俺の知らないところで頑張っていた彼女達
俺は、ある日突然異世界に転移させられた。
今朝、いつも通りに学校に登校し、いつも通りに自分の席に座ったその瞬間、教室の床が光り目が眩んで何も見えなくなってしまった。
クラスメイト達の悲鳴や騒ぎ声が聞こえたのだが、その中に興奮したような声もあった。この状態で興奮できるなんてあほなのか、マゾなのか、なんて考えてしまった。俺も動揺していたんだろう。
次に目を開けた時、俺達は広くて豪華な部屋の真ん中に立っていた。目の前の壇上には無駄にキラキラした服装で頭に王冠らしき物を付けた40代前半くらいのおっさんと、おっさんの横に座ったこちらもキラキラした服を着た14、5歳くらいの小柄で可愛らしい少女がいた。
「よくおいで下さった、勇者様方。突然皆さんを転移させてしまって申し訳ない。とりあえずこちらに座って私たちの話を聞いてもらえないだろうか」
なんかおっさん話し始めたし。つーかさっきから後ろで興奮している奴らが本気で気持ち悪い。
「…わかりました。とりあえず話は聞きましょう。それに僕たちの疑問にも答えて下さるんですよね?」
「ええ、もちろんです」
あれ、委員長、そんなに簡単に会話できちゃうほどこの状況についていけてるの?俺なんてさっきから意味わからなさ過ぎて困惑しまくりなのに。
おっさんの話を聞いたところ、ここはサラトカーレという異世界なのだそう。もう一度言おう。"異世界"だ。地球ではない。
そしておっさんはサラトカーレにある5つの大国の一つ、ルートルベ国の国王で、隣の少女はおっさんの娘で王女様らしい。ああ、それっぽいね。
何故俺たちが転移させられたのかというと、魔王の封印が最近になって何者かにより解かれたのだそうだ。その魔王は今サラトカーレを荒らしまわっていて、世界中を混乱に陥れているらしい。
初めは自分たちで何とか封印し直そうとしたみたいだが、ただ被害を増やしただけだったため、古くから伝わる異世界の"地球"に住む勇者たちを呼び出して魔王を倒してもらおうと五大国の話し合いで決定したのだそうだ。
このあたりからもともと興奮気味だった奴らのテンションが壊れだした。キターとかヤバいとか俺が勇者…とか呟いていて、もはやキモいを通り越して怖かった。
委員長は今すぐにでも訓練を始めてほしそうな国王に対し「僕たちに状況を整理する時間を下さい」と言って、丸5日の猶予と自分たちだけで過ごせる大部屋を貸してもらえるように交渉してくれた。
一日クラス全員で話し合った結果、皆で魔王と戦うことになった。いきなり呼び出して戦わせるとか理不尽だ、とか王様がウソを言っている可能性はないのか、などという意見もあり、城を出たいと言った者もいたがこの世界で生きていくための常識、通貨、服装など、何もかもが不足している自分たちでは国王の手を借りずに暮らすことは不可能だと判断した。
さらに歴代の勇者は、魔王を討伐した後突如発生した転移魔法により1人残らずサラトカーレを去っているらしい。転移先について絶対とは言い切れないが、この世界では「恐らく元の世界へ戻られたんだろう」と言われている。他に勇者が地球へ帰る方法は伝えられていないらしく、探せば見つかるのかもしれないが1番明確で信憑性のある帰り方はコレしかないのではないか、という意見が1番な理由だ。
王城の図書館やら城下町の人間やらから話を聞いた上でもいきなりでっち上げた嘘という可能性よりも、古くから本当に伝わっている伝説のような扱いの言い伝えであると分かった。
これは何人かがどんな副作用があるのかも扱いも分からないのに、調子に乗って自力で自分のスキルを試した事の延長線上で調べてきてくれた。
決断してからは国の魔導士たちに全員のステータスやスキルを正式に調べられた。
誰だか、転移出来るスキルを持った子がいて王様は驚いた顔をしていた。なんでも、このスキルを持つ者は現代では一人も確認されていないらしい。
ちなみに転生者は必ず特殊な能力を持っているはずなのに俺はすごく普通だったようで、調べてくれた魔導士さんには二度見された。ちょっと傷ついた。
それからの日々はそれぞれの特性に合わせた訓練を毎日行った。俺は剣の訓練をさせられのだが、よっぽど出来が悪いようでいつも教わるときは一対一で師匠が付きっきりだった。
師匠には「私はいつでも健斗のそばにいる」と言われてしまったし、俺も「師匠のそばを離れない」という約束をさせられてしまった。
そんなに俺は頼りないのだろうか。同級生との模擬戦では何連勝もしているし、この前は森でSS級ドラゴンを狩ったのに。それを師匠は見てくれていたのに。
それに、俺の行動を監視してくる子がいる。彼女に俺は何かしてしまったんだろうか。一度、城から離れた森で彼女を助けたことがあったが関わったのはその時くらいだ。
その時に名前で呼んでほしいと言われたので彼女を「優香」と師匠の前で呼んだら「はぁ!?」みたいな目で見られた。
剣も満足にできないやつが可愛い子を名前呼びなんてしてすみません。あ、ちなみに優香はあの、王様を驚かせたスキル持ちの子だ。
あともう一つ不可解なことがあって、何故だか王女様はいつも訓練場にいる。視線を感じて、そっちに目を向けると王女様に睨まれている。訓練しているとき、いつも差し入れを持ってきてくれるのだが俺にだけその差し入れをぶん投げてくる。意味が分からない。
え、俺、嫌われてるの?殺されるの?
相手が権力者な分、本気で怖い。怖くて避けてたら翌日に国王様に呼び出されて王女様の良いところを延々と聞かされた。親ばかアピールしてどうするんですかとは流石に聞けなかった。
そんなよくわからない日々を過ごしていた俺は、訓練を開始して半年ほどで王様からの合格サインが出たので魔王討伐に参加することになった。俺より優秀な者たちは既に旅立っている。
実は随分前から俺は合格なのではと言われていたが王女様と師匠の猛反対により保留にされていたらしい。どれだけ不安視されてるんだと自分が情けなくなってしまった。
討伐に出発する前夜、王女様が俺の部屋に来た。俺に伝えたいことがあるらしい。
え、俺マジで殺されるんじゃねえの?と思ったがとりあえず訓練場に誘った。未婚の女性と夜に部屋で二人っきりはまずいと思っての事だったのだが、俺が自由に行動できるところはそこしかなかったので仕方ない。
訓練場に移動する間、睨まれ続けた。そして「あなたは鈍感な上、馬鹿ですね」と暴言を吐かれた。とどめに「いつかナイフで刺されますよ」と言われた。王女様、発言がひどくありませんか。
とりあえず曖昧な笑みを返したが「やっぱり分かってない」と言われた後、ため息を吐かれた。
え、なんで?
そうこうしているうちに訓練場に着いたのだが、訓練場にはなんと師匠がいた。師匠を見た瞬間の王女様の顔は怖かった。でも、こちらに笑顔で話しかけてきた師匠も何故か怖いと思った。
「健斗に王女様、どうされたのですか。お二人がお揃いとは珍しいですね」
「そうかしら。貴方の知らないところで私たちの関係は日々変化しているのよ?」
「その変化というのはどのような変化なのでしょうか。変化というものは良い方に向かっていると思っているのは本人だけで、周りから見ると悪い方向に向かっているという事もありますよね。本当に恐ろしいと思います」
「あら、そうなの?本人が良い方向だと思ったのならそう思えるだけの理由があるのでしょう。周囲と差異を感じていたのだとしても周囲の方が間違っているということもあるのではないかしら。
それに、相手の意見とわざわざ逆の方向に解釈するだなんて。話を素直に受け取れないとはあなたの性格の悪さや歪みが知れるわね。流石、才ある人間を己の手の内から出さないように縛り付けているだけあるわ」
「才ある者というのは認めますが、私の側にいた方がより成長できると判断したからこそです」
「ふ~ん。この前の若手騎士に対する説明会では実戦でこそ技術は磨かれるのです、とか言ってらしたわよね?あれは嘘だったのかしら」
「大抵の人間はそうですが特異な者はいるのです。それにストーカーも発生していますし」
「特異って言い方はどうかと思うわ。彼は天才よ。ああ、でもストーカーの問題はどうにかしなくてはね…。あの子中々尻尾をつかませないし」
あれ?なんでこんなに寒いんだろう。俺の隣の二人は俺の存在を無視してニコニコしながら話し始めるし。二人が仲良かっただなんて初めて知った。というか、俺もう帰っていいかな。うん、そうだ。さっさと用事済ませて帰ろう。
「あの、師匠、王女様と少し話させてもらってもいいですか?王女様と話すためにここまで来たんですけど」
ん?師匠の顔が固まった。
「健斗、それは健斗から王女様への話なのか?」
「いいえ。王女様から話したいことがあると言われて、流石に部屋で二人っきりはまずいと思ってここまで来てもらったんですけど」
「いい判断をしたな。褒めてやろう。」
途中顔がヤバかったけどなんか褒められた。しかも師匠は俺を抱きしめた。ううぉ、窒息しそう。
「ちょっと!やめなさい!健斗から離れなさい!」
「あら、悔しいんですか?まあそうですよね。王女様にはできないですよね〜」
王女様は師匠の言葉に、自分の胸を見てから顔を真っ赤にした。
「うるさいわね!そんなものは戦いの邪魔になるでしょうに!本当に無駄なものを持っているわね!」
「あれぇ、負け惜しみですかぁ?」
この問答の間も俺は師匠の胸の中だ。やばい。二重の意味でヤバい。
その数分後、俺は解放されるとともに眼前に衝撃の光景が現れた。
魔王討伐チームで優秀者として先に出発していたはずの、優香が立っていたのだ。
「ほんとにお二人とも何やってるんですか」
いやいや、それ聞きたいのは俺たちだよ。君、今何してるの。なんでいるの。
「あなたこそ今すぐチームに戻りなさい」
「そうよ。早く戻りなさい!」
あれ、二人の反応結構普通?
「なんで優香がここにいるの?先に討伐チームとして出発したよね?」
「何をいまさらそんなこと言ってるの健斗君。転移魔法で毎日最低10回は健斗君の様子を見に来てたんだよ?」
ん?
「それにお二人には気付かれていたみたいですし」
んん?
師匠と王女様は同じように眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をしていた。
「うん。まあいいです。今から健斗君は私と一緒に暮らすので、せいぜい健斗君の姿をしっかり目に焼き付けておいてくださいね」
んんん?どゆこと?
「では、さようなら」
優香がそういった瞬間、この世界に転移させられた時みたいなまばゆい光が俺を襲った。
そして気が付くと、一面真っ青な草原に立っていた。
「あ、健斗君気が付いた?ここは地球ともサラトカーレとも違う異世界だよ。たまたま見つけちゃってね、環境は地球と似ているし私たち以外に知的生命体は居ないし、二人で生涯住む場所にはぴったりだなと思って目を付けてたんだ。大丈夫。二人でいればきっと毎日楽しいよ」
俺の頭が混乱している内にドンドン説明を続ける。
「それに健斗君のスキルって創造魔法でしょ?それなら何か不便があってもすぐに創れるから快適に過ごせていいよね!」
え?俺のスキルは全く役に立たないものだったからとりあえず剣の訓練に入れられたって聞いてるけど…
「あ、不思議そうな顔してるね。健斗君に一目惚れしたあの王女が早くに旅立ってしまわないようにってスキルの情報を隠したんだよ。本当にひどいよね」
なんだそれ。初めて聞いたぞそんなの。
「あと、私たちを地球からサラトカーレに転移させたのは王女なんだって。国王は転移魔法を使える人物は現在確認されてない、なんて真顔で言ってたけど王女がいるからこそ五大国の中でルートルベ国が勇者の呼び出しを行うことになったんだろうね。今考えれば簡単にわかるのになんであの時はわかんなかったんだろ。なにか思考回路に影響のある魔法でもかけられていたんだろうなぁ」
そんな魔法あるんだ。ていうか、知らないうちにとか怖すぎるでしょ。
「とりあえず、あの王女がこの世界に転移できないように、というか健斗君も逃げれないように内からも外からも人間を通せないように魔法かけてくるから待っててね」
優香の言葉を整理していくうちに段々と現状が理解できるようになった俺は顔を青ざめさせた。
しばらく呆然と立ち尽くしていたためか、いきなり肩を叩かれた時に心底驚いてしまった。その上、俺の肩を叩いたのは優香ではなかったことから一周回ってまた呆然としてしまった。
そこにはなんと師匠と王女様がいたのだ。
なんでも、師匠は転移の瞬間に起動の核となる魔法記号を咄嗟に切ったらしい。そして気が付くとこの世界に着いていたんだそうだ。
王女様は光が消えると三人が消えていたことから異世界に転移したことを悟り、もし優香が俺を連れて転移したとするなら?と考えた時に地球と似た環境で、ほかに生活を邪魔する存在がいない世界、と的を絞っていくつかの異世界を見て回ったそうだ。そしてここにたどり着いた。
その際、優香が張った魔法に触れてしまったためこの世界に来ていることはバレているらしい。師匠についてはまだわからないらしいが。
とりあえず俺は師匠の咄嗟の反射神経と、王女様と優香の思考回路が同じだったことに驚いてみた。
その数分後に俺の元に戻ってきた彼女は師匠と王女様を見て苦い顔をしていた。
でもすぐに笑顔になって、「私の事を森で助けてくれた時、これは運命だって言ったよね」と言い、
師匠は
「私の側にいると約束したよな」と言い、
王女様は
「お二人のような約束事はありませんけど、私が一番健斗様の事を愛してます!!」と言った。
俺はどうしたらいいんだろう?
というか優香を助けた時に「助けることが出来たのは奇跡だ」とは言ったけど「運命だ」と言った記憶はない。
それに、師匠との約束も戦闘中はってやつだよな?
王女様に関しては最早なんて突っ込むべきか分からない…
とりあえず、サラトカーレの魔王討伐に関してはどうするんだろう?と関係ないことを考えていた。