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五回転目 運任せの出会い

 洞窟から帰ってきた俺は家に何者かの気配を感じた。

 静かに。音がならないようにドアを開く。片手は剣の柄を軽く握りしめる。気配を殺し、何者かに近付いていく。一人はリビングのソファの上だ。

「……子供?」

 ソファの上には男の子がいびきを欠きながら眠っていた。ひとまず強盗ではないようで、胸を撫で下ろす。

「なんだ、このガキ?薄汚い恰好で俺のソファ汚しやがって。」

 とりあえず、このガキは放っておくとして、問題は二階のもう一つの気配。正確にはもう一つの気配のいる場所。そこは……。

「俺の神聖な場所に無断で入り込みやがって!」

 寝室のドアを開け、勢いよくベッドの布団を剥ぎ取る。

「誰だてめぇら!俺の家に無断で入りやがって!」

「キャァァァァ―!!」

 叫んだ俺の前には、一糸纏わぬ少女が居た。

「で、なんだお前ら?何しに来たって?」

 とにかく少女に服を着せ、それでも眠りこけていた少年を叩き起こしてリビングのテーブルに着く。最初はバツが悪そうにしていた少女はここに至る経緯をゆっくりと話し始めた。


「お嬢様―。もうそろそろ休憩にしましょうよー。」

 付き人のモティが泣き声のような声を上げる。それもそのはず、私たちは一晩中一睡もせず魔障の洞窟へ向かい歩き続けていた。いつ襲ってくるかもわからない魔物に怯え、そうこうしている間に日も随分高く昇ってしまった。

 結局魔物に出遭うことはなかったものの、大きな荷物を持って歩き続けた私達の体力はもう限界に近かった。しかし、その甲斐もあって魔障の洞窟まではもう少しのところまで来ているはず。なにより、この草原に起こっている異変。その原因を確認せずにはいられなかった。

 休憩の一つも取りたい。その気持ちは私も同じだったが、この平原には木陰になる木の一つも生えてはいない。日の照り付ける草原を、今は歩き続けるしかない。

 もう昼にもなろう頃、やっと地平線の向こうに魔障の洞窟のある岩肌が見えてきた。随分重くなった足取りも自然と早くなる。

「お嬢様!着きましたよ。小屋があります。入ってみましょう。」

「こんな事って……。」

 魔障の洞窟に着いた私は驚いた。洞窟の入り口は大きな扉によって閉ざされていた。確かにこれでは魔物たちは出てこれない。

 そしてモティが小屋などというこれは家だ。確かにテオロット家に比べれば遥かに小さいが、テオロアの中流の家にも匹敵する立派な家だった。

「ごめんくださーい。」

 ドアをノックし呼びかけるが、中から返事はない。

「留守かしら。」

 周囲を見回すと生活の痕は確かにある様なのだが、人気はなかった。

「お嬢様、中に入りましょうよ。こんなところに人が住んでいるわけがないです。」

 確かに彼の言う通りかもしれない。こんな何もない平原に人が住めるわけがない。ともすればここは旅人や貿易の人間が休憩するために作られた家なのかもしれない。

 軽く押してみる。鍵はかかっておらず、ドアはすうっと開いた。

「ごめんくださーい。」

 もう一度、中に向かって呼びかけるが、やはり反応はない。

「ほら、やはりこんなところに人が住んでいるわけがないです。さぁ、中に入りましょう。」

 モティに促されるまま、中へ足を踏み入れる。やはり誰かの生活感がある。最近まで誰か居たのだろうか。

「はぁー。僕もうクタクタです。一晩中歩いて……。」

 そう言うとモティは荷物を放り出してリビングに置いてあるソファに飛び込むと、いびきを欠いて寝始めてしまった。

「こら、モティ。あなた汚れたままで……。」

 彼を嗜めようと開いた口を閉ざす。そりゃ、疲れてる。こんな大荷物で一晩中歩いて……。かくいう私も、もう体力の限界だった。

 荷物をリビングの隅に置くと、モティの放り出した荷物も同じように寄せておいた。少し家の中を見て回る。一階にはこのリビング、キッチン、客間まである。二階に上がってみると、寝室にシャワールームまである。

「きゃ!冷たい。」

 シャワーの栓を捻ると、驚いたことに水が出た。私はもう辛抱堪らずその場で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。

 シャワーを浴びた後は服を着ることもなく寝室のベッドにもぐりこんだ。歩き続けた足の痛みが流れ出していくような、寝心地の良い寝具に私はすぐに眠りに落ちた。

 眠りながら考える。この家はなんなんだろう。でもきっと、もしかしたら。神様がくれた最後の安らぎなのかもしれない。生まれた家からも捨てられた、哀れな小娘に対する最後の慈悲……。


「それで、なんで裸でテメーは寝てんだよ。」

 テーブルに肘をつき、訝し気な表情を向ける。

「そ、それは……。シャワーを浴びて、そのまま寝てしまって……。」

 少女はモジモジと所在無げに視線を泳がせながら答える。

「貴様、お嬢様に向かって失礼だぞ!」

 少年がテーブルを叩いて俺に抗議する。

「黙れ、お前は汚したソファをまず綺麗にしろ。」

 俺の命令に逆らうことはないが、ソファを拭きながらも抗議の視線を送ってくる。

「で、どうするって?」

 何度も繰り返した問いだが、改めて問い直す。

「だから、この平原に村を作るの。それで、町を作って……。」

 そんなこと、子供二人でどうしようというのだ。少し考えればわかる。不可能だ。

「……帰れ。」

 少女は俯く。そしてお決まりのセリフを繰り返すのだ。

「帰れない。」

 要するに、こいつらはここに捨てられたのだ。貴族みたいな奴らでもこういうことを平気でするんだな。

「名前は?」

「人に名前を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀でなくて。」

 少女の生意気な口答えには答えず、かわりに睨みつける。

「はぁ。私はフェリア・F・テオロット。彼は付き人のモティです。家では使用人をしておりました。」

「姉弟じゃないのか?」

 確かに毛色は違うとは思ったが……。

「はい。あの、あなたは?」

「……凍矢。海藤凍矢だ。」

「トウヤ……。変わったお名前ですね。テオロアでは聞いたことがありません。」

 そう言われても、俺はこの世界の人間ではない。この世界の普通など、何一つ知らないのだ。

「……そうですか。あなたは異世界から。」

「そういう人を知っているのか?」

 もしかしたら俺と同じようにこの世界に来た人間が居るかもしれない。

「いえ、見たことも聞いたこともありません。」

 俺の淡い期待は早くも打ち砕かれた。

「あの、トウヤ。私達をここにおいていただくことは……。」

 いつか来ると思っていた質問がついに来た。

「構わない。そのかわり、俺の言う事は絶対だ。ここで暮らす以上は俺の言う事には従ってもらうぞ。」

 俺の言葉がよほど意外だったのかフェリアは目を丸くして俺を見る。

 自分でも驚くほどあっさりと俺はこの二人の同居人を認めた。それはきっとこの二人だけが、俺がこの何もない異世界で初めて出会った人間だったからだろう。

 こうして俺とこの二人の同居人との共同生活が始まった。

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