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△▽△▽△
あたり一面姫百合が咲き誇り、輝くような橙色が美しく風に揺らされている。
──ここはどこ?
『──! こっちよ!!』
『待ってよ!!』
小さな女の子と男の子の声。
どういうわけか私の目には2つの人影がはっきり見えず、ぼんやりとしたものにしか見えない。ただ、楽しそうに遊んでいることだけは確かに伝わってきた。
『ねえ、これあげる!』
片方が姫百合で作られた花かんむりを渡している。声からして男の子のほうだろうか。それをもう片方は嬉しそうにはにかみながら『ありがとう』とお礼を言いながら頭に乗せていた。
なんと微笑ましい光景だろうか。どうかこの幸せが続くように祈ったときだ。
『──、必ず迎えに行くから。必ず。だからそれまで待っててくれる?』
『ええ、もちろんよ』
その言葉と同時に一気にその光景は光をなくした。何も感じなくなった心の中に不安がよぎった。
△▽△▽△
────っ!!
「夢……か」
変な夢を見た気がする。幸せなような悲しいような。
あまり思い出せない。
それよりもここはどこだろうか?
見慣れぬ天井と普段なら絶対にありえないようなフカフカのベッドの中にいる。
……そういえば……、昨日からリベルタード公爵邸へお世話になっているんだった。
ついいつもの癖で日が登る前に起きてしまった。けれど久しぶりにふかふかのベッドで寝たからか気分もよく、体もいつも程痛まなかった。
これからどうしたらいいのだろうか。仕事を与えてもらうにしろ、勝手に動くと逆に迷惑になるのは経験上よくわかっている。かと言ってここでじっとしておくわけにも……。
あーだこーだ悩んでいる間に日が昇ってきたらしい。考え事をしていてこんなに時間が流れているなんて……。伯爵家だったら鞭で打たれて当然の行為だった。
「あら、おはようございます、フェリシア様。お早いお目覚めでございますね。ゆっくり眠れましたか?」
軽くノックをして入ってきたのは昨日私付きの侍女になったアニタだった。先に起きてしまっていたことにも怒らず、優しく声をかけてくれる。
「おはよう、アニタ。先に起きてしまってごめんなさい。あの、それで私は今日から何をすればいいのかしら。洗濯や掃除くらいなら出来るのだけれど……。料理……は私が作ったら公爵邸のシェフにもそれを口になさる公爵邸の方々にもご迷惑だろうし……」
普段から美味しいものを口にしている公爵邸の方々には私の作ったものなんて絶対口に合わないだろう。もしかしたら皆優しいから美味しいと言ってくれるかもしれないが、口汚しになるようなことは出来ない。
ならば掃除か、洗濯か。それもブリキのおもちゃのような動きの私は、洗練された動きを持つ使用人には足手まといになるだけだろう。
じゃあ何をすればいいのだろうか。
「フェリシア様!! そんなこと仰らないでください! フェリシア様はもうれっきとした公爵家の一員でございます!」
「まだ婚約していないわ」
「それも時間の問題でしょう」
それはそれで困る。でもここで言い返してしまったらさっきと同じように堂々巡りになってしまう。一度大人しく引き下がることにした。
「えっと……、じゃあ何をすればいいのかしら」
もし時間があるようなら正しい教養を身につけたい。動けるか動けないかは別として知識があるのとないのとでは大違いだ。それに動こうと頑張ったらそれなりにスムーズに動かすことも出来る。ただその日の夜は声もあげられないくらいの激痛に襲われるのだが。
「そうですね……。ではまず朝食にしましょうか」
そういえば昨日は夕食も食べなかった。自分も知らぬままに緊張していたのだろう。自分にとって理解の範囲を超えているようなことが起こりすぎた。
しかし一日くらい食べなくても私の体は平気なもので、空腹感は訪れてこない。というか最近は食べても食べなくてもあまり自分の空腹具合などが分からなくなっていた。
これも病気が進行してきているせいなのだろうか。
アニタが朝の準備をしてくれる。ここに来て世話をされることが普通になった。今までは世話をする側だったのに。
自分のために時間を使わせてしまって申し訳ないのだけれど、私が大丈夫だと言って駄々をこね困らせてしまうのは本末転倒だと思った。それにそのせいでユーリ様に怒られでもしたらそれこそ頭が上がらなくなる。
それと公爵邸では朝食時もドレスで行くのが普通らしい。今着ているのは見たこともないシンプルで、でもどこか上品さが漂うAラインの翡翠色のドレスだった。
恥ずかしい話で、こんな素敵なドレスを出されるとどうしたらいいのか分からなくなる。それにこれが普通だと言われると、私の持ってきた服がただのボロキレにしか見えなくなり、着ると公爵家の威厳に関わってきそうなので着るに着れないのだ。
準備が終わったようで鏡を見る。するとそこにはとんでもない美少女が佇んでいた。
「アニタ。私の目はおかしくなってしまったの? それかこれは鏡じゃなくて肖像画だったのね」
自分の目が信じられずに何度も瞬きをして確認する。けれどもアニタは微笑んでいるだけで私の言葉に肯定しない。
「いいえ、フェリシア様。今鏡に映っているのは正真正銘のフェリシア様でございます」
何ということだ。化粧でこんなにも変わるものなのか。ラウラやお義母様が化粧を施してもさほど変わらなかった記憶がある。ただ二人は化粧なんかしなくても元が充分に美しいのだけれど。
あ、そういうことだ。化粧は"化ける粉"と書くと聞く。だから私は化けることが必要だけれどリンダたちに必要なかったということなのだ。と、自分の考えに納得した。
それにしてもアニタは化粧を施すのがとても上手だ。朝の支度の動きから見ていても私なんかについているよりも他にもっと良い仕事があるだろうに。
私の考えていることがなんとなく分かったのか、アニタは浮かない顔をしていた。何故そんな顔をするのかはわからないけれど、また知らぬ間に私がなにかやらかしたのだろう。ただここでは無闇に謝ると逆に迷惑を掛けるということを知った。
ごめんなさいという気持ちを心のなかで唱えながら、朝食を食べにダイニングルームへと移動したのだった。




