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当て馬女子の受難の日々  作者: 雨野
幼少期
19/20

不動幸久



「幸久…お前はね、普通じゃないんだ」



 父に言われた言葉を、僕は永遠に忘れない。




 ユキは…僕は男が好き。


 自覚したのは幼稚園、周りの友達が恋愛を始めた頃。

 僕にも「好き」と言ってくれる女の子がいた。

 だけど僕は、同じ感情を抱けなかった。


 むしろ男の子にドキドキした。

 初恋は近所のお兄ちゃん。確か五歳上だったかな?


「おにいちゃーん!」

「ユキちゃん、こんにちは」


 顔を合わすと頭を撫でてくれて、とても温かかったのを覚えている。


「ユキね、おにいちゃんだいすき!」

「嬉しいこと言ってくれるねえ」


 僕は素直な気持ちを、いつも言葉にしていた。

 お兄ちゃんだって笑顔で喜んでくれた。



 そう思ってた。




「なあお前、この家のユキって子に付き纏われてんじゃん?」

「そんな言い方するなよ」

「(あ、おにいちゃん!)」


 家の庭で一人遊んでいたら、お兄ちゃんの声がした。

 彼は通学でここを通るので、今日も会いに行こうと門に走った。


「だってさあ、あの子男だよ?」

「へ?冗談だろ?やめろって〜」


 じょうだん…?

 お兄ちゃんはお友達と一緒みたい。

 塀の向こうに大好きなお兄ちゃんがいるのに、僕の足はその場に縫い付けられたように止まってしまった。


「いやマジだって。有名だぜ〜、超可愛いけど俺らと同じモン付いてるんだぞ」


 ?二人はなんの話をしているのだろう。

 お兄ちゃんは次の瞬間、初めて聞く声を出した。



「え…マジ?うわ、キモ」

「ひっでー!」

「いやいや、金持ちの女の子だと思って優しくしてたのに。うわー、ないわー」



 僕はその場に立ち尽くした。

 二つの笑い声が遠ざかっていく。


 周囲が薄暗くなっても足は動かず、知らないうちに頬が濡れていた。




 お兄ちゃんはその日から、うちの前を通らなくなった。

 わざわざ遠回しているんだって、すぐに気付いた。



「キモい…?僕が、男の子だから?

 なんで?どうして…」


 自室に籠り、ブツブツと膝を抱えている姿はさぞおぞましいものだろう。

 ご飯も喉を通らなくなって数日後、父が何かあったのかい?と控えめに訊ねてきた。



「……ユキはお兄ちゃんが好きなの。でもキモいって言ってた。

 ユキがお金持ちの女の子だと思って優しくしてたんだって。なんで…」



 ただ…人を好きになっただけ。それの何がいけないの?

 当時は本当に分からなかったんだ。


 両親は口元を引き攣らせ、ぎこちない笑顔を向ける。


 今なら分かるけど。

 息子が罵倒されたことより、世間体ってのを真っ先に心配したんだね。



 僕は両親の質問に素直な気持ちで答えた。

 結婚したいと思う相手は男の子。

 女の子は可愛いけど、それ以上の感情はない。

 自分が男であることに違和感はない。

 可愛い物は好き。

 スカートを穿きたいと思ったことはない。



 それで結果が「普通じゃない」だ。

 男の子はね、女の子を好きになるんだ。

 それが自然なことで「普通」なんだ。


 父にそう言わせてしまっている自分が、どうしてか恥ずかしくてたまらない。



 両親が悲しげに笑顔を繕って、陰で泣いていることが苦しかった。


 ……ごめんなさい。

 生まれて来てごめんなさい。

 好きになってごめんなさい。

 普通じゃなくてごめんなさい。

 可愛い物が好きでごめんなさい。

 ごめんなさい……




 *




 小学校は地元を少し離れて、篠宮学園初等部をお受験した。

 僕は一年生にして、もう誰も好きにならないと決めていた。


 両親を泣かせるくらいなら。

 またあんな風に拒絶されるなら。

 男の子はダメ、僕が好きになっちゃうかもしれない。

 女の子もダメ、僕を好きになっちゃうかもしれない。


 誰とも距離を置いて、必要以上に関わらないようにした。



 だがそう簡単にはいかない。

 僕は自分で言うのもなんだが美少年だ。

 そのせいで呼んでもいないのに人が集まってしまう。


 やめて…来ないで。



「不動くん、うちに遊びに来ない?お友達みんな来るんだぁ」

「……ごめん、用事あるから」


 どれだけ断っても、しつこい子がいた。

 僕のことが好きらしく、やたらと腕を組んできたりお弁当を一緒に食べようとする。


 可愛い笑顔が恐ろしい。

 その笑顔の下で何を…考えただけでゾッとする。

 何度トイレに駆け込んだかわからない。




 そんな生活は突然終わりを告げる。

 ある日僕が登校したら、みんなが遠巻きにしている。

 不思議に思いながらも自分の席に座ると、微妙に太った男子が机の前に立った。



「なあ不動、お前男がスキなんだって?」

「………………」


 誰だっけコイツ。

 クラスメイトに興味を持たなすぎて、名前がわかんない。


 どこでバレたんだろう、と聞いてもいないのにベラベラ喋り始めた。


 僕の初恋のお兄ちゃん。

 コイツはお兄ちゃんの友達の従兄弟らしい。

 従兄弟は友達に付き纏う子供がいて〜と笑っていたとか。

 それで特徴が僕と一致するから辿り着いたんだって。



 それから僕は虐められるようになった。

 でも先生には見つからないように、普段は無視されるだけ。

 物を捨てたり壊したり隠したりはされない。

 大人がいない所で、数人で罵倒されることが多い。

 服で隠れる所を殴られたりしてた。



 それでも僕は他人事だった。

 普通じゃないからいけないんだ、そう思って誰にも相談しなかった。


 僕は死ぬまでこうなのかな。それならいっそ…



 もう死にたいとは思わないけど。

 まだ生きたいとも思わなかった。




 *




 二年生になっても変わらない。同学年はみんな僕の噂を知ってるから。

 近寄って来る物好きはいなかった。

 僕もそのほうが楽だった。

 悪口は全部聞き流して、たまに痛いのは我慢できる。



 日々を無為に過ごしていた、死ぬまで変わらないと思ってた。





「頑張って、不動くーん!!」



 またも終わりは突然やってきた。


 運動会なんて面倒だけど、これ以上両親に迷惑をかけたくなくて参加した。

 全員参加の競技以外、一つは出ないといけないから借り物競走を選んだ。

 他は二人三脚と大玉転がしだから、個人競技を選んだんだ。


 誰も僕を応援なんてしない。

 大人は基本的に声援を送らないから、両親は静かに見ていただけ。


 そんな時、一つの声が聞こえた。

 僕の名前を呼んだような…?気のせいかと思ったけど、無意識にそっちに目を遣った。



 そこは一年生のテント。金髪でショートカットの女の子が、口元に手を当てて叫んでいる。


「不動くんがんばー!!ダッシュダッシュ、キビキビ走らんかーーい!!!」


 なんで、君は誰?

 困惑しながら走る。次第に声援は増えていった。

 彼女の友達が、一緒になって応援してくれていた。



 家族と先生以外に名前を呼ばれたの、何時振りだろうか?

 ずっと『ホモ野郎』とか『オイ』だったから。

 なんだろう…身体が震える。



 お題を確認して困った。僕の友達は飼い猫のごまだれ(黒猫)しかいない。

 どうしよう、どうしよう。


 立ち尽くしていたら、さっきの女の子の声が再び…

 僕は紙を握り締め、考えるより先に足が動いていた。

 呆然とする女の子の手を取って走っていたのだ。




「幸久、お疲れさま」

「うん…」


 お昼は家族とお弁当。

 あの日以来ぎこちないけど、逃げることも出来やしない。


「ね、幸久。さっきの女の子はお友達?」


 母が遠慮がちに聞いてきた。

 僕は普段学園生活について語らないから、交友関係が気になるんだろうね。


 お友達…なんかじゃ、ない。僕はあの子の名前すら知らないもの。

 ただ…お節介で優しくて、元気いっぱいの子だった。それだけ…なのに。



「……うん」


 口を突いてそう出てしまった。

 両親は顔を綻ばせて、そっか!と喜んだ。


「さっき走ってる時笑顔だったものね」

「笑顔…?」


 僕は、笑ってた?まさか…




 *




 十二月、とても寒い日のこと。

 いつものように僕は誰かに呼び出され、殴られるかと思いきや。



 バシャッ!!

 目の前が一瞬真っ暗になった。

 真っ先に感じたのは「乾かすのが大変そうだな」。次いで「寒い」。


「ホモのくせに、女子と話してんじゃねーよ!」

「もう学校くんなよバーカ」


 クスクスと、何か言われてる気がする。


 目の前の人間が、人の形をした『何か』にしか見えない。もう、どうでもよかった。



「何してるのあなた達!!」


 上から声がした。

 あの子だ。怒りか、顔を歪ませている。

 僕も逃げようと思ったけど、動けなかった。


 女の子は高そうなコートを躊躇いもなく羽織らせてくれて。

 僕の身を案じて大声を出して。

 騒がしいのは嫌いなのに…彼女の言葉は、不思議と心地よかった。



 僕が普通じゃないと知ったら、きっと奴らと同じ目をするんだろう。

 だから…僕に近寄らないで。


「お友達になってくれるかもしれない女の子」って夢を見させて、それ以上踏み込まないで…!!



 願いは届かず一華はしょっ中僕に会いに来た。

 一人だったり、優深という子と一緒だったり。


 本音で言おう、すごく嬉しい。

 彼らと言葉を交わすと、なんだか心が温かくなる。


 だからこそ突き放した。なのに…なんで。




 恐れていた瞬間がやって来た。

 廊下を歩いていたら…般若の一華と、遠い目の優深がいた。

 気になって後を追う。

 彼らは屋上へやって来た。ここで何が…そう思ってうっすら扉を開ける。



 虐めの主犯の男が、僕のことを暴露していた。

 そうだコイツは、僕とちょっとでも仲良くなった子にはそうするんだ。

 頭が真っ白になって、指先が冷えて呼吸がままならない。心臓がいやな音を立てている。



 知られた…

 嫌われた。

 もう…いやだ。


 僕が……何をしたっていうの!?

 数年振りに涙が溢れて止まらない。


 一華と優深の返事を聞くのが怖い。

 否定的な言葉を聞いたしまったら多分、僕はもう立っていられない。

 急いでその場を去ろうとしたのに、間に合わず聞こえてしまった。それは…


 逃げなくてよかった、と後に強く思う。



「お…お前ら変だと思わねえのか!?」

「「別に…」」


 彼らは全て知った上で、それが何?という態度だったんだ。

 むしろ奴らのほうが慌てて、なんとか僕を貶めようと必死だ。


「ユキち男の子が好きなんだね」

「好みは人それぞれだしな」


 自分の耳が信じられず、扉に張り付いて聞き入った。



 気持ち悪いって思わないの?

 どうして平然としていられるの。

 言葉では驚いた風だけど、とてもそうには感じない。



 異なる考えを受け入れるとか、そんな次元の話じゃない。


 太陽が東から昇って西に沈むように。

 命が生まれていずれ死ぬように。

 夏は暑くて冬は寒くて。

 春には桜が咲いて秋には紅葉するように。


 僕という存在を、ごく自然の摂理として認めてくれた気がした。


 両親ですら泣いてしまったのに。

 年下の子達が…なんで…



 混乱と同時に、最近感じていた温かさの正体を知った。

 名は体を現すとは言ったものだ。

 彼らと過ごしていると、大海のような厳しくも深い優しさに包まれている気がして。

 閉ざしてしまった心に咲いた一輪の華のように、僕を慰めてくれる。



 そうだ、僕は優深と一華が好きなんだ。

 だから醜い部分を見せたくなかった。


 でも彼らにとって…僕が人生を諦める程の悩みなんて、それこそ「で?」なんだね。



 限界だ、階段を駆け降りてトイレへ走る。

 今度は吐くためじゃない。


「う…うぅぅ…わあああぁぁん…!」


 必死に声を押し殺しながら泣いた。



 僕…もう一度誰かを信じたい。

 彼らなら…きっと…




 放課後、一華は変わらず会いに来てくれた。

 彼女の正面に立ち、スマホをいじる笑顔を見つめる。


 一華は可愛い、そして優しい。

 きっと『普通の男』だったら、みんな好きになってしまうのだろう。

 現に隣の彼(誰だよ)は、下唇を突き出し不機嫌顔。僕に嫉妬してるんだな。


 でも僕は…

 彼氏とか、友達以上になる姿を想像できない。



 彼女の腕を掴んで、怖いけれど勇気をふり絞る。


「僕は男だけど男が好きなの。

 友達じゃない、恋愛対象として。

 変だよね、気持ち悪いよね?そう言ってよ…」


 最後に腰が引けてしまい、自分から拒絶の言葉を促す。

 実際言われたら、不登校になる自信がある。

 それすら見抜かれたのか…


「…そっか。気持ち悪くないよ、それがユキちだもの」

「……………」


 笑顔でも軽蔑でもない、真剣な表情で言う。

 君は、本当に…僕の望む言葉を与えてくれるね…


 雪解けのように、涙が止まらない。

 今日だけで数年分泣いた気分だ、なんだか世界が開けた気がする。

 有象無象の言葉なんて知るか。僕は僕だ、普通じゃなくてもいい。


 彼女の友達も僕を受け入れてくれた。

 類は友を呼ぶ…なんてね。僕も仲間に入れて欲しいな。




 学校帰りに友達の家に行くなんて初めて。


「お邪魔しまーす!」


 イチは我が物顔でシノんちを歩き回る。

 ユキんちは不動製薬っていう会社を経営していて、それなりに金持ち。

 でもここはレベルが違う、すんごい豪邸だなあ。



 それに反して、シノの部屋は子供っぽい。

 壁にはヒーローのポスター、サイン色紙も並び…なんでイチとウミのサインが。


「ナイショなんだけどな、友達だから教えてやる。

 一華と優深は…本物のヒーローなんだ…!!」

「…………へー」


 イチがレンさんという使用人と話している時、シノが耳打ちしてきた。

 その真剣な眼差し…本気で信じてる。


 でもユキもそう思う。

 イチの横顔を眺める。どこからどう見ても年下の女の子だけど…


 僕を救ってくれた彼女は、紛れもないヒーローだった。



「じゃあお決まりの、幸久もメルヘンセブン入りだな!」

「何それ?」

「ブルーとグリーン、どっちがいい?」

「聞いてる?」


 シノは変身ベルトと武器を手にして、マスコットは優深から貰ってな!とか言ってる。


 えー…青か緑なら青かな。でも僕は髪の色的にホワイトじゃない?


「ホワイトは女の子だし、この子が任命されてるからダメ!」


 シノが見せてくれたスマホには、赤い髪の女の子が笑顔でピースしている。


「この子はどう見てもレッドじゃない?

 性別に拘ってないで、自由に決めようよ」

「?お前は髪色に拘ってるじゃないか」

「……………」


 超正論。

 おバカな子かと思ったら、意外と鋭いこと言うね…





 家に帰るとすぐ夕飯の時間。


「幸久。今日はお友達の家に遊びに行ってたのか?」

「…うん。今日、友達になった…東雲楓って子の家。

 月見山一華ちゃんと一緒に」

「そうか、楽しかったかい?」

「うん…メルヘンセブンごっこさせられて、家中走り回ったよ。

 ユキはホワイトがいいって言ったのに、ブルーに任命された」

「「……!!」」


 両親が、なんだか目を輝かせている気がする。


「(幸久が…お友達の話をしてくれた…!)」

「(運動会の日といい、この子の笑顔なんて二年振りだわ…)」


 特に母の目が潤んでいる。

 ユキは気恥ずかしくて箸を齧り、顔を逸らしてしまう。


「あと…大橋優深って子も友達。みんな年下だけど」

「年齢なんて関係ないさ、素敵な友達が出来てよかった。是非うちにも呼んでくれると嬉しいな」

「…聞いてみる」




 翌日聞いてみた。

 放課後来やがった。



「「「お邪魔しまーす!!」」」

「いらっしゃい…」

「「お邪魔します!」」

「誰だよ」


 なんか増えてる。

 えーと…沖原拓馬と納夢珠々?…あっそう。別に嬉しくなんてないもんね。



「いらっしゃい」

「来てくれてありがとう」


 父よ、仕事は?

 両親は涙ぐみながら、何度もありがとうと口にする。


「もう、恥ずかしいから出てって!」


 両親の背中を押して、部屋から追い出した。

 だというのに二人は、本当に幸せそうに笑った。


「幸久ー、ゲームとかおもちゃ無いの?」

「勝手に部屋漁って…無いよそんなもん」

「ぶー」


 シノは本当自由だな。

 終いには「暇だから外で遊ぼう!」と家を飛び出した。



「ゆっきー、近くに公園とかないの?」


 ゆっきー…まあ、いいけど。

 珠々に言われるがまま、家から歩いて五分の公園へやって来た。


「砂場しよう!」

「僕と一華ちゃんはすべり台行こうか。僕は下で待機してるから…ね?」

「ね?じゃないよ!普通に滑んなさいよ、私はブランコ行く!!」

「そんな…ブランコなんて硬い上に、鎖が…!一華ちゃん大胆だね…」ぞくぞく

「(拓馬…段々隠さなくなってきたな…)」

「じゃあスズとうみくんは、かえでちゃんと一緒に砂場行こ!」


 楽しそうだな。

 ユキはどうすればいいのか分からなくて、ベンチに座って休む。

 保護者になった気分で、彼らの遊びを観察する。



「…ユキ、くん?」


 ?ぼーっとしてたら名前を呼ばれた。

 声のするほうに顔を向けると…


 もう名前も忘れてしまった、お兄ちゃんがいた。


「えっと…久しぶり、だね?」

「…………」


 不思議だ。あんなに好きだったのに…

 愛情は元より憎しみや嫌悪すら湧いてこない、誰これ?とすら思う。


 てかよく僕に話しかけられたね、「どうも」と言って顔を逸らした。


「あ、あのさ。あの時のだけどね?誤解なんだよ。

 君のご両親がうちに来て怒ってたけど、あれは友達に合わせて冗談言っただけでね?」

「…?」


 少しだけ関心が戻った。

 両親が…家に乗り込んだの?

 ユキは何も聞かされていない。世間体の為に怒っただけ、だよね?



 だけど…もし…ユキを想ってのことだったら。


 男はユキが返事しないにも関わらず、ベラベラと喋り続ける。

 唾を飛ばして必死に媚を売って…醜い。なんでこんなの好きだったんだろ?



「ちょっとユキち聞いてー!!沖さんが私のブランコの下に入り込もうとするー!!」

「いやだなあ、そんな危ないことしないよ。あわよくば蹴ってもらおうと思っただけで…」

「腹減った!!幸久、帰っておやつ食おうぜ!」

「決めるのはお前じゃない!出して貰ったらちゃんとお礼言うんだぞ!」

「スズお菓子持って来たよー」



 そこへ騒がしいのが戻ってきた。前半は聞かなかったことにしよう。


「え…ユキくんの友達!?」

「それが何か。

 ほらみんな、砂場組は手ェ洗ってきなよ」

「「「はーい」」」



 三人が水道に走ると、男がイチに笑顔で近寄った。


「初めまして、君は月見山様の家の子だよね?

 実は去年の忘年パーティーですれ違ったことあるんだけど覚えてない?

 僕の父が月見山系列の会社の…」


 なんか自己紹介始めた。

 イチはこっちに視線を向ける。

 ユキがふるふる首を振ると、ユキの腕を取った。



「ごめんなさい、知らない人と話しちゃいけませんって言われてるの。

 それに今は大好きで大切な友達が一緒だから、邪魔しないでくれる?」

「あなた、家柄のいい女の子にちょっかい出しまくってる人ですよね。身の程知らずって言葉、ご存知ですか?」


 拓馬も黒い笑顔で言い放つ。

 男は呆然と顔を青くした。

 年下の子に守られるなんて…情けなくて嬉しい。


 さようなら、僕の黒歴史。二度と会わないことを願う。




 家に帰っておやつを食べて、ごまだれを撫でてみんな帰って行った。


 時間にすれば二時間だけなのに。

 楽しかった…な。



「ねえユキち」

「ん?」


 帰る間際、イチがユキの袖を引っ張って小声で言った。


「普通じゃないってさ、マイナスの意味ばかりじゃないよ?」

「…………でも…」


 彼女には、両親と気まずいということを学校で相談した。


「悲しませちゃったし…」

「悲しみって色んな種類があるもの。

 …親子だからって、無償の愛が存在するなんて…私は思わないけど」


 え…君はご両親と仲良いでしょう?


 なんでそんな、一瞬だけど…

 人生を諦めたような、無表情をしたの?


 彼女はにぱっと笑う。さっきのは見間違い?



「まずは話し合いだよ!これ以上逃げちゃ駄目。

 大丈夫。今日ご両親とお話しした感じだと、ユキちはちゃんと愛されてるよ!

 バイバイ、また学校でね!」

「あ…」



 車に乗り込み行ってしまった…


 その言葉に背中を押されて…拳を握る。



「ねえ。父…聞きたいんだけど──」



 僕はもう、現実から逃げない。



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