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凛々


チュンさん大変です! 王蘭様の意識が戻りました!」

凛々は厨房に駆け込み、王蘭様の食事の準備をしていた春さんに声をかけた。

「え! 王蘭様が……」

春さんは持っていたおたまを床に落として、唖然とする。そして、私を押しのけ足早に王蘭様の部屋に向かった。

「失礼致します」

部屋に入る前に声をかけると、中から王蘭様の声がする。

春さんが先に入り私も後ろに続くと、

「王蘭様!! よかった……」

王蘭様の顔を見て安堵の声を吐いた。

「えっと……あなた名前はなんだったかしら……」

今度は、王蘭様は春さんの名前を聞いてきた。そういえば、先程も私の名前をいきなり聞いてきた。

王蘭様はここに来てからと言うもの、窓辺に座り外を眺めるか、庭園を歩く事しかしなかった。

私達の事は居ないようなものと思っているのか、声をかけてきたこともなかった。

まして名前を呼ばれた事も聞かれたことも無い。それがあの日池に落ち、目覚めて見たら、どうだろう。

まるで人が変わったかのように、この短時間で様々な表情を見せる。

同じように名前を聞かれた春さんも、驚いた表情を見せるが、すぐに切り替えた。

「春にございます。この度は私達の不注意で、王蘭様を危険な目に遭わせてしまい、言い訳の言葉もありません……どのような処罰も……ただ……」

春さんが言葉を切った。

「ただ……何かしら?」

王蘭様は小首を傾げて、春さんの先を促す。

「凛々はどうか慈悲を……この子はまだここに来たばかりの女官です。責任は私にあります」

「春さん!」

「凛々! 王蘭様の前ですよ、黙りなさい」

ピシャリと春さんに怒られて私は口をつぐんだ。

「ふふふ……」

そんな私達を見て王蘭様は『口を隠すことなく』笑った。

その様子に春さんもポカンと口を開く。

王蘭様がこの後宮にきて、私達がお世話を仰せつかってから、彼女の笑顔など一度も見た事がなかったのだ。二人で驚き言葉を失う。

「春さんも、凛々も気にしないで。あれは私が悪いの……それよりも……」

王蘭様は済まなそうな顔をして、私達の顔を交互に見る。

「もうお腹が空いて死にそうなの……食事、まだかな?」

お願いと手を合わせてこちらを見る。

「は、はい! ただいますぐに用意致します!」

春さんの言葉に我に返った私は、二人で再び厨房に戻った。

戻る途中、春さんが私に話しかける。

「凛々! 急いで医師を呼んできて下さい。王蘭様はどうやら頭を打ったようです……」

春さんは深刻な顔で呟く。

「でなければあの対応は説明がつきません……」

「は、はい!」

私は急いで医師を呼びに駆け出した! 



(チュン)


春はいつ起きてもいいように作ってあったスープをよそうと急いで王蘭様の元に運んだ。

「失礼致します」

声をかけて顔を下げると中から待ってましたと声がかかる。

思わぬ返事に驚くが、それを顔に出さずに部屋に入る。そして、寝具に食板を用意して、その上にスープを載せた。

「え! スープだけ?」

王蘭様は残念そうな顔でこちらを窺うように見つめてくる。

「王蘭様はずっと気を失っておいででした。最初は優しいスープなどから慣らした方が良いかと……」

「それもそうね」

王蘭様は私の助言に納得して、コクリと頷く。

「いただきます」

それから、手を合わせてスープを飲んだ。

私はその光景に唖然としてしまう。しかし、私の様子など気が付かない王蘭様は、スープをゆっくりと味わうように食している。

私、春はこの後宮に仕えて十年程だ。今まで数人の後宮の后妃候補に仕えてきたが「いただきます」と手を合わせた方も、こんなにも美味しそうに召し上がる方も見た事がなかった。

そう、数日前までの王蘭様も同様だ……

――この方は一体、誰?

見た目は王蘭様なのに中身がまるで違う。私は恐ろしさを抱えながら、目の前の主を見つめた。



んー! このスープ美味しい! 

今まで食事を味わって食べるなんて考えた事もなかったけど、こうして前世の記憶を持って食べてみると全然違う!

具のないただのスープだが、色んな旨みと出汁が出ている。にも拘らず、その色は澄んだ琥珀色だった。

きっとたくさんの食材を煮込んで、丁寧にアク抜きや処理をしてくれたのだろう。

スープの優しさが体に染みる。

気がつけばあっという間に器が空になっていた。

どうしよう……このスープ美味しすぎる、もう少し飲みたい。

チラッと窺うように春さんを見ると、ビクッと肩を揺らした。

なんか怯えてる?

私、春さんに酷いことしたっけ?

思い出そうとするが、王蘭の記憶の中に凛々と春さんの情報が何も無い。

前の私は周りを見ることなく、全ての事に嘆き悲しみ過ごして居たのだと思い出した。

「もったいない……」

思わず本音が漏れる。

こんなにも綺麗で美しく、しかも世話は女官の人達がしてくれる。

こんなにも素晴らしい環境をなぜ嘆いていたのだろう。

今の私には、以前の王蘭の気持ちが理解出来なかった。

「王蘭様?」

空のスープの器を持ったまま考え事をしていると、春さんから声がかかる。

「ああ、ごめんなさい。つい考え事を……ねぇ春さん、このスープすごく美味しかったの。だからあと少し飲みたいんだけど駄目かしら?」

「……王蘭様、先程から思っておりましたが私はただの女官です。『さん』などつける必要はございません。春とお呼び下さい」

「春……」

春さんを見ると、じっと訝しむようにこちらを見ている。

確かに女官に『さん』付けなど聞かないが……どう見ても私より年上の春さんを呼び捨てにするのに抵抗があった。

「私は……春さんと呼びたいのだけれど、駄目かしら?」

「そうですね、宜しくないと思います」

「わかったわ、なるべく呼ばないようにします……で! スープは?」

器を春に差し出すと、

「お持ちします」

春さんは器を受け取り部屋を出ていった。

うーん、なんかぎこちないのよね。

でもここで生きていくなら、常にそばに仕えてくれる凛々と春とは信頼できる仲になりたいな……

「どうしたもんかな……」

私は「はぁ……」とため息をついた。



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