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たまにはこんな休日も。

作者: コカ

 





 ――その日はスーパーの特売日だった。


 本当にたったそれだけの理由で、他にこれといった目論見なんかも無い。ただ大根と牛乳がいつものところより数十円ほど手ごろだという母親の命で、俺はこんな所まで自転車を走らせていた。

 数日前に高校の中間テストを終えたばかりで、久しぶりの自由な時間だ。出来れば家でのんべんだらりと過ごしたかったのだけど、我が家を統べる女帝からの御命令とあってはそうも言ってはいられない。しかも、来月の小遣いを人質に取られたとあっては、文句のひとつやふたつ、はい喜んで、といった感じで飲み込むほかない。

 これで、道中何か面白いことでもあるならば少しは気も晴れるのだろうけど、二つ離れた街の先。とくに山もオチもなく、無事に用事も済んで、今俺はノラリクラリとペダルをこいでいた。

 滅多に通らない町並みを、コレといって急ぐことでもないわけで、のんびりゆっくりダラダラダラ。自転車のかごで、大根と牛乳が揺れる。

 特段目新しいモノではないけれど、とある昼下がりの河川敷は真っ青な空が何処までも蒼く続き、雄大で壮大な入道雲が、あの山の向こうからひょっこりとその姿を見せてくれている。眼下の川べりではゴルフの練習やキャッチボールなど、老若男女、皆それぞれ好き勝手にやっている。

 その姿が、どうにも羨ましくて、


 ――よし。


 おもむろに自転車を停め、河川敷の斜面に腰を下ろす。目の前であんなに楽しそうにされてしまうと、なぁ。俺だけあくせく働くってのもなんか癪だ。

 少し青臭い草花の上で、先ほどおつりで買ったラムネのふたを開け、口に含む。独特の炭酸の傷みをのどに感じ、思わず身体を震わせる。


 「くは――っ」


 我ながら親父くさい一言だ。不意に出た溜息とは違う喜びを含んだ吐息に苦笑いを浮かべてしまう。

 こんな姿、アイツに見せたら笑われるだろうな。爺くさいだの何だのと、きっと同じようにラムネを飲みながら、自分の事は棚に上げてさ。

 タイミングを推し量ったかのように、同時に鳴り始めた単調な着信音。アイツいわく、ダサく面白みにかけるその音を聞きながら、燦々と輝くあの太陽にもう一度苦笑いを送る。

 誰からなんて、今更見なくても分かる。今日は母親のお使いだからと、遊びの誘いを断ったのだから、あれから数時間。大方、もう用事はすんだでしょ? てな所だろう。

 ゴロリと地面に背中を預け、ポケットに潜ませたスマホを慣れた手つきで弄ぶ。


 「おぅ、どうした? 」


 乾いた風のにおいを嗅ぎながら、通話口からは聞きなれたアイツの声が流れてくる。


 「……今すぐにってのはちょっと無理だな。どうしてって、そりゃぁ……あ」


 俺の頭の上で、長く大きな飛行機雲がその身体を伸ばしていく。

 そういえば久しぶりに見たな。

 目の覚めるような青色に真っ白な一本の線が引かれ、また端の方から青に溶けていく。その光景をまじまじと見つめ――暇人なアイツには悪いが、やっぱり今すぐには無理か。

 電話口で低く唸るアイツに、俺は欠伸をかみ殺しつつゆっくりと――ゲップした。


 「あ、すまん」


 と言いつつ、もう一度。

 ワナワナと声を震わし、ご立腹のアイツ。だが、悪いがこちらもわざとではない。それに、


 「くっくくく……」


 何故だか笑いが止まらない。どうしてだろうな。もの凄く失礼な事をしているはずなのだが、妙に笑いが止まらない。

 電話を耳に当てたまま、草の上で空を見上げのんびりとごろ寝する。

 常日頃、ちょっと可愛いからってワガママの過ぎるアイツだ。そのくせ困ったことがあるとすぐ泣きついてくるし、最近じゃ、面倒な告白から逃げる為だのなんだので、嘘八百もいいとこだ、俺と付き合っているなんて、とんでもないことを嘯いてるらしい。

 別に減るもんじゃないでしょ、なんて、アイツは笑うけど、初対面の男子からすれ違いざまに睨まれるんだぜ。こちらは心当たりなんてまったくないんだからさ、幼少期からの腐れ縁も、いよいよ考え直す時期が来たんじゃないだろうか。後処理する身にもなってくれと言いたい。

 根は悪い奴じゃないからさ、そのうちいい男捕まえて、あっさり離れて行くだろうけど、それがいつになるかわからないし、アイツの俺に対する思わせぶりな態度に、日に日に皆の勘違いも加速していく。

 そんなこんな、いろいろと頭を抱えることが多い俺だ。だから、日頃の憂さ晴らしじゃないけれど、たまにはこんな休日があってもいいだろう?

 そう考えながら、最後にもう一度、プリプリと説教をしてくるアイツに、――わざとじゃないんだ。


 「――げぷぅ」


 またもやゲップをしてしまった。

 彼女の怒声が遠く離した携帯電話から聞こえてくる。

 アンタの家で待ってるから! 覚悟しときなさいよっ!! 怒鳴る彼女に、はいはいと相づちを打ち、会話の途中だけど通話を切って、もう一度、クツクツと笑う。

 あぁ、きっと。きっとこれから酷い目に合うだろう。そして、今度の休みは、一日中、気の済むまで引っ張り回されるかもしれない。あれやこれやとたかられて、俺の財布はあっという間にすっからかんだろうな。

 そう予感しながらも、なぜか今は笑いが止まりそうに無かった。


 手に持ったラムネは、いまかいまかと大粒の汗をかいて、俺の口づけを待っているかのようだった。




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― 新着の感想 ―
[一言]  電話の向こう側にいる子がツンデレ過ぎて可愛い。ちゃんとデレてくれるツンデレは貴重だわ〜。  ゲプッ!
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