02
私の前世の家族は両親と二つ下の妹、それと双子の弟。この弟は事あるごとに「ねえちゃあん!!」と私に泣きついてくる情けない男だった。
流石に思春期になってからは恥ずかしいのか、表立っては澄ましていたが。
『ね…姉ちゃん。俺の部屋の蜘蛛…退治させてやってもいいぜ?』
『断る。蜘蛛さんと素敵な同棲生活をお楽しみくださーい』
『…ごめんなさいお願いします!!どうか追い払ってくださいませお姉様!!!』
と…中身はまるで変わっていなかった。
手の掛かる奴だったけれど。それでも…私の大切な弟に違いはない…
「ねえちゃん…やっぱり!?」
「しーーーっ!!」
それがまさか、生まれ変わってもこうして出会うとは…奇縁というやつかね?
よく私に気付いたな、と思ったけど。私も感覚で理解したし…不思議。
可愛らしい物語の主人公、優深は私の手を取り目を輝かせた。これはいけない、超目立つ!!
「お父さま、お母さま!イチカちょっと、この子とおはなししてくるわ!」
「え…?あ、うん。ごゆっくり…」
パーティー会場はどこも安全だ、保護者なんて要らないわ。優深のご両親と思しき男女も、突然出来た息子のガールフレンドに目を丸くしている。
彼らに向かって優雅にドレスの裾をつまみ、「のちほどごあいさつさせてくださいませ」と一礼。ふふん、歳のわりにはイケてるでしょう?
こうして堂々と私達はこの場を離脱。人の少ないテラスへ出た。
「はあ…アンタ、弟ね?」
「そうだよ!…俺達、死んじゃったんだよな…」
優深は裾を握り締め、悲しげに顔を曇らせた。うん…彼もこの三年の間に現実を受け入れたんだな。
私達は手を繋いで座り込む。綺麗な服が汚れてしまうが…どうでもいい。
「…お父さんとお母さん、妹は平気だったかな…?」
「あ、たぶん平気。死んだの俺らだけじゃないかな?」
へ?なんで断言出来るの?優深は遠い目をしている。
「…ニラそっくりの毒、あるだろ?」
「スイセンだね?」
「あの日…レバニラ食ったろ?」
「私とアンタの好物だから…競うように食べたね?」
「……ほとんど、おれらが完食したよな?」
「「…………」」
まさかの話だが、それしか心当たりは無いそうだ。
そっか…私は脱力し、優深の肩に凭れる。
だが今は、自分達が死んだことより気に掛かることがあった。
「絶対…悲しんだよね」
「うん…自分のせいでって…言うよね」
父か母が収穫したのか、近所の人に貰ったか知らないけど。特に調理して出してしまった母は、自分を責めたに違いない。
「「……………」」
ぐす…と、どちらからともなく私達は涙を流していた。被害者は私達なんだがな、それでも…
今の私達に伝える手段は無いけれど。あの家で育てられて…とっても幸せでした。
さようなら。お父さん、お母さん、妹──
「私はイチカ。もう、アンタの姉じゃないよ」
「…うん、俺はウミ。大学まで、いやその先もずっとよろしくな。イチカ!」
こうして私達は改めて友人として出会い、この世界で生きる決意をした。
*
私達は落ち着いてから会場に戻り、給仕からジュースを貰ってまたテラスへ。優深に伝えるべきことがあるのだ。
「漫画?どゆこと」
「アンタは知っといたほうがいいからね」
元弟にBL趣味をカミングアウトするのは躊躇われたが、今は一華なのでオッケー!
ジュースを飲みながら柵に背を預け、私の知る情報を余すことなく伝える。
最初は「あはは、まさかー!」と笑い飛ばしていたが。優深の左の内腿にホクロがあるとか、十五歳離れた姉がいるとか言い当てると、次第に顔付きが変わった。
「……で、ここがマンガの世界だって?そのジャンルは散々読んだけど…」
ようやく信じたようで、本題に入る。
「アンタは主人公なのよ」
「え、マジ!?そっかー、こんなに可愛いもんな!!で、どんな?
青春部活モノ?日常系?チートは無いよな、まさかハーレム!?なんちってー!!」
「………ハーレムには、違いないね…」
今から私はお前に、残酷な現実を突き付けねばならんのだ…
「……え。びーえる…?」
優深は呆然と呟く。分かる、信じたくないよね。
何せ…優深は五人のメインキャラ全員と身体の関係を持つ誘い受けビッチ、時には複数プレ…
「ぎゃあああああっ!!?やだ、やだあぁーーー!!」
「ちょ…!バカ!!」
泣き叫ぶ奴の口を塞ぐも手遅れ。近くにいた大人がやって来て、「どうかしたの!?」と騒動に。
「あ…あのね!おっきなハチさんがとんできてビックリしちゃったの!!ね、ウミちゃん!?」
「わあああぁぁんっ!!!」
合わせろ!!と言えるはずもなく…暴れる優深はご両親に連れて行かれた。誰も私が泣かせたと疑っていないのは幸いか…
大人達の「大丈夫?刺されてない?」という心配に胸が痛む。だがそのお陰で…メインキャラ達と顔を合わせることなく、パーティー会場を後にした。
ああ…疲れた。家に帰ってすぐにベッドに倒れたわ。
明日から幼稚舎生活か。どうにかしてそこで、優深と話し合いをしなきゃな…
その為にも一旦情報を整理しよう。紙とペンを取り出し机に向かう。
まず…私はこの『イケメン溺愛以下略』を一読しかしていない。全八巻、レビューで大絶賛されていたから買ったのだが…とにかくエロい、という意味だったらしい。
内容は強烈だから覚えていたけども、キャラクターはうろ覚えなんだよなあ。フルネームを知っているのすら、先に言った三人だけだもの。
私こと月見山一華。主人公カップルがくっ付く為の当て馬女子だが、かなりのハイスペック。
金持ちの一人娘、美人でスタイル抜群、成績優秀で性格もいい。まるで男の夢が詰まった結晶。
主人公の大橋優深。線の細い美少年で、押しに弱くてすぐ襲われる。本人も悦んでる節があるから…まあいいんじゃない?中身が元弟でなければな!!
メインヒーローの沖原拓馬。高等部で再会した優深に一目惚れ。性格は…「おもしれー女」って言っちゃう系。そんなんでも、一華は本気で彼を愛してたんだよ…見る目ねえなあ。
で、ここからは曖昧だ。呼び名は主人公に準じて覚えてた。
さーさんと呼ばれる世界的有名なヴァイオリニスト。彼は社会人で紳士なのだが、その…優深の初めてのオトコなのだ。
一学年先輩のユキちゃん。優深と並ぶ美少年系で、年上や女子から超可愛がられている。一人称も「ユキ」。イタタ…
彼のみ最初からゲイで、他の人はバイかノンケなんだよね。
同級生のシノ様。長い不妊治療の末に生まれた待望の子で、家族に溺愛されて育つ。その結果…横暴、横柄なクソ野郎に育つ。だが顔がいい!!
同じく同級生のゆっくん。彼は表向きは爽やかな好青年系なんだが…嫉妬深くて優深を束縛したがる。一番彼氏にしたくないタイプだわ。拓馬のことが大嫌い。
ふう…こんなとこか。改めて酷いな、だが十数年後現実となる…ぶるり。
ペンを置き、鍵付き引き出しに紙を仕舞う。今度優深にこれを見せながら会議しなきゃ…とベッドに再び転がった。
「………ハァ…」
本当は、逃げたい。
前世の私は…服と髪とスタイルとメイクを超頑張って、ようやく中の上くらいの平凡女子だった。
それがこの美少女…何度鏡を見てもうっとりしちゃうわ、美しい…飽きない。
この顔と家の力でも使えば…いくらでも優良物件を捕まえることはできる。優深を見捨てて、メインキャラ達と距離を置いて。
学園でも静かに過ごせば…漫画の一華のように、惨めな思いをすることも無い。
元々原作の優深は、恋愛対象が男性なのか女性なのか自分でも解っていなかった。
それが半ば無理矢理さーさんに…となって目覚めたみたい。
でも今の優深が前世の人格まんまなら。この世界には申し訳ないけれど、あの子の幸せはこの先には無い。
「…放っておけないよね」
だって、約束したもの。
『ねーちゃん。おれたち…ゼッタイ、しあわせになろうな。おれがまもってやるからな』
『…うん、やくそく。わたしもアンタをまもるよ』
弟は忘れているかもしれないけど、それでいいの。
さあて、明日から頑張るぞ!!優深と、ついでに自分の幸せな未来に向かって!