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四十五回転目 運任せの工業国家

 そこは蒸気と熱気の溢れる鋼鉄の町だった。町中の至る所から突き出た煙突からは常に白い煙が立ち上り、張り巡らされたパイプから発散される熱で冬だというのにじんわりと汗をかくほどだった。

「おい、退いた退いた!」

 俺たちの横をすり抜けるように石炭を乗せた籠が通っていく。

「すごいな。流石工業国家って言われるだけある。」

「まだここは地方の都市でしょう。ドテナロッテはもっとすごいはずです。さぁ、フェリア様、レティシア様、入国の手続きがありますのでついてきてください。」

 ラノラは二人を連れて役所へと向かって行った。

「この世界じゃ入国も事後報告なんだな。」

「国境も曖昧ですから。」

 そう言うものなのか。確かに道中で人に会うこともなかった。

 しばらく三人を待ちながら町の様子を見る。たくさんの人が忙しそうに行き交っている。

 人の流れに沿って少し歩いていくと、工業的な街並みには不似合いな協会があった。薄汚れた作業着を着た人が協会に入っていく。同じように扉を少し開けて中の様子を伺う。その人は司祭になにか黒い袋を受け取っていた。

「おや、あなたは?」

 司祭と目が合う。

「いえ、少し気になって。それはなんですか?」

 黒い袋を指差す。

「これは濃縮魔障液です。この国を守る魔女から与えられる英知の結晶です。」

 濃縮魔障液、プリマヴェルで公害を引き起こしていた液体だ。

「だ、大丈夫なんですか?そんなの……。」

「そんなのとは何です。これのおかげで鉄の強度は増し、この町の工業は支えられているのです。」

 それ以上深くは追及出来ず教会を出て見渡してみると、どこの工場からもあの黒い煙は上がっていない。

「どういうことだ。」

 ちょうどそこにさっきの黒い袋を持った男が出てきたので聞いてみる。

「そりゃ魔障還元装置がどこの工場にもついてるんだからあたりまえだよ。」

 男はそういうと袋を抱えて走って行ってしまった。

「ちょっと、トウヤ。うろうろしないでよ。探したじゃない。」

 ちょうどそこへ役所へ行っていたフェリアたちが帰ってきた。俺はさっき見た物を説明する。

「濃縮魔障液、報告にあった公害物質ですね。しかし、プリマヴェルの件とは事情が違うようですが。」

 ラノラは眼鏡をくいっと持ち上げる。

「タナトリシアは何か知らないか?」

「ええ、ずっと海底に居ましたから、そういう技術ができあがったのかもしれません。」

「海底に居たのですか?」

 ラノラが鋭くツッコむ。

「ええ、教師ですから。」

 もう、何も言うまい。

 そして俺たちは駅へとやってきた。

「これが魔導列車か。」

「ええ、首都ドテナロッテまで二時間です。」

 それは巨大な鋼鉄の魔物のような見た目だった。大きく開いた口、つなぎ目のない車両、大きくくりぬかれた目元、その禍々しい見た目はまさに巨大な大蛇だった。

「これ、どういう仕組みで動くんだ?」

「さぁ、知らないわよ。もうすぐ出発よ。」

 切符に示された席に座る。えらくやわらかなシートで身体が沈み込む。しかし、この列車がどうもうさん臭くて周りをきょろきょろと見渡してしまう。

「お客様、なにかご不安な事がございますか?」

 俺の様子を見た車掌が声を掛けてくる。

「この列車どういう仕組みで動くんだ?」

 俺の質問に車掌は待ってましたと胸を張る。

「はい、この魔導列車は鋼鉄の魔女リリアン様の力を結晶化した魔障結晶を炉内で爆発させることで列車を超加速させます。しかし、列車内は準真空に保たれることでお客様に加速のGや息苦しさを感じさせることはございません、これぞドテナロの技術力の粋でございます。」

 得意げに話す車掌の言葉は全く理解できなかった。

「大丈夫です。お客様。もうすぐ発車ですので、シートベルトをしてお待ちください。」

 そう言って車掌は離れていった。俺たちは言われた通りシートベルトをして待つ。しばらくすると車内放送が流れ、他の乗客たちも慌ただしく座席に着く。

 そしてその時は来た。

 けたたましく響くベルの音が鳴りやむとガコンと音がして列車が動き出した瞬間、強烈なGとそれを受け止めるシートに沈み込む身体。一気に最高速まで加速した列車に高速で目まぐるしく過ぎていく景色。

 俺たちはとても快適とは言えない高速の旅を二時間続けることとなった。

「くそ、あの車掌。なにがGを感じさせることはないだよ。めちゃくちゃ感じるじゃねえか。」

 ドテナロッテに着きよろよろと列車を降りる。

「意外な弱点ですね。」

 ラノラが俺の様子を見て呟く。確かに魔導列車でここまで弱っているのは俺だけのようで他の乗客でさえも何食わぬ顔で降りていっている。

「もう、情けないわね。ほら。」

 フェリアに肩を借りて駅を出る。そこに広がっていた光景は工業国家の首都というには余りにも雑然とした光景だった。

 先ほどの町で見たパイプや煙突はどこにもなく、道行く人々も華やかな服を身に纏い、その所作は優美であった。駅前の通りには大きな協会がそびえたち、そこから十字に街並みが開かれていた。

「さて、その鋼鉄の魔女様にはどこへ行けば会えるんだ?」

「そこです。」

 ラノラは目の前にある大きな教会を指差した。それはまるでいきなり魔王城の前に突き出されたような気分だった。

「早速行くか。」

 目の前にある教会の扉の前に行き、力を込める。

「うぁぁぁぁ。」

 薄く開いた扉の向こうからうめき声が聞こえる。

 意を決して扉を開ける。

「だれです?神聖な儀式の邪魔をするのは。」

 中から司祭の男が顔を出す。その男の奥、祭壇の上には鎖で繋がれた赤い服の女。

「私たちはライオット王国からやってきました。鋼鉄の魔女リリアン様の呼び出しにはせ参じました。」

 ラノラがそう言うと、司祭の男は一旦中へと戻り、再び中へと俺たちを招き入れた。祭壇には椅子が置かれ、先ほど鎖で繋がれていた女がそこに座していた。

「よく来たな。クソ野郎共。ウチの工場を潰しやがって。覚悟は出来てるんだろうな。」

「俺はトウヤ。お前は?」

 女は俺がトウヤとわかると目の奥を輝かせて言った。

「ウチは鋼鉄の魔女リリアン。鋼鉄の都市を統べる者だ!」

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