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「ふう……。付き合わせてごめんなさいね、アニタ。あなたも疲れたでしょう。もう今日はいいからゆっくり休んでちょうだい」
深くソファに座り込んでしまう。淑女としてはあるまじき行為なのだが今ばかりは仕方がない。もうこれ以上は本当に一歩も動ける気がしないのだから。久しぶりに外へ出たのが一番の問題だろう。あとはもしかしたら知らない間に精神的にもきていたのかもしれない。
「あの、、フェリシア様。使用人である私が言えることでもないのですが、その……」
アニタが言いづらい様子で表情を曇らせている。
「何か言いたいことがあるのね。いいのよ。アニタは私の姉のような存在だもの。でもごめんなさい。今日はもうこれ以上動くことが出来なさそうだからアニタが私の前に座ってくれると嬉しいわ」
本当に申し訳ない。
自分から話を聞くといった手前本当は自分がお茶を出して相手に先に座ってもらうのがマナーなのだが本当にもうこれ以上動けないのだ。
「いえ、かまいません。むしろフェリシア様の前に座っても良いものかと……」
「どこを気にしているの? さっきも言ったじゃない。アニタは私にとって姉のような人だからアニタに気を使われると少しむずかゆいわ」
二人でくすりと笑う。
「それでは、お邪魔します」
私の目の前に使用人用の椅子を持ってきて座る。
私が疲れているのもあり、アニタは早速本題に入った。
「今回のジュリッサ様の件、ユーリウス様にご相談されてはいかがでしょうか」
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、予想外の言葉に目をパチパチさせる。何故ここでジュリッサ様のお名前が出てくるのか、そして何故ジュリッサ様のことをユーリ様に言う必要があるのか。
「いち使用人が口出しできることではありませんが、今回のジュリッサ様の言動は行き過ぎておりました。ユーリウス様の婚約者だったわけでもないのにフェリシア様が仲を引き裂いたなど……許せるものではありません」
ああそうか。アニタは私のために怒ってくれてるんだ。ジュリッサ様の言動に私が傷ついたと思い、こうして庇ってくれる。
石になりかけている胸にポカポカとした暖かさが残った。思わず笑みが溢れる。
「ありがとう、アニタ。でもその必要はないわ。ジュリッサ様の言っていることは間違いではないもの。それに、私は嬉しいのよ」
何故、と理解ができない顔で私を見つめる。
「どうしてですか? もしかしてフェリシア様はユーリウス様のことがお嫌いなのですか? それで……」
「そんなわけ無いじゃない。むしろユーリ様は私が初めて、その、、恋、した方なの」
「だったら!!」
「だからこそ、こうしなければならないの」
自力では動けないため、後ろにある本棚から一冊の本を取ってもらう。先日、アルノルド様から覚えるために貸していただいた本だ。
「アニタは、"精霊石化現象"について知ってる?」
本当は無闇矢鱈と人に喋るのは良くないのだがもう仕方がない。私も取り返しのつかないところまで来てしまっている。せめてアニタには、アニタにとっては辛いことかもしれないけれど、知っておいてほしかった。
「精霊石化現象? すみません聞いたことがないです」
本のそのページをあけてアニタに見せる。じっくり読んでいるようだ。
「────恐ろしい病気ですね。伝説上のものとはいえここまで……。これがどうしたのですか?」
薄く笑う。アニタにはなんて言われるだろう。今すぐ走ってユーリ様を呼んでくるかもしれない。
「あのね、私たぶん精霊石化現象を患ってるの」
しんと耳が痛いほどの静寂が訪れる。アニタは目を見開いたまま私を見つめて動かない。私も動くことができない。
「────────冗談、、ですよね。だってこの現象は伝説上の病気で。治療法も改善法も見つけられていなくて。だってそんな病気にフェリシア様が……。…………!!」
こころあたりがあるようだった。
「もしかして、時々聞こえていたあのキシキシという音はフェリシア様のものですか……?」
……聞こえていたんだ。やっぱり隠せていなかったのか。
「そう、それに6日前だったかな。これ」
そう言って胸のあたりの服ををはだけさせる。すると前よりも少しだけ大きくなったような瑠璃色の石が花弁のようになって咲いていた。これを見た瞬間、嘘だ……とアニタが小さくつぶやきくしゃりと泣きそうな顔になった。
「もう、体も動かすたびにまるで石になってしまったかのように痛むの。私がリベルタード公爵家へ来たときには既に余命は半年と宣告されていたからあと3か月あるかないかかな」
「だからジュリッサ様には3か月と……」
「本当はすぐにでも出ていったほうがいいんだろうけどね。カレロ家に帰ってもたぶん門前払いを食らうだけだろうし、本当に居場所がなくて。それで図々しいお願いなんだけどそれまではリベルタード公爵家にいさせてもらいたかったなと思って……」
ボロボロとアニタの瞳から涙がこぼれ落ちる。
ハンカチを渡すと、ありがとうございますとはいったもののハンカチをギュッと握りしめ使う様子はなかった。
「それでもやっぱりユーリ様には幸せになって欲しいからジュリッサ様があんなにユーリ様のことを思ってくれてることが嬉しかったの。パートナーとして申し分ない方だと思うし、その、、少し寂しい気持ちはあるけどでもそれは仕方のないことで受け入れないといけないから。それに私が死ぬときはこの本によると跡形もなく消えるんだって。私にピッタリと思わない?」
リベルタード公爵家へ来る前はずっと死に場所を探していた。後処理が大変だからひと目のつくところでは難しいし、かと言って海や崖に身投げと言っても私にその勇気があるかは正直言うと自信がない。その分消えてなくなるなんてこんなに私のためのような死に方なんて世界中のどこを探してもきっとこれしかない。
「馬鹿なこと言わないでください!! 何がピッタリなんですか!? 骨も残らないんですよ? そんな悲しいことって……。フェリシア様、治療法はないんですか?」
残念ながらと首を横にふるとアニタは泣き崩れてしまった。まさかこんなにも悲しんでくれるとは思わなかった。それだけで私は恵まれているのだと感じる。
ボロボロと泣き続けるアニタをそっと抱きしめる。
「アニタ。私のために泣いてくれてありがとう。私の事を思って叱ってくれてありがとう」
そのまま数十分間、アニタは声を上げて泣き続け、私はずっとアニタを抱きしめていた。




