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「シア!」


「ひあっ!!」


突然後ろから抱きつかれ、変な声が出てしまった。


「ふふっ、かわいい声。あぁ、最近忙しくてずっとシアに触れらることが出来なかったから……、生き返る……」


そう言ってユーリ様は私の肩に顔をうめ、すりすりとしている。嬉しいような恥ずかしいようなで顔に熱が集まるような感覚に襲われた。

確かにユーリ様はここ2ヶ月ほどずっと忙しそうにされており、私との接触は朝食時と夕食時だけだった。本当はそんな時間を取ることも難しいのに、私のためにありがとうございますと少し前お礼を言ったところ、自分がしたいだけだからと満面の笑みで言われ満点の答えを返された。好きな方にこんなことを言われて嬉しくない女性がいるだろうか。私の知る限りではおそらくいない。

ただ最近はそれすらも難しいようでなかなか一緒に食事をとれることが少なくなっている。


ユーリ様は現在、平民にも貴族にも平等な試験権を与えられるようにしようとしている。平民でも有能なものはより良い職へつけるように、上位貴族でも仕事を怠るものやただ下の者を蔑ろにし、自分は何もしないものなどには問答無用で仕事を追われるといったような、まさに実力主義の社会を作ろうとしていた。はじめはユーリ様が言い出した案で、そこからこの案が良いと思う人達が支持し始め、今は国を巻き込んでの大事業になっている。それにやはり平民からの要望も多いようで、もう少しで案が可決するのではないかという噂もちらほらと聞くようになった。

勿論そんなことが出来るのならばもっと良い国造りがされるとも思うが、なかなかその案が採用されるのは難しく、ユーリ様は日々悪戦苦闘されていた。私にも何か手伝えることがあればいいが、頭もそれほど良くなく、後ろ盾もろくにない私に出来ることなんて何一つなかった。

そしてこの改革こそジュリッサ様がユーリ様と共にしているものであった。


「お疲れ様です、ユーリ様。お仕事の行き具合はどうですか?」


「ううん……。あまりいいとも言えないけど悪いとも言えないかな。頭の硬い上位貴族がなかなか首を立てに振らなくてね。自分が職を失う可能性があるからだろう。そんなやましいことに心当たりがあるんだろうね。でも国王も乗り気でいるし、あともう少しといったところかな」


やはり噂は本当のようだ。

ユーリ様はすごいなと改めて実感する。まだ成人していないにも関わらず、こうした国を巻き込む大事業を展開し、国をより良い方向へと持っていこうとしている。ジュリッサ様も同じだ。


「あ、そういえばジュリッサとのお茶会はどうだった? ジュリッサは一緒に仕事をしているけどとても頼りになる女性だから。僕の又従兄妹でもあるんだけどね」


私の後ろに控えていたアニタの眉が少し動いた気がした。どうやらジュリッサ様の話がユーリ様の口から出るのが嫌なようだ。私の心を心配しているような表情にも見える。しぶしぶだけれどアニタは私の病気について誰にもいわないと言ってくれた。私の意志を最後まで尊重すると。

アニタに大丈夫よと目で伝える。



「ジュリッサ様はとても美しい方ですね。身のこなしようはもちろん、ユーリ様のお仕事もお手伝いしていらっしゃるようなので頭の回転もきっと速いのでしょう。私も見て学ぶことは沢山ありました。私自身どうしても動作がぎこちなくなってしまうことがあるので……」


最近は胴の部分はほぼ全て瑠璃色の精霊石でうまってしまった。触られても気づかれないように何枚も服を着て誤魔化しているが、そろそろ四肢にも広がりそうだ。アニタに頼んで至急袖の長いドレスと長いところまである手袋を準備してもらっている。本当に迷惑がかかりっぱなしで申し訳ない気持ちになる。


「そうだね……、シアの動きは確かにぎこちないところもあるけどあまり気にならない程度だよ。お祖母様は厳しいからね。きっとシアに見込みがあるから多少きつくなってしまうのかもしれないね。そうだ、お祖母様の約束の期間ももうすぐだったんじゃないか?」


「はい、今日のレッスンが最後になります。一応一通り教わったのですがなかなかうまく出来なくて……。明日は最後に今までの確認をするそうです」


「そうなんだ。きっとシアならうまく出来るよ」


ふわりと口元がほころび、優しく私の頭を撫でてくれた。

幸せだなと身にしみて感じる。いつの間にか凍りついてしまったかのような私の心はリベルタード公爵家に来てからゆっくりと溶かされていた。でも嬉しいと感じる一方、死にたくないなという気持ちが溢れてしまう。カレロ家では一度も思わなかったのに、むしろ早く死んでしまいたいとも思ったのに。それが何よりも辛い。

いつまでもこの時間が続けばいいのにと思ったが、そうはいかなかった。


「ユーリ様、ジュリッサ様がお見えです」


執事長がユーリ様に声をかける。おそらく仕事の事で相談に来たのだろう。そういえば前にジュリッサ様がよくリベルタード公爵家を訪問する事になると言っていた。


「フェリシア様、そろそろエレオノーラ様が来られる時間です。準備をいたしましょう」


アニタの気遣いに少し嬉しくなる。

そうねと返事をし、ユーリ様に別れを告げる。


「本当はもっと一緒にいたいんだけど……」


そう言葉を残し、執事長と共にジュリッサ様が待つ部屋へと歩いていった。私もエレオノーラ様が来られる前に準備をするため、自室に戻る。



元気な姿でユーリ様とお話できたのは、今日で最後となった。

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