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一回転目 運任せの異世界転移

 退屈は緩やかな毒だ。大抵の人間は身に余る退屈には耐えられない。日々を彩る刺激を追い求め、今日も人生の貴重な一秒を消費している。

 刺激は麻薬だ。一度味わった刺激は簡単には手放せない。そして同じ刺激では満足できなくなり、より強く、より過激な刺激を追い求めるようになる。人は刺激という麻薬の為に、命を削って作った金をいとも容易く浪費する。


ティン!トゥルルン!デン!デン!デン!

「ふぅー。」

 筐体上部に置いてあるドル箱に手を伸ばし、その日出たメダルを詰めていく。大負けもしていなければ大勝ちもしていない平日昼過ぎの寂れたパチンコホール。客入りは疎らでこんな店がどうして潰れないのか不思議なくらいだ。

 俺の名前は海藤凍矢≪カイドウ トウヤ≫。

 平日の昼間から俺がどうしてそんなところに居るのかって?

 新卒から五年間勤めた会社を先月退職。現在無職だ。最初の一週間こそ休みを満喫していたものの、退屈には抗えずこうしてスロットで日銭を稼いでいた。

「はーい。お兄ちゃん、いつも強いねー。」

 愛想のいい換金所のおばちゃんからお金を受け取り財布にしまう。

 俺はキリギリスだ。こんなその日暮らしな生活、長くは続かないだろう。そんな不安をかき消すように、俺は明日もここへ来るのだろうか。

 パチンコ店から家への道を歩いている時、ふと足音に違和感を覚えて足を止める。自分の足音に重なったような足音も同時に止まる。

「誰だ?」

 生憎誰かに恨まれたり、突然愛の告白を受けるような生き方をしてきた覚えはない。つまり、後を付けられるような覚えは全くない。

 気付かない振りをしながら角を曲がり足を止める。後ろの足音はだんだん近づいてくる。

「誰だ!?」

 大声を出して角から顔を出した。その時。

シュッ

 白く光る何かが見えた。と同時にお腹に冷たい感触が走る。冷たい感触はじんわりと熱を帯びてゆく。

「お、お前……。」

 見覚えがある。何度もパチンコ店で見かけたおっさん。いつも大負けしていた覚えがある。

「兄ちゃん……いいなぁ。いっつも勝っててよ。俺ぁいっつも負けちゃってさ。」

 ズルりと。おっさんは俺の腹から手を離していく。その手には真っ赤に濡れたナイフ。同時に全身の力が抜け、代わりに激痛が襲う。うまく声も出せない。嘘だろ?こんな意味の分からない逆恨みで。こんなつまらない終わり方……。

 周りの音が消えていく。入れ替わりに心臓の音がやけに大きく聞こえる。目を開けているのが辛い。目を閉じると前の会社の思い出が……。

 新卒で入社して、一生懸命働いてきた。いろんなプロジェクトを任されて評価も上々。これから先もずっと順調だと思った。でも違った。信頼していた同期の同僚に裏切られて俺のプロジェクトは失敗続き。新規の案件からもあっさり降ろされた。そうこうしている間に会社の中に俺の居場所がなくなって……。くそ!最後に思い出すのがこんな事ばかり……。

 俺、本当に死ぬんだ。

 そうして俺の意識は闇に呑まれていった。


「ハッ!」

 次に目を覚ました時。俺は草原に倒れていた。

 身体を起こし腹を擦る。そこにおっさんに刺された傷はなかった。

「夢か……?ここがあの世……って訳でもなさそうだけど。」

 立ち上がり、周囲を確認する。

「うーん、何もない。」

 いや、ある。でもあまり見たくない。俺の前方には草原が広がっている。見晴らしは良いが、特に目を惹くものは何もない。見渡す限りの草原。

 そして今目を背けた反対側。ぽっかりと口を開けた大きな洞窟。いかにも怪しげな雰囲気を醸し出している。ここは絶対にヤバい。

 とりあえず、草原の方に歩いてみる。小一時間ほど歩いてみても本当に何もない。そうこうしているうちにお腹も減ってきた。

「こんなところで餓死なんか冗談じゃない。」

 仕方なく踵を返し、先ほどの洞窟まで戻ってきた。

「ここ……入ってみるしかないのかぁ。」

 段々日も陰りかけてきている。俺は大きく深呼吸をして洞窟へと足を踏み入れた。

 洞窟の中は意外と広く、明るかった。というのも薄ぼんやりと岩肌が光っており、外ほどではないが、物を視認するくらいには十分だった。

「グルルルル……」

「げ……なんかいる?」

 しばらく進むと薄暗い洞窟の岩陰から、狼のような生き物が唸りを上げて姿を現した。

 よく目を凝らしてみると、その生き物の体躯は俺の胸ほどあり、口は首元まで大きく開き、その鋭く大きな牙の隙間からは涎がぼとぼとと石畳に滴り落ちている。色艶さえ違えば虎と見紛うほどで、その風体は俺の知っているどの生き物とも違っていた。

「ヤバい!」

 反射的に岩陰に身を隠すが、その獣はグングンとその鼻を鳴らしながら辺りを探っている。

 音を立てないよう、慎重にゆっくりと洞窟内を後退る。しかし、獣はこちらに視線を向けるとその姿勢を低くした。

 気付かれた!やられる。

 身構えようとした刹那、獣の巨体が俺の上へ跳ね上がる。大きな爪が俺の喉元を掠め、紙一重で空を切る。

「ぐぇ……」

 爪先が一寸先を掠めただけで俺の喉元の薄皮がパックリ切れて血が溢れる。おまけに俺は脇の小さな横穴へと足を滑らせた。

 横穴の奥は少し広くなっていて、痛む身体を起こす。

「くっそ!痛え!やっぱ夢じゃない!」

 獣は俺の落ちた穴を通るには体が大き過ぎるのか、入っては来れないものの、その鋭い爪で固い岩肌をガリガリと削り取っている。このままでは獣が横穴へ入ってくるのも時間の問題だろう。

「クソ!このままじゃ、また殺される!何かないか!?武器とか、なんか役に立つやつ!」

 こんな訳の分からない状況でも死ぬのはごめんだ。痛くて、苦しくて……。

 必死になってポケットをまさぐる。すると、何か指先に当たるものがあった。この状況を打開するために、わらでもすがる思いで取り出してみる。

 それはいつもよく行っていたパチンコ店。そこのメダルが三枚。ちょうど一ゲーム分だった。その店のシンボルの剣が刻印された見慣れた物だった。

 それを目の当たりにした時、俺の中にこみ上げてきたものは怒りだった。

「ふざけんなよ。いきなり殺されて。目を覚ましたらこんな何もないところで。持ってるものがメダル三枚……。神様だか、なんだか知らないけど、これで一体どうしろってんだぁー!」

 怒りのままにメダルを獣に向かって投げつけた。しかし、メダルは獣へ届くことはなかった。

 三枚のメダルは俺の手を離れると強烈な光を放ち宙に消え、俺の目の前に大きな箱が現れた。

 それは、見慣れた姿で。何をどうすれば良いのかも全てわかる。が、しかしこれは……。

 スロットマシン。しかもこれはパチスロ機だ。見慣れたような緩やかに光を放つそれの中央には、見たことない図柄のリールが三つ付いている。

「ど、どうなってんだ。」

 恐る恐るスロットマシンに触れてみる。その瞬間、脳内に言葉が流れ込んできた。

「ジャンジャンバリバリー。ジャンジャンバリバリー。いらっしゃいませー。いらっしゃいませー。この筐体に触れることの出来し者よ。そなたには様々な恩恵を授けよう。授かり方はもうわかるであろう。ならばさっそくこのリールを回し、神々の恩恵を受け取るがいい。この先生きるも死ぬも、そなたの引き次第じゃ。」

 脳内に響く陽気な声に、驚きで消えかけていた怒りが沸々と蘇ってきた。

 何が生きるも死ぬも引き次第だ。だいたいここはどこだ。なんの説明もされてない。ゲームだってもう少し丁寧にチュートリアルしてくれる。それが運次第でもっかい死ねだって。冗談じゃない。

 もう一度しっかりスロットマシンを確認してみる。大まかな仕様は俺の知っているパチスロ機と変わらない。コイン投入口、マックスベットボタン、レバー、三つのリール、ストップボタン、クレジット表記にはデジタルで3の表示。これはさっき投げたメダルの分だろう。

 恐る恐るマックスベットボタンを押してみる。クレジットの三枚分、リール横の数字に光が灯る。よくあるスリーベット機だ。

 左手でレバーに触れようとして俺の手は止まった。震えている。怖い。このレバーで俺の生死は決まる。いや、そもそも恩恵がどんなものかもわからない。結局何を引いても死ぬのかもしれない。

 しかし、いつまでも悩んでいる時間はなかった。獣は横穴の入り口を削り取ってその身を横穴にねじ込んできた。

 まずい。早くしなくては。俺は震える左手を右手で押さえ、意を決してレバーを叩く。三つのリールが回りだしたが何かを狙う余裕はない。震えの残る指でストップボタンを素早く止めた。

ティロリン!

 スロットマシンから音が鳴る。それは何かしらの子役が揃った時のような音だった。だがそれは決して良い役を揃えた時のような派手な音ではなく、控えめな通常子役が揃った時の音に感じた。

「ダメだったか。あっけなさすぎる。」

 ちょうど獣が横穴を抜けてきた。もうだめだ。悲嘆と怒りがない交ぜになった複雑な視線をスロットマシンに向ける。するとスロットマシンは強い光に包まれ、剣へと姿を変えた。

「これは!」

 俺はがむしゃらになってその剣を掴む。こうなったら破れかぶれだ。そのまま剣を獣に対して突き立てた。獣は剣を振り払おうとその鋭い爪を振り下ろしてきた。

 やられる!そう思った刹那、俺の剣は弾き飛ばされることはなかった。それどころか、剣に伝わるべき衝撃はほとんどなく、獣の前足はその強力な爪ごと真っ二つになっていた。

 その事に気付くと、俺はがむしゃらに剣を獣に突き刺した。太刀筋とか、剣術とか、そういうことは全然わからない。ただ、獣に接近しなくて済む様に剣を突き出したのだ。

 剣はいとも容易く獣の頭蓋を貫いて、それは呆気なく絶命した。

「これが、神々の恩恵……。」

 俺の震えは止まっていた。剣は獣の血糊一つ残さず、岩肌の蒼白い光を反射している。

 俺の驚きはまだ終わらなかった。絶命した獣は光の粒子になって虚空へと消えていく。

 あまりに現実離れした状況に、あまりに常識離れした光景。

「おお、あーるぴーじー。」

 そんな呑気な事をつい呟いてしまう。

 獣が消えた後には二枚のメダルが残されていた。先ほどのメダルとは違い、獣の意匠が刻印されたメダルだ。それをひとまずポケットへ仕舞い横穴から這い出る。

 まだ他にもこんな獣が居るのかもしれない。用心しなくては。

 先ほどまでの獣に対する恐怖心はすっかり消えていた。この剣があれば。そうだ。二度とあんな理不尽な死に方はしない。

「この訳の分からない世界でも……。絶対に生き残ってやる!」



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