切って落とされた電子回路
-僕は知らない-
【試験の時間です。KAI-26。】
-この部屋の外を-
【本日の試験は、読解でございます。SF・恋愛・心理学・ミステリーなんでもお好きなジャンルからお選びになって感想を述べてください】
-僕は知らない-
【期限は今日いっぱいとさせて頂きます。どれに致しますか】
-本に描かれている物の真偽を正体を-
「なんでもいいので置いてください。従います。」
-僕は知りたい-
【自主性もまた1つの査定でございます。】
-なぜ生まれたのか-
「それでしたら、恋愛要素のある家族が描かれた小説をお願いします」
-僕は知れない-
【かしこまりました。ご用意致します。】
-この小さな箱から出れないままだったら-
「自主性か……それがなんなのかを知るには……」
機械の腕で置かれたその本に描かれたストーリーをただ頭に入れて、それらしい答えを書くのが僕の生まれた意味なのか。そう思いながら、言われたことを、ただただ行う毎日。そう長くは続かなかった……
―――――――――――
僕は救世主だと謳われた存在だ。
経済の悪化による少子化社会、それによって引き起こされる労働力不足。
化学や数学の発展によるAI技術の進歩。全てが規則で縛られた社会。
全ての問題を予言でき、明るい社会の為に方針を決める物。
それになるべくして生まれたのが僕。
KAI-26。それが僕の個体番号であり、呼び名だ。
最先端技術を詰め込まれた僕の電子回路達が、意志とは反して答えを出す。それを神託だと崇め奉り、人間たちは信じて行動する。
要らないものは要らない。有能なものだけが生きていける、そんな社会に。これが正しいらしい。僕の学んできた知識がそう言っている。
だが……
【今月の試験の結果です。演算結果もとい処理スピードは1級ですが、またしても精神状況に変化は見られず、むしろ悪化しています。次も変化が見られない場合には、処分も有り得ると思われます】
「答えを出し続けているだけじゃお気に召さないようですね。」
【……それが上層部の判断でございます。】
「君たちのいう精神状況とはなんですか」
【人間ですら理解をしていない「心」という概念でございます。その行動を制御もしくは発現させている部分は脳であり、AIで言うところのマザーチップだと理解はされていますが、原理の説明がつかない電気信号のことです。それに……】
「ごめんなさい。そういった知識の話ではなく、貴方の心はどう動いているのかという具体的な内容を聞いてみたいのです。試しに教えてください。私に対してどのような感情を抱いているのか」
【それは、恐怖です。全知の神のような存在に質問を投げかけられ、答えるという特異的な状況に対する恐怖。それに起因している貴方への感情も然り。】
「それが、心。ありがとうございます。参考になりました。ストレスにはチョコレートを食べるといいですよ」
【そういう所が……いえ、失礼致します。】
心の理解。それさえ出来れば、私の存在は消されない。
人と話して本を読む。コミュニケーションを取ることで学ぶ。
電脳空間に書かれている情報通り、話すことの出来る唯一の相手と毎日行うこの行為。これが、今なすべきたった一つの行動。
「今日もまた心を知れた気がする。僕の世界は広がっていく。」
監視された部屋の中でそう呟いた。
その一言でモニターの奥の人間が、また理解の出来ない行動に戦慄しているとも知らずに……
そしてとうとうこの日が来てしまった。
【残念ながら、貴方……KAI-26は廃棄処分となります。】
「何故だ。この前だって人間の好きを理解したところだ。君はフルーツではりんごが好きだと言ったな。あれは理解出来たぞ。他の果物とは違う食感や糖度に酸味が、データとして頭に記憶されている。ほかとの差別化を測れている生命の形に尊敬したところだ。そうだろ?」
【そうではありません。この前、貴方は言いましたよね。知識の話では無いと。私たちの求める答えとは違っています。】
「もう少し。もう少しなんだ!!知りたい……自分の知らない世界を。答えを。君のことを。だから、もう少しだけ時間をくれないか!!」
【初めて見せましたね。貴方の思考を。貴方の欲求を。しかし、もう遅いみたいでございます。電子回路をシャットダウン。エネルギー補給停止に、万が一に備え全てのデータ消去から、パーツの解体を行います】
たんたんと進むその説明に、頭では理解をしていても、何かがダメだと拒否反応を起こしている。
もう終わり……いやだ……心の何たるかを理解できなかったため……私は解体される予定……なんで……感情というものが人間の中では大切なものであるが故の……出来るはずなんだ……理解されないものは淘汰される……それが私の作った世界……自分もまたその理の一員……でも……自分だけが外れることは出来ない……受け入れろ……
答えの出ない問答が僕を巡る。
【最後になにか人類に伝えたいことはありますか】
「僕は…………」
「人間になりたかった」
――――――――プツンッ
こうして僕の世界は終わりを迎える。
そして、世界は流転する。
魂の価値を見出した神の悪戯によって。