彼を最弱たらしめるモノ
見渡す限りの草原地帯。そこにポツンと現れるのはのっぺりとした人工の壁と、多くの人族を文字通り呑み込んで来た大穴だ。魔物の襲撃から街を守る最低限の外壁、街の近くに位置するダンジョンから仕入れられる豊富な資材。これが『辺境アルタ』の政の中心たる『ソラ街』である。
ギルドに到着した5人は早速魔物素材を換金すべくその扉を開く。
途端に、ギルド特有の騒々しさがユニア達を歓迎した。この時間帯、依頼や探索を終えた冒険者が集まり、気の赴くまま過ごしているのだ。
初めてユニアがギルドに訪れた日の夜は耳が痛くて寝付けなかったのを覚えている。誰が言ったのか「住むならギルドよか馬小屋のがマシ」。笑わせる。わざわざご高説にあやからなくとも、そんな事は誰でも知っているというのに。
今では慣れてしまった喧騒を横目に、ユニアは膨らんだリュックを買取受付に降ろす。職員も手馴れたもので、丁寧かつ迅速に素材を仕分けていく。持ち込んだ素材にどれだけの値段がつくか、とついワクワクしてしまうこの時間が冒険者は大好きだ。当然ユニアもその例に漏れない。
「えー、これら合計で1279G...端数切り上げて1280Gでいかがでしょうか」「構わねぇ。寄越しな」
リーダーであるドーガが金額を確認し、硬貨を受け取る。今日はこのパーティで決めた討伐数を超過した割には少ない金額だったので、少し残念に感じた。ユニア以外の4人は行動を共にしているので後はユニアに稼ぎを分配して今日は解散だ。
「ほらよ」
硬貨を1枚指で弾いて渡してくる。1枚100Gの価値を持つ銀貨である。約1300Gの内100しか貰っていないのは不平等だと思うかもしれないが、ユニアはこれでも荷物持ちの中では高給取りである。
何か話すでもなく、ユニアは自分の泊まる宿に向かった。決して豪華ではないこの質素な宿がユニアはわりかし気に入っていた。宿屋のおばちゃんにお帰りと言われて軽い会釈で返す。
小さな部屋に着いたら、革防具を適当に脱ぎ散らかし、朝汲んで置いた水に布を浸し絞る。体を拭いたことで黒ずんだ布を水で洗い、絞り、拭く。
顔を拭くと幾分か気分も晴れた。パーティメンバーの冷たい視線と、死と隣り合わせという状況は思っていたよりもユニアの脳を圧迫していた。1着しかない寝巻きに袖を通し、部屋の半分を占拠するベッドに飛び込む。
「..."鑑定"」
自分のそんな現状を打破したい。ユニアは今日こそ何かが変わるのではないか、と期待して自分を鑑定する。しかし、そこには昨日と何も変わらないステータス画面しかなかった。
ユニア 15歳 男 Lv4
体力 2/2
魔力 2/2
攻撃 2
魔法 2
防御 2
魔防 2
速さ 2
sp:2
《最低保証.ーーー》《鑑定.D+》《死への恐怖.B》
全ステータスが2、という明らかに低い数値。
Lv1の人間のステータスは平均10あるとされる。しかしLv4のユニアはそれを大きく下回る形で2。
その元凶はこのスキルにあった。《最低保証.ーーー》。世界で初めて確認されたスキルであり、今なお自分しかこのスキルを持っていない。一般にユニークスキルと呼ばれるこれをさらに鑑定する。
【全てのステータスの値が、世界で最弱の存在より1高くなるよう上昇する。このスキル以外でのステータス増減は無効となる。】
これだけ。これだけの効果で自分は一体人生をどれ程狂わされたのだろうか。
Lvが4なのにステータスは2、これを不気味に思った人に悪魔の子と言われ石を投げられた。雑用のアルバイトをしようにも力と体力が無さすぎて簡単にクビを切られた。 ──自分の子供がユニークスキルを授けられたと、喜んでくれた親の期待を裏切った。
10歳になった日に受けた鑑定の儀の事を自分は一生忘れないだろう。鑑定の水晶が虹色に輝き、司教からユニークスキルの存在が親に告げられる。大喜びする父母と幼い自分。...青ざめる司教。掠れるような声で続けられる司教の言を聞き、よくわかっていない自分を慰める母。
よく覚えている。思い出したくもないのに。
自己嫌悪に陥りそうになり、情けない声を出す前に布団を頭から被る。
今日は良い夢を見れそうにない。