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五十二回転目 運任せの無垢な少女

 あれからオリビアの世話は完全に俺任せになっていた。とはいっても、フェリアもマナトリアもやはり彼女とのコミュニケーションはうまくとれず、フェリアの特訓もあるため、なおさらオリビアに構ってやれる時間が取れずにいた。

「オリビア、モティが干してくれた洗濯物がそろそろ乾いた頃だ。取り入れに行こう。」

 オリビアは俺の後ろをついてくる。庭に干された洗濯物を端から取り込んでいくと、彼女は俺のマネをするように洗濯物を引きずってくる。

「おう、ありがとう。」

 オリビアの持ってくる洗濯物を受け取って洗濯かごに放り込む。一通り洗濯物を取り込むと、リビングでひっくり返し、一枚ずつ畳んでいく。俺が一枚畳むと彼女も見様見真似で洗濯物を一緒に畳んでいく。彼女の引きずった洗濯物は軽くはたいて土ぼこりを払ってから畳んでいく。すると、その様子を見ていた彼女も同じように綺麗な洗濯物を払って畳む。

 お昼ご飯にスープを仕込んでいると、俺の隣に来てじっと手元を見つめ、台を用意してやると真似をするように食材を切っていく。中に入れる力肉の身を剥がして少しかけらを目の前にやると、オリビアは素直に大きな口を開ける。そこに肉を放り込んでやる。

「よく噛めよ。」

 オリビアは言われた通り肉をよく噛んで食べると、今度は俺に向かって肉のかけらを差し出してくる。

「ありがとう。」

 それを口で受け取って食べると、指を立てる。

「みんなには内緒だぞ。しーっ!」

 それを見た彼女も同じように口に指をあてる。

「しーっ!」

 それは彼女がここに来てから一週間とちょっと。彼女の声を初めて聞いた瞬間だった。

 二人でコトコト煮えるスープを見つめて完成を待つ。スープが出来上がると、一口すくう。

「ふー。ふー。ほら。」

 目の前に出されたスープを口に含むとオリビアは俺に笑顔を向ける。とことこと踏み台を持ってきて、今度はオリビアが同じようにスープをすくう。

「ふー。ふー。」

 俺がしたのと同じようにスープを吹いて冷ますとオリビアはスプーンを俺の前に差し出してくる。それを口に入れてもらうと俺もオリビアに笑いかける。

「うん、美味しい。」

 その後、オリビアは言葉を話さないのではなく、知らないだけなのではないかと思った俺は合間を見つけては彼女に少しずつ言葉を教えていった。

「トウヤ、せんたく。」

 彼女はカタコトではあるけれど、少しずつ言葉を覚えていった。俺の話す言葉もマネすることが多くなり、家の仕事も進んで手伝ってくれるようになった。

「はいよ。」

「はいよ。」

 それでも、まだ俺以外に彼女が懐くことはなく、彼女の世話も俺が一人でしていた。

 洗濯物を取り入れに庭に出ると見覚えのある人物が立っていた。

「お、久しぶりだな。」

 眼鏡を掛けた女性騎士のラノラだ。オリビアは俺の後ろにさっと隠れる。

「どうも、お久しぶりです。フェリア様はいらっしゃいますか?」

 彼女は眼鏡を持ち上げながら姿勢を正す。

「今、用事で出てるんだ。あがれよ。茶くらい出すよ。」

 そう告げると彼女を居間のテーブルに着かせる。

「ちょっと待っててくれ。洗濯物だけ取り入れてくる。さぁ、オリビア行こうか。」

 オリビアの小さな手を握って庭の洗濯物を一緒に取り入れに行く。

 しばらくして、家の中に戻ると、ラノラは俺の盾をぼんやりと眺めながら立っていた。

「珍しいか?」

「ええ、私の見たことのない調度品がたくさんありますね。勝手に色々見てしまい、申し訳ありません。」

 そう言って、彼女は堅苦しく頭をさげる。

「気にしなくていい。ほら。」

 いれたてのお茶を彼女の前において卓に着く。

「お子さんが居たんですね。」

「そうなんだ。オリビアって言うんだ。」

 ラノラの視線を感じるとオリビアは怯えるように隠れる。俺はどう答えるか一瞬逡巡したが、説明が面倒だったこともありラノラの言葉を肯定することにした。

「それにしては毛色がかなり違うようですが。」

 彼女の鋭い指摘に嫌な汗が背中を伝う。

「この子はフェリアの親戚の子なんだ。今は預かっているんだ。」

「……そうですか。」

 少し苦しすぎる言い訳だったが、何とか納得してもらえたようだ。

 戸棚からお菓子を出してラノラの前に置く。それとオリビアにも包みを開けながら手渡してやる。オリビアは手渡したお菓子を半分に折って俺に手渡す。

「どーぞ。」

「ありがとう。」

 それを素直に受け取ってお互いに笑い合う。

「仲が良いんですね。」

「ああ、俺に懐いてくれるんだ。これが可愛くてな。」

 そう言ってオリビアの頭を優しく撫でつける。彼女も同じように俺の頭に向かって手を伸ばすので、頭を少しさげてやると彼女はぎこちない手つきで俺の頭を撫でた。

 そんな感じでふわりとした空気が流れていき、夕方が近くなると、フェリアたちも家へと戻ってきた。

「ただいま。」

「おかえり。」

「おかえりなさい。フェリア様。早速ですみませんがお話ししていた流行り病の薬の件で……。」

 フェリアとラノラは話をしながら出て行ってしまった。どうやら診療所へと向かって行ったようだ。

「フェリアの調子はどうだ?」

 マナトリアは汗を拭いながらこちらに向き直る。

「いやはや、なかなかのもんじゃ。速さだけならわしを裕に超えておるじゃろうな。ただ、安定性に欠ける部分があるから今はそこが課題じゃろう。」

 訓練の報告をしながらマナトリアはオリビアの頭をわしゃわしゃとかきまわす。オリビアは逃げたりはしないものの、やはり俺の時のようにやり返すことはなく、ただされるがままだ。

「やっぱりこやつは懐かん子じゃのう。おぬしにべったりじゃ。」

「どうしてだろうな。」

 俺は両手をオリビアに広げて見せると、彼女は小走りでやってきて俺の胸に飛び込んでくる。

「むむ、おもしろうない。……しかし、すぐにはどうにもならんじゃろうな。なんせ五百年この子はずっと一人だったのじゃ。それこそ言葉も覚えんうちからずっとな。」

 なんとも残酷な話だ。この子は誰も居なくなった廃墟の町で五百年、たった一人で聖女としての使命を果たし続けてきたのだ。それを思うと胸が締め付けられるような思いがした。

「この子は魔女の特訓をしなくていいのか?」

 俺の言葉にマナトリアは難色を示す。

「必要ないじゃろう。聖女は魔力、魔法の制御に関しては常人の比ではない。それに……。」

 マナトリアが少し言い淀む。

「……この子には戦を知らずに育って欲しいのじゃ。」

 マナトリアがどんな気持ちでその言葉を言ったのか、俺にはわからなかった。

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