陛下
陛下
南明に促され、仁陛下は後宮へと向かった。
ここはいつ来ても胸糞悪くなる……気持ち悪くなるほど甘ったるい匂いを纏い、自分を着飾り、腰をくねらせすり寄ってくる女達。
そんな女が湧いている後宮など行きたくもなかったのだ。
「はぁ……ここは何度来ても嫌なものだ」
口と鼻を押さえて顔を顰めて歩いていく。
仕事の話をしながら後宮へと入ると、待っていたかのように女達が群がってきた。
「皇帝陛下! このような場所でお会いできるなんて嬉しいです」
煌びやかな装飾を身に纏った女たちは、腰をくねらせながら、しなだれかかってくる。
「陛下、お顔が……」
南明がこそっと注意する。それほどに陛下の顔は嫌そうに歪んでいた。
「陛下、気持ちは分かりますが、いつかは貴方様は後継ぎを作らなくてはなりません。その為にも色々な女性を集めているのです! 少しくらい興味をお持ちください」
「わかっているが……私はここの者を女とは思えん。まるで妖怪のようだ。大した用でもないのだろうに……私を引き留めているんだ。それなりの理由があるんだろうな」
陛下は、群がってきた女性たちを冷たい瞳で睥睨した。
「失礼いたしました……」
陛下の視線に、女達はさっと顔を青ざめさせ、逃げるようにその場を立ち去った。
「ふん、何も言えないのか」
陛下の歪む顔をみて、南明はこの難題にため息をつく。仕事なら優秀な陛下なのに、この度がつくほどの女性嫌い問題だけが頭を悩ませていた。
とりあえず鈴麗様の後宮に備えられた屋敷へと向かうと、周りには女官達が慌ただしく駆け回っていた。
しかし、仁陛下の存在に気がつくと、ピタッと止まりその道を開けて跪いた。
「鈴麗様はどうでしょうか? 陛下が心配になり様子を見に伺いに参りました」
南明が女官長に声をかけると、女官長は目に涙を浮かべて感激する。
「陛下自らお越しいただき鈴麗様もお喜びになると思います! ……ですが未だ目を覚まさず……申し訳ございません」
「そうか、なら帰るか」
目が覚めてないならどうしようもないとばかりに、仁陛下は回れ右をした。
「陛下……」
そんな陛下を南明が冷たい声で呼び止める。
「はぁ……わかった。では顔だけ見ていく」
陛下はため息をつくと女官長に鈴麗の所まで案内させた。
鈴麗はベッドの上で寝ていた。まるで屍人のように顔色が悪い。
「それで? なぜこのような事になったんですか?」
南明が女官長を見つめる。
「そ、それが……」
女官長はこれまでの経緯を南明に説明する。
「――ではその王蘭が鈴麗を殺そうとしたと……」
「はい! それ以外、鈴麗様が池に落ちる理由などありません!」
南明は困り顔で陛下を見つめた。
仁陛下は興味なさげに肩をあげる。するとその時――
「んっ……」
鈴麗が身動ぎをして、意識を取り戻した。
「鈴麗様!!」
女官が慌てて鈴麗のそばに駆け寄って様子をうかがう。
「よかった……」
目に涙を浮かべて安堵していると……
「ここは……」
鈴麗はぼーっと天井を見つめた。
「鈴麗様のお部屋にございます。鈴麗様は池に落ちて……あの方に落とされたのでしょう? その後も皆の前で辱めを……」
女官が不快をあらわに、顔をしかめる。
「あの方……」
鈴麗はなんの事かと眉をひそめた。
「王蘭様にございます! お茶を飲もうと……」
名前を出すと思い出したのかはっと顔色を変えた。
「彼女は? 王蘭様は?」
「今は幽閉しておりますので安心して下さい」
慌てる鈴麗を女官が宥める。
「今すぐ出して! 彼女は私を助けようとしてくれたのよ!」
鈴麗の言葉に南明と仁陛下は顔を見合わせた。




