04
幼稚舎に入学して早一ヶ月。
優深ちゃんは空手を始めて、私も一応お嬢様だから習い事が多い。茶道や華道、着付けに語学に楽器…徐々にね。
年少は週の半分は午前中しか通わない。なので優深ちゃんと遊んだりする時間もあるのだ。
彼とは両家公認で仲良くしている、今日は私が大橋家へお邪魔するぞ。
「来たよウミちゃーん」
「イチカー。今日はな、さーさんも来るんだ」
あら。朔羅さんとは初対面…ご挨拶せねば!
お姉さんとは何度か顔を合わせて、すっかり仲良しになっている。そんな愛さんは…むちむちボディの美女でございます。それでいて清楚な雰囲気で、守ってあげたい感じ?
「優深、お友達に挨拶していいかな?」
「さーさん!いーよー」
うおっ、向こうから来た!優深ちゃんの部屋をノックしたのは、漫画で優深の純潔を奪うオトコ、さーさん!!
ほう…漫画ではやや顔の皺が目立ってたり、くたびれた印象の影がある美形だったが。
今は悲劇が起こる前なので、ただの若くて優しいお兄さん。婚約者の愛さんも一緒だ。彼は膝を床に突いて、私達と視線を合わせてくれた。
「初めまして、お嬢さん。僕は優深のお姉さんと結婚する、鐘池朔羅です」
「はじめましてっ、やまなしイチカです!ウミちゃんとはなかよしさんです」
「ね、朔羅さん。すっごく可愛くてお利口さんでしょう?」
「本当だね愛。これからも優深をよろしくね」
「はーい!」
最大限愛想良く、にぱーっ!と笑顔を見せる。朔羅さんは目尻を下げて、いい子だねと頭を撫でてくれた。
そのまま四人で少しお話をする。朔羅さんの言葉の端々から…彼がどれだけ愛さんと想い合っているのか伝わってくる。
この後二人は外出するようで、またねと言って部屋を出て行く。
「マナお姉ちゃん、あさがえりはダメよー」
「!!な、何言ってるのよっ、もう!!」
「きゃーーー!」
ちょっと揶揄ったら、愛さんは顔を真っ赤にして怒った!朔羅さんは困ったように微笑み、愛さんを宥める。
「まあまあ、きっと意味は分かっていないから…」
「さーさん。送りオオカミになるなよー」
「な…っ!?君達は本当に幼稚園児か!?」
「ひえー、オオカミにくわれる!」
「おいだせー!!」
私達は二人の足をぐいぐい押して部屋から出す。鍵も閉めれば、廊下から「後で覚えてなさいよー!」と愛さんの声がする。
そんな平和な日常の風景。絶対に…守ってみせる…!!
愛さん達の気配が完全に消えたところで作戦会議開始!
「優深ちゃん。鍛える計画はどうよ?」
「基礎すら始まってないよ、まだプニプニだよ。スイミングも始めようかなって思ってるんだ」
ほうほう。さーさんとユキちゃん対策は、現時点でこれ以上無理だ。
他のキャラは優深ちゃんの中身が別人な以上、漫画通りにならない可能性が高い。出会いもそうだけど、優深は余裕で逃げられる場面でも快楽を優先するからね!
というか、さーさんをどうにかすれば未来はかなり変わるはずだし。
「だから下手に行動起こすのもねぇ…」
「そっかあ…」
そんな会話の数日後。
ついに出会っちまったぜ…沖原拓馬…!!
今日は外食するわよ〜って高級レストランにやって来たのはいいけれど。沖原一家が一緒とは聞いていない!!けど…
「初めまして、一華ちゃん。私は貴女のお母様のお友達で…」
挨拶が頭に入らん…拓馬のお母さん超美人!!
やっば、うちのお母様も相当だと思ってたのに…最早背景にデフォで花が咲き乱れておる。お隣の旦那様も美形だが霞んで見えるわ…
で…丸いテーブルの私の向かい側に座る男の子。お母様譲りの美貌が今から約束されているようだ。実際将来、すれ違う女性を片っ端から魅了しまくる男になるのだ。
でも…私は…
『一華…何その服?月見山家のご令嬢がそんな脚出していいの?』
『悪いんだけど俺、お前のこともう可愛いと思えない』
『俺…優深が好きだ。ずっと側にいて守ってあげたい。お前は俺がいなくても平気だろう?すぐに他の男も出来るだろうし』
漫画で一華が言われた言葉が蘇る。
拓馬と一華は中学までは仲睦まじかった。婚約にも不満は無く、新婚旅行で世界一周しちゃう?と笑っていた。
互いに異性の友達に軽く嫉妬しても束縛は無く。良い関係性…だったと回想で言っていた。
優深が入学してくるまでは。
『…あれ、拓馬くん?久しぶり、僕のこと覚えてる?』
『あ…ああ…』
大橋と沖原。二人は出席番号が近くて前後の席だった。振り向いた優深があまりにも可憐すぎて…拓馬は恋に落ちたんだ。
友達として交流を重ねるうちに、その感情は膨れ上がる。
比例して一華のことは、精々妹としか見れなくなり。一華はなんとか彼の心を取り戻そうと必死になって。
メイクや服装を変えてみて。彼が好みそうな場所へデートへ誘い。高価なプレゼントも…全て一蹴された。
挙句その姿を「見苦しい」と笑ったのだ。これには優深含め周囲もドン引きで、ユキちゃんとシノ様は一華に同情する程だった。
そして拓馬は無意識に人を見下す傾向にあった。天才…とまではいかないが、勉強も運動も大抵は平均以上の結果を出すからだ。
授業を聞くだけで80点以上はいけるし。体育でも専門の部活の人には負けるが、球技も格闘技もダンスも陸上もなんでも出来た。
トドメに生まれ持った美貌。天はこいつに何物与えんだよこの野郎とすら思った。
だから、他人の努力する気持ちが分からない。優深を好きになって、初めて「振り向いてもらいたい」と胸を痛めるようになったけれど。
それはあくまでも…自分に酔ってるだけだったんだ。その証拠に一華は「見苦しい」ですからね。
余談だが一華の登場は五巻のラスト。拓馬と想いを通わせ始めた優深が、婚約者の存在を知って悲しむシーンの為に出て来ただけ。はいはい当て馬アップ開始しまーす、なんてね。
それまで拓馬は…優深に入れ込みながら、全く婚約者を想わなかったのだ。描かれていないだけで、交流はあったはずなのにね。
拓馬はこの性格のせいで人気は低かった。「なんで優深はこんな男選ぶんや!シノ様のがマシやんか!!」とネットは大荒れ、全面的に同意する。
もしも一華が性悪で、優深に嫌がらせとかしようもんなら別だったが。彼女は決して優深に嫌がらせ等しなかったし、最後は涙をボロボロ流しながら
「…さよなら…大好きだったよ、拓馬。大橋さん、彼をよろしくね」
と言い切ってみせたのだ。私が一華を幸せにする!!という読者が湧いた。
と拓馬を酷評しましたが。今からなら、性格の矯正も可能じゃない?
食事中雑談する大人達。私はちらっと顔を上げる。拓馬とばっちり目が合うと、彼はニコニコと笑った。天使かよ…
親同士が親密な以上、私達もある程度の交流はあるだろう。
そこで気まずいのはちょっと…ねえ?婚約者じゃなくて、友達ならいいかもしれない。
彼が誰かを軽視するような言動をしたら、「その考えはよくないよ」と言えるような仲に。…よし!
「ねえお母さま、イチカあの子とおはなししたいわ」
「あらあら、上手にお話できるかしら?」
「うん!」
余裕でできらあ!こちとら前世で接客業もしとったんじゃあ!
意気揚々と拓馬のお母様と席替えをして、拓馬の隣に座る。ちびっ子お見合い?を、大人は温かい目で見守っている。
「こんばんは、やまなしイチカよ」
「ぼくはおきはらタクマ。よろしくね、イチカちゃん」
まずまずの感触。やっぱり、今からなら間に合うかも。
「タクマくんは、おとなりのクラス?わたしはささぐみだよ」
「うん、ほしぐみ。ねえイチカちゃん、ブランコすき?」
「好きだよ。でもシーソーのほうが好き」
「じゃあ、あしたシーソーのらない?」
「いーよ」
いやん、デートに誘われちゃった。
拓馬くんは歳の割に大人びてるな…精神年齢成人の私と会話できるんだもの。
子供特有の話の噛み合わなさもなく、平和に食事会はお開き。
正直かなり身構えていたけど拍子抜け。よし…今後の方針が決まったぞ!
MissionⅢ 少年を正しく導け!!
優深ちゃんにも協力してもらって、思いやりのある男に育ててみせるぞー!!
***
「何それ。拓馬ってクズじゃん」
「こら。今の拓馬くんは別人だよ、漫画と一緒にしちゃだめ」
「う…ごめん」
いいってことよ。多分…拓馬の話を聞いて、二股されたこと思い出してんだろうなあ。よしよし、私の為に怒ってくれてんのね。
ボソボソと教室の隅で会話する。憤る優深ちゃんは可愛いなあ。
「その拓馬さあ。多分だけど…月見山一華が婚約者ってのも調子乗る一因だったと思うぞ」
「ん?なんで?」
「美人でいい子でお金持ち、しかも自分に一途。そんな子が自分を振り向かせようと必死で…それをあっさり捨てる俺カッケー!!ってコト」
………あり、そう。妙に納得してしまったわ。
神妙に頷く私を見て優深ちゃんはニヤッと笑った。あ、その顔懐かしい!ロクなこと考えてない時に出る表情だ!
「そんなナルシスト野郎を矯正するなら、俺の出番だな」
…?喧嘩はしちゃ駄目よ?
おっと、話してたらもう時間だ。さて、約束のシーソーに行きますか!
「タクマくーん、おまたせ!」
「あ、イチカちゃ…だれ?」
「お友だちのウミちゃんよ」
「おおはしウミだ。よろしく、タ・ク・マ・く・ん?」
「よ…よろしく?ウミ、くん?」
んん…?なんか優深ちゃん、拓馬くんを威嚇してないかい?
私達が遊んでいる間も、腕を組んで険しい表情。どことなく拓馬くんも居心地悪そう。
微妙な空気の中、お迎えの時間になった。拓馬くんはお母様が来て、先に帰って行った。
「ねー、何考えてんの?」
「…観察してみたけど、まだ早いな」
「何が?」
「ふっふん。俺達が小学生になったら本格的に作戦開始だ」
「だからなんの?」
勿体ぶらずに教えてよ!
「拓馬は天才肌で、挫折や努力を知らないから他人の気持ちが分からないんだろう?
だったら簡単だよ。思い上がったお子様の…鼻っ柱をへし折ってやりゃいい」
そう語る優深ちゃんの顔は…どう見ても主人公ではなく。
悪の組織の幹部を彷彿とさせるものであった。
「優深はよく拓馬に惚れたな。性格最悪じゃん」
「よくある「キャーキャー騒がしい女性には悪態つくけど、愛する人の前では蕩ける顔をする」というのがいいんじゃない?読者的に」
「適当〜」
「あとは身体の相性とか…」
「その話はいいから!!!」