二
最近納夢珠々…スズという女の子と友達になった。
俺よりも一華のほうがすっかり仲良しで、親友とも言えそうな距離感。
一華は俺含め男友達ばっかり(やかましいのとド変態)で、女の子の友達は少なかったからいい傾向だ。
『明後日すうちゃんち行くの!優深ちゃんもね』
「俺も?邪魔じゃないか?」
『いいの!!』
一華がわざわざ電話で伝えてきた。
ま、いいか。俺は深く考えず了承。
電話の向こうで一華がガッツポーズを決めていたとは露知らず。
*
スズの家はマンションだった。
オートロックなので入り口でピンポンし、招かれて進む。
十四階か、結構高いな。みんなで東京タワーとか行きたいね〜とか話しながら歩いた。
「いらっしゃい!」
「すうちゃん、お招きありがとうね」
「お邪魔します」
玄関のブザーを鳴らすと、可愛らしくおめかししたスズが出迎えてくれた。
それは、いいんだけど。
「いらっしゃい」(超低音)
なんかいる。ムキムキの爺さんが。
爺さんはドス黒いオーラを撒き散らし、ゴゴゴゴゴ…という効果音を背負っている。
「いらっしゃい」(低音)
その横に、額に青筋を浮かべたおじさんが。
こっちも負けじとヌヌヌヌヌ…と背負っ…ヌ?
「いらっしゃ…あれっ?」(高音)
反対隣には背の高い子供が、めいっぱい顔を険しくしようと必死。
つか近い。三人共、超至近距離から俺にガン飛ばしてる。一華には「ゆっくりしていってね」と優しく笑いかけ…俺泣くぞ?
ってあれ…この子供。
「聖一郎くん?」
「優深じゃん!うそ、お前だったの!?」
「お兄ちゃん、知ってるの?」
俺ら以外が驚きに目を開く。知ってるっていうか…
同じ空手道場に通ってる聖一郎くんだ。
先日急に髪を赤くしたなと思ってたけど、スズとお揃いなのか!
そういえば名字知らなかったな〜。
彼は俺の話をスズから聞いてないのかな?
「いや、聞いてたんだけど…同じ『うみ』って名前の別人かと思ってた」
気付けよ。よくある名前じゃないじゃん。
聖一郎くんは割と天然なところがあるからな…
ただ、一華が。聖一郎くんの姿を見て、一歩下がって顔を引き攣らせた。
俺以外気付いてないけど…この感情は、恐怖?
聖一郎くんは三年生にしては大きいけど優しい人だぞ。
後で聞いてみるか…
「なーんだ優深か!あっはっはっ、オッケーオッケー!ようこそ納夢家へ!なんつってー!!」
「何が…?」
彼は俺の横に立って、大笑いしながら背中をバンバン叩く。
ちなみに俺、幼稚園時代から空手の大会で優勝してんだぜ!相手が棒立ちしてるところを突いたりしたんだけどね。
「(聖一郎が陥落…!ムムム、パパは簡単に認めないぞ!!)」
おじさん…お父さんだろうけど、めっちゃ口窄めてる。
てかいつの間にか一華とスズいないし。置いてかないで…
「あ、こちらどうぞ召し上がってください」
「(ムん?こ…これは…!!)」
初めて行く家だし、手土産は必須だろう。
一番立場が上そうなお爺さんに渡そうとしたら、お父さんがめっちゃ見てる。
中身は納夢家の好みが分からないので、定番でハズレの少なそうなカステラにした。
安藤に「買っといて」ってお願いしたから値段は分からん。
「(光月堂の超高級カステラ!一本一万はくだらない…!)さあ上がって!美味しいお茶淹れようね!!」
?お父さんはカステラ好きだったのかな?
打って変わって超笑顔で、カステラを強奪して廊下の奥へ消えた。
「(ふむ…息子と孫がやられたか。
だが、この爺を負かせられるか…!!?)」
お爺さんのオーラが増した。帰っていいですか?
*
お母さんとお婆さんとも挨拶して、俺もスズの部屋に行こうとしたんだけど。
「まあまあ。男同士、腹を割って話そうじゃないか」
「ふぁい…」
お爺さんにものすごい圧で引き留められた。
女性陣は外へお出掛けするらしい…俺も連れてって…
ダイニングテーブルに男四人で対面して座る。
腕を組み険しい顔のお爺さん。
頬を染めてルンルンお茶の用意をするお父さん。
俺の部屋でゲームしようぜ!って誘ってくれる聖一郎くん。うん、ゲームしたいなあ。
「優深くん…改めて、孫娘を救っていただき感謝する」
え…正面のお爺さんがスッと頭を下げた。
それに倣って両側の二人も…やめてください!
「その、あれは偶然です!彼女を救ったのは安藤です。礼なら彼にお願いします」
それに…メインは姉さんと義兄さんを救うこと。最悪俺達は、スズを見殺しにする選択だってあったんだ。
だから…やめてくれ。これ以上は、罪悪感で潰されそうになる!!
俺の必死な様子が伝わったのか、全員顔を上げた。そしてこれ以上、その話題を口にしないと約束してくれた。
「(なんとも礼儀正しく謙虚な少年か。振る舞いも言葉遣いも、とても七歳に見えん…)」
「(カステラ美味しい〜)」もぐもぐ
「(優深が珠々の彼氏ならいっかー。俺ほどじゃないけど強いし、みんなに頼りにされてるしな〜)」
三者三様の目で俺を見る。あ、お父さんはカステラに夢中だわ。
微妙に気まずい空気。主に俺が質問攻めにされる。
ふいにお爺さんが俺に問いかけた。どうして空手をやっているのか…って。
そ…それは。
俺は湯呑みを置いて、目を伏せて答えた。
「守りたい…どうしても、守らなきゃいけないものがあったんです」
そう…俺のケツです。
室内だというのにふわりと風が吹き、俺の髪を乱した。何この演出。
「(嘘を言っているようには見えんな…)『あった』とはどういうことか?もう必要ないのか?」
「はい。もう(義兄さんが幸せになったことで、俺が襲われる)心配はなくなったんです。
ですが今後どうなるか分かりませんし…(主にユキちゃんとやらの襲撃に備えて)己を鍛え続けるつもりです」
それに「細マッチョってモテるよ」って一華が言うから。がんばるぞ!
理由がちょっと恥ずかしいので、伏せ目がちになってしまった。顔が赤くなってなきゃいいけど。
だというのに納夢家メンズは目を見開いている。変なこと言っちゃった?
※この時納夢男衆の目には優深が…
「とてつもない困難を乗り越えたばかりだが、驕らず精進し続ける崇高な少年」に見えていた。
これにより「なんてこった、こいつぁ漢だ。可愛い孫/娘/妹との交際を反対する理由がねえぜ…へへっ」状態になっているのである。
本人の全く知らないうちに、納夢家からの好感度が爆上がりしていたのだった。
*
その後聖一郎くんの部屋でレースゲームをしていたら、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「じゃーん!見てみて優深ちゃん、双子コーデ!」
バーン!とドアを開けて、満面の笑みの一華登場。スズも控えめに…お揃いのワンピースを着ているな。
「へえ…似合ってる。可愛いな」
「でしょっ!」
「可愛い…!?」
一華は俺と同じく「自分超可愛い」と思っている。互いに前世の姿を知っている以上やむなし。
だから褒め言葉も軽くスルーなんだが、スズは違うようだ。
はわわと顔を真っ赤にして、両手を頬に当てて照れまくっている。あはは、可愛い可愛い。
そう…例えるならば姪っ子を見ている気分だ。俺はいつ叔父さんになるのかな〜?
一華とスズも入って、四人で対戦ゲームをする。楓達と遊ぶ時はゲームとかしないから、久しぶりで楽しいや!
お菓子を食べてジュースを飲んで、ゲームして漫画読んで…この適当感たまんねえ!!
そうこうしているうちに、もう帰る時間だ。
一華のスマホの通知音が鳴った。
「あ、神戸さん着いたって」
「じゃあ帰るか。ご家族に挨拶してこうぜ」
聖一郎くんにゲームありがとう、今度うちに来てねとお礼を言う。帰り支度をしていたら…スズに腕を引っ張られた?
「う…うみくんっ!お話、いいかしら!?」
「いいけど…?」
笑顔の一華と聖一郎くんに背中を押されて、俺達はスズの部屋へ。
「あの…えっと」
?スズはドアを閉めて腹の辺りで指を弄って、言いづらそうに口籠る。なんか知らんが無理すんな?
「いえ…っ!うみくん!」
「は、はい」
「あたし…っうみくんが好き!だからね!お付き合いしてくれませんか!?」
「え…」
予想外の言葉に戸惑った。
今世初の告白に、思わず茫然自失となってしまう。
嬉しい…けど。
俺は精神的に大人なつもりなので…ぶっちゃけ彼女は恋愛対象外だ。
成人男性と七歳の恋みたいなもん。俺ロリコンじゃないので…
一華が楓の告白を本気にしていないのも同じ理由。
彼女もショタコンではないのでな。
さて…いかに傷付けずに断るか、腕の見せ所だな。
無難に「君は俺にもったいない」か?うー…ん?
「「「…………」」」
「…………」
スズの後ろ…ドアが若干開いて、ものすごい形相の納夢男衆がいる。
「よもや…断るつもりでないだろうな…?」
「ははは、まさか…ねえ…?」
あかん、汗が止まらへん。
エセ関西弁が出てしまうほど、俺は今死地に立たされている気がする。
ここでお断りしたら死ぬ。直感がそう囁いている…
「あ…あり、がとう。でも、俺…」
「…!!」
あ、死んだわ。
スズは顔を青くして涙目に。
後方は誘拐犯も裸足で逃げ出しそうな殺気を放っている。
ここは…!
「お…俺!!前に付き合っていた子に、二股されて…っ!卒業と同時に捨てられて!
だから、暫くお付き合いとかは…ちょっと、怖くて…」
嘘は言っていない。前世の俺も俺だもん!!
「だから…っ!お付き合いを前提にした友達から始めませんか!?」
言い切った!これで、どうだ…!
「は…はい!よろしくね、うみくん!
スズは絶対浮気しないよ、うみくん一筋だから安心してね!」
通じたー!!
彼女は笑顔で俺の手を取って、ぴょんぴょんと跳ねる。
…もしも、スズの気持ちが変わらず…大きくなっても俺を好きでいてくれたなら。
高校生くらいになったら…
なんてな。いい子だから、その頃にはもっといい男を捕まえてるわな。
後ろの連中も納得したようで、俺は五体満足で生還した。
ああ…娑婆の空気が美味え。
「優深ちゃん、彼女できたー?」
「やっぱ知ってたのか…お友達、からだよ」
「だよねえ〜」
帰りの車の中、一華は声を上げて笑った。
こちとら生きた心地がしなかったてのに…全く。
お前に彼氏ができたら、とことん揶揄ってやるからな!
「「「(最近の幼稚園児、爛れてるなあ…)」」」
俺は納夢家にあらぬ誤解を与えていたようだ。
*
「一華、今いいか?」
『いいよー』
忘れる前に、一華に確認しないと。
どうして聖一郎くんを恐れていた?
直球で聞くと、電話の向こうで言葉に詰まっている様子が見て取れる。
『……今、近くに誰もいない?』
「ああ」
十数秒沈黙が続いていたが、観念して話してくれた。
『言いづらくて黙ってたんだけど…聖一郎くん、漫画に出てくるのよ』
「え…でも、スズは」
死んでるんだよな?
そう出かかって呑み込んだ。
『名前は忘れてたんだけど、その…『事故の被害者の女の子のお兄さん』って覚えてて。
えーと…彼はね。漫画でのラスボスに近い存在だったというか、最後の困難だったの』
「どういう…ことだ?」
聞くのが少し怖くなってきた。
でも…何を知っても、あの兄妹との友情は変わらない!!
『うん…大丈夫、私もよ。ただ昼間はびっくりしちゃっただけ!
実は漫画の終盤で…一華と拓馬も完全に別れた後ね。優深はナイフで刺されて死にかけるんだ』
「え…」
『一命は取り止めたんだけど、いつ目覚めるか分からないって…下手すればそのまま…って状態。
みんなお見舞いに来ていたんだけど、その中でも拓馬が。
「俺は優深が目覚めると信じている。ずっと待つから…」って涙ながらに手を握っていて。
それから約2年後、高等部の卒業式。拓馬は式に出ないで優深の病室へ向かっていた。
眠る優深の頬を撫でて「卒業おめでとう、優深」って優しく声を掛けたその時。
優深の瞼が僅かに開いて…拓馬が目を見開いて、大粒の涙を流して…ってとこで漫画終了なんだわ』
そ…そう、か。それハッピーエンドなの?
単行本のラストに、数年後の優深と拓馬が笑顔で同棲してるラフが描かれてたっていうから、ハッピーなのか…?
「で、もしかして…優深を刺したのが、聖一郎くんなのか…?」
『うん…』
俺は驚きで声が出なかった。
一華の話を纏めると…
大橋家は事故後外国へ行き、家族を喪った悲しみを時間を掛けて癒した。
だが納夢家は違う。ずっとこの国に囚われて…納夢珠々の死を忘れられずにいた。
その中でも兄の聖一郎。彼は登場時、ガリガリに痩せて生気がなく、虚な目をしていたと。
そんで…珠々が死ぬ理由となったうちを恨んだ。完全なる逆恨みで、本人だってそれは解ってた。
『知ってるよ、お前んちだって被害者なのは!!
だけどな…なんでお前は笑ってんだよっ!?姉ちゃん死んでんだろう、なんで…っ!!
俺の家族が、どれだけ、苦しんで!!今も…ふざけんなあああっ!!!』
泣きながら激昂する聖一郎。
優深は恐怖か罪悪感か…抵抗も逃げもせず、黙って受け入れたらしい。
優深は呻き声を上げて、ごめんね…と呟いて崩れ落ちた。
それを聞いた聖一郎は正気に戻って、自分のしたことの愚かさを知って。その手で通報した…と。
そっか…
一華に礼を言って通話を切る。
スマホを枕の上に放り投げ、ベッドに仰向けにダイブした。
一華が言わなかった理由もなんとなく分かる。
もしもスズを助けられなかった場合…を考慮してだろう。
俺達は超人でも聖人でもない。自分達を守って、生きるのに精一杯だ。
だけど、そんな不幸を知ってしまったら。俺達は苦しみから呼吸すらままならない。
だから…きっと一華は。一人で彼の恨みを引き受けるつもりだったのかな…
パンッ!!と両手を叩いて切り替える!
もう未来は変わった、聖一郎くんもスズも元気いっぱいだ!!
漫画なんかに囚われてたまるか!
俺様の楓は素直なわんこ系になってるし。
クールなメインヒーローは変態ドM野郎になってるし!改悪されてね?
ま、それは置いといて。
俺達は小学一年生、人生まだまだこれからだ!
俺は電気を消して布団を被った。
今度聖一郎くんにゲーム借りる約束してるし…スズとお出かけもするし。
それから、それから…
楽しみ…だな…ぐう。