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今までにないくらいの激痛で目が覚めた。悲鳴を上げようにも逆に痛すぎて声を出すこともできない。これはおかしいと、近くにあった鏡に自分を移したとき、一気に私の中に絶望に似た悲しさが駆け巡った。


首元まで瑠璃色の石が見えている。


もう、時間がない。



「おはようございます、フェリシア様。今日の具合は……」


いつものように明るく入ってきたアニタが私のただならぬ気配に一瞬言葉を失ってしまっていた。そして私の首元を見ると同時に、私以上にその顔は絶望へと塗り替えられていく。


「……おはよう、アニタ。今日はいい天気ね。そうね……今日はユーリ様はいつお見えになる予定だったかしら。出来たら首元まで隠れる服がいいわね。一着だけあったと思うから今日はそれを準備してもらえる?」


出来るだけ普段通りに取り繕う。そうでもしないと、今すぐこの場で崩れ落ちてしまいそうだったから。


「フェリシア様っ……!! ………………そうですね。今日はいい天気です。気分が良ければ散歩でもなさってはいかがですか? きっと気持ちがいいですよ」


アニタも私の心情を察してくれたのか、いつも通り接してくれている。けれども今すぐ泣き出しそうな表情は隠しきれていない。


「今日はユーリウス様は午後に来る予定ですよ。それまでは朝食を取って……」


アニタの言葉が詰まる。


「……すみません……。この後、お側から少し離れてもいいですか?」


どうやら耐えきれなくなったようで、私の着替えを手伝ってくれている間に涙声で問うてきた。アニタの頼みはむしろ……私のこの後の計画にとって都合が良かった。


「もちろんよ。アニタの好きなようにしてくれて構わないわ。私は今日は部屋で本を読んでいるから。気にしないで」


ありがとうございます、と言うと同時に私の着替えが完了する。




朝食を取り終え、それでは失礼します、とアニタが食器類を持って部屋をあとにしようとしていた。


「何かあったらすぐに言ってください。私はこれから2時間ほどフェリシア様のそばを離れますが、私以外の使用人もご要望があれば必ず向かわせますから」


相変わらずの心配性に思わず笑みがこぼれた。


「ふふ、そうするわ。………………アニタ、いつもありがとう」


……最後の言葉に、なるかもしれない。

そう思うと余計に悲しさが溢れてきたが、お礼を言わずにはいられなかった。


アニタが部屋から出ていくのを見届けると、机の引き出しに入れてあった便箋に手をかける。ユーリ様は午後にこちらに向かうということは、今現在8時すぎであるため少なく見積もっても4時間はある。それに2時間アニタは側にいないといった。わざわざいったのはすぐに駆けつけることが出来ないからであろう。これだけ時間があれば充分だ。



私は今から、この屋敷を出ていくつもりだ。



便箋にユーリ様への手紙を書き終えると、急いで外に行くような格好になる。本当はアルノルド様への手紙も書きたかったのだが、呆れられたため私に会いにこなくなったと考えてしまうとどうしても書く勇気が出なかった。






「おや、フェリシア様ではございませんか。今日はアニタがいませんね。どうされたのですか?」


御者の一人に声をかけると不思議そうに尋ねられた。不思議に思っても仕方がない。いつも一緒のアニタはもちろん、ユーリ様もおらずひとりで出かけようとしているのだから。


「ユーリ様は午前中は忙しいみたいで、アニタはこれから少しの間だけ私用で私から離れるの」


「なるほど。それで、フェリシア様は何の御用ですか?」


「少し、連れて行ってほしいところがあるの」


初めは一人では駄目だと断られた。せめて使用人を一人だけでもいいからつけてほしいと。けれどもそういう訳にはいかない。数分ほど同じような言い合いが続いたが、結局向こうが折てくれた。


「…………はあぁ。まあフェリシア様にも一人になりたい事があるのでしょう。最近ジュリッサ様もよく公爵邸で見かけますし。……わかりました。けれど1時間後には迎えに行きますからね。それに危機が来たときには必ず知らせてくれるというユーリウス様から貰っていたブローチを外さないでください。これが絶対条件です」


わかったと大きく頷き、翡翠色のブローチをギュッと握りしめる。これは1ヶ月ほど前にユーリ様からもらったもので、どうやら私の身に危険が訪れたときだけユーリ様が私のところへ転移できるようになる仕組みになっているらしい。使ったことはないので分からないが、アルノルド様曰く効力は抜群だそうだ。


早速馬車へ乗り込む。予定している行き先よりも少し離れた市街地におろしてもらうことにした。ここだと予定の場所から歩いていけない程ではないし、かと言って市街地であるため観光をしたかったのだと言ってもおかしくはない。出来るだけ、私がどこに行ったのか知られたくないのだ。


「ここでいいわ。本当にありがとう。そうね……もしユーリ様から何か言われたらこれを見せればいいわ。貴方は見ないでもらえると嬉しいのだけれど……。きっと貴方の役に立つから」


私が馬車の中で急いで書いたやつだ。もし私を一人で行かせたからと御者が責められたら嫌だ。これは全て私に責任があるのだと。直接伝えることは出来ないが、このような形でも伝わるだろう。


「分かりました。では1時間後にここへ戻ってきてください」


ずっとは悪いから自由にしてていいのよと言っても、もし私が困ったときに一定の場所にいなかったら困るからと、大丈夫だと言われた。


それじゃあ、と市街地の中に入り込む。けれど御者の姿が完全にこちらからも、向こうから見えなくなったところで方向転換を行った。私の最終目的地はここではない。





10分くらい歩いただろう。息は上がりきっており、正直辛い。でも、、ついに私の目の前には一面に咲いたオレンジ色も姫百合が咲き誇っている。死に場所はここがいいなと、始めていたときから思っていたのだ。



ひときわ大きな木の下に腰を下ろす。

これで最後だ。最後の4ヶ月、自分はありえないほど幸せだった。余命は6ヶ月と言われていたけれど余命は未定。あと2ヶ月は大丈夫と思っていた分、余計に辛い。




もっと楽しみたかった。

もっとユーリ様と一緒にいたかった。

もっと生きたかった。


死ぬのが怖いといえば嘘になってしまう。けれど私の周り一面に咲いている姫百合のおかげで少し軽減されているようだった。


御者と離れてもう随分と時間がたった。心配、しているだろうか。もうアニタとユーリ様の耳には届いてしまっただろうか。ユーリ様は手紙を読んでくれたかな。

日が傾き始めた頃、とうとう目の下まで石が侵食してくる感覚がした。顔は他と比べても敏感なのだろう。石の侵食してくる感じが分かるため、見なくてもわかってしまう。もうすぐ消えてしまう。不思議と先程までの死への恐怖はなくなっていた。楽しかった記憶がフラッシュバックする。これが走馬灯というやつなのかな。


せめて最後に、直接ユーリ様にお礼を言いたかったな。手紙という形になってしまったけど……。

仕方ないと諦めて目を閉じる。もうそこからは最後の仕上げだと言うように目にまで侵食してきた。体の痛みももう感じない。ふわっと意識がこの世から離れようとしたその刹那、ユーリ様の声が聞こえた気がした。いるはずはないのに、自分の願望が現れたのだろう。じゃあこの願望にでもいいから、「ありがとう」と伝えたい。そう思った矢先、私は意識を手放した。

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