20 ユーリウス視点
姫百合が咲き誇る花畑の隅、大木の下で瑠璃色の石像のようになりつつあるシアを見たとき、とてつもない焦燥感に駆られた。
何故シアに頼ってもらえるような人になれなかったのだろう。
後悔の渦が自分を襲う。
目の前が真っ暗になったとき、後ろでアルノルドの焦る声が聞こえた。
◆◆◆
ここ数日、シアの体調が目に見える勢いで悪くなっていった。医者も呼んだが、シアとアニタがどうしても体を触ることを許可せず、結局分からずじまいだ。シアだけならまだしもアニタも一緒になって拒否するということはシアにとってそれほど苦痛なものなのかと思うと、あまり無理強いすることはできなかった。きっとまだカレロ家での事が残っているのだろう。
僕は毎日時間ができればシアの様子を見に行っていたが、いつも笑みを絶やさず嬉しそうに僕と話してくれた。けれども時折見せる暗い表情。今となってはそれはシアの最後の助けてという僕へのサインだったのかもしれない。それを気づくことができなかった。
その他にも袖の長い服を着ているのに同時に手袋もつけて決して肌を見せようとしない、アルノルドがあんなにも頻繁に来ていたのに最近は姿も見せない等、おかしいと思うことはいくつもあった。
僕がシアの病気について知ったのは思いがけないところだった。
「──だか────ちが───こ、でフェ───」
? 応接間から声がする。アニタと、、アルノルド? 聞き耳を立てるなんてことはあまり褒められた行為ではないこともわかっているが、言葉の端々にフェリシアという単語が聞こえたため見過ごすわけには行かなかった。
「もう、時間がありません。ついにフェリシア様は首元まで隠れる服を要求してまいりました」
「それは…………。ごめんね。どれだけ探してもこれといった書物が見つからないんだ。明日も王宮の書庫に籠もってみる」
「最近アルノルド様はフェリシア様の前に姿を現さないじゃないですか。フェリシア様、自分が呆れられて見放されてしまったのだと悲しんでおられましたよ」
「!! 本当に申し訳ないことをしている……。けれど、、フェリシアちゃんの前に行って僕があの奇病について問わないと言うことは出来ない」
奇病という単語が聞こえた瞬間、僕は後先考えずいきよいよく部屋の扉を開けてしまっていた。
突然の僕の登場にびっくりした様子でアニタとアルノルドは僕を見ている。
「シアが奇病って、どういうこと?」
するとアニタはすぐに俯き、アルノルドもきゅっと口を結んでしまい静寂が部屋を襲う。それが僕には酷く腹立たしかった。
「ねえ、奇病って? シアは体調が悪いだけじゃなかったの? 何故それを僕が知らなくてアルノルドが知っているの?」
最後の問にさっきまで俯いていたアニタが勢いよく顔を上げた。その顔は怒りを抑えるかのように真っ赤になっていた。
「何故僕が知らなくてアルノルドだけが知っている、ですって? ユーリウス様、無礼を承知で言わせていただきます。では逆に何故貴方はジュリッサ様にあんな笑顔を向けられたのですか。そのせいでフェリシア様がどんな思いをしたかご存知でしたか?」
ジュリッサに向けた笑顔とは……と記憶を手繰り寄せる。フェリシアが僕とジュリッサが共にいたのを見た日、あの日……、はっと思い出した。
「あれは、ようやくシアに送ろうと思っていた髪飾りが届いて、箱を開けたときたまたまジュリッサが近くにいただけだ」
はあ? と言いたげな様子でアニタが僕を見る。
「ジュリッサ様は私達の存在に気づいていましたよ? そしてまるでその髪飾りに向ける笑顔が自分に向けられているようにアピールをして」
「何故ジュリッサがそんなことをする?」
信じられなかった。
「何故? ジュリッサ様がユーリウス様に想いを寄せているからに決まっているでしょう。ユーリウス様、ジュリッサ様がフェリシア様をお茶会に招待したとき、フェリシア様になんて言ったかご存知ですか?」
シアは……
「ジュリッサのことを褒めていた。自分も見習わないとと」
「ええ、そしてユーリウス様も同調するかのようにジュリッサ様のことを仰りましたよね。そこでフェリシア様がどういった表情をしていたかご存知でしたか? フェリシア様はジュリッサ様にこう言われたのですよ。何故私の邪魔をしてきたのかと。何故私とユーリウスとの仲を引き裂いたのか、と」
頭を鈍器で殴られたような衝動に襲われた。そんなことを考えたこともなかった。だってシアはそんなこと一度も……
「フェリシア様はそんなことを言われて、それにジュリッサ様とユーリウス様との距離を見て、ジュリッサ様にこう言われたと、言えますか? フェリシア様はきっと二人はそういう仲だと信じていました。実際私もユーリウス様の笑顔を見てからはそうなのだと思っていましたよ。だからアルノルド様にご相談したのです」
言い返す言葉が見つからず、ただ突っ立っていることしか出来ない。
言い訳になってしまうが、あの時、というか最近はずっとアルノルドとシアの距離が近かったため僕にも余裕がなかったんだ。庭園でシアがアルノルドにもたれかかっているのを見たとき、どうしようもない嫉妬心が心の中を埋め尽くした。今いけば必ずシアに嫌な思いをさせてしまうと、あの日は近づくに近づけなくて結局髪飾りを渡しそびれた。それがこんなことになるなんて……。
「…………後悔は、しても良い結果にはならないんだよ。まずはフェリシアちゃんの奇病について調べないと。もう時間がないんだ。それにこれだけ聞かれていてはもう隠す意味もないだろう。ユーリウス、今から言うことはフェリシアちゃんは絶対に知られたくなかったことだから。特に君には」
そう前置きをして、アルノルドは"精霊石化現象"について話し始めた。初めは信じられなかった。でも思い返してみるといくつかシアに当てはまることはある。それが現実を突きつけられているみたいで、苦しかった。
「シアの症状はどこまで……?」
「……もうすぐ腕は全て石で覆い尽くされ、手に侵食している状態です」
声を失った。もうそこまで来ているなんて。
「治療法はないのか?」
「今のところは、見つかっていないんだ。そもそも何故精霊石化現象が起こるのかも分かっていない。本当に、奇病の中でも殆ど原因が突き止められていない。しかも最後は粉々になって消えてしまうため遺体から何も情報が得ることができないんだよ。本当に何も分かっていないんだ」
「粉々にって……骨も残らないのか?」
ああ、とアルノルドが頷くのを見てまた絶望が僕の中を駆け巡った。
何故シアはそんなつらい思いをずっとし続けなければいけないのか。ファンヌ様がなくなってから、僕と離れてからずっと、シアの周りはシアにとって敵しかいなかった。昔の僕とシアの最後の時、そこでふとある出来事が頭の中を走った。




