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楽しい楽しい夏休み!満喫するぞー!!
お母様と二週間シンガポールに旅行して。
大橋家のプライベートビーチに誘ってもらったり。
会社関係のパーティーに家族で参加したり!
小学生らしく宿題も進めている。
余裕すぎて二日で終わったがな!日記は毎日書いてるけどさ。
今メルヘンセブンの劇場版が撮影中なんだけど…私・優深ちゃん・楓・拓馬くんでエキストラ参加しちゃった!
いかに可愛いとはいえ演技は素人なので、本当にモブだけどね。
それでもスクリーンデビュ〜、フゥー!!
「メルヘンセブンかっこよかったなー。
俺、大きくなったらヒーローになる!」
夏休み終盤、宿題が遅れている楓のために集まって勉強会。
当の本人は目をキラッキラに輝かせ、鼻息荒く夢を語る。
ふむ、俳優になるのかな?
確かに成長した彼は、髪をかき上げる仕種一つで女の子が悲鳴をあげる美貌を持つ。拓馬と並んで二大イケメン扱いだったな。
本当に特撮俳優になったら、若いお母さんにモテモテだろうね〜。
その流れで将来の話になった。まず優深ちゃん。
「俺は…順当に行けば財閥を継ぐだろうな。
楓は家を放っておいていいのか?」
「ん?なんも言われてないぞ!」
「ふうん…私も特に何も。お婿さんを迎えて事業を継ぐもよし、どこかにお嫁に行ってもよし」
「!俺婿入りできるから!」
「いやいや、僕がお婿さんになるよ。
うちも世襲に拘ってないし…ね、一華ちゃん」
拓馬くんは濁った目で私の顔を覗き込んでくる…
その手にはブラックの武器であるハンマーのおもちゃが。
これで、殴れ、と言外に語っている…
わあああーーーん!!!もうイヤこの変態!!
しかも私が嫌がってると、余計に悦ばせてるって優深ちゃんが言ってた。
だからいっそ「跪きなさい、このブタ野郎」って言ってみた。
すると彼は心臓を押さえて「はぅ…!」とビクンビクン痙攣し…話がちげーじゃねーーーか!!!
でも一応この三人と沖原家一同の前以外では、いつも紳士な拓馬くんなのだ。
…いや、家族公認ってこと?沖原家、闇が深い…
というか私はSじゃないので…勘弁して。
拓馬くんは「顔がいいから許されているだけ」の変態である。
マジで縁切り、とまでは言わないが距離を置きたい。
「拓馬くん…いや、沖原く…さん」
「…!!塩対応…!」ハア…ハア…
ど う し ろ と !!!
泣きたい。私が何を言ってもダメだ…
優深ちゃんは憐憫の眼差しだし、楓は「楽しそうだな!」と笑顔。じゃあアンタ代われ!
そのうち私は拓馬くんを『沖さん』と呼ぶようになった…
*
楽しい夏休みはあっという間、始業式である。
二学期は学園祭や運動会…イベント盛りだくさん。
そんで今日は動物園へ遠足!年甲斐もなくはしゃいでいます。
「一華ちゃん、ライオンさん見に行こう!」
「うん!」
行動はクラス毎なので、女の子の友達と一緒に楽しむ。
可愛い、格好いい、大きい動物を沢山見て。
ふれあいコーナーでウサギと戯れて。
餌やり体験…楽しい!!
「象さんおっきかったねー」
「ね!背中乗ってみたいなあ」
お弁当を食べながら、午前中の感想を言い合う。
金持ち学園らしく、うちこんな珍しい動物飼ってるんだー!と自慢する子もいる。
…ペンギン飼いたいな。
さて、腹ごしらえも完了。移動する前にトイレ行っとこう。
「……ん?」
女の子五人で集合場所へ戻る途中。
一人でパンダを眺める男の子がいた。
私以外気付いてないけど、あの後ろ姿…
「庵くん?」
「わっ!?…えっと、月見山さん?」
やっぱりそうだ、庵千那くん。将来朔羅さんが切っ掛けで、性癖歪められるゆっくん!
友達に断りを入れてから近寄ると、彼は肩を跳ねさせて驚いた。
「どうしたの?二組のみんなはあっちよ」
「うん…ありがとう」
私が指差すと、彼は力なく笑って走り去った。
さっき…聞き間違いでなければ。
パンダの檻の前で…「パンダはいいな。存在だけで可愛がってもらえて…」と呟いていた。
ゆっくんって…優深にすごい執着してたけど。
庵くんはどうなんだろう。少なくとも優深ちゃんは、ただのクラスメイトとしか言っていないけど。
なんとなく…パンダに向けていた目が忘れられない。
友達がいない訳でもなさそうだし…ご家庭の事情でもあるのかな。
だからと言って、私にできることは何も無い。
後ろ髪引かれる思いだが、その後も動物園を満喫した。
*
秋深まる今日この頃。私は運動会の練習も兼ねて、公園で優深ちゃんとかけっこ。
というのは建前で。遊具で遊んだりバドミントンしたり…やっぱ子供はこうでなくちゃ!
家の庭でも十分広いけどさ、それじゃ意味ないっていう謎の感覚。
「一華、木登りしようぜ!」
「おー!」
お付きの安藤さんと神戸さんはハラハラしている。落ちたらキャッチよろしく!
靴を脱いで木に手を掛けて、協力しながら上を目指す。疲れたので途中の太い枝で腰掛け、空を眺める。
「はー…やっば、虫潰した!ごめんよ〜」
優深ちゃんは「ひー!」と言いながらも虫を掴んだ。
…弟は虫が全然駄目だった。てんとう虫すらも…
やっぱ優深ちゃんは別人なんだな、と思い知らされる。まあいいんだけどね!
さあぁ… と気持ちのいい風が吹く。
「……平和だな…」
「(沖さんの存在から目を逸らし)そうね…」
なんとなく手を繋ぎ、ぼーっと遠くを見る。
折角だし…庵くんの相談をしてみようか。
口を開こうとした瞬間。
「ねえねえ」
「「?」」
どこからか女の子の声がする…?
「聞き間違い…?」
「いや…下見てみろ」
言われた通り覗き込むと…赤い髪で同じくらいの子が、明らかに私達のいる木を見上げている?
「ねえ、あたしも登っていい?」
「「え…」」
いいけど…あれ?この子どこかで…あっ!
「警視総監のお孫さん!えーと…納夢さん!?」
あの時の、保護された女の子…!
彼女は私の言葉に、パアァ…!と顔を綻ばせた。
そんで木にしがみついて…ぴょんぴょん跳ねている。
「ちょっとー!?どうやって登るの!?」
「あ、えっと…待って!今降りるから!」
怪我でもさせたらマズい!
最後は飛び降りて、服に付いた葉っぱやら虫をはたき落とす。
「すごいのね!こんな木を簡単に登り降りしちゃうなんて!」
納夢さんはテンション高めに褒めてくれた。
昔から…嫌なことがあった時、よく高い所に二人で登ってたんだ。誰も届かない場所に…
なんて言えなくて、優深ちゃんと私は曖昧に笑ってやり過ごした。
改めて彼女と顔を合わせる。
「あたし納夢珠々!この間会ったわよね?」
「うん。私は月見山一華」
「俺は大橋優深」
もう二度と会うまい…と思っていたので驚いた。
なんでも彼女は、私達にお礼が言いたくてずっとタイミングを伺っていたらしい。
むぅ…大人は「怖かった出来事を忘れるように」と、あの事件について一切蒸し返さなかったのに。
安藤さんと神戸さん。納夢さんの付き添いっぽいガタイのいい男性も困り顔。
子供には通じないか。というか、一番怖い思いしたのあなたよね?
張本人は満面の笑みで、私と優深ちゃんの手を握った。
「あのね…ありがとう」
「俺達…別にお礼を言われるようなことなんて…」
「そういうのいいから!」ズバッ!!
ぶった斬られてしまった。ちょ…こういうタイプ初めて…!
「…どんな理由があろうとも、あたしはあなた達に助けれた!
それが全てで事実よ。だからありがとう!」
「「…どういたしまして」」
すでに納夢家から、月見山家と大橋家には礼がいってるはずだ。
これ以上はいらない。そう思っていたのだが…
「あのさ…あたしとお友達になってくれない!?」
「「は?」」
予想外の申し出に呆けた声が出てしまった。
「ダメかしら?いいわよね!じゃあ早速連絡先交換しましょう!!
ちかちゃんとうみくんって呼んでいい?あたしも好きに呼んで!!友達はみんなすうちゃんって呼んでるわ!」
「「………」」
ぐ…グイグイ来るなこの子!
嫌ではないので…まあ、友達くらいなら。そう思って交換完了。
ベンチに腰掛け、少しおしゃべりをする。
納夢珠々さん…すうちゃんは篠宮学園とは別の私立小学校に通い、同い年の一年生。
誘拐事件については触れないが、普段の生活についてとか色々話してくれた。
「それでね、おじいちゃんが警視総監ってだけで逃げる子とかいるのよ!」
「あー…でも街で制服の警官とか見るとドキッとするわよね」
「パトカーが通る時とか、つい自分の身なり確認したりな」
「「「あっはっはっ!!」」」
警察あるあるで爆笑。そんな様子に大人達は変な顔だが、気にせず会話を続ける。
彼女は騒がしい子だが、不快なタイプではない。単にコミュ力が高く、場を盛り上げる能力が高いのだろう。
どっちかっていうと内向的な私達とは正反対。それが心地良いのかな。
結構長く話していたようで、空が赤く染まってきた。
また会おうね!と約束をしてお別れ。
すうちゃんは両腕をブンブン振って、最後まで明るかった。
「なんか…不思議な子だったな…」
「うん…」
あの子は本来、死んでいたはずだった…
そう考えると胸が痛いが、元気な姿に安心した。
まあ次の日、普通に遊びに来たんだけど。
「お邪魔しまーす!ちかちゃんち広いわね」
私の部屋に案内すると、すうちゃんは何かに気付いた。
「これ…」
「あ…」
それは…メルヘンピンクのマスコット。
あの日も持っていた、防犯ブザーだ。
今はランドセルに括り付けているのだ。外すと楓が泣くし…
彼女は顔を歪ませた。それは悲しみの表情に近い。
「…本当に、ありがとう。あたしもう、家族にも会えないまま死んじゃうんだって思ってた」
「………」
彼女の言葉に口を挟めるはずもなく。
ベッドに座って続きを待つ。
「本当に、色んな幸運が重なって。トイレに行くって言って…僅かな隙に逃げ出せて。
もちろんすぐ追ってきて…一心不乱に走ったわ。
外に続く扉を見つけて、嬉しくてたまらなくて。
脇目も降らず前に進んだ。
その時だったのよ、あの音に正気に戻ったのは」
だから、ありがとう。
そう微笑む彼女の瞳は、潤んでいるような気がした。
だから立ち上がってぎゅっと抱き締めて…
どういたしまして。あなたが元気でいてくれて、私達も嬉しい…と答えた。
彼女も私の背中に震える腕を回して、強く返してくれた。