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さいつよスライムもどき  作者: 根岸 葱
スライムもどきは世界を越える
5/73

"犠牲"の無い戦闘

 ───目の前で、人が、3メートル大のカマキリに、頭を貫かれ、血を撒き散らして、死んだ。


 いち早く反応出来たのは冒険者歴の長いドーガとアリサだった。


 ドーガはユニアを刺し殺したカマキリの鎌に全力で大斧を振り下ろし、アリサはドーガにめいいっぱいのバフを乗せる。

 このパーティにおける2番目にダメージの大きい攻撃方法だ。ちなみに1番はサラの魔法+アリサのバフ。

 5層における最難関の敵、黒蛙すら両断する一撃をカマキリの細腕を落とす為だけに振るう。


 ──しかし、その一撃はカマキリの外殻にさしたる傷も負わせず弾かれる。


 ドーガ達は最初ユニアを刺した攻撃速度からこの魔物が相当に強い事を察していた。それも攻撃速度全振りの低耐久タイプだと。

 そうではなかったのだ。2人の全力はカマキリの防御を貫く事叶わず、のけぞったドーガは大きな隙を晒す事となる。


 その隙をカマキリは見逃さない。再び鎌が人の命を奪わんとして突き出される。


 アリサが何をしようと間に合わない距離と速度。そこに、なんとか正気を取り戻したアレンが間に合った。速いくせに重い攻撃を剣で滑らせるようにして受け流す。


 前衛の2人──いや、交戦していない後衛2人すら含む4人はこの時点で確信を得ていた。

 この魔物、異常に強い。


「て...撤退するわ!転移石を起動するまで時間を稼いで!」


 その間にサラもなんとか指示を出せるまでに回復し、元から相当速い転移石の起動に脳のスペックの全てを注ぎ込む。


 攻撃では太刀打ちできないと悟ったアリサが速さと防御にバフをかけ、窮地(きゅうち)を脱したドーガは守りの姿勢を取る。アレンも同様に受け流しを狙う構えを取った。


 ──そこにカマキリの猛攻が降り注いだ。幸いな事に、カマキリの腕は何故か一本しか無く、なんとか(しの)ぎきれる量で済んでいた。先ほどの一撃で落とした訳ではないので、おそらくここに来る前に戦闘して腕を落とされこの部屋で消耗を回復していたのではないか、と考える。


 カマキリの攻撃は更に速く、重くなる。なんとか凌ぎきれていた均衡が崩れ、アレンの左腕が深く傷つけられる。ドーガの鎧はもう二度と使い物にならないほどに凹んでいる。


 これ以上耐えきれない───そう思った瞬間、



「準備できたわ! 集まって、皆!」



 光明が差した。


 アレンは使い物にならなくなった剣をカマキリの背後に投げ捨てる。カマキリが気を取られた隙に前衛2人が脇目も振らず駆け出す。アリサは既に転移石に触れていて、あと2人が触れれば転移出来る状態だった。


 が、


 カマキリがいつまでも剣に気を取られている訳がない。1秒もせずカマキリはその巨体を(ひるがえ)し、大きさに見合わぬ速度で2人を追う。


 2人が転移石に触れるのが先か、死の鎌が2人を切り裂くのが先か。


 2人は外聞も恥もかなぐり捨て、とにかく走る、走る、走る───────しかし、運命の女神は彼らに微笑まない。どう足掻いても間に合わないほどにカマキリに接近されてしまっていた。


 人間より多い本数の足をもってしてその巨体を地面と平行に走らせるカマキリ。走る時の縦揺れが無いのもあってその動きは非常に安定しており、カマキリが疲れる所は想像できない。もはや幸運に頼る事すら不可能だ。


 あっけない末路だがこれも冒険者だ。仕方がない。カマキリの方が上手だっただけのこと。


 カマキリは最小限の動きで鎌を振りかぶる──

 後ろが見えていたサラとアリサは思う、あぁ、これは間に合わないなと。訪れる絶望の中、カマキリが2人を切り裂こうとした、その時。




 カマキリが転倒した。




「「!!!!!!!!!!!」」


 ゴシャア! と大きな音を立ててカマキリが地面を削る。その目には確かに獲物を取り逃した怒りが浮かんでいた。


「《転移》!」


 こうして4人は賭けに打ち勝ったのだった。



 



 この場における戦闘は、カマキリの負けに終わった。カマキリはそれが腹立たしくてならない。カマキリはゆっくりと振り返った──己の足を掴んだ弱者の方向を。




 そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 これこそが《最低保証.ーーー》による特異性。その内容は、「不死」である。


 これを発見した時は驚いた。1度魔物に袋叩きにされて殺された時、もう一度その場所で生き返ったのである。傷も完治し、血まみれではあるがまともな人間の体で蘇生されたのだ。

 まぁ復活してまた袋叩きにされるのを繰り返した事で《死への恐怖.A》なんていう代物も入手してしまったが。最終的に魔物は疲れて去っていった。


 《最低保証.ーーー》の効果にはステータスの最低値が最弱の存在より1高くなる、とある。それはつまり、HPも最低値が2で固定されるという事で、ユニアのHPはこれ以上減る事が無いのだ。

 が、防御もまた2で固定されているので傷は負う。しかしHPは減っていないというこの状況。世界の修正力とでも言うのだろうか、数秒もすればユニアは一切の傷が無い状態に戻るのだ。


 全ステータスが2で固定される代わりに死ぬ事が無い。この能力をユニアはそう捉えていたし、1部のギルド職員やパーティメンバーにもそう説明してある。


 その結果ついたあだ名が"スライムもどき"だったりする。弱くて死ににくい所がピッタリと言われ定着した。


 死ぬ事は怖いし、辛い。でも、死なない事がアドバンテージになる場所がユニアのいるべき場所なのだ。長年ユニアを悩ませるジレンマだった。



 さて、長々と能力について語ったが、この能力でこの状況を打破出来るかと言われれば否である。


 魔物相手に何度も殺されては蘇ってきたユニアだからわかる。この手の輩は満足するまで自分の事を殺し尽くすのだ。


 怒り狂ったカマキリは鎌を最小限に振るう事も忘れてやたらめったらに振り回す。



 ユニアはいとも簡単に2度目の死を迎えた。






 ...何時間経っただろうか。ようやくカマキリは怒りが収まったのか、部屋に戻って行く。暴れ散らかしたせいで鎌が無い方の腕から体液が溢れていた。


 ユニアはすっかり消耗し切っていた。体は全くの無傷であるのに、凍りついてしまった心がユニアを床に縛り付けていた。


 もう立ち上がりたくない、と足は震えていた。もうこんな世界見たくない、と目は固く瞑られていた。


 それでも、ユニアは立ち上がる。何度もの死の恐怖を乗り越えて。

 



 ちっぽけな勇者は迷宮の外へと足を向けたのだった。



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