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テスト作品

作者: ふけ


 脳裏に焼き付いた記憶、という物は得てして忘れる事の出来ない物だ。

 当たり前の事だが自分にとって衝撃的であればあるほど心に深く残り、やがて凝りとなり、呪いにも夢にもなる。


 では自分にとってその記憶は何か?答えを初めに言うと、それは罪である。



 哀れな男の、懺悔の独り言としてここに記す。

 自分はかつて、自分がやっている行いに何も疑問を持つ事の無かった矮小な子供だった。

 ………いや、より正確に言うならば、子供であるという事に思考停止をし、決して許されざる悪行を働いていた男であった。


 初めて自分が今までしてきた事は異常であったのだと気付いたのは、自分がいつものように行きがけの人々から希望の力を吸い出し、自らの糧としていた時だった。


 それまで自分は、世界に絶望だけを残して主たる絶望の王の力を比類なきものにしようと躍起になっていた。

 事実、王に見定められるまではドブの中に暖かさを必死に見出そうとする鼠だったのだから、命を救われたという恩から王に少しでも報いようと。

 そしてそれと共に自らに入ってくる心地よい感覚…今思えばそれは希望の力だったのだが。


 とにかくそれを、悪しき行為だとは微塵にも思っていなかったのだ。



 全てがひっくり返ったあの日。

 無様に、たった1人の少女に負かされ、最早さっきまでのように人から希望の力を引き出すことさえも出来ぬ鼠となった自分は、何故自分がこのような目に遭うのか。少なくとも引き出した相手が自分を負かす事など無かった、と。

 今聞いても虫酸の走るような言葉を並べて、少女と並び立つ白き光に問い質した。


 そしてそこで私は、自分がドブの鼠よりも醜い存在になっていた事に気付いたのだ。



 今なら分かるが、私は普通よりも器の中身が空っぽだったのだ。

 だからこそ、引き出した希望の力を絶望に染める工程で漏れ出た希望すら、無意識に自分の中に一滴残らず収めてしまっていたのだろう。


 希望の中に絶望を入れて変えることは容易いが、その逆に絶望を希望で染める事も難しくない。


 日々の中で少しずつどこか可笑しくなっていた自分はその時、少女達の答えた言葉によって打ち砕かれ、宙に散った。



 少女に負けたとどうやって王に伝えたのか、それとも何も伝えずにただフラフラとしていたのか。


 次に気が付いた時自分は、かつて居たドブの中で蹲っていた。

 こうしていれば、王はきっとまた自分を導いてくれると。そうすれば、あんな言葉に揺れることも無くなると。


 自分を見失った哀れな男は、ただそこで待っていてもいつまでも誰も来ないと知り、そこでようやく自分が本当に全てを失った事に気付いた。


 悪にも善にも最早なれない、中途半端に砕け散った灰色の鼠が、ドブの中でただ希望を抱くことも絶望に染まることもなく。

 揺れていた。




 やがて自分は、今まで奪ってきた物を分け与えねばならないと思い至った。

 ずっと考える事の無かった、自分でする選択。


 ただ漠然とした暗い闇のような空に、自分の初めての漠然とした目的が出来た。



 与えられた物にはそれだけ報いがある。自然界の掟。それに今度は従うだけだ、と。


 しかしその時の自分にはそれは、生きるよりも、王に従うよりも。

 もっと重要な事では無いか、と思えて仕方無かったのだ。





 少女は、いや。かつて1人だった少女に出来たその仲間達は、少女を含めて強い希望に溢れていた。


 だが希望は絶望に染まりやすい。誰か絶望を受け止めても染まらない者が必要だった。



 遂に対面した絶望の王から放たれた深い絶望の業火。如何に少女達といえど、真っ向から受ければどうなるかは分からない。

 ……顔に翳りが出来る少女達の前に、1つの灰色の影が躍り出て、業火に真っ向から挑む男が現れなければ、の話だが。



 その男は余りにも小さく、余りにも醜い風貌だったが、見た目からは想像も出来ないほど全く染まらず、そして頑なだった。


 失ってしまう事や出来なくなる事を考えるほどの脳も無ければ、何か譲れない物の為に戦っている訳では無い。


 ただ、いつものように。希望に絶望を加えて、絶望に染めるように。


 絶望に希望をほんの少しだけ加えて。絶望を、希望でも絶望でもない何かに変えたのだった。



 少女達が、それが反撃の糸口であると気付いたのは。

 灰色の光が、限りなく希望にも絶望にも近い、しかし何にもまだ染まっていない『人の可能性』だと気付けたからだった。



 鼠はいつの間にか、可能性という人が手にしていながら手に出来ない無限の力を操れるようになっていたのだ。


 その身に余る力を体全体で行使した鼠は、誰の記憶にも残る事なくただその場でゆっくり倒れ込んだ。



 しかし返すべき物を返した男の背には、白色の雪が歓迎するように積もっていくのだった。

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