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当て馬女子の受難の日々  作者: 雨野
幼少期
12/20

09



 目下最大の危機を乗り越え、平穏を掴み取った私達。

 あとはのんびりとセレブ生活を満喫しますわ!おほほほ。


 夏休みも間近に迫り、夢は膨らむばかりですわ。



 ある日の夕飯時、お母様が今度お出掛けしない?と聞いてきた。場所は遊園地…行きますとも!!

 あれ乗りたい、着ぐるみと写真撮りたーい!とわくわくが止まらねえ!


 だがお母様から沖原家も一緒だと聞かされ…ちょびっと躊躇ったのは内緒だ。

 私の婚約とか抜きにして、親友家族とお出掛けするってだけなんだけども。


「そう言えば一華はいつの間にか、東雲さんちの子と結婚の約束をしてたんだね…」


 お父様がしょぼくれながら小声でそう言った。違うわい!!


「んもう、楓はただのお友達だよ」

「優深くんも拓馬くんもいるし…一華ちゃんモテモテね〜」


 うふふとお母様は頬を赤らめた。お父様は益々落ち込み、燃え尽きるポーズになってしまった。ナイナイ、絶対ナイ。




 *




「一華!!拓馬と遊園地行くってホント!?」

「どぅあっ!?び…っくりしたあ〜…!!

 本当だよ!二家族で行くの!」

「そんなぁ…!!」


 初等部は車で通っているのだが、降りた瞬間楓がすっ飛んで来てそう言った。

 なんでも昨日、拓馬くんが嬉しそうに語っていたとのこと。


「俺も行く絶対行く!!」

「だーめ」

「ぎゃあああああんっ!!!」

「坊っちゃん〜…どうどう」


 完全に扱いが猛獣のそれ。レンさんは苦笑しながら宥めて帰って行った。

 私も楓の腕を引っ張って、護衛兼運転手さんに手を振る。


「ほら、教室行くよ!また後でね、神戸(かんべ)さん」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 神戸さんは二十代半ばの女性。女同士のほうがいいだろうって事で、お出掛け時はいつも一緒。

 彼女はシュッとして格好よくて、私は密かに憧れていたりするのだ。



「おはよう一華ちゃん!」

「拓馬くん、おはよ」


 項垂れる楓を二組に放り投げると、可愛らしく微笑む拓馬くんと遭遇した。


「遊園地すっごく楽しみだね。何着ていこうか悩んでるんだ」

「私もだよー。いっぱい遊びたいし、動きやすい服がいいんじゃないかな?」

「そっか…ありがとう!」


 互いに手を振り、私は踵を返す。

 楽しみなのは本音なので、自然と頬も緩むってもんよ。



「おーい、一華」

「優深ちゃん、おはよ」

「おはよう。ちょいこっち来い」


 ?優深ちゃんは私の手を取って歩き出す。

 そんな私達の背中を、拓馬くんが睨みつけていたのには気付かなかった。





 それから数日、日曜日。


「一華ちゃん、メリーゴーランド乗らない?」

「うん!」


 拓馬くんは私の手を取って走り出す。危ないから走っちゃ駄目よ〜、という声に減速する辺りいい子だなあ。

 彼は常に私を気に掛けてくれて、エスコートしてくれる。優しいな〜。


 私が言うのもなんだが、人生何周目?っていう余裕を感じる。同年代の子に比べて大人すぎる。こりゃモテるわ。


 二人でメリーゴーランドに乗り、外で写真を撮る両親に向かって手を振る。

 絶叫マシンは乗れないが、子供コースターは楽しんだ。



 お昼ご飯も食べ終え、休憩も兼ねて観覧車に乗ろうという話に。

 それはラストじゃないんかーい。そう思ったが、夕方じゃ子供が寝ちゃうと心配しているのかもしれないな。


 それぞれの夫婦、子供と神戸さんが同乗の三組に分かれる。

 だが拓馬くんが私と二人で乗りたいと言った。あまりわがままを言わない子だから…とご両親は了承。

 ちゃんと座っててね?と注意をされ、乗り降りの補助だけ神戸さんにしてもらう。

 いや、私の意思は?いいんだけどさ…


 この時間観覧車は空いていて、それほど待たずに順番が回ってきた。


「わわ!」

「今だよ、拓馬くん!」


 彼の手を取って「えいやー!」と飛び乗る。神戸さんが「いってらっしゃいませ」と笑顔で手を振ってくれたので、こちらも応える。


 さて…何度乗ってもこの瞬間はワクワクするものだ。


「楽しみだね。早く上まで行かないかな」

「本当だね。…ねえ一華ちゃん」

「うん?」


 なんで私達は隣に座って手を繋いでいる?

 彼は頬を染めて、ゆっくりと顔を近付けてきて…


 私の頬にキスをした。突然のことで固まってしまい、何が起きたのか分からない。


「ごめんね。でも僕…一華ちゃんのこと大好きなの。優深くんや楓くんと仲良しなのは知ってるけど…」

「…………」

「だからね。僕達が大きくなったら…お、お嫁さんになって欲しいなって…!」


 拓馬くんは目をぎゅっと瞑りながら言った。その精一杯の告白に…正直揺れた。

 私がただの子供だったら、嬉しい!と喜ぶだろう。


 きっと一華はそうだった。



「…嬉しいよ拓馬くん」

「じゃあ…!」

「でもごめんね」

「え…」


 私の言葉に赤くなったり青くなったり忙しいね。

 ごめん、漫画の拓馬が〜…とかそういう理由で断ってる訳じゃないの。


「拓馬くん、女の子に告白されてるよね?」

「え?うん。ちゃんとお断りしてるよ」

「…………」


 違う、私が言いたいのは…




『沖原拓馬なんだけどな。

 あいつ…女の子から貰ったラブレターを読まずに捨てたり、告白の呼び出しすっぽかしたりしてるんだ。

 それに無理やり手ぇ繋がれると、そん時はニコニコしてるんだけど…後で念入りに手洗ってたな』



 優深ちゃんが教えてくれた。


 何事も他人が自分より劣ってると「なんで出来ないの?」と言ってしまうとか、秀でていると「そのくらいでいい気になるなよ」と表情で物語っていると。


 そういうのは…好きになれない。

 私がそう言えば、焦ったように口を開いた。



「でも…告白は数が多くて面倒なんだ。

 あとは…どうしてみんな出来ないのか不思議なの。頑張るってのもわかんないんだ」

「…ラブレターを読みたくなければ、受け取らなければいい。下駄箱なんかに入ってたら、差出人に「困る」と言えばいい。告白も同じ。

 親しくない人と手を繋ぎたくないのは分かるけどね、その場で「こういうのは好きじゃない」って言うべきよ。

 まるでバイ菌扱いして…女の子が傷付くとは考えなかったの?」

「…?」


 彼はきょとんとした顔で首を傾げた。


「努力する人はおかしい?」

「わ…わかんない…」

「拓馬くんが頑張って描いた絵を、目の前で笑われたり破られたりしたらどう思う?」

「…?わからないよ、みんな上手だねって言ってくれるもん」


 そっか…流石に通じないよね。こりゃ先は長いな…


 楓とはまた違う厄介さだ。

 拓馬くんは全ての基準が自分なんだな。



「君は私のどこを好きになってくれたの?」

「うーん…可愛いから?あと優しいし、お母さん達も仲良しだし」


 ふむ…顔で人を好きになるのはいいと思う。一目惚れってあるし。なによりまだお子様だし。

 ただしそれは切っ掛けだ。いつまでもそれじゃ駄目なの。



「じゃあさ。お母様達がケンカしちゃって…私がイヤな子になって。

 私よりもっと可愛い子がいたら、その子を好きになるの?」

「…!」


 ちょっと意地悪だったかな。

 だけど…そのまま成長したから拓馬は、あっさり一華を捨てて優深を選んだんだ。



 拓馬くんは答えられず俯いてしまった。

 段々と高度が上がり、遊園地を一望できるくらいになったが外を見る余裕はない。


 ガタン…


「きゃっ!?」

「わあ!」


 恐らく最上部、ゴンドラが突然止まった。

 まさか故障!?怖くなって、拓馬くんと少し身を寄せ合った。


 すぐにアナウンスが流れて、車椅子のお客さんが乗る為一時停止したと情報が。

 よかった…ほっと胸を撫で下ろしたその時。



「チッ…」



 は…今、舌打ちした…?


 信じられないが、拓馬くんは僅かに顔を顰めている。その態度に「私は大人、相手はお子様」という考えなど吹き飛んだ。



 ペチン!と、乾いた音がゴンドラ内に響いた。

 目を丸くして、頬を手で押さえる拓馬くん…私が、彼にビンタしたのだ。



「アンタねえ…っ!

 ……私はアンタみたいに、思いやりのない男は大っ嫌い…!」


 大声で罵声を浴びせる寸前、堪えてそれだけ告げる。

 告白されて、私が泣いて喜ぶと思った?

 全知全能の神様にでもなったつもり?

 そんなに他人の気持ちが分からないなら…私が教えてやろうか?アンタを全否定してやれば、目が覚めんの!?


 そう言いたかったが…拓馬くんがじわじわと目に涙を溜めているので抑えたのだ。

 頬が痛むせいか、私がそれほど恐ろしい顔をしているのか、嫌いと言われた衝撃か。



「……ごめん」


 いくら頭にきても、暴力はよくない。なのでビンタだけ謝罪する。

 言葉を撤回するつもりはない。



 これ以上隣にいたくないので立ち上がると、拓馬くんが「待って!」と腕を伸ばした。


「……何?」

「その……」


 彼は唇を震わせるばかりで言葉になっていない。

 やりすぎたか…いくら達観していようと、この子は六歳だもんね。


 何から話そうか…と思案していたら、観覧車が動くとアナウンスが。

 揺れるだろうから座らないと…って。


「手、離して?」

「や…やだ…どこか、行っちゃうでしょ…!?」


 行くわけないでしょうが、飛び降りろってか?

 座る場所で押し問答を繰り広げていたら、ついに観覧車が動き出してしまった。


 ガコンッ


 ヤバ…!激しくはないがゴンドラは揺れ、立っていた私は僅かに体勢を崩してしまった。

 だが問題ない、転ぶほどではない。


 はずだったのに。



「あ!危ないっ!」

「!!?」


 拓馬くんが焦って私の腕を引っ張った。

 あら不思議。私は彼に引き寄せられ…二人の顔が近付き…



 ファーーーッ!!!



「フンッッッ!!!」

「ぐぎゃっ!?」


 キャッ、事故チューしちゃった☆の展開だけは御免被る!!!

 太ももに力を集中させ体勢を維持。だが止まらなかった上半身は前のめりになり…


 拓馬くんに全力で頭突きしてしまった。



「「〜〜〜…!」」


 私は床にもんどり打って倒れ、拓馬くんは座席の上で横に転がった。



 〜♪〜〜♬


「…な、に…」


 突如鳴り響いたメロディ。何かと思えば私のスマホ?お父様から、着信…?

 痛む額をさすり、涙目で通話状態にする。


「なあに…お父様」

『今少し止まっただろう、大丈夫だったかい?』

「平気よ。私も拓馬くんも…」


 チラッと彼に目を向ければ…可愛い顔が白目を剥いて沈黙してる。あ、平気じゃないわ。



「えっと…ちょっと、頭ごつんしちゃった…」

『えええっ!?』


 電話の向こうでお父様が大慌てしている。

 一応遊園地側に非が無いよう、『私がはしゃいで動き回っていたら、うっかり転んで拓馬くんとぶつかった』と言い訳をした。


 地上に降りた時には拓馬くんも意識が戻っていて、私達は病院へ連行された…

 検査の結果異常無し。ほっ。



 私はお転婆にも程があるよ!と怒られた。

 ただ意外だったのが、拓馬くんが私を庇ったこと。


「ごめんなさいおじさん、おばさん。僕が一華ちゃんの腕を引っ張っちゃったの」

「え…そうなの?駄目じゃないか拓馬、女の子に優しくしないと!」

「うん…ごめんなさい…」


 驚いた…それは事実なんだけど、その前の会話忘れた?私のこと、もう嫌いになったとばかり思ってた。



 何か言いたげな拓馬くんは、おじさまに抱っこされて帰って行く。

 今日は大変だったけど、また遊びましょうね〜とお母様は手を振っている。




 *




 翌日は大事をとって学園はお休み。優深ちゃんと楓から電話が…優深ちゃんには全部話した。


『あちゃ…今日は拓馬も休みだ』

「そっかあ…」

「『はあ……』」


 明日、顔合わせ怖いなあ。

 それでも休むわけにもいかず、足取り重く学園へ。クラス別でよかった〜。



 クラスメイトと軽く挨拶をして、普通に授業を受けて。


 穏やかに過ごせそう…と錯覚していた昼休み。拓馬くんが私を訪ねてきた。


 来たか…と覚悟を決めて、色めき立つ友達に断りをいれてから彼の元へ。



「…なあに?」

「その…」


 連れて行かれたのは、人気の無い踊り場。

 やましいことはない(はずの)私は、真っ直ぐに正面を見据えた。


 拓馬くんはその視線を受けてか、徐々に頬を染めて胸の辺りで指をいじる。

 責められる、「この暴力女!」とか言われると思っていたので、その反応は予想外。何を照れている?


 急がないと休み終わっちゃうじゃん…

 その考えが通じたのか、彼は意を決したようにバッと顔を上げた。



「あ…あのっ!!もう一度…僕の頬を叩いてくれない?」

「「は?」」


 あ?今ステレオ感が?…優深ちゃんと楓が下から覗いてやがる。

 いや、奴らは一旦無視しよう。えーと、聞き間違いかな?


「この辺を…お願いできる?」ポッ


 私の耳は正常だった。えーーーと……


 ぺち


「…もっと強く!」

「こ、こう?」


 ぺちん


「もっと!」

「こう!?」


 ペチン!


「そう!!もっともっと…」

「キショイ!!!」


 べシーン!!


 段々と彼の目が狂気じみてきたので、咄嗟に全力で張り倒した。

 拓馬くんは「ありがとうございます!!!」と言い笑顔で…倒れた。



 階段の下に目を向ければ…落っこちそうな程目を開く優深ちゃんが。



「なんだ喧嘩か!?一華、ボーリョクはよくないぞ!ふっふん、俺が教えてやったぞ!」


 今は楓だけが癒しで救いだ。



 どうしよう…クールなイケメンでメインヒーロー沖原拓馬が。


 ドMの扉を開いてしまったようだ…


『どうでもいいけど、事故チューって死語くさくない?』

「うそん」

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