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内定

 あの面接から1週間が過ぎた。あんな面接では絶対に落ちているに違いない。そう思った私は、専門学校に行きつつハローワークに顔を出し、パソコンで求人票を眺める日々を過ごしていた。しかし募集している職種は相変わらず営業ばかり……。製造の仕事があっても派遣社員もしくは契約社員だけ。毎週日曜日に新聞広告に挟まれている求人チラシはどうかといえば、パートやアルバイトばかりで見てもしようがない。こんなもんかと思い、あの面接の後は他の会社を受けることはしなかった。

 そんな日々を過ごしていたある日。家に帰っていつものようにポストの中を確認すると、不用品処分やら宅配ピザなどのポスティングチラシとともに見慣れぬ大きめの封筒が入っているのに気がついた。

「……? なんだこれ?」

自分あての封筒……。送り主は……コスモオートだ! 入社試験の結果が来たんだ! 一気に心臓が高鳴る。手が震える。おかげで玄関の鍵が取れない。やっとの思いで玄関の鍵を開け、荷物を放りだしてリビングの椅子に座る。封を開ける。中から出てきたのは、たくさんの書類。その中の一番上の書類に目を通してゆく。

『先日はお忙しい中、弊社の採用試験にお越しいただきまして誠にありがとうございました。厳正なる審査の結果、採用とさせていただきたくお知らせいたします。』

……これって……受かったってこと……?

(うそ……だろ……?)

今目の前に書いてある書類の意味が理解できず、混乱した。あんな面接で大丈夫だったなんて……。冗談だよな? そうだよな? だが、何度書類を読み返しても、「採用」と書いてある。

「う、受かってる!!」

まったく予想だにしなかった出来事に手が震えた。よかった、これでニートじゃなくなった。フッと肩の荷が下りたような気がした。

 他の書類に目を移した。入社式の日程の案内、入社に必要な誓約書、身元保証書、給与の振込先連絡書などのほかに、もう一通、見慣れぬプリントがあった。

『この度弊社へ入社いただき、誠にありがとうございます。さて入社式当日ですが、新入社員を代表して答辞を述べていただきたく思います。』

始めて聞いた単語。答辞って、何だ? 聞きなれない単語をお願いされてしまって逆に困る。親なら知ってるか? とりあえず採用試験の結果を報告に母親に電話をかけた。

「あ、もしもしお母さん? この間受けたコスモオートの結果が来たんだけど」

「あ、どうだったの?」

「受かってたよ」

「本当に? よかったじゃない」

「うん、よかった」

電話口から母親のうれしそうな声が聞こえてくる。

「頑張るのよ?」

「うん、頑張る。それでさ……。」

「ん?」

「なんか、答辞ってのをお願いされたんだけど、答辞って、なに?」

「すごいじゃない、それもお願いされたの?」

ん? そんなすごいことなのか? まぁ確かに新入社員を代表してお願いされてるわけだから、選ばれし者……なのかもな。

「答辞ってのは、これから社会人として頑張っていきますって決意表明みたいなものよ。だから、そんな内容のことを書けばいいんじゃない?」

「そ、そうは言ってもねぇ……。」

「まぁとりあえず帰ったら教えてあげるから。仕事があるから切るよ?」

「うん」

電話を切った。しかし……本当に進路が決まってよかった。このままどこからも内定をもらえずニートのままでは自身の経歴に傷がつくようなものだし、なにより専門学校に進学したという判断がはやり間違っていた、素直に大学卒業後に就職すべきだったってことになりかねなかったから。(本来の進路に進めなかったという意味では、進学という道は間違っていた、1年間無駄にしたともとれるが。)


 夜。両親が仕事から帰ってきて、私の就職を心から喜んでいた。母親は私がニートになるんじゃないかと本当に心配していたらしい。父親ももちろん喜んでいた。そしてどっかで聞いた名前の会社だな、とも言っていた。

「確かに、聞いたことあるかも」

「そういえばそうねぇ」

「まぁいいんじゃない?内定もらったことには変わりないし。」

後になって分かった。父親が去年、ここで車を買っていたのだ。こんなところで縁を感じるとは世間は狭いものだ。

「そういえば、車はどうするのよ?」

そうだった、すっかり忘れていた。母さん、ナイス。

「あぁ、そうだな……。」

考え込む父親。免許は専門学校時代に夏休みを利用して、短期合宿で取得した。休みの日は父親の車を借りて隣に父親を乗せて車の運転の練習をたまに行うくらいで、自分の車は持っていなかった。だから基本的に移動は自転車だった。しかし車屋に勤めるというのに自転車通勤はまずいだろう。しかもその会社の支店はなんとか自転車で通えても本社はさすがに遠い。だからなおさら車が必要だった。

「せっかく車屋で働くんだし、そこで買ったらどうだ?」

「それもそうね。それでいい?」

「うん、いいよ」

いつ車を見に行くかはあとで決めることにして、お腹がすいてきたので晩ご飯を食べることにした。その日の晩ご飯は、私の就職祝いでいつもよりちょっと豪華だった。


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