星・機械・城
投稿日:7/31
時間:1時間30分(30分オーバー)
文字数:3692字
星・機械・城
異世界に転移するにも、テンプレというものがあるらしい。
礼を挙げるならトラックにはねられて事故死するなどだろうか。
誰が最初に行ったのかは知らないが、便利だと思う。
主人公にその世界での居場所がないことを端的に説明できる。
更に言えばだれかを助けて身代わりになったなどとすることで
主人公は良いことをしたから異世界へ転生できる幸運を得た、
あるいは神様のミスで不幸にも死んでしまった贖罪のためなどと
転生という不自然さをある程度なくすことができる。
それらを踏まえたうえで、今自分が置かれている状況を振り返ってみよう。
前を見ればまともな道一つない草原。
左奥には岩肌の多い砂漠と思われる領域。
右を見れば川を挟んで森が広がる。
後ろを見れば前と同様草原と、砂漠、それに森。
チュートリアルの一つもなくこんなところとは、流石にあんまりではないだろうか。
どうやら自分はよほど神様を怒らせてしまったようだった。
それから五分ほど経っただろうか。
行くあてもない状態とはいえ、このままここにいるのはまずい。
とりあえずは村でもなんでも、人の痕跡を探すことにする。
仮に人を見つけても言葉が通じない可能性もある。
とはいえ野生の獣と出会うよりはいくらかましだろう。
前方へ向けて歩き出す。
砂漠や森の中よりは、まだ見晴らしの良い草原の方が何か見つけられるだろう。
しばらく歩いていて、ふと疑問に思う。
何も起こらないのは良いことなのだが、いくらなんでも何も起こらなすぎる。
この手の話だと、主人公は行く先々でトラブルに巻き込まれるものだと聞いていたが。
現状自分に起こったことといえば草原を歩く途中で木の枝を拾った程度だ。
杖替わりにできる程度には頑丈で、行く先に危険がないかの確認にも使える。
「主人公は丈夫な木の枝を手に入れた」とでも字幕が出るのだろうか。
「武器や防具は装備しないと意味がないぞ」と言ってくれるおじさんでも出てくれないか。
てくてくと歩く。
ただ歩いているだけだと徐々に飽きてくるものがある。
初めのうちは風景を見たり、何か生き物でもいないかと探してみたりしていた。
今のところ収穫は何一つなし、少しずつ風景こそ変われど人の痕跡など何一つない。
まだ日は高く昇っている、夜が来ることを恐れる必要もひとまずはなさそうだ。
ひまつぶしの手段を探す程度には、まだ余裕がありそうだった。
歌でも歌いながら歩くことにしよう。
それから何曲か歌を歌いながら歩いた後。
遠目に小高い丘が見えてきた。
丘を登って少し高いところから再度周囲を見回してみることにする。
近寄ってみると、丘は小高いがなだらかな斜面で、登れないことはなさそうだ。
よく見ると一部岩がどけられたような跡も見える、期待が否が応でも高まる。
岩がどけられ歩きやすそうなところを上がっていく。
杖の存在もあり、そこまで苦労せず登りきることに成功する。
丘の先には壁があった。
石を積み上げて作られたそれは城壁だろうか。
壁の上には見張りの兵士であろう人たちが立っている。
こちらを見て驚いた表情を浮かべている。
後ろを振り返ってみるも、特に変わった様子はない。
再び壁の方をみると、やはり驚いた表情を浮かべた兵士。
自分を指さしてみると、大きくうなずく兵士。
「すみません、そちらに向かってもよろしいでしょうか?」
意を決して声をかける。
「えっと…すまない、少しそちらで待っていてくれ」
そう言うとこちらの返事を待たず、壁の向こうに姿を消す兵士。
幸い言葉は通じるようだ、ご都合主義に感謝する。
特にやることもなし、座って待つことにする。
少し待つと、壁の端、右側から数名の仲間を引き連れ先ほどの兵士がやってくる。
ある程度近づくと、足を止める。
「待たせてすまない。そのうえで申し訳ないがいくつか質問させてほしい」
「はい、構いません」
当然だろう、突如現れた不審な男に対して警戒のない対応などあり得ない。
「では、まず名前と年齢、職業にここに来た目的を教えてくれ」
「名前は〇〇、年齢は25、職業は…」
ここで言葉に詰まる、この世界観にサラリーマンって言って通じるわけないよね?
「職業は?」
「書類仕事と交渉を少々たしなんでいました」
一瞬詰まったことで不信感を持たれていないかと焦るが、どうやらそこまで気にしていない様子。
「ふむ…ではここに来た目的は?仕事のためか?」
「いえ…それが気づいたら近くの草原におりまして…」
嘘は言っていない、なぜそこにいたのかもわからないのだから。
「気づいたら…か。すまないが持ち物を改めさせていただく」
流石にこの理由は怪しいと自分でも思う、特に見られて困るものもない。
「はい、大丈夫です」
伝えると一人の兵士がこちらに近寄り、体を叩き始める。
しばらく叩いた後、「特に怪しいものは持っていないようです」と報告。
「ふむ…人さらいか何かか?災難だったな」
この世界には人さらいが普通にあるのだろう、実はだいぶ危ない橋を渡っていたのか?
「人さらいなら身分証も何もないだろうな、ひとまずは警備小屋に来てもらう」
屋根のあるところに入れてもらえるだけでありがたい限りだ。
渡りに船と兵士たちに連れていかれるのであった。
「ここだ、狭いがまぁ我慢してくれ」
連れていかれたのはクリーム色の木材でできた、いかにもな小屋。
外見は…サ〇エさんのエンディングに出てくる家と言えば伝わるだろうか。
大きな窓が一つありその上に三角形の屋根、そして突き出た煙突。
中に入ると狭いといいつつそこそこの広さがある部屋が一つ。
中央には正方形の黒く塗られた木製テーブルと、同色の椅子が四つ。
左奥には簡易なキッチン、右奥には一人掛けとみられる机が一つ。
右の壁際には書棚があるが、中にはそれほど多くのものは入っていない様子。
左の壁際には兵士の兜などを置くための物置があった。
小屋の中には自分の他に三名の兵士が入ってくる。
残りの数名は警備に戻ったのだろうか。
「さて、まずはかけてくれ」
そう言われて椅子に座ると、対面に兵士が座る。
残りの二名は立ったままではあるが、楽な姿勢をとっている。
警戒こそしているがこちらが暴れるとは思っていない、そんな態度だろうか。
「後ろの二人は気にしないでくれ、暴れるとは思っていないが、念のためだ」
「すまないが報告書を書くために改めていくつか確認させてほしい」
「先ほど聞いたことと重複することもあるが、素直に答えてくれればよい」
その言葉から始まった質疑応答は、一時間ほどで終わった。
名前、年齢、職業に始まり生まれ(東京というも伝わらなかった)、持病。
食べ物の好き嫌いや得意、苦手なこと。
好みの女性(まさか男性とは言わないだろうなと念押しされた…)まで聞かれるとは。
報告書を書くのも大変なのだなぁと思いつつ、答えていった。
「性格は良好、素直すぎるのは若干不安だが美点でもあるか」
「長々とすまなかった、問題なしだ」
「身分証については仮の物だが明日中にこちらで用意しよう」
「今日泊まる場所にあてはあるか?ないならこちらで用意するが」
「右も左もわからないので、非常にありがたいです、お願いします」
「わかった、ではこちらで用意しよう」
それから数十分後、兵士さんによって教えられた宿屋に着く。
名前を名乗るとカウンターにいたおばちゃんがうなずく。
「今回は災難だったねぇ、まぁ無事に逃げ出せただけましってもんさ」
「部屋は階段を上がって左手側、一番手前のところさね」
「夕飯は聞いてないけど、どうするんだい?軽くなんか作ってあげようか?」
言われて気づく、日の高いころから飲まず食わずなのにもかかわらずなんら問題がない。
「えっと…大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
「そうかい?まぁいろいろあったわけだし早めに休むのもよいだろうね」
そう言って笑顔を向けてくれるおばちゃんに笑顔を返し、階段を上っていく。
飲まず食わずの件といい、違和感がすごい。
部屋にたどり着き、扉を開ける。
日の高い時間帯から歩き続けて、兵士さんに出会うまで数時間くらいか。
それだけ歩き続けて息切れもせず飲み食いもしないで平気というのは流石におかしい。
部屋の中には、ベッドとテーブル、椅子が一つずつ。
右手側にトイレと風呂。
あかりはテーブルの上にマッチとランタンが。
奥の窓から外を見ればほとんど光はなく、上を見れば満点の星空がこちらを照らしていた。
風呂も気にはなるが、改めて言われてみると気疲れしているようにも思う。
とりあえず、今日のところは休むことにしよう。
「はい、お疲れさまでした~」
目を開ける、何やら頭にはまっているようだ。
「新感覚VRゲーム体験、いかがでしたか?」
頭の機械を外しつつそう告げてくるお姉さん。
言われて思い出す、そうだった。
「いや、本当に自分があの世界に飛ばされたみたいでした」
「そうでしょう!没入感が売りのゲームですので!」
狙い通りに驚かすことができてうれしそうなお姉さん。
「何か不思議な点や、違和感のある点はありましたか?」
「そうですね…長時間歩いていて疲れなかったことと、飲み食いせず動けたことですかね」
「ありがとうございます!スタッフに伝えておきます!」