巡る思考と眠る獣
化け物との会合は、ユニアの消滅から始まった。
「あ、がッぁ!」
ユニアが無から弾き出された。
膝下より湧き出る本能的な恐怖。それをなんとか押し留めて思考を開始する。
1度死んだユニアは世の理を無視して蘇った。いや、ユニアを蘇らせているのはまさにその理というやつなのだが。
ユニアの脳は鮮明に覚えている。目の前の笑みを浮かべた巨大生物に自分が消し飛ばされた事を。
あまりに一瞬の事過ぎて見えなかったが、この身に残る灼熱の痛みが自分の死因をつまびらかにしている。すなわち、焼死。おそらく巨大生物の放ったブレスでどかん、だ。
ユニアは顔を上げる。
毛は生えておらず、肌は新月の夜を思わせる黒。およそ全長がユニア15人分ほどもあり、その巨体を今は横倒しにしている。笑みを浮かべた顔のあった場所にそれらしきものはなく、ただただ暗い闇がこちらを覗いているようだった。
巨大生物はその場から動く様子を見せない。よく見ると、その腹(?)を寝ている人間のように上下させている。どうやら、こちらが復活するまでの間に脅威は眠ってしまったらしい。跡形もなく死んだ事で復活までの時間が長かったのかもしれない。
ともかく、これは僥倖だ。
ユニアは現状把握を始めなければならない。さもなければ何も理解出来ぬままに惨殺され続け、家畜以下の扱いを受ける事請け合いである。
まずはステータスを改めて確認する。
ユニア 15歳 男 人間 Lv4
体力 24/168
魔力 17/46
攻撃 175
魔法 43
防御 56
魔防 57
速さ 48
sp:6
《最低保証.ーーー》《鑑定.D+》《死への恐怖.C》
やはり全てのステータスが上がっているのは不安が見せた幻というわけでは無かったらしい。ここから脱出できたならユニアの薔薇色ライフが幕を開けるだろう、脱出できたなら。
ステータスを見て変わった所は《死への恐怖.B》が《死への恐怖.C》に変わっている事、だろうか。
元々《死への恐怖》のランクはAだった。初めて魔物に殺された時に感じた身を狂わせるほどの恐怖、それがこのスキルを取得させた。それでも懲りずに何度も死を繰り返したある日、《死への恐怖》のランクが下がっていた事があったのだ。今回も例に漏れずそのパターンのはずだ、あの化け物にスキルランク操作なんて能力が無い限り。
自分の確認を終え、至って自分は正常であると言う結果が出た。多少心に恐怖がへばりついてはいるが。
...やるしかないか。
スキル《鑑定.D+》、これは自分だけしか鑑定出来ないなどという不良品ではない。"自分以外"を判定する事もできるのだ。
相手の精神的防壁が厚かったり、鑑定妨害系のスキルランクが高かったりすると普通に弾かれる。が、今敵は眠っているのだ。その精神はパスワードが0000のスマホよりも解錠が容易な事だろう。
出し渋るのにはもちろん理由があり、このスキル使用時にはなんと相手に触れる必要がある。触れる必要が無ければ、モンスターとの戦闘前に一方的に相手の強さとスキル構成が測れるサポーター取得必須級の最強スキルだっただろう。現実はそこまで甘くない。
つまり、鑑定をする時にこのデカブツが目を覚ますんじゃないかという危惧が発生しているわけだ。不機嫌になった化け物がなにをしでかすか想像もつかない。
...そんなのは嫌だ。何もしなければその末路を辿ると決定しているのだ、行動に移らねばならない。
意を決して化け物に近づく。極限まで姿勢を低く保ち、足音を殺す。初心者の忍び歩きは拙いながらも成功し、思いの他あっさりと化け物に手が届く場所へと移動できるじゃないか、と安堵する。
行動に移さねばどうにもならないとはついさっき脳の片隅に保存しておいた事だ。ええいままよ、と右手を化け物に触れさせる。
スライムのような気持ち悪い触感を感じながら、ユニアは鑑定の発動に成功する。
『厄災』 56251478歳 性別無し 影 Lv1639
体力 6710/6710
魔力 7727/7758
攻撃 9198
魔法 8736
防御 9365
魔防 7852
速さ 6255
sp:183
《厄災.SSS+》《軟性.ーーー》《破壊衝動.A》《破壊属性.S》《闇属性.A+》《闇魔法.A》《火魔法.A》《再生(闇).A》...《物理耐性.S》《魔法耐性.B》...
『厄災』『人類の敵』『勇者』
「?!」
思わず声が出た。
今すぐに目を離せ!! と本能が訴えかけてくる。が、ユニアは目を離せない。蛇に睨まれた蛙のようにユニアは動きを止めていた。
この生物の名前は『厄災』と言うらしいがそんな事はどうでもいい。
ステータスが──4桁後半、だって?
──ありえない。こんなのデタラメだ。きっと自分の鑑定が故障しているんだ。考えるな、考えるな。
ユニアは無理やりに頭を回転させてその意味を考えないようにする。いや、考えたって数字が大きすぎて結局実感は湧かなかっただろうが。
わけのわからないものは無視するに限る、とユニアは目線をさらに下に移す。
──そこには数え切れないスキルの数々が所狭しと並んでいた。
「...」
今度こそユニアは何も言えない。スキルは戦闘系を10個も持っていれば最上位冒険者と呼んで良いと言われるのに──多分、『厄災』のそれは優に100を超える。それも、ほとんどをBランク以上で保持している。
...現人類で最強と言われる『光の勇者』様の平均ステータスがおおよそ2000前後。それと隔絶した強さを持つのがこの『厄災』だという。次元の違う生き物なのだな、とだけユニアは理解した。
こいつの強さはわかった。
──ならば他にも考えなければならない事がある、そう理性が囁いて来た。本能は今にも逃げ出したそうにしているのに。...全く、下手に死を重ねると理性が働き者すぎて困る。いつかこの心は人間のそれじゃなくなるかもな。そうしたら自分はただの不死身の怪物か? はは、笑え...
そこまで考えて自身の逃避を悟る。ぱちん、と頬を手で打って脱線しかけた思考を本筋に引き戻す。考えるべきこと──すなわち、ユニア自身のステータスである。
ユニアのステータスは、ここに来た時に不自然な上昇を見せた。ユニアのステータスは《最低保証.ーーー》の効果でしか増減しないため、このスキルが何らかの働きをしたということ。そしてこのスキルの効果でユニアは世界最弱の存在より全ステータスが1高くなる。が、そのステータスはユニアの世界の平均より高い。
ここから考えられる事が2つ。
ひとつは、今のユニアのステータスー1未満の能力の存在が全員揃って死亡した可能性。それであれば一応ユニアのステータスの不自然な高さには説明がつく...が、多分ない。それを引き起こす原因が思いつかないからだ。人類の半分以上を減らすとか、神らへんにしか出来ない事だろう。
もう1つ。
同様に、あまりにも非現実的で考えたくはないが──ここはユニアが住んでいる世界とは別の世界であるという可能性、だ。
同時に、敵か味方かもわからず、ユニアとほとんど同等の能力を持つ、最低1人がここに居るということになる。
...この可能性が1番高いという現在に、ユニアは絶望のため息を吐き出した。