第1話 紅葉彩る季節
第1話です、いよいよ本編が始まります。
楽しんで読んでいただければ幸いです!
【第1話 紅葉彩る季節】
「……えー、次に進路希望調査についてだが、この提出来週いっぱいとなっているから、くれぐれも提出期限を守るようにー。……えー、それから……」
夕方のホームルーム。
担任の先生が教卓の前で話をしているにも関わらず、クラスの生徒たちは一向に耳を傾ける様子を見せない。前後の席どうしで話し続ける女子に、部活カバンを枕にしてうつぶせに寝る男子。どこのクラスでも見かけるような光景だ。そんなクラスメイトたちの様子を横目に見ながら、私は机の下でスマホをいじっていた。
……今年のウインターカップ優勝候補はやっぱり皇桜学園か。ああ、いやでも前のネット記事に無名の高校がインターハイ全国ベスト4入りしたって書いてたよね……。そこが大番狂わせとか起こしてくれたら面白いんだけどなあ。名前は確か……碧ヶ峯高校? なに、外国人にでも助っ人頼んだわけ? いや、さすがにそれは馬鹿にしすぎか……
いったい誰が入ったんだろう? と、スマホで検索をかける。そして、そこに書かれた記事を読むや否や私は思わず机を揺らしてしまった。
ガタンッ!
「んー? どうした、九重? 」
不意に奏でられた騒音に思わず読んでたプリントから顔を上げる先生。それに対して私は素知らぬ顔で、すみません、虫が飛んできたので……とごまかすように微笑んだ。
おお、そっか、と納得し、再び連絡事項を伝えるためプリントへと目を移す先生を尻目に私はほっと胸をなでおろす。
あっぶな。
危うくスマホがバレて詰みかけるところだった。
次から気をつけよう、と決心しながら、震える手でもう一度先ほどのページを見てみる。間違いない、本物だ。
なんでこの人がこんな無名の高校に……? と不思議に思いながら、当の人物のプロフィール画面をタップする。
本織慎仁
現在高校一年生にして、バスケットボール日本代表候補に選ばれている唯一の高校生である。シューターとしての腕は日本どころか世界トップクラスとも呼ばれるほどの実力を持ち、日本では「狙撃手」なんて名前でも呼ばれている。確かに本織慎仁の名前が以前より聞くことは少なくなったと思っていたが、まさかこんな無名の高校に進学していたなんて……。
己のリサーチ不足を悔いながらも、これ以上スマホを触るのはやめておくかとスマホをポケットに直す。
これ以上触ってスマホ没収なんてことになったら面倒だしね。
ふと教室を眺めると、放課後を前に、早く部活に行きたがっている生徒がソワソワとしきりに貧乏ゆすりをする様子が私の席からよく見える。私の席は窓際の一番後ろの席に位置している。そのため、割と教室の様子が把握しやすい。あとは何よりスマホが触りやすいのが利点だよなー、と思いながら延々と続く先生の話に耳を傾ける。
先生も早く部活に行きたい様子の生徒たちに気づいたのだろう。あとは手短に一言二言、必要事項を話すとすぐにホームルームは終わった。
号令と同時に教室を飛び出していく部活生たち。その姿を見て私は思わず声を漏らす。
「ほえー」
「なにアホみたいな声だしてんのよ、あんたは」
ぱこん、と誰かから後頭部を叩かれる。その衝撃に後ろを振り向くと、小学校からの付き合いである友人が呆れたような表情でこちらを見ていた。
彼女の名前は秋月理奈。小学校から空手を習っており、実力は男子でも負けるらしい。鼻が高くて、目もくりくりしてて可愛いから、少しちょっかいかけたくなるかもだけど、手を出すとすっごく痛い目見るよっ! 注意してねっ!
「誰に向かって話してんのよ」
「いやあ、別に? 何でもないですよ? それよりさ、どうしたの? 理奈」
「どうしたの? はこっちの台詞よ。乙女がほえー、とかそんな馬鹿丸出しの声だすな」
ぱこん、とまた頭を叩かれる。
痛い。
痛いのは嫌だから、私は叩かれた頭をさすりながら理奈に説明を試みた。
「いやね、私は考えたんだよ」
「考えたって何を? 」
「人間ってさ、結局最後は死ぬでしょ? それが因果ってものでしょ? 不可避なものだよね? 」
「……ああ、まあ、うん、そうね。いや、うん。……どうした? 急に」
眉をひそめて困惑した表情を最大限に作る理奈。
ちくしょう、可愛い。
って、そんなことは置いといて。
閑話休題。
「だからさ、要するに、ああやって生き生きと部活に行く生徒たちを見てるとね、あれって本当に意味あるのかなーって思うんだよね」
「うん、お前いま全世界の部活生を敵に回したからな? 」
やばい、地雷踏んだ。
そういや理奈って空手部だった! と今更ながら気づき、こぶしを構える理奈の姿に私は慌てて首を振り、全力で命乞いを開始した。
「違う違う! そうじゃなくて、ただ頑張っててすごいな! って感心してるんだよ。うん、そうそう、うん」
必死に首を振る私に理奈は溜飲を下げ、ふうん、まあいいけど、とこぶしを下ろしてくれた。
理奈さま、空手2段。
パンチ、めちゃめちゃ痛い。
何はともあれ、これ以上理奈の鉄拳が飛んでくることはなさそうだ。
助かったあ、と机に突っ伏し、自身のささやかな胸を撫でおろしていると、理奈がそんな私を見下ろしたまま、ふと思い出したようにつぶやいた。
「そういえばさ、あんた、『あれ』は部活動っては言わないわけ? 」
その何気のない一言が。
私にとっては不意打ち以外の何物でもなかった。
理奈からの言葉に、私の心臓がどきりと跳ね上がる。
それでも私は動揺した事実を隠すように、いたって平静な顔で、にへらと笑いながら理奈を見上げた。
「あー、まあ部活動って感じじゃなくない? どっちかと言うとボランティアみたいな感じじゃん」
「そうかな? でも、あんた楽しそうだよね、監督してるとき」
そうかなー? なんて照れた表情を見せながら、私は固まりそうになる顔を無理やり笑顔にした。
理奈が話す『あれ』。それは、私が小学生のバスケットボールチームを指導していたというただのボランティアのお話だ。
誰にでもあるような、そんなちょっとした話。
それももう、終わってしまった。
過去の話である。
「終わった? 」
何それどういう意味? と何も知らなかった理奈が首をかしげる。それはそうだ。意味が分からないに決まっている。だって、私が言おうとしなかったんだから。
私はできるだけ感情を殺して、極めて事務的に説明をした。別にそんなことする必要なんてないんだろうけど、なぜだろう。
私は自然と感情を殺していた。
「簡潔に言えば、んーと、解散? 」
まるで他人事のように私は軽い調子で言う。
そう、あくまでもフラットな声色で。
「かい、さん……」
理奈が理解できないとばかりに眉をひそめながら、私の言葉をオウムのように繰り返す。そんな理奈に私は指先でペンを弄びながら、分かりやすく説明する。
「なんかね、皆それぞれ習い事とかクラブの勧誘とかがあって、もう来れなくなるみたいなんだって。まあ、そういう色々? があって、だから」
解散。
そう、たったそれだけ。
別に大したことじゃない。
ただ、皆の都合が悪くなったから、お開きになってしまっただけ。
本当に、たったそれだけのことなんだ。
「それにまあ、あれは道楽みたいなものだったし……」
道楽。
私の趣味で、それもただ気まぐれで始めたことだから。
今さら全部終わりになったところで、別に変わりはしない。
本当にどうでもいいことなんだから。
そう、どうでもいい。
……はずなんだけどなあ。
なんで、そんな顔するのかなあ。
私の目に映る理奈の心配そうな表情。
なに、その顔。やめてよ。
私が傷ついてるみたいじゃん。
その理奈の表情に、私は不意に胸を突かれた。
胸を突かれて、その衝撃で目の奥から何かがあふれ出しそうになった。
あ、やばい。
私は顔を机に伏せて、理奈から目をそらす。あたかもダルそうな声で「あーあ、これから何しよっかなー」とぼやく。
声が震えることはなかった。
そんな恰好悪いこと、私自身が許さなかった。
理奈はそんな私を見て、どうやら私がそこまで気落ちしていないようだと安心したらしく、「何しよっかなって、あんた、勉強しなさいよ、受験生」とからかうように私の頭を小突いてくる。
あー、それもあったー! いや、むしろそれしかないだろ! と二人ではしゃいで笑い合う。ひとしきり理奈と笑って、気分もさっぱりした私はうーん、と大きく伸びをして、勢いよく椅子から立ち上がった。
「よし! それじゃあ、そろそろ帰ろっかな」
「お、じゃあ私も部活に行こうかな」
おっけー、それじゃあねー! はいはい、また明日ー、と理奈に別れの挨拶をして、私は教室を後にした。
さあ、今日は何をしようか。
いつもなら練習メニューの考案やらで暇なんてなかったから、放課後の使い方なんて考えたことなかったけど、最近は急に時間が空いたことで、その時間を持て余してしまいがちだ。
理奈の言う通り、勉強したほうがいいのかなあ。
……いや、でも、勉強はまた今度でいいや、うん。
決して勉強が嫌で逃げてる訳じゃないですよ? うん、そうそう。
「さて、と……」
私は首をぐるりと回しながら階段を下りる。
とりあえず今日はスーパーに寄って買い物でもしますかねー。
私は昇降口で靴を履き替え校門を出ると、スーパーの方角へと足を向けた。
何を買うかは着いてから考えよう。
それじゃあ、出発進行! と意気揚々と歩を進める。
その背中をじっと見られているとは露も知らずに。
一人残された教室で、理奈は教室の窓から見える、校門へと歩を進める雅の背中を眺めて呟いた。
「道楽ねえ……」
大したことじゃない?
どうでもいい?
ふん、と鼻を鳴らして理奈が呆れたように笑う。
いつもより心なしか背中が小さく見える雅を、それでも自分の前では強がって平気な振りをしていた彼女を、理奈は心配7、呆れ3の表情で見つめる。
ほんとに、と理奈がため息交じりにぼやく。
「ほんとに嘘が下手ね、あんたは」
雅のことは気がかりではあるが、本人が何も言わないのなら無理して聞くのもやめたほうがいいだろう。あいつから言ってくるまで待っといてあげるか、と呟きながら理奈はバッグを肩にかけて椅子から立ち上がった。
よーし、あたしも部活行くか! と張り切るその声は誰もいない無人の教室で大きく響いて消えていった。
次話も早いうちに投稿できるように頑張ります。
ここはこうしたほうがもっと面白くなるよ、などのアドバイス等ありましたら、いつでもお教えください!よろしくお願いします!