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当て馬女子の受難の日々  作者: 雨野
幼少期
15/20

納夢珠々



 あの日もいつもと同じ日常のはず、だった。

 学校が終わって…電車で習字教室まで行って。

 それが終わったら、ママが教室まで迎えに来てくれる。


 いつもなら。



 電車を降りて、少し歩く。裏道を使うと早いけど、人の少ない道は通っちゃダメってパパが言うから。

 遠回りだけど、大通りに沿って習字教室を目指していた。


「う…」


 ?何か、聞こえた。

 ふるふると周囲を見ると…大変!誰か倒れてる!

 狭い道に入っちゃうけど、気にせず駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「………」


 あれ…?なんで、笑ってるの…っ!!?



 首に、痛みが走っ……


 あたしの記憶はそこまでだった。




 *




 目が覚めても真っ暗。顔に何かある…目隠し…!?

 それに腕も動かない。後ろで縛られているようだ。


 これは…誘拐…!?あたしはパニックになって大声を出そうとした。

 だけど口が動かない。ガムテープか何かで塞がれている。


「んーーーっ!!」

「あ?おい、起きちまったぞ」


 すぐ近くで男の声がして心臓が跳ねた。それも一つじゃない。

 殺される!逃げないと!!どこに!!?

 逃げたい衝動と今は冷静に!という理性が喧嘩して、あたしは硬直してしまった。


 幸いなのか、何かされることもなく。

 ひたすらにじっとして…おじいちゃんが助けに来てくれるのを待った。




 どれくらい時間が経ったのかわからないけど。

 あたしはトイレをずっと我慢して…おもらししてしまった。


 すると男の一人が「めんどくせえ」と言って脱がせようとしてきた。

 絶対に嫌だ!!と思い、いっそ殺されてもいいから力の限り暴れた。

 その時どこかに足をぶつけたようで、ズキズキ痛んで何かが肌を伝う感覚が。


「おい、痕が残りそうな怪我させんな。金貰ったら売るんだからな」

「ですが…」

「今はまだ商品だ。日本人のガキは高値で売れんだよ、特にメスはな。

 価値下がった分お前が補填できんのか?」

「う…すいやせん」


 ?こいつらは 何を言っているのだろうか。商品って何?あたしは人間だ、売り物じゃないわよ?

 あたしの身体がふわりと浮かび、少し揺れて地面に降ろされた。


 腕の拘束と目隠しが外されて、急に明るくなって目が眩んだ。

 事務所のような部屋で、ボロボロのソファーとテーブル、机と棚がある。

 後ろを振り向くと…パパより少し若そうな、背の高い男が。

 冷たい目であたしを見下ろして、何か荷物を投げてドアの前に座った。



 荷物はタオルとサイズの大きいズボンだった。


「う……ぅぅ…!!」


 机の陰に隠れて服を脱いで身体を拭いていたら、涙が出てきた。

 帰りたい。おうちに帰りたい。

 ママのご飯食べたい。パパに抱っこしてもらいたい。

 怖い。怖い…


 はやく、たすけにきて…


 ズボンの紐をぎゅっと締めて顔を上げた。

 目の前には窓がある。

 ……窓を開けて、大声で「助けて!!!」と言ってみようか。

 ううん。きっと助けられるより、殺されるほうが早い。


 見張りの男は何度か入れ替わる。休憩してるんだろうな。

 寝たふりをして観察してみたけど、あたしの前ではずっと起きてる。


 どうにも、できない。

 パパ…ママ…




 *




 時計が無いから、あたしが誘拐されて何日経ったのかわからない。

 たまに水とパンを投げるように渡されて。

 絶対に、死んでたまるか…!!と泣きながら食べた。


「トイレに行かせてください」と言えば、無言で小脇に抱えられて運ばれる。

 男達はあたしが泣こうが話しかけようが、何も返事をしない。


 最初に「でけえ声を出したら殺す」と首に銃を突きつけられた時以外会話はなかった。



 そして…機会が訪れた。



 毎回見張りの男は、あたしをトイレに放り投げて確実にドアを閉めて前に立っている。

 だけどこの時…タイミングよく男の携帯が鳴って、男は私を適当に落として電話に出た。


「はい。ええ、大丈夫っす。今ちっと便所に…」



 今しかない!!

 そう思って、ドアを勢いよく突き飛ばし男にぶつけた!


「いでっ!?ま、待てっ!!」

『どうした?』

「あ、え、すいやせん!!」


 男が一瞬戸惑っている間に走る!

 道も分からないけどひたすらに足を動かす!捕まったら今度こそ殺される…!!


 とにかく下へ!階段を見つけて駆け降りる。

 いつも窓の外から人の声や車の音が聞こえていた。ここは道路沿いの建物なんだろう、外に出れば…!


「いたぞ!!」


 別の男が前から迫ってきた。だけどその手前に、玄関らしき空間が!!


 あたしは勉強は全然駄目だけど、足の速さだけは自慢なの。もちろん大人には敵わないけど、この距離なら!!

 男は止まれ!と銃を構える。どっちにしても死ぬなら止まってやらない!


 というか、撃てないでしょう?街中だもの、ただの脅しでしょ?

 これでも警察一家の娘よ。それくらい分かるんだから!



 またまた偶然が、玄関の鍵が掛かっていない。これも幸いか、自動ドアでなく手押しのタイプ。



 無我夢中でドアに体当たり、久しぶりに肌を風が通った。


 やった…外に出た!!

 でも気を抜いている暇はない。もっともっと走れ…!!



 その時だった。



 ビーーーーーッ!!!



「きゃっ!?」

「「わあっ!」」


 真横からけたたましい音がして、ビクッと身体が跳ねる。

 次の瞬間、何かがあたしにぶつかった。

 その何かもすごい勢いで、あたしたちは地面に転がった。だけど衝撃は無い…


 捕まった!そう思ってパニックになりかけたけど、相手も同じくらいの子供だと気付いた。

 途端に気が抜けて冷静になる。すると周りの風景が見えるようになった。


 あたし達の真横を車が音と風を立てて走っている…今まさに、車道に飛び出そうとしていた…!?


 スーツ姿の男性が駆け寄ってくる。誘拐犯の仲間かと警戒したけど、違うみたい。



 それからの記憶は曖昧だけど、覚えているのは。


「大丈夫よ」とあたしを腕に収め、青褪めた笑顔を向けてくれた、とっても可愛い女の子と。

 あたし達の前に震える足で立ち、両手を広げて守ってくれた男の子。



 保護されたあたしは、わんわん泣いた。

 だけど二人がパトカーに乗ろうとする姿を見て、このまま別れたくなくて名前を教えて!と言った。


「「名乗るほどの者ではございません」」


 彼らはそう言って消えてしまった…




 家に帰ったあたしは、パパやママやお兄ちゃん…おじいちゃんおばあちゃんが泣きながら迎えてくれた。


 よかった…!助けに行くのが遅くてごめんね、と強くあたしを抱き締めて離さなかった。



 その日は家族四人でくっ付いて眠った。


 夢を見た。

 あたしはビルを飛び出して、脇目も振らずに走って。

 息を切らせて足を動かしていたら…全身に強い衝撃が。あたしの身体は宙を舞い、最期に見えたものは。


 トラックと正面衝突する車。

 追いかけてきた男達の間抜け面だった…




「きゃああああっ!?」

「珠々!?」


 絶叫しながら飛び起きると、お兄ちゃんが優しく撫でて落ち着かせてくれた。

 パパもママも…今の、夢は?


 もしかして…あの子達がぶつかって来なかったら、あたしは死んでいたんじゃ…

 あれはもう一つの未来だったんじゃ…?直感でそう悟り、両腕で自分を抱き締めた。


 嫌な汗が流れる、ポロポロと涙が止まらない。パパに抱っこされて…明け方ようやく眠れた。




 *




 誘拐犯は全員捕まったらとか。

 あたしのスマホが捨てられていて、GPSで探せなかったとか。

 あいつらのアジト…ビルの場所を特定するのに時間が掛かったとか。

 お金は用意したものの、支払った後無事に帰される保証が無いから、どうにか交渉を引き延ばしていたとか。


 実際誘拐犯は警察に恨みのある連中だったようで、身代金は二の次だったんだって。

 おじいちゃんの目の前であたしを殺そうとしたけど…容姿がよかったから、外国に売るつもりだったらしい。

 売られてたらどうなっていたのか…大体の話を聞かされ。

 怖くて暫く一人で眠れなかった。



 あの日あの場所で喧嘩があって、通報があって警官が駆けつけたけれど。

 そこには喧嘩してる人などいなく、また監視カメラにも映っていなかった。


 公衆電話から通報した人物は特定出来なかった。ただ、若い女性だったと…

 その電話と居合わせた男性のお陰で、被害なく速やかに事件が片付いたんだって。


 事件については目撃者が多過ぎて完全には隠せない。

 だから被害者(あたし)が警視総監の孫、という事実のみ伏せて報道された。


 と事件の流れをおじいちゃんが教えてくれた。

 みんな躊躇っていたけど、あたしが知りたいって言ったから答えてくれたの。



 監視カメラの映像から、二人がいなければあたしは本当に轢かれる寸前だったと分かった。

 少し考えれば、いかに自分が危なっかしい行動をしていたのかと思い知らされる。


 もうちょっと待てば助けも来ていたんだ。

 だけどあたしを責める人はいなかった。

 おじいちゃんはもう二度と同じ目に遭わせない!と約束してくれた…




 完全に収束したのは、夏休みも終わってから。

 あたしは守ってくれた二人に会いたい、とおじいちゃんにお願いした。


「彼らのご家族には儂からお礼を言っておいたよ。

 あの子達も巻き込んでしまったから、思い出させちゃいけないんだ。

 でも…友達になりたいんだろう?」


 おじいちゃんは目尻の皺を深めてそう言った。


 うん…お友達に、なりたい。

 あの子達は帽子を被っていて、あまり顔は見えなかったけど…あたしと同い年。

 名前は大橋優深くんと月見山一華ちゃん。お金持ちの家の子なんですって。


 現場にいたのは完全に偶然だったけど、あたしはそう思えなかった。


 あの時…あたしよりも、余程冷静に対処していたもの。

 怖がるあたしを優しく撫でてくれて、柔らかく笑ってくれて。

 男達を警戒して大きな音を出し続けて、人が集まるようにしてくれたんだと思う。


 大人はみんな「偶然だよ。珠々ちゃんは神様に愛されているんだね」なんて言うけど、大間違いよ。

 愛されてるとしたら、それは一華ちゃんと優深くん。もしくは…二人は天使様なのかもしれないわ。




 大人は信じてくれないから、二つ上のお兄ちゃんにだけ打ち明けた。


「そうか…珠々がそう感じたのなら、きっとそうなんだろうな」


 頭をぽんっと叩いて笑ってくれた。

 えへへ…嬉しい!


「それでね、おじいちゃんがあの子達と会わせてくれるって!」

「それは…大丈夫なのか?」


 お兄ちゃんは眉を下げて困り顔。大丈夫!


 おうちに連絡したら、明日二人は公園で遊ぶんだって。そこで事件に携わった男性…安藤さんが協力してくれる予定。



 助けてくれてありがとう。

 よかったらお友達になってください!絶対そう言うんだから!




 *




 おじいちゃんが若い刑事を一人付き添わせてくれて、あたしは公園まで足を運ぶ。

 合流した安藤さんが言うには、この大きな木の上に二人がいる?


「本当にここなんですか?」

「はい、あちらに足が見えますよ」


 あ、ほんとだ。小さくて細い足が四本。ふぅ…


「ねえねえ」


 ぎゅっと拳を握って、ドキドキしながら声を掛ける。

 すぐこっちに気付いて…一華ちゃんがあたしの名前を呼んでくれた!


 嬉しい!あの後目立つようにって、お兄ちゃんと一緒に髪を赤に染めてみたの。

 大分印象が変わったと思うのに、覚えててくれたんだ…!!


 頭の上でガサガサと音がして、優深くんと一華ちゃんは「えいやっ!」と降ってきて…格好いい!!



 改めて彼らと顔を合わせる。

 優深くんは…ふわふわの髪の毛、天パかな?青い垂れ目がとっても綺麗で吸い込まれそう。あたしより肌白いわね。

 一華ちゃんは透き通る金髪で、大きな目と桃色のほっぺが可愛い!


 え、美男美女。やだ、芸能人かしら?そこらの子役よりずっとずっと美形。

 にっこりと微笑んでくれて、あたしの心臓はぶち抜かれた。



 こほん…気を取り直して。

 二人があたしを覚えてなかったら、もう一度初めましてをしようと決めていた。でも…考えすぎだったわ!


「あのね…あなた達に会ってお礼を言いたかったの!」


 彼らの手を取って、ずっと温めていた言葉を紡ぐ。



 助けてくれてありがとう。謙遜されてしまったけど、構わず続ける。

 

 もしかしたらあなた達は…あたしを助ける為に、あの場にいてくれたんじゃないの?

 三人で転がった時、あたしは無傷だったけど。

 優深くんは背中や腕、一華ちゃんは足なんかを怪我したって聞いたの。

 それは、最初からあたしを庇ってのことでしょう?わざと、ぶつかったんでしょう?



「(でも…誰も信じてくれないから。あたしだけはわかってるけど!)どんな理由があろうとも、あたしはあなた達に助けれた!

 それが全てで事実よ。だからありがとう!」



 そしてどうか、お友達になってください。

 ちょっと強引だったけど、こうしてあたし達は仲良くなれたの!




 *




 翌日、早速ちかちゃんちに招いてもらっちゃった!

 おっきい家…外国のお屋敷みたい!本当にお金持ちなのね…ってあたしはお金でお友達を選んだんじゃないからね!?


 わー、お部屋も素敵。スズの部屋はこの半分だわ。カーテンも可愛い!

 キョロキョロと見回していたら、ランドセル発見!そこには…


 あの日首が伸びきっていた人形…ヒーローの防犯ブザーが付いていた。

 そっと手を触れると、思い出しちゃう。



 怖くて…不安に押し潰されそうだった日々。

 絶対に生きて帰る!って頑張ってたけど、心のどこかでこのまま死んじゃうんだろうな…って諦めてた。


 でもそれを塗り替えてくれた、ちかちゃん達と出会えた事件。

 何度でも伝えたい。ありがとう…


 鼻がツンとして泣いちゃいそう。

 それまで静かに聞いていたちかちゃんが立ち上がって、あの日のようにぎゅってしてくれて。


「どういたしまして。あなたが元気でいてくれて、私達も嬉しい」


 ああ…温かい。

 ちかちゃんは並んでベッドに座って、泣き続けるあたしを優しく見守ってくれた。




 涙が止まってから、気になって仕方がないことを訊ねてみる。


「あのさ…ちかちゃんとうみくんって…

 つ…付き合ってるの?」

「ほへっ?」


 スズのクラスでも、恋人がいる子多いもの!

 ちかちゃんは目をまん丸にして、ナイナイナイと否定した。そっかぁ…よかった!

 えへへ…じゃあ、うみくんに…


「…すうちゃん、優深ちゃんに惚れちゃった?」

「い、言わないでっ!!」

「ほぉ〜ん」


 ちかちゃんはニヨニヨと口の端を上げる。

 そうよ…あの日から、ずっと彼の背中が忘れられないのよ!!

 震えていた小さな背中が、すっごく逞しく見えて…っ好きになっちゃったわよ!!


 公園で再会して、帽子の下に可愛い素顔を隠していて。

 ちかちゃんもだけど、あたしの話を楽しそうに聞いてくれて。声を上げて笑う姿が本当に素敵で…ドキドキしっぱなしだったのよ!!


「そっかぁ〜ふふ〜ん♡」


 ちかちゃんがあたしの背中を軽く叩いて、とっても楽しそうに笑う…うぬぅ…


 彼女は「今度優深ちゃん連れて遊びに行くわ!」といい笑顔で親指を立てた。ふあん。





 *




「それでね、来週遊びに来てくれるの」

「「「ほう…」」」


 あたしんちはマンションなんだけど、たまにおじいちゃんちでご飯を食べる。


 ちかちゃんは可愛くて、うみくんはすっごく格好いいの!優しいし、クラスの男の子と全然違うの。もっと仲良くなりたいなあ…って言ってたら。

 おじいちゃん、パパ、お兄ちゃんが目を光らせた気がした。


「恩人とはいえ…可愛い孫を任せられる男か、見極めねばな…」

「まだまだお嫁にはあげないぞ…!!」

「俺より弱い男に妹はやれねえぞ…!!」


 三人は箸をバキン、ベキ、とへし折りながら「ふふふふ…」と不気味に笑った。


「嫌ねえ、男ってのは」

「本当ですねえ、お義母さん。いつかは通る道ですのに」

「「「まだ早い!!!」」」


 ???何怒ってるの?

 あたしだけ仲間外れのご飯は進み、一週間後。


 なぜがおじいちゃんとパパがお仕事を抜け出してまで、お友達を迎える日がやってきた。



ぞく…

「…?さ、寒気が…?」

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