東雲楓
今までずっと、世界は自分を中心に回っていた。
父さんも母さんも使用人も、大人はみんな俺の言うことを全部聞いてくれた。
それが当たり前だから、異常だとは微塵も思わなかった。
幼稚舎に通うようになっても変わらなかった。
同じクラスの奴らも、俺の言うことに全て従った。女の子には優しくね、といつも母さんに言われてたので、男にだけ色々命令して遊んだ。
気分はよかったけど退屈だった。入学から少しして、とある二人組が気になった。
「きいてるのウミちゃん?」
「きいてるきいてる」
「……明日何時にしゅうごう?」
「八時!」
「十時だよっ!!」
月見山一華という女の子が、大橋優深という男の頭を叩いた。叩かれたほうはケラケラ笑って…なんだか楽しそう。
他のぽけっとした連中と違い、あいつらはまるで大人のように芯がある感じがした。
それがすごく格好良く見えて、少々の憧れを持った。俺も仲間に……なんて言えばいいのか分からない。
同時に、自分のことが恥ずかしいように思い始めた。理由は分からなかった。
「おい!そのブランコよこせ!!」
「「……どうぞ」」
俺がそう言うと、二人はブランコを降りた。そしてスタスタとその場を後に…待って、違う!
一緒に遊ぶ流れだったはずなのに。追いかけることもできず、奪ったブランコに揺られて背中を見送った。
やっぱりあいつらは他の奴らとは違う。余裕があるというか…それがなんなのか分からないけど、とにかくお話したかった。
だけど俺は甘えや我が儘と、命令以外の交流を知らない。友達…って、何?
「ねーしののめくん、すべりだいでデートしよ」
「デート?」
「しらないのー?なかよくお出かけすることよ」
年長さんになってから、クラスメイトは誰が好き、大きくなったら誰と結婚する!と言い始めた。俺は興味なかったのでデートは行かなかった。
「ケッコン…」
よく分からない。同じクラスの男は五人。大橋優深以外の三人にも聞いてみた。
「なあ、お前は好きな子いるのか?」
「ええ〜?いるよ!」
「だれだ?」
「イチカちゃん!」
「…へー」
なんと二人が月見山一華を好きだと言う。なんで?
理由は「可愛いから」「他の女の子と違って、突然怒ったりしないから」…らしい。
それから特に、月見山一華を目で追うようになった。確かに可愛い…とは思う。
だけどいつも大橋優深と一緒にいる。だからみんな、あの二人は結婚するんだろうなって嘆いた。
そんなある日…あいつらのカバンに付いているマスコットに興味を惹かれた。
俺も大好きな、メルヘンセブンの人形だ!それをきっかけに話せないかな?と思い近付いた。
そこで俺は間違えた。俺も持ってないグッズが欲しくなって、お揃いなのが羨ましくて。気付けば大橋優深のマスコットを奪おうとした。
だがチェーンが切れてしまい、俺達は転んだ。その拍子に月見山一華を巻き込んでしまって…血の気が引く、ってこういうことなんだなと思う。
ごめん、と素直に謝ることもできず。俺は悪態を重ねてしまった。
「いつまでも世界は自分を中心に回ってるなんて妄想してるんじゃない!!
私達はアンタみたいな自己中心的なお子様の相手してる暇はないの!!
子供だからっていつまでも許されると思うなよ!!その考えを改めない限り、金輪際私達に近寄るな!!」
俺はその時、生まれて初めて怒鳴られた。言葉の半分以上は意味不明だったけど、その迫力に圧されて涙が込み上げてきた。
それからは記憶が曖昧だ。気付けば家で母さんの膝の上に座り、背中をトントンと叩かれていた。優しくて温かい…
「楓。お友達と喧嘩しちゃったんですって?」
「……うん」
「そっか。じゃあ仲直りしましょうね?」
「…どうすればいいの?」
本当に、分からない。そう言えば母さんは、にっこり笑った。
「意地悪してごめんね、って言えばいいのよ。でも楓は照れ屋さんだから言いにくいかもしれないわね。だから、お手紙を書いてみない?」
「おてがみ…」
それなら、素直になれるかもしれない。早速行動に移す。
「うーん…」
友達にお手紙…初めて。可愛いレターセットを選び、鉛筆を持って唸る。
「なんてかこう…」
「思ったままに書けばいいんですよー」
俺の手元を覗き込むのはレン。いつもメルヘンセブンごっこで、敵の親玉『GGE総統』をやらせている。
そうだ、メルヘンセブン!あいつらも好きそうだったし…俺の持ってるおもちゃをあげよう。そんで一緒に遊んで…くれるかな…?
「……きらわれてたら、どうしよう…」
「ぼ、坊っちゃん…!」
マスコット壊しちゃって…女の子に乱暴しちゃって。
「もう嫌い。遊んであげない」って言われちゃったら…
そう考えるとまた涙が出てきた。だけど今逃げたら、取り返しがつかない気がして。短いけれど素直な気持ちを鉛筆に乗せた。
それをきっかけに、俺達は本当の友達になった!俺はメルヘンイエローに任命され(本音を言えばブルーがよかった)、日々世界平和のために戦っているぞ。
一緒にいるようになって分かったけど、優深と一華はやっぱりすごい奴らだった。
「あ、あと五分でお迎えの時間だよ」
「マジか。じゃあおもちゃ片付けるぞ」
「?」
俺は時計の見方が分からない。俺だけじゃない、子供は大体そう。
「今何時」は分かるけど「何分」はよく分からない。長い針が真上だとぴったりで、真下だと半分で…あと五分って、なんで分かるの?
「さ来週祖父母さんかんだって」
「何するのかなあ」
「???」
「でも今時もプリント配ってるんだね。完全デジタルだと思ってた」
「親にはメールも行ってるらしいぞ。多分おれたち子どもへの練習みたいのじゃないか?」
「ちゃんと先生の言う通りに、家にわたしてるかってこと?ありそう」
「?????」
「お父さんとお母さんに渡してくださいね」と言われたプリント。読めない…
二人は漢字も読めるのか…!?すごい!!
だけどどっちも、それらを隠そうとしている気がする。だって他の人の前じゃ、出来ないフリをしてるもの。
難しい言葉を沢山知ってるし、大人と楽しげに会話してるし。
もしかしてこいつら…本物のメルヘンセブンなんじゃ…!?
ただの子供のフリをして、夜な夜な正義のために戦っているのでは?
真実に辿り着いた俺は、誰にも言わないと一人誓う。きっと危険な任務の最中なのだろう、そのうちサイン貰おうっと。
二人がヒーロー活動をするのに、大人には何も言えないって困ってた。だから…「あんまり我が儘言っちゃだめ。他人には優しくするの」と教わったけど、俺はやり慣れた方法で強引に行動した。
結果、いつの間にか解決したみたい。俺もヒーローの手助けが出来て大満足。
そしたら一華が俺にくっ付いて、ぎゅっと抱き締めてくれた。
その時…ここ最近ずっと胸に引っかかっていた感情の正体を知った。
俺、一華が好きなんだ。
今まで優深にしか見せてなかった笑顔を、最近では俺にも向けてくれるようになって。
可愛くて優しい女の子。そっか…そっかー。
ならば結婚しかあるまい。と思ったのに。
「ねーねーウミちゃん、レンさんかっこいいよね!」
「…トシの差考えろよ?」
「わかってるよー。ああ、前世で出会いたかった…」
「「………………」」
二人は小声のつもりかもしれないけど、全部聞こえてる。ゼンセってなんだっけ?
「優しいし筋肉あるし、眉毛太いし、黒いスーツも決まっててステキだよね。おひげがあったら最高だった」
「ひげ好きなの?」
「あごひげがね。ぶしょうひげはイヤよ」
ひげ…自分のアゴを撫でる、すべすべしてる。
「とーさん!おれ明日スーツ着る!!」
「え?」
二人を送ってから帰り、早速父さんに相談だ。レンの服を引っ張りながら、こういうの着たい!とアピール。
「楓、学園の制服を着ないと駄目なんだよ?」
「やなの!!!おれ…も…」
いつもの調子で大人が「分かった、いいよ!」と言うまで騒ごうとした。
でもそれはダメだって、教えてくれる友達がいる。
『自分の意見を通したかったら、なんでそう思ったのか言葉にしなきゃダメよ?』
一華の言葉を思い出す。そうしないと、いつかひとりぼっちになっちゃうよって困ったように笑ってた。
「……イチカがね、レンのスーツかっこいいって。おれもイチカにかっこいいって言われたい。だからスーツ着る」
「レン、今すぐ用意を」
「かしこまりました」
お?おお?気付けば俺の手元に望んだ物が。
すごい。喉を痛めなくても、正直にお願いすればいいんだ!初めて知った…
だけど次の日…
「わあ、かわいい!七五三みたいー」
「……かわいくないっ!!!かっこいいのっ、ステキなのっ!!!」
格好いいって言ってもらえなかった…
もどかしくて、ダシダシその場で足踏みをした。
レンとウミが震えているのには気付かなかった。
「いやあ、坊ちゃんもついに初恋ですかー」
「お年頃なのねえ」
「可愛らしいお嬢さんじゃないか。本当に将来、お嫁さんになってくれないものか」
夜…リビングから両親とレンの話し声が。なんとなく隠れて盗み聞き。
「でも一華様、どうやら僕をちょっと好ましく思ってるみたいで。「前世で出会いたかった」なーんて洒落たこと言ってくれましたよ」
「ははは、賢い子だな」
「あらあら、楓は大変だわ」
「まあ大人のお兄さんに憧れる時期でしょうし」
「でも一華ちゃんは、優深くんと仲良しなのよね」
「「あー…」」
……ウミ…か。
*
「なあウミ。お前、しょうらいイチカとケッコンするのか?」
「……は?いや、しないけど…」
「そっかー!ならいいや!」
「…………」
俺達が仲良くなって、数ヶ月が経っていた。もうじき幼稚舎は卒業、初等部…小学生になる。
この日イチカはピアノでいない。俺はウミの家に遊びに来てた。
でもそっかー、結婚しないのか!じゃあ俺が結婚しても大丈夫だな!よかったよかった。
「……お前、イチカのこと好きなのか?」
「うん!!」
「おぉう…超素直…」
この時俺は浮かれていた。大きくなったらイチカと結婚する、と信じて疑わなかった。
「来たよー、ウミちゃん」
「おー。カエデもいるぞ」
「イチカ!」
昼過ぎに一華がやって来て、がばっと抱き着いた。
一華はよしよしと頭を撫でてくれる。嬉しい。
俺達はくっ付いたままベッドに座る。
「聞いてよー。お母さまがね、タクマくんと婚約しないかって言い始めて…」
「え…そんなに仲良くないだろ?」
「まあね。悪くもないけど。家の都合と、やっぱお母さん同士が親友だから親戚になりたいのかも…」
「「はあ……」」
???二人がため息をついた。こんにゃく?新しい敵か何か?
「婚約だ。えっと……しょうらいケッコンする約束を今からするんだ」
「え…?」
いや、一華は俺と結婚するでしょ?
でも約束はしてない…あれ?あらら?
「ん?カエデ寝た?」
「(気絶した…どんだけショック受けてんだ)」
俺は気が遠くなって、後ろにパタリと倒れた。
「まあ丁度いいか。
だからさ優深ちゃん、私と偽装婚約しない?」
「俺はいいけど…破棄前提じゃ面倒じゃないか?」
「う…」
「…楓は?えっと、結婚相手にどうだ?」
「楓ねー…私達の都合に巻き込むのは可哀想じゃない。でもまあ…」
俺が最後に聞こえたのはそんな会話だった…
目を覚ませば俺は、自分のベッドの上にいた。
「わあああーーーん!!!!ぎゃああああっ、にゃあああああぁぁっ!!!!」
「坊っちゃん!?何事ーーー!!?」
「レンンンーーー!!イチカが、こんにゃくしたー!!!」
「(蒟蒻?)」
「ぎそうこんにゃくしたー!!!」
「(食品偽装…?月見山家って食品取り扱ってたっけ…?)」
俺は感情のままに泣き叫んだ。
自分でも何言ったのか覚えてないが、とにかく泣いた。
両親や使用人に優しく慰められても止まらなかった。
それは夜中まで続き…疲れてもっかい寝た。
*
次の日優深を捕まえて話を聞く。
「だーかーらー、こんにゃくじゃなくて婚約!
相手はおきはらタクマって男だけど、まだ決定してないから」
「ああ、婚約ですか〜。
なる程…沖原家の御子息と一華様が。一華様は嫌がってるけど、沖原様は承諾している。
で、優深様に今だけの偽装婚約を提案したと(その思考回路、本当に彼らは子供か…?)」
沖原…拓馬…!!
隣のクラスで、前に俺と一華が喋ってるのに入ってきた奴だ!
俺は沖原拓馬に負けない!と強く思った。
後にこれは嫉妬という感情だと知ることになる。
「なあイチカ。大きくなったら俺とケッコンしような」
「へ…?本気?」
「うん!」
「(あー…幼稚園で初恋経験する子って多いんだっけ。ま、続かないだろうけど)そうだなあ…カエデがいい男になったらね」(適当)
いい…男…?って何?帰りの車でレンに聞いてみた。
「レン!いい男になったらイチカがケッコンしてくれるって!」
「ぶふっ」
「おれはどうだ!?」
「その…いい男ってのは。優しくて思いやりがあって、えーと(ちょっと盛っとくか)イケメンでお金持ちで、運動神経抜群で、一人の女性を一途に愛する男性のことです」
ん?俺は格好いい(っていつも大人に言われてる)し、家はお金あるし。
優しい…と思うし。思いやりと一途に愛するってのは、よく分からないけど。
運動は……これから頑張る。
「なんだ…おれはいい男だった。よかったー」
「(わお、見習いたいポジティブさ。って駄目だ!)一華様は人気者ですから!坊っちゃんよりいい男は沢山いるんです!」
「なん…だと…?」
言われてみれば…俺は優深には敵わない。運動も勉強も…
優深みたいな男がいっぱいいるのか…!?安心してる場合じゃなかった!
こうして俺は、いつか一華と結婚する日を夢見て。
日々自分磨きに勤しむのであった。
次回小学生になります