12
「一華様、先程の彼は…?」
「えっとね…」
協力してくれた神戸さんには包み隠さず報告した。大人の意見を聞きたかったってのもある。
「そんなことがあったんですね。
…もしかしたら、一華様に弱い姿を見せたくなかったのかもしれませんね」
「え、なんで?」
「男の子だからですよ。特に一華様は年下の女の子ですから。
虐めの理由は存じませんが…」
そういうもんなのかな…?
神戸さんはお父様達には報告しない、と約束してくれた。
次に会ったら、少しお話しできるといいなあ。
クラスも分かったし、会いに行ってみようかな?
*
とか考えてたら、翌日朝一に向こうから来た。
「ほら」
「え…」
「服とか…色々、お礼」
彼は紙袋を私に押し付け、すぐ出て行った。
教室中の子が「あの子だれー?」と興味津々、私に群がってきた。
「ね、何貰ったの?」
友達に促されて袋を開けると。
「マフラーだ。もこもこ帽子も…可愛い…」
早速巻いてみるけど、すごく暖かい。
服をそのまま返しても、男物だから困るって思ったのかな。優しい。
今度お出掛けする時使おうっと!
放課後、優深ちゃんと一緒に図書室へやって来た。
「へえ、ユキ先輩センスいいんだな」
「だよね!すっごい嬉しい〜」
すっかりマフラーがお気に入りとなってしまい、巻きっぱなしで本を選ぶ。
こんなモンかな…と三冊を手に優深ちゃんと合流。
「それで…ユキち、虐めに遭ってるみたいなの」
「ん…なんでだろうな…
加害者は男女混じってたんだよな?」
「うん。多分みんな二年生だとは思う」
場所の都合上小声で相談する。
あんな光景を目にしてしまったら、放っておくことなどできやしない。
「(俺としては…あんま関わりたくないのが本音だけど。けど…)
原因はともかく…俺達が友達になれるんじゃないか?」
「なれるかなぁ…」
どうにも壁を感じるのだ。楓や沖さんとも違う…他人を完全に拒絶している感じ。
なんで真冬に冷水を掛けられても黙っているのか。
どうして彼はあの時、私を『友達』として連れて行ったんだろう。
全ては本人に聞くしかない、か…
ぽつりぽつりと会話しながらカウンターへ向かう。
静かな空間だから、ちょっとした物音でもよく響く。
前世思い出す…公立図書館で、財布のマジックテープがベリベリベリィッ!!て静寂を破って木霊したな…
「いやダッサ」
「当時小学生だったんだよ…!」
顔から火が出るかと思ったよ、あん時は。
あとお腹鳴るとか、クシャミとか気を使うよね〜。
貸し出しの手続きも完了し、あとは帰るだけなんだけど。
やはり彼が気になるので、二年生の教室へ行ってみることにした。
「……キッモ。お前…だからさあ」
「アハハ…」
「「……!!」」
昨日も聞こえた不愉快な声…!
目的地である六組から発せられている。
私達は少し屈んで移動、廊下の窓から室内を覗く。
すると今日は三人の男子に囲まれるユキちがいる。
「どうするか、突入出来るぞ」
「そうね…」
優深ちゃんは拳を握り締め、私は武器を探す。
「いや戦わなくていいから。俺だって殴るつもりないし」と窘められてしまった。万が一ってあるじゃん!
こほんと咳払い、極めて自然にドアを開けた。
「おーいユキち。遊びに来たよー!」
「は…?なんだお前ら」
「イチ…?」
いじめっ子達が怪訝な顔でこちらを睨む。
子供の睨みなんか怖くもなんともありません、華麗にスルー。
そのうちの一人が、ガキ大将っぽい奴に耳打ちをする。
「大橋と月見山の…」って聞こえるので、私達の一族と関わりがある系?親が子会社に勤めてるとか。
ガキ大将は舌打ちをして、子分を引き連れ教室を出て行った。
「ふ…口ほどにもない奴らよ…」
「俺らなんもしてねえけどな…」
勝ちは勝ちですし。
おとといきやがれー!と心の中で塩を撒く。
「…………」
ふむ…ユキちは今日も眉間に皺を寄せて不機嫌そう。
「えっとね、こっちは大橋優深。私の友達よ」
「よろしく、ユキ先輩」
「……不動幸久。なんか用?同情とかいらないんだけど」
うーん前途多難。彼は迷惑そうな顔で、カバンを持って帰ってしまった…
元々教室には彼らしかいなかったので、今は二人きり。
ふむ。ここがユキちの机か。
落書きなんかは無さそうだな…ガキ大将め、先生にバレないようにしてんのが腹立つ!!
「なあ…先輩って将来、男食いまくるって言ってたじゃん」
「うん。特に逞しい男性を好むよ」
「今からは想像もつかねえな…」
ですよね。
もしかして…心の傷を埋める為に、人肌を求めるようになった?
子供の虐めってのは、動機は単純だが残虐だ。
「女子も加担してるってことは…単なる嫉妬じゃねえな」
「なんかやらかしたとか?そうは思えないなぁ…」
ここで二人頭を捻っても答えなど出るわけもなく。
モヤモヤしたままではあるが、それぞれ帰路に着いた。
*
それから数日、何度か六組に突撃した。
毎回ユキちには邪険に扱われ追い出されるけど。
そんなんしてたら、ガキ大将がわざわざ教室まで来て呼び出された。
あ"?何々、私をターゲットにする気?
上等じゃねえかこの野郎、と指定された時間に屋上へ向かう。
優深ちゃん巻き込んだけどね。
だってえ、か弱い女の子一人じゃ危ないモン☆
まあ護身用のスタンガン持ってるので…いざとなったら使おう。
「(いざとなったら俺が殴ったほうが安全そうだ…)よし、開けるぞ」
優深ちゃんの言葉に頷き、私達は屋上扉を開けて踏み出した。
開けてすぐの場所に、ガキ大将と子分五人がニヤけながら待っていた。
呼ばれたのは私だが、優深ちゃんが一歩前に出て口を開く。
「なんか用か?一華に告白するにしても、お友達同伴とか情けねえな」
「はあっ!?誰がそんなブスに!!」
はあ?私は美少女ですけどお?
ま、そんな目の腐った奴こっちから願い下げ。で、用件は?
「べっつに〜?ただお前ら、あの男女のオトモダチなのか?」
おとこおんな?女々しいとか言いたいんかな。
「そのつもりだけど?」
「なんか文句あんのか?」
避けられているので、勝手に思ってるだけですがね!
私達が毅然とした対応を崩さないので、相手は若干尻込みしているように見える。
そしてついに私達は、彼が虐められている本当の理由を知ることとなった。
「…!はんっ、よくあんなホモ野郎と友達やってられるな!」
「ホモ…?」
「気色悪いだろ?あいつ男が好きなんだってよ!」
「あーやだやだ。俺惚れられちまったらどうすっかな〜」
「オカマって言うんでしょ?」
彼らはクスクス笑いながら悪様に言う。
ああ…見えてきた。
彼は男色だから…それを隠していなかったのか。
それか何かのきっかけでバレてしまったか。今はどちらも大差ないけど。
大人でも差別する人はいるんだ、子供は尚更だろう。
自分が正しいって信じて疑わなくて。
俗に言う世間一般から外れている人を、排除するのが正義だと思い込んでいるんだ。
「「はあ…」」
私達がこれ見よがしにため息をつくと、ガキ大将は苛立ちを隠そうともしない。
「だからぁ、忠告してやってんだよ!
ホモって知らねえの?男のくせに男が好きなキモい奴だよ!」
「知ってるけど。ホモって言い方は差別含んでるからやめたほうがいいよ」
「正しくはゲイな」
こちらの返答が予想外だったのか、相手は目を見開いて固まってしまった。
「お…お前ら変だと思わねえのか!?」
「「別に…」」
子分の一人が大声で言った。
いや…知ってたし。ここでは初耳の体を装うが。
「ユキち男の子が好きなんだね」
「好みは人それぞれだしな」
だから何?と言えば、分かりやすく狼狽えた。
「それにさ、ユキちにだって選ぶ権利はあるし」
「自分に惚れたら困る〜って、自惚れじゃね?」
「他人の趣味嗜好に口出しできる立場なの?」
「恋愛なんて個人の自由だし」
「それ以前に、本人から聞いたわけじゃないしね」
「だよな。お前らが言ってるだけじゃん」
私達が捲し立てると、相手は最早口も開けずにいる。
今度は苦し紛れに、「お前達も同類なんだろ!キモっ!!」と叫ぶ。
子供か。うん子供だわ。
「うーん…俺は女の子が好きだけど。
もし男に好きって言われても、誠心誠意お断りするよ」
「私も一応恋愛対象は異性だけど。自分が理解できないからって否定する気はないわ」
あくまでも淡々と意見を述べる。
ここで感情的になっては相手の思う壺。
思った通り相手は顔を顰めて、これ以上何も言えずにいる。
「じゃ、もう呼ばないでよね」
踵を返してドアノブに手を掛ける。
終わったと思ったのに、背中に金切声が刺さる。
「な…何よっ!!アンタらの悪口言い触らしてやるんだからっ!!学園にいられなくなるわよ!?」
「「…………」」
え、もしかして脅してるつもり?幼稚ね。
「好きにすれば?犯人探す手間省けるわ」
「噂話に左右される奴とか、ダセエよなー」
「私達別に、この学園に拘ってないし?」
「スズのいる小学校に編入すっか。でもまあ…」
私達は振り返らずに、軽く首を捻って後方を見遣る。
「月見山家と大橋家を敵に回していいなら…ね?」
「お前ら、ご両親が無職にならないといいな?」
ニヤリ…と悪役っぽく言い放つ。
言葉の意味を理解したのか、顔面蒼白になる連中。
心配せんでも、子供の喧嘩に家を巻き込みゃしないよー。親の権力ですし。
精々怯えて、少しは反省するこった。
今度こそ室内に足を踏み入れると…
タッタッタッ…と階段を駆け降りる音がした。
まだ仲間がいたのかな?
これ以上絡んでくるなら考えないとねー、と言いながら優深ちゃんと別れた。
*
「ふっふ〜ん。今日は連絡先聞いてみよっかな〜」
放課後、二年生の教室目指して歩く。
この後茶道教室だから長居はできないけど。
それにしても、ここが漫画の世界だって気付いてから…メインキャラとは関わらないでいようって思ったのに。
自分から首突っ込むとは…我ながらお節介だわな。
「なーなー、どこ向かってんだ?」
「お友達のとこ」
優深ちゃんは空手道場に行ってしまい、楓がなぜか同行している。
別にいいけどさ。ああいう殻に籠るタイプは、楓みたいな子と相性いいかもしんないし。
「おーい、ユキち」
「…………」
「ユキチ?あいつか?フドーじゃん」
六組の教室へ着くと、ユキちの他に十人程残っていた。
あ、ガキ大将。私と目が合うと、慌てて逸らして逃げた。
放っておこう、もう害は無さそうだし。
「ねえユキち、スマホ持ってる?連絡先交換しようよ」
「……いいよ」
「だよねえ、駄目だよね……いいのっ!?」
「何その反応…」
いや、断られると思ってたので。
呆れるユキちと交換した、なんか嬉しい〜。
「……ねえ、イチ」
「んー?」
早速何か送ってみよう…とスマホを操作していたら、ユキちに腕を掴まれた。
顔を上げれば、苦しげに眉を顰めている。
「どうしたの…?」
「…ユキ…僕ね。男が好きなんだ」
教室の空気が凍った。楓すらも口を挟めずにいる。
なんで突然、カミングアウト…?
「おう…?」
「だから…僕は男だけど男が好きなの。
友達じゃない、恋愛対象として。
変だよね、気持ち悪いよね?そう言ってよ…」
言葉とは裏腹に、目は潤んで口元を震わせている。
私に拒絶の言葉を求めておきながら、本心では真逆のことを思っているんだね。
「…そっか。気持ち悪くないよ、それがユキちだもの」
「……………」
素直になれない彼の頭を撫でると、私の肩にぽすっと埋めてきた。
だから背中に腕を回して優しく叩く。
彼も私の背中や腰に腕を伸ばし、強く抱き締めた。
次第にグスッと鼻を啜る音が耳元でした。
ふふ…目一杯甘えなさい!お姉さんが慰めてしんぜよう。
ユキちが離れたのは十分以上経ってから。
目を顔を赤くして、「ごめん」…と恥ずかしげに呟いた。
「いいのよ。ほら、顔拭いて」
ハンカチを取り出すと黙っていた楓が口を挟む。
「いつまでくっ付いてんだっ!!」
私達を無理やり引き剥がそうと間に滑り込む。
ユキちはハンカチを受け取って、顔を拭きながらニヤニヤした。
「何、嫉妬?イチ好かれてるんだね〜」
「う…ま、まあね」
「だーもう、離れろ!」
「安心しなよ、ユキはイチのこと友達にしか思ってないし」
「本当か?ならいいや!」
「「(いいんだ…)」」
楓のこういう所は見習いたいわ。
よく見たら、教室には私達しかいない。
そういや楓は…さっきの話、どう思ったんだろう?
「ん?男が好きってやつ?
そういうこともあるんだなー!って思った」
「………あそ。変だと思ったでしょ」
「いんや。だって俺、普通なんてわかんねえ!!だから一華や優深に沢山教わってんだ。
フドーも教われば?こいつらな、すんげえ色々知ってるんだ!」
「……それも、いいかもね。
てか名字呼びやめてくんない?」
「オッケー諭吉!!」
「ゆ・き・ひ・さ!!」
思った通り、なんか楽しそうだな。自己紹介し合ってるし。
楓の屈託のない笑顔や素直な言葉は、ユキちのように傷付いた子には癒しになるだろうね。
「ふーん、東雲楓ね。シノって呼ぶよ」
「あだ名いいな!珠々も一華のことチカちゃんって呼んでるし…」
「私?好きに呼んでくれていいけど」
でも呼び捨てだって、誰にでも許してる訳じゃないし。
不快だと思ったら「やめて」って言うよ。
「じゃあ…イッチは!?」
「絶対やめて」
「えー!?」
好きに呼んでって言ったじゃん!と楓は不満を漏らすけど。それは本当やめて…
「じゃあ…イチとチカの間を取って…
イカ!!!」
「ブッフォぉ!!!」
楓は本気で名案!といった表情で言い放つ。
それを聞いてユキちは盛大に噴いた。
楓は後でシメるとして…塞ぎ込んだ顔ばっかりのユキちが笑ってくれたのは嬉しいかも。
「は…あははっ!ばっかじゃないの…!!
イカって、イカって!あはははっ!!」
おおう、ついに腹抱えて笑っちゃった。
「いいんじゃない?イカ子」
「生臭そう!!」
さっきまでとは別の種類の涙を流し、ユキちは大きく息を吐いた。
「あー…アホらし。イチとシノはこの後どうすんの?」
「私は習い事だけど…サボっちゃおうかな」
「いいの?」
「息抜きだよー」
習い事の殆どは嗜みとして始めたしね。
もう知識は充分だから辞めてもいいのだ。
神戸さんに「ユキちと遊びに行くからお茶休む!」と電話した。
彼女は何かを察して…「では連絡を入れておきますね。お車出しましょうか?」と提案してくれた。
「ユキち、楓。車出してくれるっていうからどこか行こうか?」
「俺んち来いよ!」
「じゃあお呼ばれしようかな」
みんなで一緒に教室を出て、私と楓のクラスに寄って荷物を持って。
私が身支度をすると、ユキちがぽそっと呟いた。
「そのマフラー…」
「これ?可愛いよね、気に入っちゃった!
毎年冬は大活躍しそうだよ。ありがとう」
「…どういたしまして」
彼は背中を向けてしまったが、頬が赤く染まっている。
見なかったふりをして、やや背の高いユキちと並んで歩き出した。
彼が今までどれだけ苦しんできたのか、私達には想像もつかないけれど。
せめてこれからは…こうして側にいられたら、と思う。
「イカってあだ名ダメ?」
「むしろなんでいいと思った?君はタコって言われたらどうするのよ」
「俺の名前に『タ』『コ』ってないぞ?」
「そう…いう…問題じゃ、なーい!!」
「(面白い子達だな〜)」