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こっそりと抜け出した翌日、フェリシアは夜に父、モルテンの書斎へくるように言われていた。
許可もなしに医師のところへ行っていたことがバレたのかとも思ったがそうではないらしい。ただいつも以上にリンダとラウラの機嫌が悪かった。そのせいか使用人もピリピリしている。
フェリシアはいつもと同じように痛む体を必死に動かしながら、いつもより多い仕事を片付けていた。
日が傾き、書類の管理も一段落したところで父の書斎へと向かう。
父はリンダがこの屋敷にやってきてから仕事を呆けるようになった。そしてもう読み書きができると知った家令は父に言うのをやめ、私に仕事を教えだした。幼い頭で書類管理はとてつもなく難しい。今となっては慣れたものだが昔はよく泣いていたものだ。泣くことをやめたのはいつだっただろうか。よく覚えていない。
「フェリシアです。失礼します」
ノックをすると「入れ」とぶっきらぼうな返事が帰ってきた。
扉を開けると空気が悪いのが一瞬にしてわかった。
私が入るとすぐに鋭い視線を向けてきたラウラはいつものように万人受けする可愛らしい表情を作ろうともしない。
いつも私とお義母様がいるときにはよく今のような表情をするが、父がいるにも関わらず崩れていることは珍しい。よっぽど嫌なことがあったのだろう。
「座れ」と父が顎で側にあった一人用の椅子をさしたためそこに腰掛ける。それと同時に話が始まった。
「……お前に手紙が届いている」
「私に……ですか?」
わざわざ私に届くなんて珍しい。というか母が亡くなってからは初めてかもしれない。
理由を尋ねる前に我慢できなくなったお義母様とラウラが大声で叫びだした。
「やはりこれはなにかの間違いですわ、お父様!! どうしてこんな出来損ないの姉にあの方から手紙が届くのです!?」
お義母様とラウラの反応を見るに、どうやら手紙の主は高位貴族らしい。伯爵家よりも上となると、辺境伯、侯爵、公爵、皇族のどこかだろう。そんな高位貴族からいったい私に何の用だろうか。
「そうですよ!! 可愛らしいラウラではなく、何故この穢れた女に縁談が来るのですか??!」
予想外の言葉がお義母様の口から発せられた。
縁談。私には一生縁のない言葉だと思っていた。なにかの間違いだろう。先程ラウラが言っていた言葉に同意する。
社交性のある華やかな妹ならまだしも私である。
薄汚れたグレーの髪や血のような瞳を持っている私ではない。まして最近は多く咳に血がまじり始め、食がどんどん細くなっていき、痩せるところまで痩せてしまった。まるで動く骸骨のようである。
「どちらからで御座いましょうか」
「……リベルタード公爵家のユーリウス様からだ」
リベルタード公爵家のユーリウスというとあの噂の貴公子のことではないか。眉目秀麗、御年17歳にも関わらず既に公爵としての頭角を表しており、成人すると同時に現リベルタード公爵は爵位を移すつもりでいるという噂が流れている。実際噂を放置しているということは噂は本当なのだろう。私と1つしか違わないのにすごい差である。
そして最後に。この国では18歳から成人となるのだが、成人するまでに婚約者を持つのが普通。しかし彼にはいないのである。
女性嫌いであるのかとも思ったが、社交界での噂を聞く限り、女性にも優しく、ありえないほどに気が利くという紳士の鏡でもあるらしい。私自身、母が亡くなって以降、社交界という場には足を踏み入れていなかったがここまで噂が回ってくるというのは余程のことなのだろう。
そんな令嬢の憧れである彼が、なぜ見たこともない私なんかに縁談の申し入れをしたのか理解ができない。
「書き間違いでは……無いのでしょうか」
可能性は低いがそれ以外に考えられない。まだラウラは社交界の花とも言われているらしい。それならば納得できるが、、
「間違いではない。絶対にだ」
お父様がここまで断言するならばそうであろう。しかし何故お父様はここまで断言できるのだろう。お義母様は理由を知っているようだが言おうとはしない。
「出発は明日だ。早く準備を済ませてさっさとこの家から出ていくことだな」
「ちょっと待って、お父様!!」
ラウラが声を上げる。
「ユーリウス様のところには私が行く! だってきっとこれは間違いなんだもん。私とお姉様の事を間違えるなんて公爵家も呆れるけれど、ここは相手のミスを責めないで私が行くのが最善じゃないかしら? 向こうも自分達が間違えたからと言ってお姉様みたいなのを送られてきたら迷惑よ?」
「私の可愛いラウラ。これはね、愛なんてないのだよ。考えてみなさい。"これ"であるぞ? きっと公爵家は誰でもいいから婚約者が欲しかったんだと思うよ。成人前に婚約者がいないのは世間的にも良くないからね」
「でも誰でもいいんだったら私でもいいじゃないかしら?」
「そんなこと言わないでおくれ。ラウラの代わりなんていないのだ。例え嫁いだとしてもラウラが幸せになれなかったら意味がないじゃないか。それにあれがいなくなれば私達は本当の3人家族になれる」
それもそうね!! とラウラは花が咲くような笑みで微笑んだ。そこにお義母様も入り、使用人も微笑ましそうに二人の腕に抱きついたラウラを見ている。まさに完成された家族だった。
やはり私はお荷物だったんだと改めて感じた。書類管理や雑用、彼らの役にたてば認めてもらえるかもしれないと思っていた自分はもういないのが幸いだった。
──心は何も動かなくなってしまった、変わりのように体が少し傷んだ気がした。
「ここも、今日で最後ね」
屋根裏に戻り、簡素なベッドにゆっくりと倒れ込む。本当は最後だから多少行儀が悪くてもボフンと寝転がりたいのだが、体が悲鳴を上げるため実行することは出来なかった。
今日は明日、仮にも公爵家に行くのだからと湯浴みを許された。いつもは残った水で体を流すだけだったが、久しぶりに気持ちよかった。
公爵家ではどんな扱いを受けるのか。せめて重労働は避けたい。いつ体が完全に動かなくなるかわからない。
そんなことを思いながらフェリシアは目を閉じ、眠りについた。
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