すれ違った後には何も無く
カマキリに受けた惨殺の数々からどれほどの時間が経ったのだろうか。ユニアは今だに震える足でダンジョンの出口に向かって歩いていた。
途中で冒険者に出会えばラッキー、魔物に出会えば最悪と考えていたがそのどちらとも遭遇する事なく、かなりのペースでユニアは上へ上へと足を進めていた。
そうして遂にユニアはダンジョンの外へとたどり着く。丸一日が経過したようで日が既に昇って来ていた。
もう足は震えておらず、むしろカマキリへの殺意でなんとか足を動かしていた節さえあるのに、安堵で膝をつくような事すら無い。ユニアの精神力の高さが垣間見える。
とにかく、今はパーティメンバーと話がしたかった。彼らは無事に脱出出来たのだろうか。気づけば4人とも居なかったので恐らく転移には成功したと思われるが。
何しろ、彼等は命を賭けてダンジョンに挑んでいるのだ。いつか、ユニアだけが生き残り他が全滅、なんて日が来るかもしれない。
死なないという圧倒的ハンデを持ってダンジョンに挑む自分のようなお気楽野郎とは違う。ユニアは命を賭けて闘う彼等を憧憬すらしていた。
戦闘は次元が違い過ぎて見ていても何もわからなかった為、彼等がどれほどの痛手を負ったのかユニアには想像もつかない。その不安がどうしようもなくユニアの足を早めさせる。
同時に信頼もしている。彼等はこんな所でくたばるタマではないと。ギルドにたどり着き、無事を確認して安堵の息を吐く自身が想像できた。
とにかくギルドに向かえば全てわかる、と急くユニアは街へ入り、変わらない風景を横目に石畳の上を歩く。1歩1歩、着実に彼はギルドに向かって行く。
出会いは突然だった。
ギルドに向かって歩くユニアは、突然目的地から遠ざかっているような錯覚を覚える。己が小さくなったような、または蛇に睨まれているかのような感覚。
おかしいな、と辺りを見渡すと、
路地裏に。
アリサが自分を待つかのように佇んでいるではないか。
「...なんだよ」
アリサが待っていたのはまさしく自分であるようで、ユニアは路地裏に連れていかれた。路地裏という1種の異界は無法の概念そのもの。このような所に連れてこられるとなれば誰でも訝しもうというものだ。
ある程度奥まで来ると、ぴたりと足を止め、アリサは振り返る。そして、何かに急かされるようにして口を開いた。
「あなた、今ギルドに向かいに行こうとしてましたね。あなたに出せる精一杯の速さで。私達の契約違反を報告して出来うる限りの罰を私達に浴びせようとしているのでしょう。わかりますとも、えぇ。」
淡々とした口調でそんなことをのたまった。
アリサにここまで饒舌に何かを言われたのは初めてだ。それが互いの他愛もない会話で無かった事が悔やまれる。
しかもなんだ、その言い分は。中身が何だかこちらを責めるような内容だったので、少しムッとする。ユニアは彼らを責めても良い立場に居るし、第一それをしようとも思わない。
「...違うよ。自分は皆が無事かどうか──」「なわけ、ないでしょうが!!!!!」
端正な顔を怒りの表情に歪めながら、どう考えても近所迷惑な音量でアリサはユニアの言う事を否定した。
「見捨てられてまだその人達の事を思える訳がありません。下手な嘘をつかないで下さいッ」
嘘も何も。ユニアは本当に彼等の無事を不安に思ってギルドに行こうとしていたのに。
契約違反の事もそのうち報告はしていたかもしれないが、そこいらの凡百のパーティならともかく、『聖光の星屑』のような未来あるパーティを潰すほどの罰はギルドには与えられないはずである。
なんとか落ち着いて貰わなければ、と優しい声色で語りかける。
「一旦落ち着いて。仮にそうだとして、自分をどうしたいんだ」「っ、その穢らわしい口で私の名を呼ばないで下さい。『不死者』」
アンデッド...? 自分が?
そんな事実は無い。異常な再生力こそあれど、肉体はまぎれもない人間だ。アリサだって理解はあるはず。なんだか聖職者であるアリサがわざと自分から壁を作ろうとしているように感じられた。
諌めるような口調で再びアリサに話しかける。
「...自分はアンデッドなんかじゃない。別に自分はあんたらの罪を重くしようなんざ考えちゃいないし、どうしてもと言うなら置いていかれた事実が無かったと誤魔化しても良い」「...まだ言いますか。この往生際の悪いヤツめ」
往生際が悪いのはそちらだろうに。もう目が泳ぎ始めたのは誤魔化せない。こちらの言葉に嘘が無いのはとっくにわかっているんだろう。あと1押し、といった所かも?
「自分も悪かった。もう誤解されるような事はしないからさ、仲直りしないか?」「『自分も』───? ...違う、私は悪くない、私は悪い事なんてしてないんだ...」
アリサの言葉に最初の剣幕はもうない。弱々しく、まだ精神の成熟しきっていない等身大の女の子しかそこにはいなかった。彼女はただ、仲間を見捨ててしまった事を病む程に思い詰めているだけだ。
この分なら、今日はどうにかならなくても時間をかければより親しくなれるだろう。雨降って地固まる、とはよく言ったものだ。ユニアはきっと楽しくなるだろう明日を思った。
「そう、私は悪くない──アンデッドに何をしたって私が咎められる事は無い──」
...確かに今日どうにかならなくても良いとは言ったが。アリサの思考はだいぶ偏った方向へと向いた様だ。明らかに不味い、これ以上波風が立たない様にしておかねば。
「強力な不死性の排除は聖女への点数になる──簡単じゃない。ここに手頃な獲物が1匹──」
...駄目だ! 本能が浮き足立ち、背中がぞわりと粟立つ。知らなかったが相当に思い込みの激しい人らしい、ここは逃げるのが良いだろう、どうにか他のメンバーと合流して話を通して貰えれば───
「逃げるなッ!」
ぶわり、とユニアの行く手を阻むように血のような赤色をした鎖が壁となる。なんと禍々しく、聖職者であるアリサに似つかわしくない魔法か。
「な──知らないぞ、こんな魔法」
冒険者にとっての『奥の手』。人間関係のもつれがある以上パーティメンバーにすら見せられない、初見殺しの技。それを、使われた!
これをアリサが使った所を見たことがないのでどれだけの耐久を持つかはわからないが、ステータス2では殴って突破しようとするだけ無駄だろう。説得の必要がありそうだ。
「逃げる訳じゃない。1度お互いに距離を置いて頭を冷やしてからもう1度話合わないか? その方が、きっと──「うるさい、私を誑かすなアンデッド! お前が悪だ、私は貴様のような悪に対抗する聖であって、悪魔なんかじゃないんだ──!」
アリサはユニアの事をもう見ていない様だった。会話は最早成立するまい。これは本気でまずい、とユニアはようやくここから逃げる方法を探し始める。
だが、その遅さはとっくのとうに致命的だった。
「逃げられると思ったか、不死者! お前はここで私に討たれるンだ!」
アリサの"何か"が膨れ上がる。それが自分に向けて飛んでこようとしているのはなんとなくわかってしまった。
ちくしょう───殺される。嫌だ、怖い、やめろ、やめてくれ──!
願いが届く事は無く、美しく、それでいて荒々しい"何か"を放つロザリオがユニアに向けて掲げられる。
「対象、不死者。目的、強い再生能力を持つアンデッドの除去。教皇からの認可───許可。聖女候補権限、行使。顕現せよ──『次元牢』」
実に軽やかに紡がれる詠唱が狭い通路に反響する。
一拍空いて、
空間がたわんだ。
がぎ、と、
何かが壊れるような音がして、
「あ、」
宙に真っ黒な穴が空いて、
「、」
そこからはこの世のものではない深淵が恐怖そのものを放出していた。
「 」
ユニアはその穴に僅かな抵抗も許されずに吸い込まれ───
路地裏には再び静寂が訪れる。