鼻高人形捜索記
探索から二週間、ユニアは自分と『厄災』ともう1人、そのもう1人を見つけることが出来なかった。
──手詰まりだ。
ユニアは壁にぶち当たっていた。いくら探せどもう1人は出て来ず、ただ時間だけが愚直に過ぎていく。このだだっ広い部屋に探していない場所などもうなかった。
相手も動き回っている可能性もあったので、自分の痕跡を水魔法で残しておいた。この部屋の床は既にべっちょべちょである。
どうにか水を着色し、文字を残したのだ。『これを読んだ方が居たら、真ん中に来てください! 自分もここに送られて来て困ってます!』こんな感じ。雨垂れの主張が激しい文章だ。そんなこんなでユニアは部屋の真ん中に陣取っていた。
ここは次元の牢獄。送られて来る奴なんてロクな人間(あるいは魔物)ではないのだろう。それでもユニアは、地獄に垂らされた1本の糸のような希望の可能性を捨て切れなかった。
...そのまま何もなく1ヶ月が過ぎ途方に暮れているわけだが。
100人殺した罪人だろうと、人を害する邪竜だろうと構わないのだ。ユニアは会話に、ひいては関わりに飢えていた。
絶望の象徴である『厄災』に殺され続けるのは嫌だ。せめて仲間と呼べる存在が欲しかった。そして共にここから脱出して笑い合うのだ。自分達は永遠の友になるだろう──などとお花畑な妄想をしても現実は変わらない。
停滞を持て余していた。
もう、真ん中で待つのはやめよう。
それに思い至るまで更に2週間。
だんだんと時間感覚が狂ってきていた。ぼーっとしている時間を楽だとも苦だとも思わないように変わってしまったのだ。現世に居た頃のユニアだったなら"なんて贅沢な悩みだ"と思った事だろう。
隙間の無い日々に心をすり潰される毎日、ある意味ではそこから抜け出したユニアはなんとも言い難い感覚を味わっていた。
座るだけの時間経過にも限度はあり、これ以上続けるのは無意味だと悟ったユニアはまた意味もなく歩き始めた。最初の方の気が狂いそうな乱れはなく、いっそ死にたくなるような平坦のみが心を埋めつくしていた。いや、案外もう狂ってしまっているのかもしれないな。と1人笑う。何も無く、自分しか居ない部屋の中で狂ったように笑うとはとんだ有言実行だ。
歩くのはいい事だ。ユニアはそう思う。ずっと動かないでいるのは感情の起伏を無にするし、気力も湧かなくなってくる。ほら、今何かをする気力に満ち溢れているのがいい証拠だ。凝り固まった肩をぐるんぐるん回してユニアは歩く。
「 ぉ」
ただ歩いていただけだが、運良く目印の元に辿り着けたようだ。すなわち、次元牢名物の眠る化け物。つよい。
化け物はその巨体を横たえ、すっかり油断しきったように眠っている。ぶよぶよした真っ黒な体は上下に収縮し呼吸を繰り返す。今まで純粋悪だと思っていた相手にもこういう面があるのだなぁ、などと狂った心は多少の感傷を生み出した。
うーん、そのサイズと破壊力を除けば可愛らしい生き物かもしれない、などとバカバカしい考えが頭に浮かぶ。実際小動物であったならば瓶にナイフと一緒にでも詰めて振ってやりたい愛くるしさだ。
ユニアは物思いにふける。
あいつは普段から水飲んだり飯食ったりしないけど、どうやって生活してんだろうなぁ。自分みたいに不死身というわけでもないだろうし。
あとは、そうだ。あの化け物が眠らずに死なないユニアと戦い続けたらどうなっていたのだろう? 途中で化け物は殺すのを諦めて、ユニアを晩飯にしていたかもなぁ──とそこまで考えて。
今まで思いつかなかった選択肢が浮かぶ。
「...あ」
この大部屋をいくら探しても第三者はいない。相手も動いていてすれ違っている可能性もかなり高いが──ない気がする。
あのステータスだと絶対に『厄災』には勝てない。つまり、無闇に動き回ってひょっこり出会っちゃいましたー、というケースは避けたいはずなのだ。だからユニアとすれ違っているのは考えにくい。
しかし出会えない。ユニアの探し回った範囲にはいないのだ。
なら、どこにいるのか? と。
多分、『厄災』の腹の中だ。
終着点が突飛すぎるが、限りなく近い推論とも言われる消去法の結果であるし、なんなら裏付けもできる。
これで体力と魔力が減ったまま回復しなかった理由もわかるからだ。おそらく消化液か何かのダメージを受けつつ、常に回復することで死から遠ざかろうとしている、これで正解だろう。
(何故気づけなかった)
あの時の頭がパーになった自分を思い出すと本当に恥ずかしい。他に人が居なくて本当に良かった。
ともあれ、これでユニアは探し人を一応見つけた事になる。ここまではいい。だが、それに会うには『厄災』の腹の中に飛び込まねばならないらしい。
「やるしか、ないのか...」
思えば、ここに来てから選択の余地が何も無かった気がする。困難の方からぶち当たってきて、ユニアはそれを幾度も越えて...いや、逃げてきた。
しかし今や逃げる余地は無い。
『厄災』はスライム状の魔物。スライムに口の様な器官は無く、体の表面から食物を取り込む。
化け物に触る忌避感は前回よりも薄くなっていた。触れるとぶにょり、と手を押し返してくる独特の感覚がある。そのままにしていると捕食されるように手が『厄災』に沈みこんだ。
「...ッ」
言いようのない嫌悪感と根源的な恐怖。これが食われるということか、とユニアは今更ながらに知る。
そこからは早い。肩が外れそうなほどの力でぐんっ、と引っ張られた。ステータスに何十倍もの開きがあるユニアは当然抵抗する事もできずに呑み込まれる。眠っているのにこの膂力。
(あぁ、やっぱりやめときゃ良かった)
ユニアは完全に化け物の体の中に入り込む。空間からまたひとつ生き物の影が消えた。