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四回転目 運任せの追放物語

 ライオット王国テオロット領テオロア。

 私は幼いころから我がテリオット家の名誉のための教育を受け生きてきた。

 清廉潔白、品行方正、学業では常に主席、武道やスポーツでも常勝はテオロット家に生まれてきた者の義務だ。たとえ相続権のない四女として生まれたとしても、そのような名家に生まれてこれたことを私は誇りに感じている。

 そんな私のことを、私の家族は邪魔になったらしい。

 母は幼き頃に他界した。兄や姉たちも私のことを快く思ってはいないことは、

よくわかっていた。極めつけは高等学園を卒業したばかりで、分を弁えなかった私が父上にした質問だ。

「町で奴隷の売買が盛んに行われているようなのですが、お父様、取り締まりはどうなっているのでしょうか?」

 父上は私の質問には答えなかった。代わりに私には一枚の紙切れが渡された。

“辞令 フェリア・F・テオロット”

“公爵テオロットの名において果ての平原の開拓。及び魔障の洞窟の平定を命ずる。”

 短い一文に込められた意味は生家の追放。事実上の流刑。誰も私が生きて帰れるとは思っていない。誰もそれを望んでなどいない。

 いっそ不出来な妹であったなら、兄弟たちにも愛されたかもしれない。

 いっそ不正を呑み込める度量があったなら、父上にも愛されたのかもしれない。

 いっそ家のことなど関係ないと生きれたなら、こんな街など捨てて好きに生きられたのかもしれない。

「お嬢様、街を出ました!僕、街を出るのは初めてなんです。」

 付き人のモティが目をキラキラさせながら言う。その明るい声が私の罪悪感を揺さぶり思わず耳を塞ぎたくなる。

 彼は今日、一人で発とうと貨車に乗り込む私に、大荷物を持ってついてきた。私より四つも下の男の子だが、物心ついた頃から家で小姓をしている。

「あのね、旅行に行くわけじゃないのよ。これから行くところが、どういうところかわかってるの?」

「ええ!果ての平原といえば広さならテオロット領の中でも随一ですよ。お嬢様ならきっと名領主になれますよ!」

 私は返事代わりに大きなため息を、一つ漏らすばかりだった。彼は何もわかっていない。

 果ての平原はテオロット領と隣領ドテナロ領の境にある広大な平原だ。本質的に豊かな土地ではあるのだが、人の手は入っていない。その原因は平原にある魔障の洞窟にある。平原にある魔障の洞窟は年中魔物が住み着き、夜になると大量の魔物が平原へと溢れかえる。昔には王国を上げて魔障の洞窟の攻略も行われたそうなのだが、無限に湧き出す魔物の軍勢に為す術はなく、果ての平原を放棄せざるを得なかった。

 つまり、私は事実上の死刑を言い渡されたようなものなのだ。

 しかし、なにより驚いたのは今の私自身の心境だ。自分でも驚くほど今の状況をすんなりと受け入れている自分が居る。不服も漏らさず、弁明すらせずに言われるままに。

 それもよくよく考えれば納得できる。幼いころから自分の才覚を隠すことすらしない私を、家督権を持つ兄妹は快く思っていなかった。父上も妾の子である私に不正を追及されることなど余程腹持ちならなかったのだろう。私自身、そんな生家との決別を薄々予見していたのだろう。

 ぼんやりとそんな考えを巡らせていると貨車は平原の入口へとたどり着く。その悪評とは裏腹に、穏やかで爽やかな平原がどこまでも広がっている。

「お嬢様、もう半刻ほど進んだ先でいいですかい?」

 貨車の御者が振り返りながら問いかける。もう日が傾きかけている。彼も日暮れまでにはここを抜けなくてはいけないのだ。

「ええ、結構です。ありがとう。」

 少し平原を進んだところで貨車は止まった。

「ここをまっすぐ東に行けば魔障の洞窟です。と言っても人の足じゃ丸一日はかかるでしょうが。」

 御者は平原の地平線を指差して言う。

「あっしがこんなことを言うのも変な話ですが、お気を付けください。」

 不安と後悔の入り混じった表情を浮かべながら御者は短刀を手渡してくる。

「これは?」

「夜には魔物が出ます。いざという時にはお使いください。」

 ああ、これは自決用の短刀だ。

「ありがとう。ジョージさんもお体にお気をつけて。」

 懐に短刀を仕舞い、御者の名を呼び、手を握って礼を述べる。

「お嬢様!こ、こんなことになってしまって……あ、あっしは……。」

「私のことは大丈夫です。ほら、もう日が暮れます。行ってください。」

 貨車は来た時と変わらぬ速度で遠ざかっていく。ジョージさんは最後まで謝辞を述べていた。

 草原には私とモティの二人が取り残された。

 モティの大荷物から風呂敷を一つだけ取って草原を東に歩き出す。

「お嬢様、ダメです。荷物は私が!」

 彼はそう言って私から風呂敷を取り返そうとするが、明らかに荷物が多すぎる。魔障の洞窟までまだまだ距離がある。彼をひらりと躱して言った。

「まだまだ歩くのに荷物が多すぎるわ。いいから、遅れないようについてきなさい。」

 そして、日が暮れた。

 夜の平原をしばらく歩き続けていた私はある異変に気が付いた。

「モティ、変よ。」

 彼はあまりピンと来ていないよう様子で、息を整えながら問い返す。

「お嬢様、何がですか?もう洞窟に着きますか?」

 まだまだ洞窟までは半日以上かかる。足を止めるわけにはいかない。

「魔物よ。もう日が暮れてだいぶ経つのに魔物の姿が一向に見えないわ。」

 私の言葉を聞いたモティの顔色は見る見る青くなる。

「こ、ここ魔物が出るんですか!?」

 呆れた。しかしこれでここまでの彼の呑気な態度に合点がいった。

「出るわよ。まだ洞窟が遠いからかしら。聞いていた話と随分違うわ。」

「か、帰りましょう。お嬢様!そんな危険な場所。旦那様もきっと許してくださいます!」

「無駄よ。魔物が出ることも父上は承知の上よ。承知の上で私にここに来るように命じたのよ。」

 私の言葉にますます彼の顔が青ざめる。

「そ、そんな!旦那様がまさか!」

 これ以上、この問答を繰り返す気も起きなくて、休憩を挟もうと遅くなっていた私の歩幅は早くなる。彼も遅れじと早足になり、自然と口数も減る。

 結局碌な休憩も出来ずに日が明けた。この夜、魔物とは終ぞ出遭わなかった。


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