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「フェリシア、あなた、どこか具合が悪いの?」


突然エレオノーラ様にそう尋ねられびっくりする。こんなにも汗だくで息が上がっているからだろうか。それとも顔色が悪く見えたのだろうか。

私の今の様子を心配したのか、アニタに問答無用で椅子に座らされ、冷たい紅茶を出してくれた。

エレオノーラ様も私の前に座り、私とは違い先程アニタ淹れた、温かい紅茶を飲んでいる。


「何か、、そう見える点があったのでしょうか……」


「そうね……。今日みたマナーは全て合格と言うにはあまり出来がいいものではなかったわ。けれどもあなたは私が教えたらすぐに出来るの。そして決して次のレッスンでも忘れていない。素晴らしい生徒を持ったと思ったわ。けれどここ1ヶ月かしら。あなたの動きがどんどん鈍くなっているの。頭ではきっちり理解しているようだったし、どこか調子が悪いのかなと思ったのだけれど……」


エレオノーラ様の完璧なよみに何も言えなくなる。たった月に両手で数えても足りるほどの回数しかレッスンをおこなっていないのにわかってしまうなんて。もしかしてたった数回だからこそ、毎日見ているわけではないから分かるものもあるのかもしれない。

ただ精霊石化現象のことを言うわけにもいかず、言葉に詰まる。いったとしても知っている可能性はとても低いし、あまり軽々と人に言うものでもない。それに私はこの事を告げるのはアニタで最後にしようと決めていた。


「いえ、特に調子が悪いということはないのですが……強いて言うならば最近少し体が動かしにくくなっているからでしょうか。肩こりや腰痛からよくくると聞くのでそこを治してみます」


「それならいいのだけど……。あまり無茶はしないようにね。でもあなたが私のレッスンにここまでついてこれたのは凄いことだわ。あとはそれを体に定着させるだけ。頭では理解しているようだからあとは大丈夫ね」


嬉しいお言葉をいただいた。今日で最後になるのかと思うと少し寂しい。けれどあまり長いさせるわけにもいかないし、今日の午後はアルノルド様がお見えになる予定だ。名残惜しいが、エレオノーラ様をお見送りする。


「長い間お世話になりました。まったく知識のない私にいちからたくさんの事を教えてくださって、本当に感謝しています。ありがとうございました」


一番はじめに習ったカーテシーをすると、優しく抱きとめられた。


「元気にするのよ。また会いに来るわ。次はユーリウスとあなたの婚約式かしら。楽しみにしてるわね」


くっと泣きそうになるのをこらえてエレオノーラ様の後ろ姿を見る。エレオノーラ様の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。エレオノーラ様はああ言ってくださったけれどもう合うことはないだろう。そう思うと余計に涙が溢れそうになってきた。


「行きましょうか。アルノルド様が来られるわ」


ぽつりとこぼし、自室に向かった。



◇◇◇


今日のノルマが終わり、一息つく。

アルノルド様はだいたい3日に1回のペースで来てくださり、毎日違う話題を提供してくださるため、いつもとても興味深くて面白い。今日も貴族のちょっとした裏話を聞かせていただき、二人で笑っていた。


「いやー、フェリシアちゃん、凄いよ? 普通は僕がいつも渡す分厚い本、2日や3日で覚えられないって。でも今回は絶対無理だろーって渡すやつ、次僕が来るときにはほぼ高確率で覚えてるんだもん。いつも感心させられるなー」


「いえ、私なんかまだまだで……。でもアルノルド様がそう言ってくださるのならそうかもしれませんね。私は昔から一度読んだものはすぐに覚えるタイプでして、、。でも本を読むスピードがあまり早くはないのでプラスマイナスゼロのような感じです」


「いや、一度見たものを一回で覚えるって普通にすごいから。普通の人真似できないから。それで速読ができるなんて言ったらもうプラスマイナスプラスどころの話じゃないよ」


アルノルド様とは初めてのあったときよりも随分と仲良くなった。魔法師団長という方がこんなに頻繁に私のところへ来て大丈夫なのかと尋ねたところ、私と話すことが楽しいからと嬉しいお言葉をいただいた事がある。

アルノルド様には精霊石化現象のことを相談してもいいかとも思ったが……殆ど無駄だとわかっていながら私に多くの時間を割いていただくのは申し訳なかった。それにアルノルド様に伝えればユーリ様にも話が行く。それは避けたかった。


「ああ、そうだ。ちょうど今日はたくさん時間が余っていますし、庭園の方に案内いたしましょうか? 今はコスモスが咲き誇っていますので見どころですよ」


「お、それは楽しみだ。是非案内してくれるかい?」


たぶん私が庭園へ行きましょうと言ったのが間違いだった。もし今日は部屋でじっとしていればあんな場面に遭遇することはなかっただろうに。



◇◇◇


「やっぱり公爵邸の庭園は広いね。下手すると一つ貴族の家が建てられるくらいの敷地はあるよ」


「私も初めはあまりの広さに驚いてしまいました」


本当にそのとおりだと思う。カレロ家なら余裕で入るだろう。なんならあまりが出てもおかしくない。


そんな小さな雑談をしていると、向こうの方に人影が見えた。あれはユーリ様と、、ジュリッサ様だ。

ユーリ様は何か小さな箱を持ってジュリッサ様と談笑している。ユーリ様が私達と背を向けるように、ジュリッサ様がこちらに顔を向けるようにしてガゼボに座っていた。おそらくジュリッサ様は私達のことに気づいているだろう。私が挨拶しようと立ち上がると、まるでくるなという視線がぶつかったためまた座り直してしまった。

ここから話し声は聞こえないが楽しそうに話しているのは分かる。


「あれはユーリウスと……ジュリッサ嬢だね。確か今は二人が主で一つの改革を行っているって聞いたけど、、」


アルノルド様も興味があるようでじっと二人の様子を見ていた。

目をそらしたいが、何故か目をそらすことができない。


ジュリッサ様が何かいい、ユーリ様が先程から持っていた小さな箱を大切そうに開ける。その次の瞬間、なんとも言えない優しく、やわらかい笑みがユーリ様の顔に現れた。それもジュリッサ様の方を向いて。


途端に胸に醜い何かが巻き付くような感覚に陥り、急激に体の痛みが増す。必死に悟られないように頑張っていても、どうしても顔色の悪さは出てしまっていたようだ。


「あまり……フェリシアちゃんにとっては見てよかったものではなかったかもしれないね。ごめんね。僕が庭園に行きたいって言ったから……」


「いえ! 決してアルノルド様のせいではありません。それに私は大丈夫ですよ? むしろ少し安心した部分もありましたし。でも少し顔色が悪くなっているようですので、先に部屋へ戻らせて頂きますね」


本当に申し訳ないことをしてしまったと思いながらアルノルド様に謝る。


「いや、ひとりでいかせられるわけないよ。僕が支えるのは抵抗があるかもしれないけど少し我慢してほしい。腕、借りるよ?」


そう言ってアニタと私の体を支えてくれながら部屋へ戻ってく。

この時ユーリ様がこちらを見ていたことも、どんな様子でこちらを見ていたかも誰も知らなかった。

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