鐘池朔羅
今日は人生で一番幸せな日。
愛する女性と共に華やかな衣装に身を包み、皆に祝福されて新たな人生を歩む。
これから先、最高の幸せは更新され続けるのだろう。
子供が生まれて、その子が成長して。結婚して、孫が生まれて…
そんな未来が来ると、信じて疑わなかった。
「え…優深と一華ちゃんが、会場入りしていない…!?」
僕はすぐに支度を終えて、休憩していた。
披露宴の余興で、子供達がピアノを披露してくれる予定。可愛らしい二人が連弾する姿は、きっと会場を和ませてくれるだろう。
それとは別に、僕と愛からサプライズを用意しているんだが…反応が楽しみだ。
いや、今はそんなことより…なんだろう、胸が騒つく。
心臓が強く脈打ち、全身が冷えていくような感覚に襲われる。
まさか…事故、とか?あの子達は安藤さんが運転する車に乗っていると聞く。
彼は大橋家でも随一の実力の持ち主だ。腕っ節だけでなく、礼儀と運転技術も最高クラス。
そんな安藤さんと一緒だから、何があっても大丈夫…そう信じてはいるけれど。
「う…っ」
「朔羅!?おい、どうした!」
ズキン…ズキン…!
心配のあまりか、一瞬激しい頭痛がした。
参列客である友人に心配されるも、すぐに治る。
だけどちょっと目眩がする…一度座って深呼吸をした。
今……僕の脳裏に浮かんだ光景はなんだ?
僕は先に会場入りして、愛を待っている。
綺麗なドレス姿を想像して、無意識に頬が緩んでしまう。
だが…彼女がこちらに向かう途中、事故に遭ったと報せが飛び込んで来て。
僕は言葉を呑み込めず、その場に膝を突いた。
なんとか震える足を叱咤して、友人の運転する車に乗り病院へ向かう。
大丈夫…事故と言っても大したことじゃない。ちょっと怪我をした程度で…
今日の式は無理でも、また日を改めればいい。
彼女が笑顔で隣にいてくれる。それが…僕の──…
「────…!!」
「お前、顔真っ青じゃねえか!」
「…平気、だ。愛には言わないで…」
くそ…っ、なんだ今のは!!結婚式当日に、縁起でもない!!
愛が…事故で、死んでしまう妄想なんて…!!
ガタッ!
「朔羅?ってどこ行くんだ!」
友人が何か言っているが、無視して控室を飛び出した。
何故だか不安で仕方がない。今すぐ愛の顔が見たい、一刻も早く!!
コンコンコン
「愛、いいかい?」
「え…朔羅さんっ!?やだ、まだ準備中よ!」
愛は現在ヘアセット中らしい。顔は見れなかったが、声が聞こえただけでモヤモヤが晴れた。
スタッフにも「私達が最高の花嫁に仕上げてみせます!どうぞお戻りくださいな」と追い出されてしまった…楽しみすぎる新郎と思われたようだ。
体調もかなり戻ってきたところで、僕は自分の控室へ。なんだか騒がしい…?
「朔羅くん!」
「お義父さん…どうかなさいましたか?」
義実家とは良好な関係を築けている、つもりなのだが。どうして苦虫を噛み潰したような表情をしているのだろう?
まさか、やはり娘はやらん!結婚は無かったことに!なんて言われてしまうのか!?と少々慄いた。
「先程安藤から電話があった。
なんでもここに来る途中…子供達が事件に巻き込まれたと言う」
その発言に、控室にいた全員に緊張が走ったのが分かった。
まさか、さっきの胸騒ぎは…!?いいや、落ち着け僕。
努めて冷静に、お義父さんへ確認をする。
「…その、ご様子ならば。あの子達は無事なんですよね…?」
「ああ、現在パトカーでこちらに向かっているらしい。
安藤は事情聴取があり同行不可。詳細は後ほど、と」
今度は皆大きく息を吐いた。
詳しく聞けば、彼らは訳あって一度車を降りた。
そして子供達がパトカーを見つけて追い掛けていたら、女の子とぶつかった。
その女の子こそが誘拐事件の被害者で、偶然鉢合わせしまった…と。
偶然パトカーが近くを通りがかり、運良く犯人を捕まえられた。
…すごい偶然もあるものだな?
とにかく無事ならそれでいい。月見山家のご両親には、今お義母さんが伝えに行っているらしい。
玄関で子供達を待つというので、僕も行こうとしたのだが。
新郎なんだから愛の側にいて欲しいと言われてしまった。
それから約一時間。愛の支度も子供達の準備も完了したと聞いた。
愛を迎えに行って、一緒に子供達の所へ…と思ったら。
「さーさんっ!ウミチカちゃんがまだ来てないんですって!?」
「ま、愛ーーー!!大丈夫来てるから!!」
愛する妻の美しいドレス姿…胸を高鳴らせる場面なのだろうが。
彼女はドレスをたくし上げて大股でヒールを響かせ、鼻息荒く控室を飛び出してきた。
初お披露目は遠ざかる背中しか見えず…急いで僕も後を追う。
ああ、ウミチカとは優深と一華ちゃんをまとめた呼び方。主に僕ら大人が使う。セットでいる事が多いから、つい。
それと僕と愛は幼馴染なのだが。今は優深が僕を『さーさん』と呼んでくれるが、元々は愛が使っていた呼称なんだ。
大学生の時「子供っぽいから」とやめたのだが…気が動転して出てしまったのだろう、懐かしいなあ。
ってほのぼのしている場合ではない!
大橋家親族の控室へ向かうと、どこか遠くを見ている子供達が。
何かショックを受けてしまったのだろうか…!?聞こえるように大きな声で語りかけ、優しく肩を揺らした。
彼らは僅かに唇を震わせ、徐々に目に光が戻ってきた。
最初は視線のみで、次第にゆっくり首を振り…僕と愛を見比べる。
僕達だけでなく、皆が心配そうに彼らの顔を覗き込む。
すると…子供達は目に涙を浮かべ、唇をきゅっと結び…
「う……わあああああぁぁんっ!!!」
「…う、ふぐぅ…あああああーーー!!!」
ずっと堪えていたのだろう、声を上げて泣いた。
大丈夫、もう大丈夫だよ!と想いを込めて背中を撫でる。
二人は恐怖心が今になって襲ってきたのだろう。
ここは安全だと理解して、気が抜けてしまったのだろう。
皆そう思い、微笑ましいと言わんばかりの表情だ。涙ぐんでいる女性もいるが…
優深が僕の手を、一華ちゃんが愛の手を取って縋り付いてきた。
この時…直感だろうか、僕は気付いてしまった。
僕の隣には愛がいる。長い人生を共に歩んでくれる最愛の女性。
この幸福は、彼らの手によって掴まれたものではないか?
理由は全く分からないのだが、そう確信したんだ。
*
「うははははっ!ひでえ顔!」
「なはははは!!優深ちゃんもねー!」
二十分程泣いたウミチカは、互いに泣き腫らした顔を見て笑っている。
式が始まるまであと一時間。冷やして温めてマッサージをして、なんとかメイクで誤魔化せた。
もう大丈夫、お騒がせしました!と元気いっぱい。
強がっている風には見えず、また事件がトラウマにもなっていなさそうで安堵した。
「愛お姉ちゃん素敵!綺麗ー!!」
「ふふ、ありがと」
一華ちゃんは頬を紅潮させ、ウエディングドレスを食い入るように見ている。
やはり女の子は憧れがあるのだろうか。
さて…僕は先に入場だ。深呼吸をして精神を落ち着かせていたら、くいっとタキシードの裾を引っ張られた。
「……………」
犯人は優深。僕を静かに見上げている。
その眼光はとても七歳の子供とは思えない。僕は逸らすこともできずに、ただ見つめ返した。
「さーさん…いや、義兄さん。
姉さんをお願いします」
数秒の沈黙の後、優深はそう言った。僕にしか聞こえない、とても小さいけれどハッキリとした声で。
「…はい。必ず幸せにします」
僕がそう誓うと、優深はにっこりと笑ったのだった。
ハプニングはあったけれど、式自体は滞りなく進行した。
途中で安藤さんも合流したが「後でご説明致します」と式を優先してくれた。
愛と一緒に入場したウミチカは、とても愛らしく神々しさすらあった。
小さな新郎新婦のような姿に皆釘付けになったものだ。
改めて愛を誓う。どんな苦しい時も…二人で乗り越えて、笑顔でいられますように。
式の後は披露宴。友人達が余興をしてくれて、次はちびっ子のピアノ演奏だ。
照れたようにはにかみながら、彼らはピアノの前に座った。
曲は有名なクラシック。拙いながらも努力が垣間見える、素晴らしい演奏だった。
ではここで、二人へのサプライズだ!
ジャッジャーーーン!!ジャーン!!
「「ひえっ!?」」
椅子から降りようとしたウミチカ。突如スピーカーから大音量が発せられた。
招待客は余興の一環だと思っているだろう。二人は椅子の上で飛び跳ね、キョロキョロと忙しないが。
〜♫〜〜〜♫〜♪
「こ…この曲は…!?」
続いて流れたのは…メルヘンセブンの主題歌だ!
会場は和やかな笑い声が響く。目を丸くするウミチカは申し訳ないけど可愛いな。
「(何これ、弾くべき!?)」
「(え、待って!?義兄さんめー!!)」
おっと僕の仕業だと悟ったな。こっちを睨みつけてくるので、笑顔で手を振っておいた。
イントロが終わると、会場の扉が開く。
「おっとーぎせんったいー メルヘンセーブンー!
ゆけーゆけー せっかいのへいわーを まもるためー」
「「えーーー!!?」」
マイクを手に歌いながら入って来たのは…
彼らの友人、楓くんだ。
「(なんでコイツがいるんだ!!!)」
「(知らないよー!?って優深ちゃん!スクリーン見て!!)」
「(何……ファーーーッ!!?)」
スクリーンには、ちびっ子ヒーローが悪の組織と戦うシーンが映し出されている。提供は東雲家。
楓くんはスタスタと歩き、ピアノの横までやって来た。
茫然自失の二人の前に、ほいっと楽譜を広げる。
「「…………」」
その譜面を確認した二人は、小さく吹き出した。
仕方ないなあ、とピアノに手を置き、楓くんの歌に合わせて演奏する。
「しょーじっきものがー とっくをするー
やくそくーは まもりましょー
やーさしーいっここーろでー せいぎーをつらーぬけ!」
招待客は笑顔で手拍子をして、楓くんはノリノリだ。
最後まで歌いきり…軽く息切れを起こしながらも達成感に満ちた笑顔をしている。
「ふぅ…ブルー・グリーン・ブラック・ホワイト募集中!!」
「「募集すな!!!」」
最後にしっかり宣伝をして、彼らは三人で手を繋いで退場……はまだ早い!
「頼れる仲間と共に!メルヘンレッド!!」
「「「えっ!?」」」
「お月様まで飛ばしてあげる!メルヘンピンク!」
「パワー最強の野生児!メルヘンイエロー!!」
「「「ええええっ!!?」」」
突如舞台に上がったのは…
変身ベルトを装着した、正真正銘レッドの中の人だ。まあ実際、変身後はスーツアクターが演じているんだけど…子供の夢は壊さないでおこう。
俳優の彼は、僕の高校時代の友人。
愛の弟くんとお友達がメルヘンセブンが好きだと言ったら、余興で乱入する!と自ら買って出た。
しかも子供達に合わせて、ピンクとイエローの役者も引っ張って来てくれた。
「わああっ!!本物だ、すげーーー!!なあなあ、変身しないの!?」
楓くんは興奮気味に走り回る。レッドはウインクをして、チッチッと言いながら指を振る。
「ここには悪い人はいないからね、変身しちゃいけないんだ。
僕達は正義のヒーローだから、気軽に力を解放しちゃダメなんだよ」
「おおぉ…!!かっけー!!(そうだよな、優深と一華も秘密にしてるもんな!)」
楓くんは憧れの眼差しをヒーローに送っている。
ウミチカは呆れ…いや、諦めの表情。サプライズ大成功!!
満足したところで次の余興もあるからね、六人は今度こそ退場だ。
しかし最後に、楓くんが爆弾を投下した。
「俺と一華の結婚式には、七人全員で来てくれよなー!!」
「「ズコーーーッ!!!」」
満面の笑みで宣言する。ウミチカはスライディングをし、一華ちゃんのご両親はあんぐり。
赤桃黄は言葉に詰まるも…「オッケー!!」と言い逃走した。
おやまあ…ははっ。そうかそうか、可愛いカップルじゃないか。
もしもその通りになったなら、僕から七人にお願いしてみようかな!
*
この日の予定が全て終了した後、僕と愛は安藤さんに呼ばれた。
場所は大橋家で、月見山家のご両親もいる。
「……という事がありました。納夢様は特に衰弱している様子も見られず、今はお元気になられています」
警察官も同席して事件のあらましが語られた。
拘束された誘拐犯達が武器を所持していた…という辺りで皆蒼白になった。
それ以上に子供達が無事だったことが喜ばしく、この話はこれ以上広めないよう指示された。
今回は本当に、偶然が重なった結果な訳だけど。
どうにも僕は腑に落ちなかった。
偶然以外に説明しようがないのは確かなのに。
翌日ウミチカには「突然走り出してはいけません」と言い聞かせた。
とはいえあの子達がぶつからなかったら、女の子は道路に飛び出していた可能性が高い。
結果的には良い方向に進んでいた訳で…複雑だ。
「納夢様がお二人に礼をしたいと仰っているのですが…」
「えー…いや、いいよ」
「私達別に、何もしてないもん」
「「ねー」」
彼らは納夢家の面会を全て拒否して、事件について一切話題にしなかった。
このくらいの歳なら…「パトカーやお巡りさんいっぱいだった!」とか少しくらい言ってもいいのでは?
まるでもう過ぎた事として、忘れようとしているようで。
「俺な、レッドさんにサイン貰った!」
「私もピンクさんに貰ったし、抱っこしてもらったもん」
今も戦利品を見せっこして無邪気に笑っている。それすらわざとらしく見えてしまう…
…絶対に、あり得ないことだけど。
彼らの行動によって、女の子や僕達は救われた。どうしてもそこに帰結するんだ。
きっと僕以外そんな風に考えている人はいないだろう。誰かに話しても、荒唐無稽な妄想だと笑われてしまうのがオチだ。
何より本人達が嫌がりそうな気がする。だから…
「そういや、なんでか楓が俺にもサインを要求してきて…」
「え、私も。めっちゃキラキラな目で色紙渡された。
だから『メルヘンピンク 月見山一華』って書いてあげたよ」
「あの後レッドさんにお願いして、七人全部ゲットしたってさ」
「「あははっ!」」
「……ありがとう」
談笑する二人には聞こえないよう…僕は感謝の言葉を口にした。
*
結婚式から一週間。僕と愛は空港にいた。
元々結婚したら、音楽活動の拠点をフランスに移すつもりだったんだ。
見送りに来てくれた人々に挨拶をする。
今時号泣しながら抱き合う…なんてこともなく。また今度!と笑顔で別れを告げた。
「義兄さーん!」
「ばいばい、元気でねっ!」
そこには可愛い義弟達も来てくれた。
僕は膝を突き、二人をぎゅっと抱き締める。
「…何かあったら、遠慮せずに僕を頼ってね。必ず駆けつけるし、絶対に君達の味方になるからね」
君達がそうしてくれたように…
「「うんっ!」」
ああ、いい子だ。
こうして僕達は日本を離れた。次に会う時、彼らはどれだけ大きくなっているのかな。
もしかしたら恋人を紹介されてしまうかも?
優深はいつか僕の身長を越すかもしれないな。
一華ちゃんは目を張るほどの美人さんになるだろう。僕にとっては、愛が一番輝いているけどね。
これからの新生活と同じくらい、彼らの将来が楽しみだ。
とりあえず次の帰国は二年後の予定だが…その時には、山ほどのお土産を持って行ってあげようっと。
バイバイ、僕の小さなヒーローさん。




