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二十回転目 運任せの種明かし

 出立三日前。夜。フェリスフィルド、凍矢の家。

「みんな相談があるんだ。」

 フェリアとマナトリア、そしてガンホさんを呼んである密談をした。

「マナ、人を他人と思い込ませる術は使えるか?」

 確証はなかったが彼女が似たようなことが出来る確信はあった。

「出来るぞ。して、誰を誰と思わせればよい?」

「俺をフェリアに。フェリアをガンホさんに。ガンホさんをマナに。そして、マナを俺にだ。」

「ややこしいのぉ。して、いつからかければよい?」

「今からだ。」

「簡単に言いよる。ま、お主らが思うことでワシが出来ぬことなどあまりないがの。」

「それで今日から俺たちはそれぞれの役割を演じて生きる。」

「なぜそのような事を。」

 ガンホさんが焦りの声を上げる。まぁ、それも当然だ。

「少し前から三羽の燕が村の周りを飛んでる。敵意はないがずっとこっちを見てる。」

「ほぉ、よくぞ気付いたもんじゃ。ワシの夢魔の燕じゃな。何者かに操られておるようじゃが。」

 やはりそうだったのか。少し前からずっと気配探知に引っかかってはいた。しかし気付かない振りを今までしてきた。

「ワシとしては今すぐにでも手元に取り返したいのじゃが。」

「それはちょっと待ってくれ。せっかくこちらの動向を相手に伝えてくれるんだ。今は敢えて気付いてないふりをしておきたい。

 俺は今まで温めてきた作戦をここでみんなに伝えた。

「俺はテオロアに着いたらまず捕まろうと思う。フェリアとしてな。そしてフェリア、お前は兄姉でいい。お前の父親より信用の出来るものを説得しろ。そいつがテオロアの次の頭首だ。そして、マナ。お前は……。」

「お主、ワシに死ねと申すのじゃな?」

 承知の上といった雰囲気でマナトリアは口角を吊り上げる。

「少し違う。死んだふりをしてギルと入れ替われ。あいつ自身は俺がやる。そしてギルとして、俺をテオロットの前に突き出すんだ。」

 俺の作戦を聞いたマナトリアは笑いだす。

「クッハッハッハ!最高じゃ。お主はやはりワシの見込んだ男じゃ。」

「フェリア。もう一度聞く。今回の作戦で俺はお前の父親を、家族を殺すかもしれない。いや、殺す気で行く。その覚悟はいいか?」

 フェリアはしばし目を瞑って、静かに答えた。

「構わないわ。」

 しっかりと俺の目を見つめて言った彼女の覚悟を、俺は受け取った。

「決まりじゃな。」

「ああ、俺たちから奪ったものをあいつらから全部奪う。」

 そう言って俺たちは高く拳を突き上げた。

「あ、あなたたちは一体!?」

 狼狽えるガンホさんの肩に手を置く。

「隠してるわけじゃなかったんですけど、俺たち複雑なんです。また帰ってきたらゆっくりと話します。」


 それから、テオロア。

 宿場通りで刺されたマナトリア。もちろん幻覚だ。瞬時に敵意を見抜いて術を掛けるその腕前はさすが偉大な魔女様だ。

 足を引きずって刺客を追って路地に入る。しかし、もちろん無傷の魔女にチンピラが敵うはずもない。音もなく刺客を片付けたマナトリアは今度はその刺客に化けた。

 俺が演じるのは突然連れが刺されて狼狽えるだけの只の少女。恐怖に足がすくんで動けない。そんな演技にまんまと引っ掛かったのがギルだ。

 俺の首筋に刃物を突き立て拉致した。苦労したことと言えば、恐怖に震える演技をギルに見抜かれないようにすること。奥歯をカチカチ鳴らしたり、立てと言われても腰が抜けてすぐに立てない。そんな哀れでか弱い少女を演じ切ること。

 そこへ刺客に成りすましたマナトリアが地下室から出てきたギルを昏倒させ、今度は彼に化けた。

 そしてテオロットの前に現れたのはフェリアの姿をした俺とギルの姿をしたマナトリアだったというわけだ。二日間の拷問の後はマナトリアがエリクシールを飲ませてくれた。メチャクチャ痛かったけどいきなり殺されることはないと思っていた。


一方テオロアの入り口で俺たちと別れた、モリスさんとガンホさんに化けたフェリア。彼らはノーマークだ。警戒するとすればテオロアを出る時だ。中に居る時は寧ろ安全だろう。

 モリスさんは囮だ。通常の計画通りテオロアでの交易活動をしてもらっている。この計画のことも知らない。

 問題はガンホさんに化けたフェリアだ。彼女は人に見つからない抜け道を使ってテオロット邸へ来てもらった。そして重大な任務。テオロット卿の後釜に座るべき人間の説得をしてもらっていた。それがうまくいったかどうかは正直知らない。しかし、俺たちは合言葉を決めていた。“賊が入った”これが合言葉だ。だって、この屋敷、もう賊だらけだ。今更一人入って騒ぐのは俺たちの計画がうまくいっている証拠だ。


「小僧ォォォ、図ったな。」

 ギルが俺に向かって歯ぎしりを立てる。

「やれ!殺せ!こいつ等は領主に反逆を企てる逆賊だ!殺せば恩賞が出るぞ!」

 ギルの声を皮切りに荒くれたちが俺とマナトリアを取り囲む。

「マナ、手を出すな。いい加減ストレスが限界値でフラストレーションが爆発寸前だ!全員、ぶっ倒してやる。」

「やっちまえ!」

 お決まりの言葉を叫びながら向かってくる荒くれたち、その剣を、拳を、その攻撃の全てを受けもしない。力いっぱい剣を振る。剣の腹で悪党共をぶっ叩く。

 一振り、二振り、三振り。決して俺の剣は大柄の剣ではない。細身の剣だ。下手に振れば簡単に人を殺しかねない。だから練習を重ねた。どれだけ全力で振っても人を殺さず、相手を沈黙させる剣技。相手の剣は折れ、拳は砕け、肋骨は折れ、内臓はひっくり返る。

 荒くれ者たちにとって防御を叩き割り、的確に急所を狙って剣をねじ込んでくる凍矢はまるで悪鬼のように映っただろう。そして怯む。そう、凍矢にとってこれは狩りだ。いつも洞窟の中で魔物を相手にしている感覚と何も変わらなかった。

 唯一違う事は極力相手を殺さないように剣を振るうこと。それも相手のことを思っての事ではない。自分の剣で相手を殺したとなれば後味が悪い。ただそれだけが理由なのだ。しかし、その結果として相手が死んだなら、それはそれで構わない。それが凍矢の固めた覚悟だった。

「あっという間にお前の番だぜ。オッサン!」

 凍矢はギルに剣を向ける。

「ククク、その太刀筋、フェリスに剣を習ったか。しかし力任せの大振りよ。そのような剣私には届かん。」

 ギルは静かに剣を構える。そして次の瞬間には凍矢の懐に飛び込んでくる。彼の必殺の一撃だ。しかし、彼の剣は空を斬る。しかしギルは眉一つ動かさない。

「……やはり目が良い。もう十年も剣を振ればいい剣士になったかもしれん。」

「空振りしといて何言ってんだおっさん。そう言うのは俺を黙らせてから言うもんだ。」

 安い挑発だったが、ギルは彼自身が想像する以上に激昂した。

「自惚れるな!」

 再びギルは凍矢を間合いに捉えて剣を振るう。神速と呼ばれた速さの二連撃。しかし凍矢には掠りもしない。

 ギルは考えた。なぜ自分の剣が届かないのか、怒りで狭まった視界を広げた時、凍矢の後ろの一人の少女が目に入った。

「そうか、魔女か。私としたことがこんな簡単に術にかかるとは。」

 ギルはほくそ笑む。標的を凍矢からマナトリアに切り替えて斬りかかる。

(魔女は幻惑の術を使うと聞く。奴の術であの男の幻覚を見せられていたのだ。どおりで私の剣が届かないはず。)

「やれやれ、とんだ見当違いじゃ。つまらぬ男よ。」

 マナトリアに向かうはずだった剣は凍矢によって受け止められる。それは目の前の小僧が幻覚などではない何よりの証拠だった。

「お前の相手は、俺だぁー!」

 剣ごと身体を弾き飛ばされ壁を背にする。

 それはギルにとって最大の屈辱だった。再びギルの頭に血が上る。が同時に理解する。目の前の男は一欠けらも侮ってはいけない敵なのだ。それはテオロアのみならず王国でも稀有の存在。

 一片の侮り無く斬りかかる。澱みない剣捌きは彼自身がかつて現役として一心に剣の腕を磨いていたころの、いやそれすらも凌駕するほどの凄味があった。

 しかしそれすらも凍矢には届かない。彼の剣は依然変わらず空を斬る。

 それは凍矢が今まで積み重ねてきたもの。一人で洞窟で魔物相手に剣を磨き、神々の恩恵を口にし続け限界まで強化された身体能力。長年目押しをし続けた動体視力に反射神経、リズム感。そこにフェリアに習った剣技の型。

「お前は技で倒す。」

 この時初めて凍矢がギルに向かって攻勢を取る。

「無駄だ!フェリアの剣は私には届かん!」

 ギルは振り下ろされた凍矢の剣を紙一重で躱し、剣を振り上げた。深々と剣が凍矢に突き刺さる。はずだった。振り下ろされた凍矢の剣は空中で向きを変え、そのままVの字を書くように切り上げられる。それはギルの剣を斬り裂き、彼の利き腕を切り落とした。

 「グワァァァ―!」

 断末魔のようなギルの悲鳴が地下室に響き渡る。

「まだだ!」

 峰打ちに持ち換えた凍矢の剣戟がギルに襲い掛かる。いくつもの太刀筋が同時に襲い掛かり腕を折り足を折り、肋骨を砕き内臓に衝撃を与える。

「た、助け……。」

 それは今までギルが裏切ってきた者の痛み。とりわけ凍矢にとってはフェリアの痛みの代弁だった。慕う師が自らにとどめを刺しにやってきた。そして小賢しく仮初の笑顔を張り付けて誤魔化したその裏切りをどうしても凍矢は許すことが出来なかった。

 ギルが完全に動けなくなったのを見届けると、凍矢はテオロットに向き直った。

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