?」


 俺と兵士の顔を交互に見てから首を傾げて指をさしてきたので、


「ずっと隠してきたが、な。第一王子派閥が瓦解したことで王族に戻った」


 と答えてやった。すると、俺の言葉の意味を理解したメルエムの顔色がみるみるうちに青く変色していき、目が点となった。


「そして今日おれがここにきたのはお前達が行った!第一王子派閥への武器提供、資金援助、国庫の私的流用の罪で捕縛しにやってきた!この場にいる者達の屋敷にも今頃は捜索の手が入っている頃だ!」

 

 正体を明かすついでにこの後聞かれるであろうこの屋敷に来た理由を面倒くさいから聞かれる前に答えた。


「え……それじゃ僕の家は……」


「終わりだ。それとメルエム。お前は王子である俺に対して『火炎球』を放った。しかも殺す気で……覚悟はできているな?」


「え、それ、は……しりませ」 


「今更知りませんと言ってもこの場に証人はたくさんいる……連れてけ」


 兵士たちによって手錠をはめられたメルエムが大広間から出ていく。


「ぼ、僕は悪いことなんて何もしてない。前世でも今世でもただ僕の願いを叶えようとしただけ……なのに周りの奴らは「殺人鬼」とか「悪魔」とか言いやがる。僕は何も悪くないのに。邪魔するやつを消しただけなのに……」


 連行されていくメルエムは何やらぶつぶつと呟いていた。


「そうだ。僕は悪くない。悪いのは僕の邪魔をするやつーーあいつが悪いんだ!!クソが!僕の邪魔ばかりしやがって!」


 何やらぶつぶつと呟いていたと思ったら突然豹変して叫び出した。


「殺す!」


 身体強化魔法を使って力一杯に腕を振り回して兵士達を振り解こうとする、メルエム。


「お前のことだからそうくるだろうとは思ってたよ」


 メルエムが錯乱して俺を殺そうとすることは事前に予想がついていたので、本当は使いたくなかったけど、手に持つ隷属の首輪をメルエムの首につけた。


「ふざけんな!僕は何も悪くない!僕の人生を2度もめちゃくちゃにしやがって!この犯罪者!ゴミ!カス!」


 メルエムは本性を現し口汚い言葉を連呼する。


「黙れ」


 頭にキタのかと問われればそこまで怒っていたわけではないけど、単純にうるさかったのでそう命じたら、


「このあ……」


 俺の命令に反応して隷属の首輪が輝くと、突然メルエムが口を閉じ、動きを止めた。


「メルエムに命じる。兵士たちを煩わせるな。自分の足で歩いて王城にある檻まで歩いていけ。今すぐ」


「はい。ご主人様」


 メルエムは一礼すると、屋敷の玄関へと一人で歩いていった。


「……はぁぁぁ。終わった」


 メルエムの背中が見えなくなったら、張り詰めていた神経が限界を迎え、強制的に体から力が抜けていった。


「大丈夫?」


 ミリアが駆け寄ってきて、床へ倒れかけた俺の背中へ手を回して支えてくれた。


「悪い「さやか」、助か……っ!」


 気が緩んでつい言わないでいようと思っていた名前でミリアを呼んでしまった。


「……今、私のこと「さやか」って言った?」


「えーっと……爽やかな笑顔だね!って言おうと」

 

「それちょっと無理ありすぎない」


「……で、ですよねー!」


 苦し紛れに思いついた言い訳を口にしてみたけど、ミリアに冷静にツッコまれてぐうのねも出なかった。


「やっぱり……あんた「大雅」でしょ!」


「あははは……はい」



………

……



それから3年、、、


「ああー……って違う!そこはもっと強く揉んで!」


「は、はい!」


 あの後、前世で伝えられなかった「好き」だという気持ちを伝えてミリアと結婚した俺だったけど、


「ちがぁぁう!私がお手本見せる横になりなさい!」


「は、はい!」


 今は完全に尻に敷かれてます。


 ちなみにあの後、メルエムは王都の広場で斬首された。家族と一緒に。それ以外の関係者は死ぬまで鉱山労働となった。


 そしてジーニスト家から没収された金は全てレイブン侯爵領の復興に使われた。


「ここはこうやって押すの!」


「いってぇぇぇ!!」

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