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さいつよスライムもどき  作者: 根岸 葱
スライムもどきは世界を越える
15/73

SIDE:アリサ 2

 朝早くの馬車に乗り込む。



 まだ静かな街はアリサの出立の事などいざ知らず呑気に眠りこけている。朝日を浴びて光る朝露はきらきらと輝き、宝石を散りばめたかのようだ。



 ブルル、と馬が(いなな)き馬車が滑らかに走り出す。この馬車に乗っているのは御者とアリサの2人だけ。その分荷台は軽く、より早く目的地に辿り着くことができるだろう。


 昨日あまり眠れなかったアリサは馬車に揺られていることと朝日の暖かさに負けて眠ってしまう。御者はその美しい女に目を奪われるが襲うまではしない。


 聞けば目的地はルミア教会のアルタ辺境における本拠地。格の低い神官が入れるような場所ではなく、目の前の女はそれなりに高位の神官だと予想される。これを襲った暁には神罰と称して御者はこの世界から消されるだろう。


 ま、こんな光景を見られただけでも眼福もんだな、と御者は思う。朝日を浴びて輝く金色の髪に、眠っていても尚美しい天使のような顔。こんなんを襲えば本当に神罰の雷が落ちて来そうだ、と御者は苦笑した。



 途中で何度か休憩を挟み無事にルミア教会アルタ辺境本拠地に到着する。いつも冒険者として活動しているソラの街からは相当に遠い。なんでも宗教を政治に取り入れさせない為に政治の中心からなるべく離して本拠地を設置しなければならないらしい。


 面倒くさいがこれも世の安寧のため。宗教が政治に割り込んで来て滅んだ国は数知れない。聖職者だからと言って全員が善の心を持っているとは限らないのだ。


 ...その分、ルミア教会はかなり良い方だろう。教皇が『断罪の聖眼』を持っているので腐った考えを持つ人間は位を下に落とされ、間違っても幹部になるような事はない。聖職者の集まりとしてあるべき姿がこのルミア教会だ。



 辺境だけにあまり金は使われていないだろうが、それでもそれなりに大きい建物。一軒家4つ分程度はある。これがルミア教会アルタ辺境本拠地、その姿である。


 扉に4割は金使ってそうだな、といった感じの荘厳な扉を開ける。ゴォォォン、と音が轟き中に入るとそこにはルミア教会所属の聖職者達。皆、聖女候補であるアリサに深く礼をする。対してアリサは完璧な笑みで返す。聖女候補たるもの、このくらいの事は出来なくてはならない。


 どうやら聖職者らは満足したらしく、元の作業に戻った。アリサはずんずんと自信を持った足取りでひとつの部屋に向かう。扉の前で一息つき、ばん、と一気に扉を開ける。


 そこにあったのは、淡く光る1つの水晶玉。


 これは──通信機。こんな辺境に教皇が居るわけもなく、アルタ辺境ではこの機能のみによって教皇に謁見する事が叶う。


 アリサはおもむろにロザリオを取り出し水晶玉にかざす。すると淡い光がほのかに強くなり、数刻ほどしてそこに多くのしわが刻まれた老人が映し出された。


「アルタ辺境本拠地から、アリサです。呼び出しを受けて謁見に参りました」


 そう、彼こそが教皇ローレン。ルミア教皇の中核を担う聖職者の中の聖職者。しかしその理念は聖人のそれではなく、感情に突き動かされる事もしばしば。幹部を清らかな心を持つ者達で固めているのもそういう理由があったりなかったりする。


『おぉ、聖女候補アリサ。今日はそなたに話があって呼び出したのだ』

「はい。ご拝聴します」

『うむ。不死性を持つ"ただの人"の話なんじゃがな』


(...ッ)

 これ以上聞きたくない。これ以上聞いてしまえば耐えられない。己の聖女への道を邪魔されないが為だけに、ただの人を次元牢に送ってしまった。不死性を滅さねばならぬ、と自分を誤魔化して来たが他人の口から言われるのはまた違う。他人が「仕方が無かった」と言えば──彼が報われない気がするのだ。


『ふむ、奇怪なものよな。聖人が死者を蘇生する伝説はあれど、人が蘇るなどと。そうは思わぬか、アリサ?』

「...は。その通りにございます、教皇様。」


 ...そうなのだ。実際、アリサも不思議に思ってはいた。いざパーティで荷物持ちを雇おうとなった時に、「死なない荷物持ちなんてどうですか?」とギルドの職員に言われた時には正気を疑った。死なないなどただの比喩表現だ、とその場では自分を納得させて共に冒険に出るとこれが本当に死なない。頭をかち割られては復活し、血を流しすぎても復活し、崖から落ちても真顔で這い上がってくる。


 恐怖を感じなかった、と言えば嘘になる。コレがこの世に存在していいのか? とは何度も思ったし、その想いが先行して彼を次元牢に送ってしまった面もある。その後になって死ぬほど後悔したし、正しい事でも無かったと自覚した。


『ふむ、アリサよ。...果たして、そんなものはこの世に存在したのかな? お前が気に入らない人間を抹殺する為だけに次元牢を起動させたのではないか?』

「...いいえ、そのような事実はございません。御身が1番よくわかっていられる事でしょう」


 そう。この教皇は『断罪の聖眼』と呼ばれる一種の魔眼を保有している。効果の詳しくをアリサは知らないが、知っている範囲では『嘘の有無』『信仰心の程度』『心の汚れ』『犯した罪』『不死者かどうか』『死亡数』等である。


 教皇がその眼でユニアを見た時に「...なんだこの死亡数は? ありえぬ」と呟いていたのをアリサは知っている。この特異性を放置したままでは不安で、1度上司の判断を仰ごうと考え、1度水晶玉を持ち出す許可をもらってまでしてユニアを見せたのだ。「次元牢を使うも使わぬもお主の好きにせよ」と一任されてしまったが。


『ほほ、お主も言うようになったの。孫のように思っておるおぬしの成長に喜ぶばかりじゃわい』

「ご冗談を。して、本題はなんなのですか?」

『急かすでない。用件は1つじゃ、お主...次元牢に何か細工をしたか(・・・・・・・・)?』

「...? どういう事で?」

『ふむ...お主の心の汚れは罪悪感のみ。容疑者としては薄いが、よかろう。ルミア教会本部へ連行する。話はそれからじゃ』

「な──────」


 何故です?! と叫び出しそうになるのをなんとか抑える。容疑者? ユニアを次元牢に送ったのは教皇の認可があったし、それ以外に次元牢に関して思いつく罪など決して無い。口から否定の言葉が紡がれる。


「ッ、私はそのような罪を犯していません。せめて何があったか教えて頂けないと」

『...よかろう。無意識という事もありえる。1度しか言わんからよく聞くんじゃぞ』


 ゴクリ、と喉が鳴った。もし自分が犯人だったならば自分は二度と聖女になる事は叶わないだろう。こんな所で聖女候補として死ぬ訳にはいかなかった。


『今...次元牢に例を見ない異常な圧力ががかっておる。それこそ割れてしまいそうなほどじゃ。それも中と外両方からと来とる』

「?!」


 知らない。私はそんな事をしていない。


「誤解です! 私は何もしておりません!」

『嘘の気配は無いが...それでも、お前が助力した可能性は捨てきれんのじゃよ。中に入った不死性の人間が次元牢を壊せるほどの力を持っていたらどうする? 次元牢は概念的に不可壊の牢獄、そんな事が可能とは思いたくないが...な。現実が破壊可能と証明しておる』


 唖然とする。では何か? あの全ステータス2の少年が、太古の英智の結晶であるこの牢獄を壊そうとしているとでも言うのか?


「ありえません。彼のステータスは全て2。とても次元牢に対抗できるとは思えません」

『ふむ...と言っても、儂に次元牢の中を確認するすべは無い。できるのは状態の確認だけじゃ。その状態も次元牢であると同時に時間牢でもある、概念的な部分の破綻が確認できておる。今や現実世界での一日はあちら側での1年程度じゃろうて』


 この次元牢には、対象を脱出させないようにするだけで無く、現実との時間のズレを生じさせ対象を寿命死させる役割がある。


 いかな不死性を持つ魔物といえど不滅ではない。吸血鬼なんかであれば血を吸えなくて1週間もすれば弱って死ぬし、ジャイアントスライムなら一月もすればその巨体を維持する栄養が足りなくなって死ぬ。


 脱出不可能ならばわざわざ殺す必要があるのか? と思う人も居るだろう。しかし次元牢も魔物どもと同様に不滅ではないのだ。

 例えば教皇が何らかの要因によって死亡した時。次元牢がその瞬間に消える訳では無いが、だんだんと別次元を維持する魔力が足りなくなって消滅。次代の教皇が継ぎ直せばいい話だが、それすら出来なかった場合中の化け物は外へと解き放たれる。類を見ない地獄絵図が生まれる事になるだろう。


 そんな悲劇を回避するための機構なのだ。


「ならば、今すぐにでも外からの圧力を解決しなければなりません。私にその命を」

『ならぬ。貴様はこの愚行を犯した者かもしれぬのだぞ。今後10日は本部へ軟禁させてもらう』

「...ッ」


(名誉挽回の機会も与えられず...か)

 必死に頭を回して機会を作ろうとするも失敗。これはどうしようもない。教皇の命に逆らえばまず間違いなく聖女にはなれず、心が壊れてそこらで犬にでも喰われる事になるだろう。人生における詰みに直面していた。


 どうにか真犯人を見つけてくれれば良いのだが。なにぶん、こんな事は過去に例が無い。外側からの干渉はなんとか見つけられても、内側からの干渉は権限を持っていてなおかつ最近次元牢を起動したアリサしか容疑者はいないだろう。


 これ以上考えても仕方がない。アリサは一礼して水晶玉の前から立ち去る。



 後から来た、教皇の命を受けた神官達が自分を拘束するのをぼんやりと眺めていた。



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