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これは、、どういうことだろう。
目の前には蕩けるような笑みを浮かべて座っている、ブロンドの髪を持つ貴公子。
きっと今のような表情をしていると誰ふり構わず虜にしてしまうだろう。実際私ももう少しでしかけてしまった。昨日や今日のような扱いをされれば誰でも勘違いしてしまう。でもよくよく考えてみるとそれは貴公子にとって当たり前のことだと結論付けた。
一応私は出来損ないながらも婚約者となる予定の女である。社交界の噂からしても、性格上ユーリ様は優しいため、出来損ないのわたしでさえもこうして大事に扱ってくれているのだ。
勘違いしてはいけない。それにもし仮にも好きになんてなっても私はあと半年の命。最後に辛い思いをして死ぬのは嫌だと思う。
「おはようございます、ユーリ様」
「おはよう、シア。よく眠れたかな? 何か困ったことがあったらすぐ私や近くにいる使用人に言うんだよ? 君はもうリベルタード公爵家の一員なのだから」
正確に言えばまだ一員とは言えないが。なんせ、する気はないが婚約もまだなのだ。今の状態は"見初め時"。この国で使われている、婚約前の婚約者をお互いに見極める大切な時期である。もしここでお互いに「合わない」と判断したらその場でこの話はなかった事になる。ただ貴族の結婚である。殆どが政略結婚であるため実際には婚約を結ぶまでに少しでも相手のことを知っておこうということなのだろう。
そのため私は考えていた。ユーリ様が私はカレロ伯爵家では居場所のない人間だったと知ると、すぐにこの縁談話はなかった事になるのではないかと。この国を支える重要な公爵家だ。へたにそんな出来損ないの女を公爵家にほいほい入れるわけにはいかない。
ユーリ様はお優しいから帰っても居場所がないことを知ると私に仕事を与えてくれるかもしれないという下賎な気持ちもある。ただ知られるのは何故かとても心苦しかった。
「お気遣い心痛みます。でも大丈夫です。今までにないほど今日はよく眠れましたし、アニタもとても頼れる人です」
本当は色々と悩んでしまってあまり眠れてないのだが、ベッドがふかふかで体への負担も少なかったため体の痛みがマシだったのは事実だ。それに「それは良かった」と先程よりも一層溶けるような顔をして微笑んだユーリ様は眩しすぎて、これ以上何かを言う勇気は私にはなかった。
すっと俯いていると朝食が運ばれてきていたらしい。
その数の多さと朝食とは思えないあまりの豪華さに何度も瞬きを繰り返した。
「これは……ここにいる全員の分があるのですか?」
今いる部屋には私とユーリ様を合わせて使用人が3人いた。しかし5人で食べるにしても多い量だと思う。無知な私が見ただけでもサラダで5種類、スープは3種類、その他にもカリカリに焼き上がったベーコンや宝石のように美しい目玉焼き等、他にも見たことがない料理が沢山並んでいる。極めつけにはパンなんて6種類以上もあった。どれも伯爵家では見たことがないほど美しかった。
「? これは私とシアの二人分だよ?」
当たり前のことを言うかのようにユーリ様が言いのけた。当たり前……これが公爵家では当たり前なのか。ただ私はきっとここにある10分の1も食べられない。病気の影響もあってからあまり食欲がわかないのもある。食べることを受け付けないのだ。この症状は食事を貰えないことが多かった伯爵邸では役に立ったが、まさかこんなところで仇となるとは。
「あの……本当に申し訳ないのですが私はこんなに食べられなくて……」
「ああ、シアは何も気にしなくて大丈夫だよ。いつも残ったものは私の愛馬の餌になっているから。それに今日はシアの好みがわからなかったから沢山作らせたんだ。遠慮なく残してもらって大丈夫」
ユーリ様の言葉を聞いてほっと安心した。捨てられるだけなら無理にでも食べなければと思っていたがユーリ様の愛馬の餌になるのだったら少しは罪悪感も少なくなる。
そろそろ食べようかというユーリ様の言葉で私達は食べ始めたのだった。
「ねえ、シア。私は残してもいいといったけど、、」
ごちそうさまでしたと呟くとユーリ様は驚きの目で私を見ていた。
朝食時にマナーのことを何も言われなかったことは何も知らない私からするととても、とても有り難いことだったが、まさか最後でそう言われるとは思わなかった。
私が食べたのは体に優しそうなコンソメのスープと今までに食べたことがないほどふわふわな白いパンを一つ。これでもう充分お腹いっぱいだった。
「その、申し訳ありません。残してもいいという言葉に甘えてしまって……。本当にもうお腹いっぱいなので……。大変美味しかったです」
いや、その量では……と呟いているユーリ様を見る。
ユーリ様は朝からよく食べるお方でもうすでに二人分くらいの量は食べていた。あの細い体のどこに入っているのだろうか。それに所作がとても綺麗でいつまでも見ていられるとも思った。
「シア、せめてもう少しだけ、このベーコンだけでもいいから食べてくれないか。流石にそれだけでは心配する」
懇願に近いような形でお願いされてしまえば断ることは出来ない。無理矢理押し込めるような形で口の中につめ、なんとか咀嚼してベーコン一切れを飲み込んだ。正直これだけ食べたのも久しぶりだし、これ以上食べると吐いてしまう。
まだ食べさせたそうなユーリ様にもう無理ですと眉を下げて表情でお願いすると渋々諦めてくれた。
「あの、、私はこれだけでもう充分なので朝食はこの量くらいにしていただけると有り難いのですが……」
残してもいいと言われても手もつけていない料理が下げられていくのは申し訳無い気持ちでいっぱいになる。スープとパンが一つずつあれば私にとっては多すぎるほどの朝食となる。
が、ユーリ様は何がいけないのか断固拒否だと言うように反対された。
「シア。私は出来るだけ君の言うことは叶えてあげたいつもりだがそのお願いはできない。何故なら君は今にも折れそうなほど細いからだ。恐らく昼食も夕食も朝食と同じくらいにしか食べないのだろう。せめてもう少し食べてほしい。そうでないと私は君が消えてしまいそうで心配なのだ」
ユーリ様の必死な願いをもちろん首が取れそうなほどうなずきたい気持ちであったが、約束ができないと思いただ曖昧に頷くだけしかできなかった。




