覚醒、揺り返す絶望
吸血鬼の心臓を殺したユニア。
胸中に僅かな痛みが走り、自分が殺したモノをただ見つめる。
しかし、見れば見るほどに胸中の痛みは増すものだ。あまりの痛みに泣いてしまいそうだった。
増しに増していく感傷による痛みを噛み締めながら、ユニアは、前を向こうとして、
────絶対に感傷によるものでは無い痛みに身を震わせる。
「え、あ...?」
その痛みは体の内より湧き出てユニアを蝕む。普段とはベクトルの180度違う痛みにユニアは息を着く暇もなくただ絶叫する。
「ぐ」
「うガあああああアああああああああああアあああああアあああ"ああああああああアああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
無理もない。『厄災』の持つ4桁大のステータスが余さずユニアに付与されるのだ。身長が急激に1m伸びるようなものであり、その苦痛は測り知れない。
そして、外傷で無いが故に治らず、死んで脳が機能を停止する事もなく、異常に高い精神力のせいで発狂もままならない。
ふぅー、ふぅーと獣のように肩で息をするユニアは、いつの間にか『厄災』の外に吐き出されていた。見れば『厄災』の胴体から血のように闇が流れ出している。あの傷の場所はおそらく自分が光球を振るった部分。
おそるおそる、『厄災』の顔があった部分に目を向ける。本来ならそこには怒りが浮かんでいるわけだが──
そこには、底抜けの笑顔があった。
「...ッ」
ゾッとする。笑顔というものをここまで怖いと思ったのは初めての経験だった。
そしておもちゃを見つけた! と言わんばかりに開かれる大きな口。
(あ、まずッ...)
この予備動作をユニアは知っている。ここに来て初手に喰らったあのブレスだ。1拍後にここには炎が吹き荒れるだろうから、少しでも抵抗しようとユニアは体に水を纏おうとする。
激流が生み出された。
「うおッ?!」
吸血鬼を殺して上がりに上がった化け物じみたステータス。ただの《水魔法.E-》でもここまでの威力を叩き出すなど、人知を大きく踏み外している。
炎と水が衝突、互いに消滅。水魔法のランクが低いからか、それとも火魔法の方が戦闘に適しているからか。わずかに水が競り負けたようで周囲の気温が異常に上がる。
互いにステータスが4桁を越えた戦いにその程度の熱はなんの足枷にもならなかったが、ユニアの恐怖を呼び起こす働きだけはした。あれに当たれば今のユニアのステータスであろうとも死は避けられないだろう。
またも『厄災』はブレスを吐こうとする。それもさっきより魔力が込められているモノを。ユニアもさっき以上の魔法を出せはするが、相殺は厳しい。
──回避行動しかない。
横に大きく飛びすさり、ブレスの射線から外れる。それでも余波がユニアを襲い、その細い体を20m以上吹き飛ばした。
「が、は」
口から血が零れる。ステータスがこれだけ上昇してもコイツには勝てない、と強く思い知らされた。けれど、
「諦めるわけにはいかねぇんだ」
ばっ、とステータス画面を開く。
ユニア 15歳 男 Lv17
体力 6711/6711
魔力 7759/7759
攻撃 9199
魔法 8737
防御 9366
魔防 7853
速さ 6256
sp:184
《最低保証.ーーー》《鑑定.C》《死への恐怖.C》《水魔法.E》《光魔法.D》《聖属性.E-》
『勇者』
いつの間にかスキルに《聖属性》が追加され、称号に『勇者』が追加されていた。1度それは置いておくとして。
ユニアの今のspは、脅威の184。大体のスキルが取れてしまう。しかも、このspはステータス上の数字。《最低保証.ーーー》の効果が適応され、減ることはない───!
(《最低保証》を持ってて良かった)
初めて、そう思えた瞬間だったのかもしれない。
吹き飛んだユニアに対して『厄災』は余裕の歩みで近づいていく。
『厄災』の目から見ても相手の人間に余裕は無い。おそらく骨の大部分は逝っているし、内臓も二度と食べ物が入らないくらいには傷ついている。勝ちを確信していた。
しかし、『厄災』は1つ大きなミスを犯していた。それは、最初に焼き尽くした人間の顔を覚えていなかった事。『厄災』は笑顔で焼き尽くした人間と、今しがたブレスの余波に巻き込まれ倒れた人間を別人だと思っているのである。
当然、『厄災』はユニアが超再生した事など微塵も知らない。
その隙にユニアが飛び込んでいった。
無限のspを活かして取れるスキルをほとんど全部取る。それらを活かしきれるかは才能次第だが、問題なく身体強化系のスキルを発動させる事ができた。
あとは、目の前の敵をぶん殴るだけだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああぁぁぁッ!!!!!!!!!!」
この隙を逃せば相手は警戒を強める。文字通り、これが最後のチャンスかもしれないのだ。全身全霊を懸けた一撃が『厄災』にぶち当たる──!
───────どむ、とユニアの拳が『厄災』に沈む。
だが、それだけだ。
「え」
お返しとばかりに『厄災』の巨木のような腕の一撃が飛んでくる。
結果は劇的だった。
一瞬何かが潰れる音がしたと思ったら、ユニアの体は地面と平行にカッ飛んでいた。
「ごぎゃッ──」
そしてなんと反対の壁まで辿り着き、ぶち当たる。体がトマトのように潰れたがなまじステータスが高い分死ねず、数秒の間この世の終わりのような苦しみを味わう。
剥がれ落ちるようにしてユニアは地面へと落ちる。やがて、体が回復し苦しみから解放され──いや、されない。されなかった。
「なんだ、これ...?」
ユニアの体は──絶え間なく崩れ落ちる。ポロポロ、ポロポロと。そしてそれは...ユニアがこれからずっと味わう事になる痛みだった。