今一度考え直した先に在るのは何か
ユニア以外の4人へと移ります。
命からがらダンジョンから逃げ出した4人は肩の力をゆっくりと抜いた。
アレンは生きて帰れた事に涙を流す。「死」をあそこまで明確に感じたのは初めての事だった。最後は隣に居る仲間だけでもなんとか逃がさねば、との一心だけで剣を振るっていた。体だけでなく心からも力が抜けていってしまう。
個人差はあれど他のメンバーも同じような反応をしていた。
「...あの状況から生きて帰れるたぁな、どうやら運が良かったみてぇだ。たまには教会で神に祈りでも捧げっか...」「...いや」
ドーガの言葉にサラが何かを言いたそうにしていた。不思議に思ったドーガは続くサラの言葉を待つ。
実の所、サラは見ていたのだ。生き返ったユニアが精一杯の力でカマキリの動きを止めたのを。しかし4人はユニアを見捨て、自分達だけ転移して来てしまった。
今ユニアがモンスターにどんな仕打ちを受けているかの想像は実に容易だ。そんな目に合わせたまま放置するとは、とても命の恩人に対してして良い仕打ちでは無い。
サラはこの事を他の4人に伝えていいものかと迷う。実際、あの状況でユニアも助けられる方法など無かった。...だが、そう割り切れるのはアレンを除く3人だろう。恐らくユニアは当分戻って来ない。そう知ればアレンは「カマキリを倒してユニアを連れ戻す」などと言い出しかねない。
故にサラは、この場においてそれを口に出さない事にした。その代わりにアレン以外の2人に目配せをしておく。3人で話をする場を設けたいと考えての事だ。
他の2人もユニアを置いて来てしまった事に思う事があったようで、ぎこちないながらも頷きを返した。
顔面蒼白なアレン含む4人は無事街へと帰還した。
アレンの腕の傷やドーガの細かい傷は帰還途中に治療を施した。その瞳には何が映るのか、虚空を見つめるアレンを宿に置き、3人は1度ギルドに事のあらましを掻い摘んで伝える。曰く、6層の部屋のひとつにケタ違いの強さを持つ魔物──特例個体が居る事。更に、最低でもその魔物に傷を付けられるだけの力量を持つ何者かも存在しているらしい事。そして、ユニアを置いて来てしまった事。ユニアが不死を持つ事をギルドは知っていたので、急いで救助に向かう様な事は誰もしなかった。
薄情だと言われればそうだが、冒険者とは自己責任が大前提の職業だ。4人を除く誰しもが「ふーん、また1人逝ったか」程度にしか思っていないのは当たり前の事だった。
そして3人は個室の取れる食事処に足を運ぶ。
食事が全員分運ばれて来てようやく、サラが重々しく口を開く。
「...ユニアを置いて私達だけ助かっちゃったわね」
ドーガは軽く目を見開く。サラがユニアを名前で呼ぶなど今までに無い事だ。
「今ユニアがどうなってるか予想もつかないわ。小部屋に連れ込まれて飽きるまで肉を削がれ続けるのかしら。それとも、もうカマキリのお腹の中でドロドロに溶かされては生き返り、溶かされては生き返りを繰り返しているのかしら、」
自分の言っている事が怖くなった、と言うふうにサラはぶるりと体を震わせる。
「ユニアさん1人を迷宮に置いて帰るのは契約に違反しています。私達はどう責任を取らされるのか、それについて話すべきかと」
そんなサラに対し、一見非常とも取れる言葉をアリサは投げかける。根底に冷徹を置いている、とても冷たい声だ。
パーティ『聖光の星屑』は、ユニアという珍しいタイプの荷物持ちを雇う際に1枚の契約書をギルドを通して書いている。荷物持ちを雇う際の原則として、荷物持ちを見捨てて帰るのは御法度とされていた。
ユニアの事をどうにか助けようとは思わないのか、とサラはアリサの人間性を疑い声を荒らげようとしたが、思い出した。先輩にいつも言われていた、冒険を感情でやっているといつか自分を殺し得るという言葉を。
この考えは明らかに不要な物、むしろパーティにとっての毒だ。自分の事をいつだって冷静にパーティを俯瞰する頭脳役だと思っていた。
でも、それは違った。
...私も、アレンと同じ熱い血を持っていたんだ。アレンの馬鹿に毒されたかな、とサラは自嘲する。
ここで気持ちを先行させても空転するだけだった。きっとアリサはそれに気付かせる為に悪役を演じてくれたんだ、とサラは自分が恥ずかしくなる。
それでも、だ。これだけは伝えておきたい。これを伝えなければユニアが報われない、と思ったのだ。
「...最後、カマキリが転んだでしょ。アレ、ユニアがやったの。全ステータス2の最弱冒険者が」「な」
...ドーガとアリサが言葉に詰まった。なんと言っていいのか、そんな簡単な事の正解が導けなかったから。
これが冒険者の中の冒険者だったら「まぁそういうのも冒険だよな。しょうがないから次から頑張ろうぜ」で良かったのだろう。しかしドーガはそうは割り切れなかった。冒険者の闇に浸かる必要があるような弱さが彼には無かったから。
少なくともドーガは直接命を助けられた事になるのだし、もし仮にユニアが居なかったら前衛2人が一瞬で殺され、残る2人がカマキリの攻撃を知覚することも出来ず全滅だってありえたかもしれない。
きっと、カマキリとの敵対はユニアにとって苦渋の決断だったのだろう。命を賭ける、とまではいかないが、それこそ人生をふいにするような。
自分達は常に死なないよう安全マージンを取ってダンジョンに潜って来た。それ故に死ぬ程の怪我を負った事などなく、死んでまで仕事を全うするユニアを誰も人間扱いしなかった。その意識の違いが彼との不仲を助長したのだろう。
ユニアを助けに行けばこちらが全滅する。しかしドーガは彼に何かを、今すぐにでも多くを言いたかった。彼が居たら俺はなんと言ったのだろう? いや、今更それを考えた所で遅いのだ。きっと今回の件は彼との決別を意味する。
この場の誰もが居心地の悪さを顕著に感じていた。
机に並ぶ各々の食事は、誰の口に入るでもなくただただ冷めて行った。
どこかの夜道。
3人はその後何も話さず別れ、無責任に各々の日常に帰る。...だが1人、日常から離れて行く者が居る。それはアリサ。彼女は何処かの路地裏でタガが外れたようにぶつぶつと何かを呟いていた。
「どうしようどうしようどうしよう...この事で教会からの評価が下がれば私の聖女への道は...理由を付けて"次元牢"の許可を取ってアイツを抹消するか...不死性をアンデッドに結びつければなんとか...あぁ神よ、私をお導き下さい...」
アリサは何かを祈るようにロザリオに額を落とすのだった。