09
目下最大の危機を乗り越え、平穏を掴み取った私達。
あとはのんびりとセレブ生活を満喫しますわ!おほほほ。
夏休みも間近に迫り、夢は膨らむばかりですわ。
ある日の夕飯時、お母様が今度お出掛けしない?と聞いてきた。場所は遊園地…行きますとも!!
あれ乗りたい、着ぐるみと写真撮りたーい!とわくわくが止まらねえ!
だがお母様から沖原家も一緒だと聞かされ…ちょびっと躊躇ったのは内緒だ。
私の婚約とか抜きにして、親友家族とお出掛けするってだけなんだけども。
「そう言えば一華はいつの間にか、東雲さんちの子と結婚の約束をしてたんだね…」
お父様がしょぼくれながら小声でそう言った。違うわい!!
「んもう、楓はただのお友達だよ」
「優深くんも拓馬くんもいるし…一華ちゃんモテモテね〜」
うふふとお母様は頬を赤らめた。お父様は益々落ち込み、燃え尽きるポーズになってしまった。ナイナイ、絶対ナイ。
*
「一華!!拓馬と遊園地行くってホント!?」
「どぅあっ!?び…っくりしたあ〜…!!
本当だよ!二家族で行くの!」
「そんなぁ…!!」
初等部は車で通っているのだが、降りた瞬間楓がすっ飛んで来てそう言った。
なんでも昨日、拓馬くんが嬉しそうに語っていたとのこと。
「俺も行く絶対行く!!」
「だーめ」
「ぎゃあああああんっ!!!」
「坊っちゃん〜…どうどう」
完全に扱いが猛獣のそれ。レンさんは苦笑しながら宥めて帰って行った。
私も楓の腕を引っ張って、護衛兼運転手さんに手を振る。
「ほら、教室行くよ!また後でね、神戸さん」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
神戸さんは二十代半ばの女性。女同士のほうがいいだろうって事で、お出掛け時はいつも一緒。
彼女はシュッとして格好よくて、私は密かに憧れていたりするのだ。
「おはよう一華ちゃん!」
「拓馬くん、おはよ」
項垂れる楓を二組に放り投げると、可愛らしく微笑む拓馬くんと遭遇した。
「遊園地すっごく楽しみだね。何着ていこうか悩んでるんだ」
「私もだよー。いっぱい遊びたいし、動きやすい服がいいんじゃないかな?」
「そっか…ありがとう!」
互いに手を振り、私は踵を返す。
楽しみなのは本音なので、自然と頬も緩むってもんよ。
「おーい、一華」
「優深ちゃん、おはよ」
「おはよう。ちょいこっち来い」
?優深ちゃんは私の手を取って歩き出す。
そんな私達の背中を、拓馬くんが睨みつけていたのには気付かなかった。
それから数日、日曜日。
「一華ちゃん、メリーゴーランド乗らない?」
「うん!」
拓馬くんは私の手を取って走り出す。危ないから走っちゃ駄目よ〜、という声に減速する辺りいい子だなあ。
彼は常に私を気に掛けてくれて、エスコートしてくれる。優しいな〜。
私が言うのもなんだが、人生何周目?っていう余裕を感じる。同年代の子に比べて大人すぎる。こりゃモテるわ。
二人でメリーゴーランドに乗り、外で写真を撮る両親に向かって手を振る。
絶叫マシンは乗れないが、子供コースターは楽しんだ。
お昼ご飯も食べ終え、休憩も兼ねて観覧車に乗ろうという話に。
それはラストじゃないんかーい。そう思ったが、夕方じゃ子供が寝ちゃうと心配しているのかもしれないな。
それぞれの夫婦、子供と神戸さんが同乗の三組に分かれる。
だが拓馬くんが私と二人で乗りたいと言った。あまりわがままを言わない子だから…とご両親は了承。
ちゃんと座っててね?と注意をされ、乗り降りの補助だけ神戸さんにしてもらう。
いや、私の意思は?いいんだけどさ…
この時間観覧車は空いていて、それほど待たずに順番が回ってきた。
「わわ!」
「今だよ、拓馬くん!」
彼の手を取って「えいやー!」と飛び乗る。神戸さんが「いってらっしゃいませ」と笑顔で手を振ってくれたので、こちらも応える。
さて…何度乗ってもこの瞬間はワクワクするものだ。
「楽しみだね。早く上まで行かないかな」
「本当だね。…ねえ一華ちゃん」
「うん?」
なんで私達は隣に座って手を繋いでいる?
彼は頬を染めて、ゆっくりと顔を近付けてきて…
私の頬にキスをした。突然のことで固まってしまい、何が起きたのか分からない。
「ごめんね。でも僕…一華ちゃんのこと大好きなの。優深くんや楓くんと仲良しなのは知ってるけど…」
「…………」
「だからね。僕達が大きくなったら…お、お嫁さんになって欲しいなって…!」
拓馬くんは目をぎゅっと瞑りながら言った。その精一杯の告白に…正直揺れた。
私がただの子供だったら、嬉しい!と喜ぶだろう。
きっと一華はそうだった。
「…嬉しいよ拓馬くん」
「じゃあ…!」
「でもごめんね」
「え…」
私の言葉に赤くなったり青くなったり忙しいね。
ごめん、漫画の拓馬が〜…とかそういう理由で断ってる訳じゃないの。
「拓馬くん、女の子に告白されてるよね?」
「え?うん。ちゃんとお断りしてるよ」
「…………」
違う、私が言いたいのは…
『沖原拓馬なんだけどな。
あいつ…女の子から貰ったラブレターを読まずに捨てたり、告白の呼び出しすっぽかしたりしてるんだ。
それに無理やり手ぇ繋がれると、そん時はニコニコしてるんだけど…後で念入りに手洗ってたな』
優深ちゃんが教えてくれた。
何事も他人が自分より劣ってると「なんで出来ないの?」と言ってしまうとか、秀でていると「そのくらいでいい気になるなよ」と表情で物語っていると。
そういうのは…好きになれない。
私がそう言えば、焦ったように口を開いた。
「でも…告白は数が多くて面倒なんだ。
あとは…どうしてみんな出来ないのか不思議なの。頑張るってのもわかんないんだ」
「…ラブレターを読みたくなければ、受け取らなければいい。下駄箱なんかに入ってたら、差出人に「困る」と言えばいい。告白も同じ。
親しくない人と手を繋ぎたくないのは分かるけどね、その場で「こういうのは好きじゃない」って言うべきよ。
まるでバイ菌扱いして…女の子が傷付くとは考えなかったの?」
「…?」
彼はきょとんとした顔で首を傾げた。
「努力する人はおかしい?」
「わ…わかんない…」
「拓馬くんが頑張って描いた絵を、目の前で笑われたり破られたりしたらどう思う?」
「…?わからないよ、みんな上手だねって言ってくれるもん」
そっか…流石に通じないよね。こりゃ先は長いな…
楓とはまた違う厄介さだ。
拓馬くんは全ての基準が自分なんだな。
「君は私のどこを好きになってくれたの?」
「うーん…可愛いから?あと優しいし、お母さん達も仲良しだし」
ふむ…顔で人を好きになるのはいいと思う。一目惚れってあるし。なによりまだお子様だし。
ただしそれは切っ掛けだ。いつまでもそれじゃ駄目なの。
「じゃあさ。お母様達がケンカしちゃって…私がイヤな子になって。
私よりもっと可愛い子がいたら、その子を好きになるの?」
「…!」
ちょっと意地悪だったかな。
だけど…そのまま成長したから拓馬は、あっさり一華を捨てて優深を選んだんだ。
拓馬くんは答えられず俯いてしまった。
段々と高度が上がり、遊園地を一望できるくらいになったが外を見る余裕はない。
ガタン…
「きゃっ!?」
「わあ!」
恐らく最上部、ゴンドラが突然止まった。
まさか故障!?怖くなって、拓馬くんと少し身を寄せ合った。
すぐにアナウンスが流れて、車椅子のお客さんが乗る為一時停止したと情報が。
よかった…ほっと胸を撫で下ろしたその時。
「チッ…」
は…今、舌打ちした…?
信じられないが、拓馬くんは僅かに顔を顰めている。その態度に「私は大人、相手はお子様」という考えなど吹き飛んだ。
ペチン!と、乾いた音がゴンドラ内に響いた。
目を丸くして、頬を手で押さえる拓馬くん…私が、彼にビンタしたのだ。
「アンタねえ…っ!
……私はアンタみたいに、思いやりのない男は大っ嫌い…!」
大声で罵声を浴びせる寸前、堪えてそれだけ告げる。
告白されて、私が泣いて喜ぶと思った?
全知全能の神様にでもなったつもり?
そんなに他人の気持ちが分からないなら…私が教えてやろうか?アンタを全否定してやれば、目が覚めんの!?
そう言いたかったが…拓馬くんがじわじわと目に涙を溜めているので抑えたのだ。
頬が痛むせいか、私がそれほど恐ろしい顔をしているのか、嫌いと言われた衝撃か。
「……ごめん」
いくら頭にきても、暴力はよくない。なのでビンタだけ謝罪する。
言葉を撤回するつもりはない。
これ以上隣にいたくないので立ち上がると、拓馬くんが「待って!」と腕を伸ばした。
「……何?」
「その……」
彼は唇を震わせるばかりで言葉になっていない。
やりすぎたか…いくら達観していようと、この子は六歳だもんね。
何から話そうか…と思案していたら、観覧車が動くとアナウンスが。
揺れるだろうから座らないと…って。
「手、離して?」
「や…やだ…どこか、行っちゃうでしょ…!?」
行くわけないでしょうが、飛び降りろってか?
座る場所で押し問答を繰り広げていたら、ついに観覧車が動き出してしまった。
ガコンッ
ヤバ…!激しくはないがゴンドラは揺れ、立っていた私は僅かに体勢を崩してしまった。
だが問題ない、転ぶほどではない。
はずだったのに。
「あ!危ないっ!」
「!!?」
拓馬くんが焦って私の腕を引っ張った。
あら不思議。私は彼に引き寄せられ…二人の顔が近付き…
ファーーーッ!!!
「フンッッッ!!!」
「ぐぎゃっ!?」
キャッ、事故チューしちゃった☆の展開だけは御免被る!!!
太ももに力を集中させ体勢を維持。だが止まらなかった上半身は前のめりになり…
拓馬くんに全力で頭突きしてしまった。
「「〜〜〜…!」」
私は床にもんどり打って倒れ、拓馬くんは座席の上で横に転がった。
〜♪〜〜♬
「…な、に…」
突如鳴り響いたメロディ。何かと思えば私のスマホ?お父様から、着信…?
痛む額をさすり、涙目で通話状態にする。
「なあに…お父様」
『今少し止まっただろう、大丈夫だったかい?』
「平気よ。私も拓馬くんも…」
チラッと彼に目を向ければ…可愛い顔が白目を剥いて沈黙してる。あ、平気じゃないわ。
「えっと…ちょっと、頭ごつんしちゃった…」
『えええっ!?』
電話の向こうでお父様が大慌てしている。
一応遊園地側に非が無いよう、『私がはしゃいで動き回っていたら、うっかり転んで拓馬くんとぶつかった』と言い訳をした。
地上に降りた時には拓馬くんも意識が戻っていて、私達は病院へ連行された…
検査の結果異常無し。ほっ。
私はお転婆にも程があるよ!と怒られた。
ただ意外だったのが、拓馬くんが私を庇ったこと。
「ごめんなさいおじさん、おばさん。僕が一華ちゃんの腕を引っ張っちゃったの」
「え…そうなの?駄目じゃないか拓馬、女の子に優しくしないと!」
「うん…ごめんなさい…」
驚いた…それは事実なんだけど、その前の会話忘れた?私のこと、もう嫌いになったとばかり思ってた。
何か言いたげな拓馬くんは、おじさまに抱っこされて帰って行く。
今日は大変だったけど、また遊びましょうね〜とお母様は手を振っている。
*
翌日は大事をとって学園はお休み。優深ちゃんと楓から電話が…優深ちゃんには全部話した。
『あちゃ…今日は拓馬も休みだ』
「そっかあ…」
「『はあ……』」
明日、顔合わせ怖いなあ。
それでも休むわけにもいかず、足取り重く学園へ。クラス別でよかった〜。
クラスメイトと軽く挨拶をして、普通に授業を受けて。
穏やかに過ごせそう…と錯覚していた昼休み。拓馬くんが私を訪ねてきた。
来たか…と覚悟を決めて、色めき立つ友達に断りをいれてから彼の元へ。
「…なあに?」
「その…」
連れて行かれたのは、人気の無い踊り場。
やましいことはない(はずの)私は、真っ直ぐに正面を見据えた。
拓馬くんはその視線を受けてか、徐々に頬を染めて胸の辺りで指をいじる。
責められる、「この暴力女!」とか言われると思っていたので、その反応は予想外。何を照れている?
急がないと休み終わっちゃうじゃん…
その考えが通じたのか、彼は意を決したようにバッと顔を上げた。
「あ…あのっ!!もう一度…僕の頬を叩いてくれない?」
「「は?」」
あ?今ステレオ感が?…優深ちゃんと楓が下から覗いてやがる。
いや、奴らは一旦無視しよう。えーと、聞き間違いかな?
「この辺を…お願いできる?」ポッ
私の耳は正常だった。えーーーと……
ぺち
「…もっと強く!」
「こ、こう?」
ぺちん
「もっと!」
「こう!?」
ペチン!
「そう!!もっともっと…」
「キショイ!!!」
べシーン!!
段々と彼の目が狂気じみてきたので、咄嗟に全力で張り倒した。
拓馬くんは「ありがとうございます!!!」と言い笑顔で…倒れた。
階段の下に目を向ければ…落っこちそうな程目を開く優深ちゃんが。
「なんだ喧嘩か!?一華、ボーリョクはよくないぞ!ふっふん、俺が教えてやったぞ!」
今は楓だけが癒しで救いだ。
どうしよう…クールなイケメンでメインヒーロー沖原拓馬が。
ドMの扉を開いてしまったようだ…
『どうでもいいけど、事故チューって死語くさくない?』
「うそん」