SIDE:アリサ 1
アリサ視点の話になります。
アリサがユニアを次元牢に閉じ込めた後の事。
アリサは自分の行使した力に何を思ったか、顔を真っ青にさせている。
まず、アリサの使った次元牢とは何かから始めよう。次元牢とは一言で言えば脱出不可能の牢獄だ。自分達では排除しきれないと判断された脅威的存在を収監する、次元に囲まれた檻。この檻は概念的に破壊が不可能であり、いくら強大な存在でもここに入れてしまえば、後は滅びを享受する他ない。
これは多くの人々の結束によって創られた。
まだ世界に多くの強い魔物が我が物顔で闊歩していた頃──これを現在は『厄災の時代』と呼ぶ──人は真に隣人と共存していた。武は国を越え、技を教え合い試合で高め合われていたし、魔法の技術は個人の所有物ではなく人類の守護の為に公開されなければならなかった。
その結果人類は大きく進歩する。時に、剣の一振りが山を裂く。時に、自分の千倍もの質量を人の身1つで支える。時に、湖を一瞬で干上がらせるだけの熱量を持つ炎を詠唱無しで放つ。時に、聖なる加護が国一つを覆い尽くす。
それらに並ぶ、『厄災の時代』における最高傑作の1つとして現存する技術が"次元牢"だ。
これを維持するのはルミア教会の今代教皇。初代教皇から代々受け継がれてきた世界最高峰の魔法である。
そしてルミア教会の1部はこの術式を行使する権利を持つ。"聖女候補"以上の地位を持つ者が術式を埋め込まれたロザリオを保有しており、護身用として使う事を認められている。使用ごとに教皇の許可を取る必要があり、乱用する事は出来ない。前に1度、私利私欲の為に使おうとした司祭が居たが、そいつはその代の教皇直々に教会地下の牢獄に叩き込まれた。
アリサもアンデッドでは無いユニアにこの力を使おうとした訳だが、今代の教皇は己の『眼』に従う人物の為、例外として人族のユニアを入れる事が出来た。聖女候補を1人失うのが痛いというのもあるだろう。
ともかく、それほどに重大な意味を持つ力をアリサは使ったのだ。壁に背をつけへたりと座り込む。
──やってしまった。アリサは何の罪もない民を自分の保身の為に使ったのだ。アリサは次元牢行使の直前の会話を思い出す。
"皆の安全を──" "罪を重くしようなんざ──"
いい奴、だったんだろう。いくら冷遇されても、いくら笑われようと、いくらパーティのミスによって殺されようと。あいつは私たちに着いてきた。それは他に雇ってもらえる場所が無いからパーティに渋々居座っているという見方も出来るだろう。
しかし──ユニアは決してパーティを嫌ってなどいなかった。むしろ美しい物を見るような目でこちらを見てくるのだ。
そんなユニアの態度が、アリサには──
「そんな目で、見るな」
昔の自分を否定されるようで、どこか辛かった。
ユニアが自力で帰って来るなどアリサ以外は考えていなかったので、当分はダンジョン攻略は休みだとパーティで決めた。
どこまで行っても3人は夢見る冒険者なのだ。自分のように非情にはなれない。とアリサは思う。
久々に朝の祈り以外の理由でルミア教会を訪れたアリサ。見慣れたにこやかな顔を浮かべる司祭に「あぁ、これが聖女候補か」と実感させる完璧な笑みを貼り付けて腰を曲げる。
アリサは次元牢を使った事により、教会本部に書類を送る責任が生じていた。"次元牢"の行使は本来聖女候補単体で叶うモノでなく、教皇の協力があって初めて成立する。教皇のお手を煩わせるには下々の膨大な時間と労力を払う必要があり、それを聖女候補だからという理由だけで雀の涙ほどに軽減されているのだ。それでも普段冒険者をしているアリサに書類仕事は正直キツい。
仲間だった人間をこの世界から消してしまったユラユラと振れる心、1歩踏み外せば自傷でも始めそうな危うさ。報告書に黒線を走らせる間、アリサの心はずぶすぶと影に沈みこんでゆく。
使用理由は自分では殺しきれない"アンデッド"の隔離。真っ赤なウソだ。これは教皇を騙す為ではなく、1度だけ目を通す教会内の審査官の目を騙す為。教皇の持つ『眼』であれば対象がアンデッドであるかどうかなどの判別など容易いのだ。がしかし、その『眼』は有能すぎて見たくない物まで見えてしまうらしく、ユニアの遍歴を垣間見た教皇はその不死性に恐怖した。故に、彼をこの世界から消す事に教皇は何の抵抗も示さなかったのだ。
...酷い話だ、と思う。弱小なその身で今まで必死に生きてきた彼は信じていた仲間によって裏切られる。実に──実に、ありふれた悲劇だ。きっとその手の話がこの世にはゴロゴロ転がっているんだろう。だから後悔なんてしない。大勢を救うためには少数が犠牲になるしかないのだ。
アリサは自分の思考に蓋をする。これ以上考えたって犠牲になった者が救われるわけではない。
それは、アリサが1番よくわかっていた事だ。
ふぅ、と軽く体を伸ばす。気づけば時間は夕暮れ。書類慣れしていたならこうはならなかっただろう。
書き終えた報告書を手に商業ギルドへと向かおうとした時、にこやかな顔の司祭が声をかけて来た。
「お待ちなさい、アリサ聖女候補。教皇より言伝を賜っております。」
...あぁ、こう来たか。と腑に落ちた表情でアリサは続きを促す。今回はかなり特殊なケースなので直接の話し合いをしたいとか言うのだろう。
「ルミア教会アルタ辺境本部にその足で出向いて謁見しなさい、との事です。では、あなたの行く先に祝福あらんことを」
ほぅら来た、こちらがナイーブになっている事をわかっていながら教皇は試練だとか言って精神に鞭打つのだ。このクソ上司め。
教皇の顔面を杖で凹ませる想像をしながらクスリ、と笑うアリサに司祭は常ににこやかなその顔を崩した。儚く、脆く、美しい──そんな笑みに心を奪われてしまったから。何を考えていたか知ったら卒倒はまぬがれない。
...でも、やるべき事が出来てよかった。そうでなければ私は今頃何をしていたか。
嫌な想像をしてしまい、アリサは思考の汚点を振り落とそうと頭を振った。