医師の診察
春さんからスープのおかわりを貰うと今度は一気に飲み干した。
「んーやっぱり美味しいわ! これ春が作ってくれたのかしら?」
「はい、お気に召していただき光栄です。それは我が家の味なので……」
そういうと、春の表情が少しだけ曇った気がした。
「すごく手が込んでるわね。きっと灰汁を取るの大変だったでしょう?」
「は、はい……王蘭様、よくおわかりで……」
春が驚いた顔を見せる。
「こ、後宮に入る者としてこの程度の知識は学んであるのよ!」
慌てて誤魔化してみた。確かに后妃候補が料理など作るわけないもんね……
アハハとぎこちなく笑って誤魔化す。
「王蘭様、春さん! 医師の先生をお連れしました」
その時、今まで姿が見えなかった凛々が現れ、声をかけた。
「失礼致します」
凛々に連れられて初老の医師が室内に入ってきた。
「先生、王蘭様のご様子が少しおかしいのです……もしかしたら頭など打ったのかもしれません。見ていただけますか?」
春が医師と話している間に、凛々が診察の準備をする。
「では失礼致します」
先生が私の手を取り、脈を測る。続いて目や口、頭の様子を探る。
一通り診た後、先生は眉をひそめて、首を傾げた。
「見たところ何処にも異常は見られませんな。頭にもぶつけた後もなければ脈も正常、悪い所を見つける方が難しい程の健康体です」
「そ、そんなわけ……」
春は納得出来ないと先生を見下ろす。
やはり春さんは私の様子に何か感じ取っていたようだ。
診察を終えて凛々が先生を見送って戻ってくると、私は覚悟を決めて二人を呼んだ。
「春、凛々。話があります……こちらに来てください」
二人を近くに来させる。
「春に凛々、二人とも私の変わりように驚いていますよね?」
「そ、そんなことは!」
「…………はい……」
凛々は慌てて否定したが、春は少し考えた後にこくっと頷いた。
「目覚めてからの王蘭様は前と別人に思えます……一体何があったのですか?」
春の心配するような顔に私は苦笑すると口を開いた。
「私は池に落ちた時に一度死んだの、そして再びここに戻ってきた。だから前の私は、一人寂しく泣く王蘭は捨てて、新しい王蘭として生きようと決めたの」
「死んだ……」
「ええそう、昔の私はもういない。これからは自分が幸せになる為に生きようと思う! その為に春や凛々には迷惑もかけるし手伝っても欲しいと思ってるんだけど……どうかしら?」
私は本当の事を織り交ぜて今の状況を説明した。
ここで生きていくなら二人の協力は欠かせない。なら本当の事を言って納得してもらい手伝ってもらおうと決めた。
死んだのは本当、でもさすがに前の記憶があるなんて言えばおかしくなったと牢屋にでも入れられかねない。もう昔の王蘭ではないのだから何がなんでも生きてやる!
幸せになれたらそれなりに二人には何かしてあげたいと思っているが……どうだろうか?
窺うように二人を見る。
「だから王蘭様はそんなにも人が変わられたんですね! でも私は今の王蘭様の方が好きです。王蘭様はお綺麗ですから笑っていて欲しいと常々思っていました!」
凛々は驚きながらも私の説明に納得してくれたようだが、春は渋い顔をしている。
「死んだ……生まれ変わった……確かに」
ブツブツと何か言いながら考えている。
私は春が何か言うのを待った。
「一つだけ……」
春は私に一つだけ聞きたいことがあると顔をあげた。
私は言って欲しい、聞きたいと頷いた。
「あのスープですが、美味しかったと言ってましたが本当ですか?」
「え? 聞きたいことってそれ?」
私は思いもよらない質問に眉をひそめた。
しかし春は真剣な顔で頷いている。
「そうね、毎日でも飲みたいと思う美味しいスープだったわ。あのスープ……確かここに来た時にも作ってくれたわよね? あの時は余裕がなくて……でも今ならこのスープの素晴らしさがわかるわ」
私は本当の思いを春に答えた。
「わかりました、大変失礼な態度をとってしまい申し訳ございません。私達は元より王蘭様にお仕えする為にここにいるのです。なんでも仰って下さい」
春は笑みを浮かべて私に頭を下げてくれた。
「ありがとう~! よかった」
二人の協力を得られて私はホッとして二人に笑顔を向けた。
「王蘭様、本当に変わられましたね……」
「そ、そう? なんか変なところは遠慮なく注意してね!」
「では……まずはその話し方はいかがでしょうか? 私達にお礼などは不要ですよ」
「話し方……実は元からこうなのよ~ここに来た時は憂鬱でほとんど喋らなかったでしょ? 喋ればこれよ!」
春と凛々は顔を見合わせ唖然とする。
「あっ! でもなるべく注意するわね! でも二人の前では許して欲しいわ……」
窺うように二人を見つめる。
「私は全然構いません!」
「凛々! 調子に乗らないの!」
凛々は嬉しそうに笑うが春がたしなめるように注意する。
シュンとする凛々が可愛くてクスッと笑ってしまった。
「では王蘭様はもう少しおやすみください。いくら生まれ変わったとはいえ、死にかけたのは本当ですからね」
「ええそうね、二人に話したら私もホッとして眠くなってきたわ……」
お腹もスープで温まりさらに眠気が強くなる。
欠伸をすると春が困った顔で寝具を肩までかけてくれる。
「ゆっくりおやすみください……本当に目覚めていただきよかった……」
春の安堵する顔を見ながら私は眠りに引き込まれていった。
◆
王蘭様の穏やかな寝息が聞こえると私と凛々はそっと部屋を後にした。
厨房に戻ってくると
「春さん驚きましたね! 王蘭様生まれ変わっただなんて」
凛々は無邪気に王蘭様の変わりように喜んでいる。
「本当にそれだけでしょうか……」
私は王蘭様の変わりようの理由がそれだけではないように感じていた。
「しかし、あの砕けたご様子ですと后妃候補どころではありませんね。あれではただの町娘のようです」
困った事になったと私はため息をつく。
そんな私には凛々は眉をあげて見つめてくる。
「しかし王蘭様のところに皇帝陛下は一度もいた事がありません! 一度もですよ! 今回溺れたという報告も耳にしているはずなのに……王蘭様お可哀想です……だからああやって明るくなって頂いたこと、私は嬉しいです」
「そう、ですね。私達は王蘭様の幸せの為に尽力致しましょう」
「はい!」
私は忙しくなりそうだと、この歳ながら胸が高鳴った。