『聖光の星屑』
翌朝。
ユニアは冒険者ギルドに足を運んだ。流石に朝からぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるような輩は少ない、やはり一定数は居るが。
喧しいギルドがユニアはどうも好きになれない。しかし、これはユニアにとっての天職であり、他に拾ってくれる所もない。明日の飯を食べる為にユニアはここで働くしかないのだ。
冒険者の間を縫って進むようにしてユニアは雇い主の所へ歩く。すなわち、パーティ『聖光の星屑』まとめ役たるドーガの元へだ。相変わらず険しい岩肌のような渋い顔立ちをしている。
「遅かったじゃねぇか」「...言われた通りの時間に来たはずだ。そちらこそ何か早くに来た理由はあるのか」「全くなぁ...」
ドーガがちらりとギルドの扉のほうを見、ぼんやりとした意味の無い言葉を呟く。
自分もそちらに目を向けるが、扉があるだけで特に何があるというわけでもない。部外者の自分に説明する気はないか。いや、単に『最弱の冒険者』に説明するのを面倒くさがっているだけだろう。冒険者として年月を積み重ねて来た分あからさまに邪険に扱って来る事はないが、こういう細かい所で自分を軽んじている事が伝わってくる。
ダンジョンに入るには1度ギルドで許可を取らなければならない。理由は単純、弱い者が入れば死ぬからだ。二度と地上の土を踏む事はない。他に、ダンジョンに潜っている者を情報として管理する意味合いもある。帰って来ないパーティがあった時に迅速な行動が可能になるとの事だ。
おおよその予定を聞かれ、ドーガがそれにいつもと同じように答える。その間にアリサがギルドに入って来た。あまり親しくないので気軽に声をかける事は出来ず、軽い会釈で挨拶とすると、アリサはそれに不自然な程の笑みで応えた。流石聖職者、とはユニアは思わない。こういう笑みをするやつは大抵が黒い闇を抱えている事をユニアは知っている。故に関わらない。パーティで1番に警戒すべきはこの女だとユニアは理解していた。
程なくして、ガシャガシャと鎧を鳴らしながらドーガがギルドの外へ向かう。アリサとユニアはそれに付いて行く。
ギルドの外ではアレンとサラが今か今かと子犬のように目を輝かせて待っていた。
あぁ、ドーガが早く来ていたのはこれが理由か。おおかたこの2人に朝早くに叩き起されたといった所だろう。ドーガは暑苦しいからとダンジョンに着くまでは兜を外しているので顔を見られるが、よく見ればうっすらと隈があるようにも見える。相当に冒険者としての経験を積んだ結果、行き着く先が子守り。可哀想。
笑えないな、とユニアはぼーっと考える。
「さぁ、早く行くわよ! 6層は待ってくれないわ!」「急ぐぜお前ら! 準備は万端だ!」
急かす2人をドーガは仕方の無い子供を見るような表情で見る。アリサもパーティメンバーには素を見せるようで、相好を崩し苦笑をこぼす。
実に穏やかな光景だが、対してユニアは気が気でない。層を越える時、ユニアはいつも心臓が抜け落ちる程の心労に見舞われる。何しろ魔物の強さが1段階上がるのだ、自分の出番が増えるかもしれない、と。
そんな事はお構いなしにパーティはダンジョンへ向かう。とびきりの笑顔で。
彼らにとって迷宮の6層程度笑って向かえる場所なのだ、と思えば多少心が落ち着いた。流れ落ちる滝から川の激流くらいにはなった。
転移石を用いて昨日探索を終えた場所へと向かう。この転移石というのは便利な代物で、前回攻略していた所からまた攻略を再開する事が出来るのだ。当然貴重な品物であり、5層以上を潜る事が出来るとされたパーティのみギルドから貸りる事が可能である。
注意として、ダンジョンの近くから転移しないと吸われる魔力の量が膨大で、魔力が少ない戦士系の職業だと生命力すら魔力に変換され死に至る事もありうる。ちなみにそうやって死んだ冒険者は居ない。マヌケは力を付ける前にダンジョンで死ぬからだ。
サラが転移、と唱えると瞬きの間に辺りは不可思議な模様の石壁に。一同はそれに目もくれず地図に記された6層への階段に向かう。
道中、今日初めての魔物と遭遇した。昨日も戦った『灰狼』である。数は3体。このメンバーなら目を瞑っていても勝てる相手である。
ユニアを除く4人は簡易の陣形を作る。ざっくりと男2人が前に出て、女2人がその後ろに陣取る。ユニアは遠巻きにそれを眺めるだけだ。
「グルルッ、アオォーーーーン!!」
魔物が鳴いた。固まっていた三体は横に散開し交戦の構えを見せる。
くんっ、とお辞儀をするかのような動きで灰狼達は身を低くした。となると、次に来るのは──突進。
ザシュッ! と地を蹴った灰狼は前へ前へ、そして宙へ飛び、己の武器を冒険者に向ける。
迫り来る爪、牙。その瞬発力は一瞬消えたかと思わせるほどのもので、砲弾と評してもいいほどの凶悪さを誇る。
だがしかし、相対する冒険者はそれ以上の手練なのだ。
「...フッ!」
攻撃の標的となったアレンは灰色の砲弾に対し一閃、ガキンと両者の間に火花が散った。一瞬の攻防の末、灰狼が地に落ちる。
「グルゥ...」
大きく爪の欠けた灰狼と、汗ひとつも無く佇むアレン。その光景は互いの間の強弱を苛烈に表していた。しかしこれは命を賭けた闘争であるがため、敗北がほぼ確定的な灰狼はそれでもアレンに飛びかかってゆく。
キンキンキン、と途切れることなく剣戟は続く。アレンは身軽に灰狼の攻撃をいなし、少しずつ傷も与えている。技量において人間は魔物を大きく上回る。アレンのそれは見事に人間優位を示していた。
ドーガは2匹の攻撃を1人で請け負う。アレンのようにいなす、という動作はあまりせず、どっしりと構え大斧や鎧で受ける形を取っている。しかし、この戦闘において鎧の出番はほとんど無いようだった。
なぜなら、この程度の魔物相手ならここにいるユニアを除く全員、1体1で簡単に倒せるからだ。それをしないのはこの戦闘が6層に行くまでのウォーミングアップを兼ねているからだ。
体を戦闘に慣らさないまま飛び込んでいけば、難敵に出会った時勝つ確率を下げる事になる。後になって女々しい言い訳は通用しないのだ。
灰狼の"軽い"爪を、大斧と前に踏み出ることでへし折る。のけぞった灰狼に対し、そのまま勢いのまま大きく前に踏み込み、大斧を灰狼に打ちつけんとした。
大した速度を乗せていないその一撃を速度に優れる灰狼はかろうじてかわし、かわした先で──消し炭になり、果てた。サラの炎弾である。
相も変わらずアレンはかわし、いなし、切りつける。──灰狼が怒りで周囲の警戒を忘れてしまうほどに。アレンしか見えていない灰狼の隙を突き、ドーガが大斧の刃で両断した。そしてドーガに相対していた1匹をサラの炎弾が捉える。
強き獣達は、持つ体力以上の損傷を受け、迷宮の壁に吸い込まれるようにして消滅した。