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三十二回転目 運任せの頑固ジジイ

「なぁ、本気でもう一度あそこに行くのか?」

 マナトリアは不満の声を上げる。

「ああ、じゃないとたくさんの人が飢えて死ぬだろ。」

 俺だって気は乗らないが、見捨てるわけにもいかない。

「どうしたの?一度行った事があるみたいなこと言って。」

 フェリアが不思議そうな顔で俺とマナトリアを交互に見る。

「いや、なんでもない。それより、くれぐれもトラゴローには貨車から降りないように言っておけよ。」

「むぅー。」

 フェリアは不満そうにトラゴローが乗っている貨車の部分へと戻っていった。

 再びクルトの村に着いた俺たちは前と同じように広場で配膳の準備をする。

「でも本当に荒れ果てているのね。」

 フェリアはこの村を見て大層驚いたようだ。

「どうやら工業化で絹産業が上手く言ってないみたいだ。」

 マナトリアからの受け売りをそのまま伝える。

「トウヤ、勉強したのね。」

「お、おお、まあな。たまにはな。」

 配膳の準備が出来ると早速村人たちが集まってきた。

「よし、良い感じに炊けてきた。みんな、食って行ってくれ。」

 しかし、やはり村人たちは遠巻きに見ているだけで手を出そうとはしない。

「どうした?遠慮はいらない。」

 すると村人の一人がおずおずと話し出す。

「しかし、私達には対価に支払うお金がありません。」

「じゃ、なんでもいいわ。あなたたちが思う価値のあるものを持ってきなさい。」

 フェリアはそう言い放った。

「おい、お代とるのか?」

「完全な施しなんて彼らの為にならないもの。遠慮させないことも必要なのよ。」

 そう言うものなのか。

 すると、わらわらと村人たちは思い思いの品を持ってやってきた。それは着物の端切れや汚れた食器。果ては少し綺麗な石など、様々だった。

「持ってきた人は受け取って。本当に何もない人は聞きに来て。」

 そう言ってフェリアは椀に大盛にしたご飯とスープを振舞っていく。

「あの、すみません、私にはもうご飯を分けていただけるような品物は、なにも持ち合わせていないのですが。」

 そう言って年配の女性がやってきた。

「そうね、あなたの着ている物、汚れてはいるけどすごくいい生地ね。私の服と交換しなさい。それでいいわよ。」

 フェリアはそう言って荷物の中から自身の服を取り出して女性に手渡す。しかし、どう見てもフェリアの服の方が高級品に見える。

「あの、僕たちもお腹が空いて……。」

 今度は子供たちがやってきた。

「あなたたちは村の入り口に綺麗な石がたくさん落ちていたわ。それを一人三つ持ってきなさい。」

 子供たちは顔をほころばせると、村の入り口に向かって走って行った。

 そんな風にどんなに価値のなさそうなものでも、フェリアは一切断らずに受け取ると、ご飯を振舞っていった。

 しばらく振る舞いをしていると年配の男性が近づいてきた。

「村人たちに食事を振舞っていただけたこと、感謝いたします。わたくしこの村の村長のコッパと申します。早速不躾で申し訳ないのだが、あなた方の目的を聞かせていただきたい。」

 答えようとした俺を制止して、フェリアが前に出る。

「私たちはここから南に三日ほど行ったところにあるフェリスフィルドから来ました。私たちの村では米や作物が多く採れますので、こうして交易をさせていただいておりますわ。」

 フェリアは物怖じすることなく、淡々と言ってのける。

「信じられませんな。あなたが受け取っている物は食事の対価に見合っておりません。それにあなたの言う場所に村などあるわけがありません。そこには何もない草原と魔障の洞窟があるのみ。」

 頑固ジジイの屁理屈節だ。

「ええ、まさしくそこですわ。私たちそこから来ましたの。魔障の洞窟の魔物はもういませんわ。私たちで退治しましたので。それに品物も私たちが価値のあると思ったものを受け取っているだけですわ。そこに何か問題がございまして?」

 しかし、フェリアもなかなかのものだ。この上品な言い回しも、嫌味が効いてて頑固ジジイには効果あるのかもしれん。

「問題は……なにもございませんが。いや、しかし信じられませんな。魔障の洞窟の魔物はそこらの魔物とは数も強さも桁違いだ。そもそも引っ掛かりましたね。その草原に三日で着くには湖畔の街道を通る必要があります。魔物だらけの街道をどう通ったというのです?」

 この爺さんもなかなかに粘っている。

「魔物ならもう倒しましてよ。湖畔の街道の魔物ももういませんので安全に通ることができますわ。それとも何かしら?私たちがそんなに弱そうに見えまして?」

「いや、そうは言わないが、しかし魔物を倒したなど、にわかには信じられん話だ。」

 だんだんコッパの口調は弱くなっていく。

「信じられないって、あなた、実際に見たんですの?それに村長さん。わたくしも信じられないことがありましてよ。お聞きしてもよろしいでしょうか。」

 何か風向きが変わった気がした。

「なんでしょうか。」

「ここの村は随分荒れ果ててしまっているみたいですね。皆さんも随分飢えてしまっているみたいですし、これはどういう事でしょうか。」

 フェリアの声は冷たいものだった。

「それは、仕方がないでしょう。名産の絹もドテナロの工業化のあおりで全然売れなくなってしまって……。」

「絹がダメなら他の産業でもいいでしょう。」

「何をおっしゃいますか。絹産業は私たちが先祖から受け継いだ大切な生業なのです。それを今更捨てることなど……。」

「今いる民を飢えさせて、なにが先祖ですか!?」

 フェリアの怒りに満ちた声が響き渡った。

「あなたに何がわかるのです。それに、何の権利があってそんな事……。」

 フェリアは荷物から紙を出して広げた。王様からの書簡だ。

「私はフェリスフィルド領領主、フェリア・F・テオロット公爵です。」

「テ、テオロット!?まさか!」

「そうです。ここも含めたテオロット領の元領主は私の父。そして現テオロット領主は私の姉です。クルト村村長コッパ。村人を無為に飢えさせ苦しめた罪は重い。しかし、私は寛大です。弁明の機会を設けましょう。一週間以内にフェリスフィルドまで来て、弁明いたしなさい。あなたの処分は弁明を聞いてからに致しましょう。」

 フェリアの気迫にコッパはがっくと肩を落とした。

「みんな、聞きなさい。今の生活が苦しいなら、湖畔の街道を通って南へ三日ほど行ったところにあるフェリスフィルドへ来なさい。そこには食べ物がたくさんあります。仕事もたくさんあります。私たちの村ではだれでも受け入れます。私たちはそこで待っています。」

 大きな声でそう言うと、また村人たちに笑顔で向き合っていた。

「はぁ、お前って凄いんだな。」

 あらかた配り終えて片付けをしながら感嘆の声をあげた。

「フフン、私のこと、見直した?」

 フェリアは胸を張る。

「ああ、本当に。お前が居て良かったよ。」

 そう言って片付けを続ける。

「この余ってる分はどうしたらいい?……フェリア?」

「え?あ、ああ、それはもう置いていきましょ。その分もあればみんながフェリスフィルドに来る分は持つでしょう。」

 ぼーっとして変な奴だ。

 俺は貨車から食べ物を降ろしていく。

「お、トラゴロー。お前も腹が減ったのか?」

 荷下ろしの途中、トラゴローの腹が鳴ったので聞いてみると、彼は返事の代わりに俺に頭を寄せて額を擦り付けてきた。

「よし。……ほらよ。」

 俺は力肉の蓄え分をトラゴローの鼻先に持って行く。彼はのそっと緩やかな動作でそれを咥えると丸呑みにした。

「お、イケる口だね。」

 俺はさらに三つばかり力肉を出す。

 トラゴローはひょいひょいひょいと肉を呑み込んでいく。

「あー、勝手にトラゴローにご飯あげてる。」

 隠れて肉をあげていたらフェリアに見つかってしまった。そう言えばトラゴローとは感覚を共有しているから、こういうことをするとバレてしまうのか。

 「さ、行きましょうか。」

 出立の準備を終え、クルト村を出る。

「いやー、まさかフェリアが居るだけでこんなに上手くいくとはの。」

 帰りの貨車。マナトリアが耳打ちしてくる。

「ほんとだな。今回ばかりはマジで見直した。」

「やっぱりわしらはこうでなくちゃのお。」

 マナトリアはかっかと笑った。


 その頃。場所は変わりテオロア。ローベロッテ家。

「だから!あのエリクシールは偽物だって言ってるんです!」

 部屋中に響き渡る声で少女の怒声が響き渡る。

「そんなことを申されましても、あれを飲んでからというもの、娘はすっかり元気を取り戻しましたし。」

 男は人のよさそうな顔をくしゃげて困り顔を浮かべる。大商人ローベロッテ。富豪として名を馳せた男の元に、この少女は突然やってきてはこの調子で怒鳴り続けているのだ。

「そんなの、思い込みによるものだ!」

 少女はそう言うが、娘が罹っていた病気は思い込みなどで治るようなものではなかった。それどころか、娘は生来の体の弱さまで克服したように元気になったのだ。

「では、あのエリクシールが偽物だという証拠は出せますかな?」

 男は少々意地悪に思いながらも少女に証拠の提出を求めた。しかし、少女はここぞとばかりに笑みを浮かべ、ドンと勢いよく瓶を机に置く。

「これが本物のエリクシールよ。」

 机の上に置かれたエリクシールは、男が娘に飲ませたものに比べると随分濁った色をしていた。

「こ、これですか。確かに娘に飲ませた物とは偉く違いますが。」

「当り前じゃない!だからあなたが飲ませたのは偽物ってずっと言ってるでしょ!」

「少し味を見ても?」

「少しだけよ。貴重なんだから。」

 男が恐る恐る尋ねると少女は渋々と言った雰囲気で許可をした。男は早速匙を取り出して、瓶の蓋を開ける。ツンと鼻を突くにおいに顔をしかめながら、匙にほんの少し取り、舌の上に置いてみる。たちまちに凄まじい苦みが口中に広がり、口どころか、体中が痺れるような感覚に襲われる。

「おっと、もうそれだけよ。貴重なんだから。」

 少女は同じ言葉を繰り返すが、男は以前娘に飲ませる際、味見をしたエリクシールとは似ても似つかぬその液体をどう評するべきか、頭を抱えてしまった。以前舐めたエリクシールは爽やかな風味に青空を想像させるような清涼感でとても美味だったのを未だに覚えている。

「た、確かに以前舐めた物とは全然違いますな。しかし、申し訳ありませんが私では判断がつきません。実はその問題のエリクシールなのですが、現領主のレティシア様が娘のためにと調達してくださったものでして。そちらに詳しくお聞きしていただいてもよろしいでしょうか。」

 困り果てた男は商人のルール違反とは思いつつも、エリクシールを受け取ったレティシアを少女に紹介してしまうのだった。

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